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2004.9.2 (Thu)
▲レフ・トルストイ『パアテル・セルギウス』(1890,91,98)
★★★
森林太郎 訳 / 青空文庫
パアテル・セルギウスが山に籠もって聖人を目指す。
キリスト教という悪霊に取り憑かれた男の悲しい人生。修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ、という声が聞こえてきそうである。
聖人になるためには当然、色欲、物欲、名誉欲など、世俗の快楽は御法度である。ところが、何十年も修行していたくせに、心の奥底では名誉欲が燻っていた。周りから聖人と崇められたせいで、それを気にした生き方をしている。結局、自分の至らなさに気づくのは老境に入ってからであり、つまり修行とは一生ものの行いなのだ。
それにしても、女に誘惑されまいとして自分の指を切り落としたこの男は狂ってると思った。のみならず、女にトラウマを植え付けておいて責任をとらないこの男は非道だと思った(女は罪悪感のために出家してしまった!)。蓋し、修行とはエゴイスティックなものである。
2004.9.6 (Mon)
2004.9.10 (Fri)
▽シオドア・スタージョン『海を失った男』(1947-)

★★★★
The Man Who Lost the Sea / Theodore Sturgeon
若島正 編 / 晶文社 / 2003.7
ISBN 4-7949-2737-1 【Amazon】
ISBN 978-4309463025 【Amazon】(文庫)
日本オリジナル編集の短編集。「ミュージック」、「ビアンカの手」、「成熟」、「シジジイじゃない」、「三の法則」、「そして私のおそれはつのる」、「墓読み」、「海を失った男」の8編。
以下、各短編について。
「ミュージック」(1953)
2ページほどのショート・ショート。入院患者の「僕」が、猫が鼠を食い殺すのを見て……という怖い系の話。省略が怖さを演出しているとか、それくらいしか言うことない。★★★。
「ビアンカの手」(1947)
白痴女の手に惚れた男の話。
まずこの女は外見が凄い。
ビアンカはずんぐりして小柄で、髪もねとねとして歯は虫歯だらけだった。口元はゆがんでよだれを垂らしている。(p.12)
そういった外見に見向きもせず、ひたすら手に執着する男のキチガイぶりは本物である。そして、本作では手が意志を持って男に迫ってくるわけだけど、何といってもその描写が面白い。
手はビアンカとランと一緒に坐っていた長いベンチのところまで連れて行った。そしてむりやりに坐らせて、自分たちはテーブルの上に身を投げ出すと、世にも奇妙なしぐさで転がったり平たくなったりとのたうちはじめた。(中略)手は喜びにふるえながら、ランの涙を飲み干して酔いしれていたのである。 (p.18)
この下りを読むと『寄生獣』【Amazon】のミギーを思い出すけれど、それはともかく、男の惚れっぷりは白痴の手だからこそ感慨深いものがある。こういうのって江戸川乱歩が好みそう。★★★★。
「成熟」(1947)
成熟って何よ? 何なのよ? という話。胸腺機能亢進症の男は、幼児性を残した大天才。その幼児性ゆえに、芸術、科学、産業でとんでもない発明をしまくる。そんな男の病気を治そうとする2人の医者。その人らと色々あって、成熟の定義論争にまで発展する。ここで明かされる考察が意外と本格的で驚いた。★★★★。
「シジジイじゃない」(1948)
男が、妙に感覚がフィットする女と出会う。
普通の恋愛小説かと思いきや、得体の知れない「首」が登場したり、生物学の蘊蓄が披露されたり、妙な共感覚体験をしたりで、物語は不穏な空気をはらむ。★★★。
「三の法則」(1951)
宇宙からやってきたエネルギー生命体が、将来起こるであろう宇宙の汚染を防ぐために、9人の男女のなかに入り込む。
序盤の設定とは無関係なヒューマンドラマが展開しているなと思ったら、物語はあれよあれよと収束していった。
何といっても、音楽の使い方が素晴らしい。著者はセッションの気持ちよさを知る、生粋の音楽ファンとみた。
本作を読んで「ニュータイプ」を連想するのは『ガンダム』の見過ぎだろうか? つまりまあ、「人はいかにして分かり合うか」というテーマの流れが、SFにはあるのだろう、と。★★★★。
「そして私のおそれはつのる」(1953)
超能力を持つオールドミスと、無教養なちんぴら男。オールドミスは男を気に入って能力を授けようとするが……。
オールドミスには細木数子をイメージして読んだ。偉そうなこと言ってるわりに、けっこう俗物なのが面白い。かつて本宮ひろ志が少女漫画家たちに、「この処女ども、漫画なんて描いてねーでセックスしろ」とか言ったそうだけど、本作を読んでなぜかそれを思い出した。★★★。
「墓読み」(1958)
「墓読み」を習って不倫妻の生前の行動を暴こう。夫の前に変な人が現れて、何でもその人は墓から人生が読めるらしくて、それでその人に墓の読み方を教えてもらう。夫は墓読みを習う過程で、人間について学ぶ。
俺は人間について学びはじめた。同じことを恐れている人間がどんなに多いかを知りはじめた。疎外されること、愛されないこと、そして――一番悪いのが――必要とされないこと。そうした恐怖の多くがいかに根拠薄弱なものか、多くの人間が哀れにも生涯を費やす対象が長い目で見ればいかに無価値であるかを学んだ。(p.331)
というわけでこれは、「成熟」、「三の法則」、「そして私のおそれはつのる」に連なる短編。短いせいか、捻りのない凡庸なオチへ直行したのは残念だけど、無駄がないところは評価すべきかもと思った。まあ、他が長すぎて疲れたというのもあるけれど。★★★。
「海を失った男」(1959)
砂に埋もれた「病んだ男」に模型を持った少年。海の描写とか模型の描写とか、独特のリズムで語りかけてくる文章が良い味だしている。なにげに伏線も張ってあるし。これは「ビアンカの手」系統の、文章が紡ぎ出すイメージに酔おうよって感じの小説。★★★。
