2005.2c / Pulp Literature

2005.2.22 (Tue)

ロディ・ドイル『星と呼ばれた少年』(1999)

星と呼ばれた少年

★★★★★
A Star Called Henry / Roddy Doyle
実川元子 訳 / ソニー・マガジンズ / 2004.10
ISBN 4-7897-2387-9 【Amazon

1901年にダブリンで生まれたヘンリー・スマートの生涯。3部作のうちの第1作目。この巻では、彼がアイルランドの独立闘争に参加する20歳までの出来事が語られる。

これはまたえらく濃密な小説だった。ヘンリー・スマートという個人の人生を通して、20世紀のアイルランド史を再構築しようという試みだけど、とにかく血なまぐさい場面が目白押しでびっくりする。

物語は主人公が生まれる前からスタート。片足を無くして義足を使用している父親が、娼家で門番として働きつつ、実は必殺仕事人というのが面白い。依頼によってばりばり街を飛び回って人を殺している。普通、片足の障害者だったら戦闘力は低そうに思えるけれど、このオヤジというのがかなり強くて面食らう。序盤はこの男が義足でターゲットの頭をかち割っていくところがスリリングで目が離せない。

語り手のヘンリーがアイルランド独立闘争にコミットするところから、この物語の本番が始まる。闘争の悲劇や凄惨な殺人を題材にしながらも、扇情的に書き散らさないところに好感をおぼえる。本作の独立闘争は、あくまでヘンリー・スマートという下っ端の一個人から見た事件として描かれており、イデオロギー臭はほとんどない。語り口も、闘士という過激な役割とは裏腹に穏やかだから読みやすい。

架空の人物が歴史的事件の裏で暗躍する話というと、エルロイの『アメリカン・タブロイド』【Amazon】(JFK暗殺)、『アメリカン・デス・トリップ』【Amazon】(RFK暗殺)を思い出す。これらはJFKからニクソンまでのアメリカ裏面史を描こうというシリーズもので、本作同様、全三部作を予定している。本作とはだいぶかけ離れた内容なのだけど、歴史的事件に関わったヒーローが泥の中を這いずり回り、お偉いさんの命令で汚い仕事に手を染めていくところが類似している。また、日の当たらない裏街道をばく進し、決して歴史の表舞台に上がれないところも類似している。ただし、作中に充満する血なまぐささという点では本作のほうが圧倒的で、とにかく人がたくさん死んでいくのだから驚く。

というわけで、表紙からは想像もつかない壮絶人生を堪能したのだった。革命という高邁な理想に隠れた下っ端の悲哀が心に残る。これは次作にも期待したい。

以下、参考リンク。

2005.2.25 (Fri)

ハンス・クリスチャン・アンデルセン『絵のない絵本』(1854)

絵のない絵本

★★★★
Billedbog Uden Billeder / Hans Christian Andersen
矢崎源九郎 訳 / 新潮文庫 / 1952.8
ISBN 4-10-205501-0 【Amazon

貧しい絵描きに夜空の月が語りかける。全三十三夜の掌編集。

太古の昔から人類の営みを見守ってきたお月さまが、見聞してきた物語を披露し、絵描きがそれを紹介する。詩情を感じさせる描写も良いけれど、何より魅力的なのがその暖かい眼差しだろう。月という超然とした存在だから、嫌味がなくて逆に親近感が沸く。語られる内容も、古今東西の楽しい話・悲しい話が目白押し。まさに、「宝石箱のような」という形容がぴったりくる本だった。

以下、気に入った掌編をピックアップ。

第四夜

小さな町でドイツ喜劇を見てきたのでそれを報告する。月ならではの超越的な視点にはっとさせられる。地上を跳ねるノミを見るような視点というか。

第五夜

この回ではパリについて話す。フランス革命について語る下りは歴史の生き証人といった感じのスケールの大きさを感じさせる。第四夜が空間の妙なら、この第五夜は時間の妙か。月は長生きだから神秘的なのだ。

第六夜

詩人の恋物語(?)。これは話の内容そのものよりも、絵描きが気の利いたことを言うオチが秀逸。

第八夜

重い雲が一面にたれこめているせいで、今回は月の姿はなし。よって、絵描きが月の偉大さを語る。歴史の目撃者といった感じの、時の移ろいを表現するところが良い。また、第六夜同様オチも気が利いている。月の武器は空間と時間と光。高い位置にいるからこそ覗き見できるし、長い時間存在しているからこそ蓄積がある。そして、体から発する光は幻惑的で美しい。

第九夜

今度はグリーンアイランドが舞台。人間の営みを描いた好編で、自然との共生を表現した情景描写が印象的。氷山と海象(セイウチ)と海豹(アザラシ)が彩りを添える。

第十三夜

編集者の窓を覗き込んだら、若い作家の作品を巡って編集者たちがあーだこーだ言っていた。作品それ自体よりも、作家に重きを置いて議論しているところが滑稽で面白い。

第十六夜

本書収録作の中ではこれがベスト。イタリアの天才道化師の話なのだが、これがとても切ない。悲痛なことがあっても観客を笑わせなければならないし、さらには天賦の「芸」が染みついていて……というその後も物悲しい。

第十九夜

本書収録作の中ではこれが二番目に気に入った。初舞台を踏んだ新人俳優が、観客から総スカンを食って自殺未遂を図る。それから……という話。良い意味で期待を裏切られたが、それにしてもアンデルセンは芸人の悲哀を描くのが上手すぎる。

第二十六夜

夜明けに煙突から小僧が飛び出てきて「ばんざい!」と叫ぶ。それだけの話なのだが、朝の清々しさと充実感が横溢しているのだから素晴らしい。

第三十一夜

ある小さい田舎町の話。子供たちと熊が遊ぶ。これは遊んでる絵面が微笑ましいし、大人が介入するオチもユーモラス。

第三十三夜

「わたしは子供が大好きです」という月のセリフから始まる話。結局、このやさしいお月さまというのは、アンデルセン自身のことだったのだな。

>>Author - ハンス・クリスチャン・アンデルセン