2005.1c / Pulp Literature

2005.1.24 (Mon)

ジェフリー・ユージェニデス『ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹』(1993)

★★★
The Virgin Suicides / Jeffrey Eugenides
佐々田雅子 訳 / ハヤカワepi文庫 / 2001.6
ISBN 4-15-120007-X 【Amazon

中年の「ぼくら」が、ティーンエイジャー時代に自殺した五人姉妹のことを回想する。姉妹は郊外の一軒家に住んでいたが……。

うーん、これは凄い。姉妹の人生を炙り出すために、当時の日記や手紙、さらに姉妹の注文したカタログまで収集している。観察の対象となる姉妹は、ゴシック小説に出てきそうな変わった人たちだけど、それを記録する「ぼくら」も負けず劣らず変わっている。そもそも、「ぼくら」は当時から結託して姉妹の家を監視していたのだ。自殺の原因もさることながら、なぜ彼らはここまで熱心に姉妹を追いかけるのか? その動機が気にかかる。

読み始めは『セメント・ガーデン』のような病んだ世界が展開されるのか、それとも『隣の家の少女』【Amazon】のような鬼畜空間が形成されるのか、期待に胸を膨らませていた。ところが、姉妹連続自殺というトチ狂った題材とは裏腹に、そういったセンセーションはなかった。1人目の自殺を機に一家が孤立し、「ぼくら」の前で粛々と家が崩壊していっただけなのである。また、女だらけの住まいというと、『白い肌の異常な夜』【Amazon】を思い出すけれど、本作はその手の異様さもなかった。姉妹は特に残酷さを発揮しなかったのである。

では、何があったのかというと、それは姉妹を観察することで鏡写しになる、「ぼくら」の眼差しの異常さである。そのストーカーまがいの徹底した粘着ぶりによって、おどろおどろしい雰囲気を醸し出していたのだった。被写体以上の歪みをあからさまにしたカメラ。彼らの眼差しは、郊外にありがちな覗き見趣味を体現している。この小説は、他人の秘密を暴き立てようという強固な意志が薄気味悪い。

2005.1.26 (Wed)

前田巍『文章の勉強』(1999)

文章の勉強(109x160)

★★★★
大修館書店 / 1999.4
ISBN 4-469-21237-7 【Amazon

フレッシュマンの日本語技法。

論文関係の第8章・第9章は読まなかった。著者は日本広告学会の人。本書は元コピーライターの人らしい、アイディアの発想法に力が入った内容だった。日常的にメモをとったり、言葉をコレクションしたり、論理構成図を作ったり、そういうさほど目新しくない手法を説いている。個人的には既に実践してるものばかりだったけれど、だからといって本書が無用の長物だったわけではなく、確認作業をすることでモチベーションが上がったのだった。この手の本は具体的なノウハウを学ぶ以外に、やる気を補給するのにも使える。

問題意識を持つ、対象をチャート化する、試行錯誤する。文章を書くプロセスが「考える力」を鍛えるのに役立つ、と本書は主張する。これが正しいのなら、そういう能力を開発したい人が、ウェブに文章を発表するのは理に適っているといえるだろう。他者の視線を意識することで緊張感が生まれ、思考が洗練される。ちらしの裏ではとても無理な芸当である。

2005.1.30 (Sun)

原りょう『さらば長き眠り』(1995)

さらば長き眠り(111x160)

★★★★★
ハヤカワ文庫JA / 2000.12
ISBN 4-15-030654-0 【Amazon

私立探偵・沢崎シリーズの3作目。400日ぶりに新宿へ戻ってきた沢崎が、11年前の飛び降り自殺事件を調査する。甲子園での野球賭博が絡んでたり、能の一家が関わっていたり。

『私が殺した少女』の続編。最新作を読むために再読した。本作は『さらば愛しき女よ』【Amazon】と『長いお別れ』【Amazon】と『大いなる眠り』【Amazon】をヤケクソ気味に繋ぎ合わせたようなタイトルだけど、内容のほうも野球と能楽をヤケクソ気味に繋ぎ合わせたような代物だった。野球はともかく、能楽が出てくるところはかなりユニークだと思う。

まず謎の依頼人捜しから始まって、中盤から11年前の自殺の目撃者を洗っていく。世間では『私が殺した少女』が傑作とされているけれど、個人的にはこちらのほうが好みかもしれない。これは『長いお別れ』を彷彿とさせる、友情の機微が堪能できたからというのもあるし、老成した沢崎の人生観が格好良かったからというのもある。

「一つだけはっきりしていることがある。人は死ねば、生き残った人間の想い出の中でしか生きられなくなる。親しい友人や家族やあるいはほかの誰かが、あいつは自殺したんだろうと勝手に納得してしまったとしても、それに一言の抗弁もできなくなるということだ」

こんな高みに立ったセリフを、自然に嫌味なく言える奴なんて、現代日本ではこのシリーズの主人公くらいしかいないだろう。平穏を守るために隠蔽されたろくでもない真相。それが容赦なく暴き立てられ、関係者が傷つくからこそ、彼の達観した態度に重みが出てくる。そのままにしておけば丸く収まったものを、いちいちほじくり返して悲しみを撒き散らすなんて、探偵というのも因果な職業である。

相変わらずワイズクラックは冴えているし、過去形を多用する文体も決まっている。シリーズを通して大きな影を落としてきた、ある人物との関係に区切りがつく展開も良い。久しぶりに本を読んで満足したのだった。

>>Author - 原りょう