2004.8a / Pulp Literature

2004.8.2 (Mon)

長塚隆二『ナポレオン』(1996)

ナポレオン (上)

★★★
文春文庫 / 1996.9
ISBN 4-16-743902-6 【Amazon
ISBN 4-16-743903-4 【Amazon

上下巻合わせて1300ページのナポレオン伝。

ナポレオン時代を復習するために再読。わりと詳細なのでナポレオンの人生を追うにはちょうどいいのだけど、所々極端なナポレオン擁護に奔っていたり、現代日本との奇妙な対比を行っていたりと、オヤジ方向にバイアスがかかっているので好みの別れそうな本である。そもそも小説形式の場面再構成が最高に胡散臭いので、伝記だと思って手を出した人は腹が立つかもしれない。ナポレオン関連の本は日本だと意外と少ないらしく、現状ではこれがオーソドックスな入門書の一つに数えられてしまうようだ。

ただそれでも、ナポレオンを中心としたこの時代の概観を掴むにはうってつけだろうか。史料の引用が多いので、当時の空気を何となく感じ取ることができる。

2004.8.4 (Wed)

ジム・クレイス『死んでいる』(1999)

死んでいる (白水uブックス−海外小説の誘惑)(89x140)

★★★
Being Dead / Jim Crace
渡辺佐智江 訳 / 白水uブックス / 2004.7 / 全米批評家協会賞
ISBN 4-560-07148-9 【Amazon

3つの時間軸が交錯する。(1) 浜辺で青姦していた学者夫婦が、通りすがりの強盗に殺害される。その後、死体はどんどん腐っていく。(2) 当日の夫婦の行動を、死の瞬間から遡っていく。(3) 30年前。院生だった2人の出会いを描く。

これは複雑。話自体は面白くなかったけれど、緻密な構成には目を見はるものがあった。

まず冒頭で2人は既に死んでいる。死体はしばらく発見されず、魚に食われたりウジが湧いたり、腐敗していく様子を克明に描いていく。かと思えば、海辺にいたるまでの道のりを、遠近使い分けて物語っていく。この小説では「海辺」が重要な意味を持っており、錯綜する語りによってそれを明るみに出そうというわけだ。出会いを描くことで因縁の扉を開き、当日を遡ることで不吉な予感を浮き彫りにする。さらに、現在形では家族をめぐる物語も浮上してきて、ちっぽけな死に一筋の光を投げかける。人間を含む生物にとって、死とは即物的なもの。死体はただ微生物の餌食になるのみだ。しかし、同時に思い出や愛情がほの見えることで、残されたものにささやかな影響を与える。この小説は、物質としての「死」から「生」のよすがを導いていて、その橋渡しが上手いと思った。

>>Author - ジム・クレイス

2004.8.6 (Fri)

杉本淑彦『ナポレオン伝説とパリ』(2002)

ナポレオン伝説とパリ―記憶史への挑戦

★★★★
山川出版社 / 2002.7
ISBN 4-634-49060-9 【Amazon

パリに刻印された「ナポレオン伝説」の変遷。ナポレオンを風刺した絵が散見できる。

ナポレオンは美術品や建築物をプロパガンダに利用し、その後の為政者たちは「ナポレオン伝説」を統治の道具に利用した、というのが本書のあらまし。ナポレオンを戦争犯罪人として手厳しく扱った本書は、ナポレオン贔屓の『ナポレオン』と好対照のポジションにあると言えるだろう。個人的には、ヤッファの大虐殺を必要悪とするよりは、本書の厳しい態度のほうがまっとうに思えるし、アンギアン公暗殺を藪の中とする腰砕けな結論よりは、本書の断罪のほうがすっきりする。

本書の面白さは、「ナポレオン伝説」に焦点を合わせた視点のユニークさに帰せられる。復古王政も七月王政も第二帝政も第三共和政も、みんな「ナポレオン伝説」から逃れられないところが面白い。時の為政者たちは皆、民衆の不満解消のため、ナポレオンをだしにしてあれこれ骨を折っている。その手法は、現政権を立てるような心理的効果が考えられていてなかなか巧妙だ。

面白いといえば、本書が「ナポレオン伝説」の総決算を第一次世界大戦に置いているところも面白い。というか、まとめ部分だけあってここが一番鋭く、知的欲求が盛り上がるようになっている。時の経つこと一世紀。ナポレオンの煽り立てたナショナリズムが、ヨーロッパの大惨事にまで行き着いたのだという。機会があったら、ヨーロッパの近代史を復習してみたい。