2004.11b / Pulp Literature

2004.11.11 (Thu)

鹿嶋春平太『聖書の論理が世界を動かす』(1994)


新潮選書 / 1994.10
ISBN 4-10-600468-2 【Amazon

WASPの行動様式を聖書との関連で説明した本。

申し訳ないが最後まで読み通すことができなかった。本書は裏付けに乏しい類型化した西洋人像(と日本人像)を引き合いに出し、まるで見てきたかのような決めつけを行っている。この著者にとってWASPとは、ハンバーガーとコカ・コーラが似合う訴訟好きの大男のことなのだろう。また、この著者にとって日本人とは、黒縁眼鏡とカメラが似合うバーコード頭の小男のことなのだろう。聖書から制度への影響というのは、事実関係がはっきりしているので納得できるけれど、聖書から現代人の思考法への影響となると、その妙な類型化が引っ掛かって眉に唾をつけたくなる。WASPの人に読ませて感想を聞きたいものだ。

2004.11.17 (Wed)

法月綸太郎『生首に聞いてみろ』(2004)

生首に聞いてみろ(108x160)

★★★★★
角川書店 / 2004.9
ISBN 4-04-873474-1 【Amazon
ISBN 978-4043803026 【Amazon】(文庫版)

高名な彫刻家の遺作は娘をモデルにした裸の石膏像だった。彫刻家の死と同時に娘が失踪。さらに石膏像の頭部が何者かに切断され、持ち去られる。法月綸太郎が事件を捜査する。

荒唐無稽な本格ミステリを、現代日本に接続した傑作。徹底した取材の賜物なのだろう、現実感を出すための細部に気合いが入っていた。読売のインタビュー記事によると、これは酒鬼薔薇事件以降の本格を模索した結果なのだという。シビアな現実のもとで犯罪を扱うことへの覚悟が窺える。

この小説はまず掴みが良い。高名な彫刻家の死。彼の遺作が娘をモデルにした裸の石膏像なのだけど、その頭部が何者かに切断され、持ち去られる。犯人はなぜそんなことをしたのか? いわゆる「本格ミステリ」だと、「首の持ち去り」は往々にしてカモフラージュの意味が込められている。では、石膏像の場合は何を意味するのだろう? 今回は芸術が絡んでいるため、その世界ならではのユニークな仮説が飛び出してくる。

細部の描写に力が入っていたので、ずいぶんと地に足のついたミステリだなと思って読んでいたら、急にロス・マク風の歪みが出てきた。というか、父親に虐待された子供がSM趣味に目覚めたって、まんま『ドルの向こう側』【Amazon】ではないか! さらに中盤からは推理がニ転三転。材料を得るごとに仮説と検証を繰り返していくのだから興味が持続する。この小説はけっこうな分量にもかかわらず、中だるみがなくて最後まで読ませる。

終盤の謎解きは圧巻のひとことだった。至るところに伏線が散りばめられていたことが判明する。これだけポンポン繋がっていったら、真相の無理っぽさも吹き飛ぶって感じだ。とにかく、物事の意味が次々と変容していくところが面白い。目立つところだと石膏像の謎。目立たないところだと電話。本作にはこのような意味のすり替えがたくさんあって、それぞれが有機的に繋がっていく。

というわけで、近年稀にみる傑作だと思う。

>>Author - 法月綸太郎

2004.11.20 (Sat)

アントニイ・バージェス『時計じかけのオレンジ』(1962)

★★★
Clockwork Orange / Anthony Burgess
乾信一郎 訳 / ハヤカワ文庫 / 1977.6
ISBN 4-15-040142-X 【Amazon
ISBN 978-4151200526 【Amazon】(完全版)

全体主義と化した近未来のイギリス。無軌道な暴力を重ねてきた少年アレックスが、殺人の罪で刑務所に入り、<ルドビコ療法>なる化学療法で更正させられる。出所した後は様々な迫害を受けるのだった。

映画版【Amazon】は意外と原作に忠実だったみたい。目立った違いといえば、視覚化するにあたって表現がマイルドになっているところかな。実は今回もっとも印象的だったのが、暴力描写のえげつなさだったりする。特に不良少年に見せる恐怖映画が、あまりに直截的だったのに驚いた。カミソリで目玉をえぐって顔を切り刻んだり、拷問で捕虜の睾丸を切り落としたり、残酷シーンが生々しく描かれている。さすがにこんなグロい映像を刷り込まれたら、誰だって暴力に拒否反応が起きるだろう。そう思わせるほど描写が凄惨であり、洗脳のプロセスには妙な説得力が出ている。

もう一つ印象的だったのが、誰も彼もが自分勝手なところだ。ルドビコ療法に携わる科学者たちは言わずもがな、反政府の人道主義者たちでさえ、アレックスを自由の生贄に仕立てようとしている。さらに、老人による集団リンチや、警官による快楽的な暴力など、人心がヨハネスブルクばりに荒廃しているのも特徴的。仮面が剥がされた世界というか、モラルの退行した暗い未来が映し出されている。

ところで、映画版を観たときには風変わりな美術に気をとられて全く気づかなかったけれど、本作の世界観はけっこうコンテンポラリーな要素を反映してるのだなと思った。ルドビコ療法は当時流行ったロボトミー手術だし、行きすぎた管理社会は社会主義国家そのものである。ナッドサット言葉がロシア語を母体にしているなんて、随分とそれらしい設定ではないか。なるほど、ソ連はこういう方向に突っ走っていたのだ。

以下、参考リンク。

日本語訳版でカットされた第21章の翻訳。本来はアレックスの成長物語だったらしい。確かにこれがあるのとないのとでは、全く印象が異なる。