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2004.8.22 (Sun)
▲アーヴィン・ウェルシュ『スマートカント』(1994,96)
★★★
Smart Cunt / Irvine Welsh
風間賢二 訳 / 青山出版社 / 2001.2
ISBN 4-89998-015-9 【Amazon】
日本独自の中編集。「スマートカント」と「ロズウェル・インシデント」を収録。
低品質人間のハチャメチャな物語を綴りながらも、意外と社会派なのがアーヴィン・ウェルシュと戸梶圭太。ということで、「スマートカント」は社会の欺瞞を暴く文明批評と、社会の底辺でもがき苦しむ頭でっかち野郎の悲哀がけっこうクる! やはりヤク中インテリ男の一人称は、狂った行動と鋭い観察眼のコラボレーションが楽しい。思えば、『トレインスポッティング』【Amazon】のレントン視点も、そういう面白さがあったのだった。
一方、SF入った「ロズウェル・インシデント」は、インテリジェンスの薄れた完全激安ストーリー。テクノロジーの発達した宇宙人の若者が、エディンバラのヤク中と同等の、安いメンタリティしかないのが笑える。
ところで、アンドリュー・ヴァクスの描くニューヨークや石田衣良の描く池袋、馳星周の描く新宿などが、ファンタジーなのは分かるのだけど、この著者の描くリースやエディンバラは果たしてどうなのだろう? さっぱり知識のない都市だから、本当にヤク中とフーリガンの溢れる無法地帯なのかも、と想像してついにやけてしまう。
2004.8.24 (Tue)
▲アーサー・コナン・ドイル『ナポレオンの影』(1892)
★★★
The Great Shadow / Sir Arthur Conan Doyle
笹野史隆 訳 / 原書房 / 1994.12
ISBN 4-562-02640-5 【Amazon】
スコットランドの田舎青年2人がワーテルローの戦いに参加する。
といっても、あらすじから想像されるような立身出世ストーリーではない。まず女を巡る因縁があって、それに2人が引きずられるという形。参戦までの経緯に紙幅の6割が費やされている。
語り手は友人に女を取られ、友人はフランス兵に女を取られた。友人はフランス兵の殺害を誓う。こういう状況だと、語り手の心中はかなり複雑になるはずだけど、きちんと友人のために痛んでみせるところは、いかにも紳士の国という感じがする。いや、あるいは誰かに物語るという形式である以上、複雑な感情は隠さざるを得なかったのかもしれない。何せこの小説は、55歳の語り手が読み手を想定して回想しているのだから。迂闊なことなど言えるわけがない。
とまあ、そんな勘繰りはともかく、本作一番の見せ場は何といっても終盤のワーテルローの戦いだろう。この部分は戦場の描写が熱く、好き者にはたまらない迫力に溢れている。戦争という大局的な状況を、下っ端の視点から再現するところが良い。たとえば、部隊が砲撃を堪え忍ぶシーン。密集隊形でいると砲撃の的になるのだけど、しかしそれを解くと今度は騎兵の的になってしまう。より危険な場所にいる下っ端の視点だからこそ、このジレンマが生々しく感じられる。
ある意味でまっとうな女の顛末はどうかと思いながらも、総じてホームズものとはまた違った味わいで楽しめた。そのうち他の冒険小説にも手を出してみたい。
2004.8.27 (Fri)
▽サマセット・モーム編『世界100物語(3) 巧みな語り』(1939)
★★★★
Tellers of Tales / W. Somerset Maugham
田中西二郎・他 訳 / 河出書房新社 / 1996.12
ISBN 4-309-70873-0 【Amazon】
サマセット・モーム編集によるアンソロジー。全16編。
収穫は、O・ヘンリー「有為転変」、ピエール・ミル「ふみにじられた雌鹿」、W・W・ジェイコブズ「猿の手」、キプリング「王様になりたい男」、ルートヴィヒ・トーマ「フランツおじさん」、サキ「トバーモリー」、ジャック・ロンドン「焚火」の7編。
以下、各短編について。
コンラッド「颱風」
輸送船が颱風に遭遇する。避けられたかもしれない颱風に敢えて突っ込む船長は漢だぜ! ……ってまあ、真面目な話、人間痛い目に遭わないと学習しない反面、制約や状況などからリスキーな選択をする場合もあるってことなのだろう。凡人は目の前のちゃちな利益に流される。そういうものだ。それにしても、嵐の中で苦力たちが大暴れというシチュエーションは、いかにも「闇の奥」って感じで恐ろしい。
シュニッツラー「男爵の運命」
男爵の一途な恋。19世紀欧米文学を読んで驚くのは、みんな恋愛に命を賭けているところだ! ……と書こうとしたら本作は1903年製だった。まあ、とにかく、『ファウスト』にしても 『パルムの僧院』にしても本作にしても、みんな情熱的で凄いねって話です。
O・ヘンリー「有為転変」
離婚裁判費用(5ドル)の行方を巡ったユーモラスな掌編。夫、妻、判事の見事な役割分担といい、5ドルの動くロジックといい、よくできたミステリ小説のように論理的で無駄がない。判事の意趣返しを兼ねた気配りが最高。
アーサー・モリスン「一文なし」
イースト・ロンドン失業者の肖像。いわゆるプロレタリア文学ってやつ? 惨状をストレートに訴えた小説というのはあまり乗れないのだが、本作はわりと読めるほうだった。特に数々の裏切りを受けた男の嘆きのセリフが印象的。こういうプロレタリア系はたまに読むと良い薬になる。連続して読むのは辛いけど(基本的にどれも似たような話だし)。
ピエール・ミル「ふみにじられた雌鹿」
轢き殺された雌鹿と犯されたブルゴーニュ女は似ている、という話。犯した男が、雌鹿と女の類似性に気づかないところがワイルドだ(仲間は気づいている)。がさつな男にとってブルゴーニュ女は雌鹿ほどの価値しかなく、そこに人格があることすら思い及ばない。
W・W・ジェイコブズ「猿の手」
3つの願いが叶う「猿の手」が巻き起こす恐怖。最初の願いが叶えられる論理と、最後の願いが潰える論理が面白い。こういうのって、モーパッサンやO・ヘンリー、芥川龍之介といった「短編の名手」と呼ばれる人が書きそう。
ヴァイオレット・ハント「馬車」
幽霊馬車に乗り合わせた人たちの雑談。金持ちも貧乏人も善人も悪人も死んだら皆同じ。殺人犯と被害者が良い雰囲気で乗り合わせていたり、幽霊馬車のくせにかたぎの衆を轢き殺したり、不思議な味わいがある。それにしても、いらない赤ん坊を殺す「赤ん坊引き受け屋」ってのも凄い職業だ。
トリスタン・ベルナール「最後の面会」
死刑判決を受けた息子と母親の別れ。人妻に入れあげた息子が借金を肩代わりしようと暴走する。まるでデート商法に引っ掛かる愚かな若者のようだ。母親が代替物になるラストは近親相姦の匂い。息子が人妻に熱をあげたのは、マザコンだったからではないか。人妻の年齢が書いてないから確度低いけど。
キプリング「王様になりたい男」
アフガニスタンで王様になった男たちの栄光と没落。土人を組織するにあたってフリーメイスンのノウハウを使用しているところが興味深い。握手するにも階級によってそれぞれ独特のやり方があるとは。
キプリング「神の恩寵もえられず」
イギリス人の夫と土人の妻。この土人の妻というのが、嫉妬深くてヒステリックで思いこみの激しい困ったちゃんなのだが、いなくなってみるとその喧噪が懐かしく思えるのだから不思議だ。
メアリー・オースティン「パパゴウの婚礼」
結婚証書を手に入れるためのパパゴウ女の策謀。当時は父親が誰かを証明する手段がなかったからこういうことが出来たわけで、つくづくDNA鑑定は偉大だと思った。
ルートヴィヒ・トーマ「フランツおじさん」
悪戯小僧と雷おじさん。大人にとってもっとも大切なのは体面であり、それを守るためならあからさまなインチキも辞さない。かなり普遍的だ。
H・G・ウェルズ「塀とその扉」
かつて扉を潜って不思議体験した男が、もう一度その体験をしたいと願う。これまで何度かチャンスがあったのに、いずれも俗事にかまかけて逃してきた。今度こそ背水の陣を敷いて行くぞって話。超常か夢想かは分からないが、扉が逃避の象徴であることに変わりはないわけで、一本筋が通っている。
スティーヴン・クレーン「困窮の実験」
ニューヨーク浮浪者の肖像。
サキ「トバーモリー」
言葉を話す猫を巡る騒動。奇人が長年の研究のすえに猫に言葉を教えたのだが、猫によって住人たちの陰口が暴露されることになった。住人たちは猫を殺すことを望む。人間のエゴが恐ろしいが、その恐ろしさは程良くユーモアの衣に包まれている。
ジャック・ロンドン「焚火」
男と犬が零下七十五度の雪原を旅する。自然との格闘を淡々と綴ったヘミングウェイっぽい短編だった。零下七十五度は想像を絶する世界で、男のやることなすこといちいち読み応えがある。ところで、老人が相棒の存在を切望する『老人と海』は、この小説の影響なのかな?
2004.8.28 (Sat)
▲レフ・トルストイ『光あるうち光の中を歩め』(1890)
★★★
原久一郎 訳 / 新潮文庫 / 1951.6
ISBN 4-10-206012-X 【Amazon】
トラヤヌス帝時代。豪商の心が、俗世間とキリスト教の間を揺れ動く。
豪商とキリスト教徒の対話が主体。豪商が考えられる限りのキリスト教の矛盾を指摘し、それをキリスト教徒が一つ一つ鮮やかに論駁していく。豪商には定見がないので、何度かキリスト教に傾いてしまうのだけど、それを思い止まらせるのが高度な知性を備えた医者である。豪商に入れ智恵をして俗世間に繋ぎ止めるこの医者は、まるでイヴを誘惑した蛇のよう。豪商は議論の仲介役として、キリスト教徒と医者の間を行き来するのであった。
結末を読むと、原始キリスト教団は俗世間からの最後の逃げ場って感じになっている。本当にこれでいいのだろうか? こんな現実逃避のセーフティネット扱いでいいのだろうか? いちおう啓蒙目的の小説なんだから、もう少し倫理的に納得のできる動機が欲しいと思った。
それにしても、原始キリスト教団ってまるでオウム真理教みたいだね。
2004.8.29 (Sun)
▽ジェイムズ・ヒルトン『チップス先生さようなら』(1934)
★★★★
Good-Bye, Mr. Chips / James Hilton
菊池重三郎 訳 / 新潮文庫 / 1956.7
ISBN 4-10-206201-7 【Amazon】
ブルックフィールド校で生涯のほとんどを過ごしたチップス先生の思い出。
古き良きパブリック・スクールといった風情の、愉快な学校生活が垣間見えて楽しい。生徒の悪戯には可愛げがあるし、それをいなすチップス先生の機知は面白いし、晩年の切り返しもほとんど天然ボケの域で笑える。今も昔も信頼される教師というのは、ユーモア感覚に優れた奴なのだ。
学級崩壊やいじめ、思春期の悩みなどといった鬱陶しい問題がないところが良い。学校生活の暗部はせいぜい経営問題しかなく、しかもそれは生徒団結の道具になるというさわやかさ。半世紀以上も大した問題が起こらなかったのは、ジェントルマン予備軍が集まる二流の伝統校だからだろうか。「3年B組金八先生」や「中学生日記」のような、荒廃した世界とは大違いである。
分量は文庫本で108ページと少ないものの、人生の断片を拾い集めたような構成なので、十分に時の重みが感じられる。教え子の、孫の代になっても現役なチップス先生。物語上不可避な悲しいラストは、分かっていても感動的だ。
そんなわけで、武田鉄也が歳をとったら、「金八先生さようなら」でも企画されそうである。
2004.8.31 (Tue)
▽奥田英朗『イン・ザ・プール』(2002)
★★★★
文藝春秋 / 2002.5
ISBN 4-16-320900-X 【Amazon】
サイコドクター伊良部が活躍する連作短編集。「イン・ザ・プール」、「勃ちっ放し」、「コンパニオン」、「フレンズ」、「いてもたっても」の5編。
マザコンで白豚で金持ちで自己中心的な伊良部には、個人的に福田○也をキャストした。ほとんどの患者は他人の迷惑を顧みない伊良部に感化される形で快方に向かう。そのときの伊良部の困ったちゃんぶりが面白い。離婚したばかりの女と大喧嘩やらかしたり、中年デブのくせにアクションスターのオーディションを受けてゴネたり、高校生にケータイメール送りまくったり、一つしかない景品を子供と争ったり、ライバル病院の敷地に石を投げたり……。
と、こういった傍若無人な振る舞いで患者を癒す伊良部は、さしずめストレス社会の申し子と言ったところだ。最近読んだ伊坂幸太郎の『チルドレン』もエキセントリック・ヒーローが問題を解決する話だったわけで、こういう奇人・変人が近頃の理想的なヒーロー像なのかもしれない。天然なのか計算なのか分からないところが肝なのだろう。有名どころだと、妖怪シリーズの榎木津なんかも当てはまる。要するに、我々は他人の目を気にしすぎって話なのだな。
特に良かったのは、「コンパニオン」と「フレンズ」の2編。「コンパニオン」は自意識過剰な女の描写が秀逸で、「フレンズ」は伏線の妙と感動的なオチが素晴らしい。逆に強迫神経症の「いてもたっても」は、収録作のなかではもっとも地味で、連作を締めるには力不足だったような気がする。あとは、「コンパニオン」が全体のなかのターニングポイントになる企みが面白い。