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- 01 : アリステア・マクラウド『灰色の輝ける贈り物』(2000)
- 03 : 原りょう『天使たちの探偵』(1990)
- 05 : アリステア・マクラウド『冬の犬』(2000)
- 07 : J・M・クッツェー『恥辱』(1999)
- 08 : 伊坂幸太郎『グラスホッパー』(2004)
2005.4.1 (Fri)
▽アリステア・マクラウド『灰色の輝ける贈り物』(2000)
★★★★
The Golden Gift of Grey / Alistair MacLeod
中野恵津子 訳 / 新潮クレスト・ブックス / 2002.11
ISBN 4-10-590032-3 【Amazon】
短編集。「船」、「広大な闇」、「灰色の輝ける贈り物」、「帰郷」、「秋に」、「失われた血の塩の贈り物」、「ランキンズ岬への道」、「夏の終わり」の8編。
=「美也子」です。
=「ボビイ」だ。
アイコンは、アイコン・WEB素材のアッコの畑のものを使用させてもらってます。
今日は金之助がたこ焼きの食べ過ぎでダウンしたので、急きょ代打を用意しました。
ヘロー。ロサンジェルスの私立探偵ボビイだ。地元では「地獄の番犬」の異名で通っている。よろしく。
説明が必要かしら……。え〜とね、ボビイはね、ハードボイルド小説の読み過ぎて頭がおかしくなった可哀想な子なの。ときおり不可解なことを言うけれど、みなさん、なま暖かい目で見守ってあげてね。
……。
じゃ、早速はじめましょうか。この『灰色の輝ける贈り物』は、"Island"という16編入りのマクラウド全短編集から、前半の8編を収録したものです。マクラウドは寡作で、1968年からの31年間にわずか16編しか短編を発表してません。
マクラウドはカナダの東海上にあるケープ・ブレトン島の出身だ。本書に収録された短編は、全てそこを舞台にしている。これ1冊を読んだ限りでは、カナダ版ヘミングウェイといったところだな。肉体労働者の肖像とスケッチ風の自然描写、そして叙情的な幕切れがヘミングウェイを彷彿とさせる。著者近影も、髭を生やしたらヘミングウェイになりそうだ。
著者本人が似てるかどうかはともかくとして、マクラウドの場合は世代格差というのも見逃せないわね。消費社会の荒波によって、古くからの土俗的な生活が浸食される。浸食前の旧世代と、浸食後の新世代。その二者のギャップがテーマの一つになっている。
誰もが共通して抱いている、寒村のイメージがそこにはある。寒村、肉体労働、家族。これが本書の中心素材だ。
そうね。それじゃ、以下、各短編について。
「船」(1968)"The Boat"
漁師一家にスポットが当てられている。この一家は島で代々漁を営んできた家系なのだが、時代の流れでその繋がりも断ち切られそうになる。そういう寂寥感に満ちた話だ。外地の人間を極端に嫌ってたり、読書を無駄で無意味な行為と軽蔑していたり、母親が旧世代の代表格みたいになっている。娘たちは次々と外地へ嫁いでいっちまったし、息子はのんきに高校なんぞに通っている。土俗的な大家族の離散。時の流れは残酷だ。そうそう、父親が読書好きで大学へ行きたがってたことを思うと、人生は思い通りにならないものだと痛感するな。奴の若い頃は、今みたいに大学へ行くのが当たり前の時代じゃなかったのだ。日本だと、団塊世代とそのジュニアの関係に近いかもしれない。★★★★。
「広大な闇」(1971)"The Vastness of the Dark"
18歳の誕生日を迎えた少年が家を捨てて旅に出る話ね。少年の父は炭坑夫なのだけど、どうも父は好きでやってたわけじゃないみたい。義父への義理とか何とか事情があったらしいの。これも世代差を意識させる内容だった。少年がヒッチハイクして色々考えるこの小説は、さしずめ「自分探し小説」といったところね。尻切れトンボっぽい幕切れが印象的。★★★。
「灰色の輝ける贈り物」(1971)"The Golden Gift of Grey"
ハイスクールに通ってる少年が酒場に入り浸ってビリヤード漬けになる話だ。といってもこの少年、盗んだバイクで走りだすような不良少年ではない。親に儲けを差しだそうとする孝行息子なのだ。短文の積み重ね、シニカルな比喩、場末のうらぶれた雰囲気。本書収録作の中では一番ハードボイルド色が強いな。両親とのすれ違いに打ちのめされた少年が、尊敬する人物の機知に触れて成長する。「広大な闇」と本作は、マクラウド版ニック・アダムスものと言われても私は驚かない。★★★★★。
「帰郷」(1971)"The Return"
弁護士が妻と息子を連れて島へ帰郷する話ね。島を出ていったことに対して恨み言を連ねる、老婆のエゴがきついわね。家族がバラバラになるのが我慢ならないみたい。弁護士からすれば、「オレは母ちゃんの奴隷じゃないっつーの!」って感じかしら? でもね、この小説はそういったエモーションを反転させるテクニックが凄いの。「時間」を意識させるラストはじわじわってくる。★★★★★。
「秋に」(1973)"In the Fall"
年老いた馬との別れを描いた話だ。動物はあくまで実用として飼っている、という非情な現実を示している。長年親しんだ動物も、役に立たなくなったら用済み。餌代がかかるから、ペットとして手元に置くなんてもってのほかなのだ。この辺にハードボイルド魂を感じるよな、友よ? それにしても、腹いせに鶏を殺す弟はいただけない。きっと将来、同じ手口で人を殺すだろう。★★★★。
「失われた血の塩の贈り物」(1974)"The Lost Salt Gift of Blood"
4000キロの道程を経て島にやってきた旅人が、地元の子供たちと交流し、さらに家に招かれて晩ご飯を食べる。その旅人の正体が実は……というお話ね。この小説は旅人の一人称視点なのだけど、情景描写が細かいのは、外の生活者ならではの観察眼の表れなのかしら? せつない親子関係にうるっとくる短編でした。★★★★。
「ランキンズ岬への道」(1976)"The Road to Rankin's Point"
死期の迫った青年が、同じく死期の迫った祖母の元へ赴く。前半は祖母の家に辿り着くまでの話なのだが、この部分はスケッチ風の風景描写が鮮やかだった。それで、辿り着いてからの後半は祖母絡みの話。この婆さん、70年前に夫を亡くしたんだな。現在彼女は島の辺鄙な場所で一人暮らししている。周囲は老人ホーム入りを勧めているが、彼女は頑なに拒否しているという図式だ。老人ホームが監獄みたいな扱いなのはどの小説も一緒だな。タフでなければ生きられない。刮目せよ。家族がバラバラになるというのはこういうことなのだ。★★★。
「夏の終わり」(1976)"The Closing Down of Summer"
世界中の鉱山開発に携わる凄腕の立坑チーム。彼らの生き様にまつわる話ね。五体満足でいられない過酷な環境へ飛び込む彼らだけど、その生き様は決して子供たちに伝えられることはない。いかにして世代間の断絶が生まれるか、みたいなメカニズムの一端を垣間見た気がしたわ。★★★。
#2005年3月某日/某天王寺公園にて
2005.4.3 (Sun)
▲原りょう『天使たちの探偵』(1990)
★★★
ハヤカワ文庫JA / 1997.3
ISBN 4-15-030576-5 【Amazon】
沢崎もの連作短編集。「少年の見た男」、「子供を失った男」、「二四〇号室の男」、「イニシアル"M"の男」、「歩道橋の男」、「選ばれる男」の6編。プラス、文庫版ではあとがき代わりに、掌編「探偵志願の男」が収録されている。
新宿を舞台にした私立探偵小説。長編2作目の『私が殺した少女』【Amazon】(1989)と、3作目の『さらば長き眠り』【Amazon】(1995)の間に出版された本、ということになる。連作形式になると目立つのが、沢崎が依頼人との雇用関係に執着するところだろう。彼は行きがかりで事件に巻き込まれても、毎回どうにかして依頼人を得ようとしている。もちろん、これは単純に金銭的な意味合いもあるのだが、実は事件に関わるための自己正当化的な意味合いもあって、なかなか複雑なのである。特に「イニシアル"M"の男」なんかは、探偵料を貰う当てもないのに、死者との雇用関係を捏造して事件に飛び込むのだから驚く。沢崎は筋を通すことに熱心な探偵なのだ。
以下、各短編について。
「少年の見た男」
少年と関わって銀行強盗事件に巻き込まれる話。10歳の子供が人の命を救うために、なけなしの5万円をはたいて探偵を雇うわけだが、それによって隠蔽されるべき虚偽が暴かれてしまう。横断歩道で二人がすれ違う、哀愁の幕切れが良い。★★★★。
「子供を失った男」
韓国人の音楽家から轢き逃げ犯捜索の依頼をされる話。脅迫を受けた音楽家には子供を巡るやんごとなき過去があり、物語はその子供に焦点がシフトしていく。音楽家の嘘を見破る、沢崎の推理が冴えている。★★★。
「二四〇号室の男」
金持ちの依頼で娘を尾行する。その娘は金持ちを尾行していた。家族の歪み系の話。これはけっこう本格的な論理の逆転が味わえる。冒頭に対応する締めの文も気が利いてて良い。★★★★。
「イニシアル"M"の男」
芸能人の飛び降り自殺事件。自殺を宣言した娘による間違い電話が発端で、事件に関わることになる。遺書に"M"に対する恨み言が書かれていたので、それを手がかりに調査していく。これも「二四〇号室の男」同様、締めの文がイカしている。★★★。
「歩道橋の男」
金持ち女の孫にまつわる話。簡単にいえば、お家騒動である。一族間の齟齬は、財産があればあるほど激しくなっていく。★★★。
「選ばれる男」
不良系の少年が殺人事件に巻き込まれた。市議会議員の選挙に立候補している少年補導員と一緒に調査する。意外なトリックが仕掛けられていてビックリした。★★★。
「探偵志願の男」
『さらば長き眠り』の後の話。沢崎が私立探偵になったきっかけを語る。申し訳ないが、「翼をなくした天使たち」というフレーズを見た瞬間、思わず吹きだしてしまった。★★★。
2005.4.5 (Tue)
△アリステア・マクラウド『冬の犬』(2000)
★★★★★
Winter Dog / Alistair MacLeod
中野恵津子 訳 / 新潮クレスト・ブックス / 2004.1
ISBN 4-10-590037-4 【Amazon】
短編集。「すべてのものに季節がある」、「二度目の春」、「冬の犬」、「完璧なる調和」、「島が太陽を運んでくるように」、「幻影」、「島」、「クリアランス」の8編。
=「美也子」です。
=「ボビイ」だ。
アイコンは、アイコン・WEB素材のアッコの畑のものを使用させてもらってます。
ヘロー。ロサンジェルスの私立探偵ボビイだ。
ボビイは1回限りの代打だと思っていたのだけど、結局、レギュラーに昇格しちゃったのね。ロサンジェルスには帰らなくていいの?
私は心優しき探偵だ。しばらく日本に残って君たちの茶番に付き合ってやることにしたよ。どうやら君たちに必要なのは、洗練された弁舌の持ち主のようだからね。
はいはい、戯れ言はここまでにしてと……。今日取り上げるのは、"Island"の後半にあたる『冬の犬』です。"Island"とは、16編入りのマクラウド全短編集。邦訳本では、前半の8編を『灰色の輝ける贈り物』に、後半の8編をこの『冬の犬』に、それぞれ収録しています。マクラウドは寡作で、1968年からの31年間に、わずか16編しか短編を発表してません。
『灰色の輝ける贈り物』はどことなくヘミングウェイを連想させたが、本書収録作はそれとはガラリと変わった作風になったな。今まで通り世代間のギャップに触れつつも、民族伝承が前面に出てくるようになった。ほとんどが回想話で、在りし日への追憶という要素が一層強まっていた。ゲール語、一族、伝承。「マイノリティ讃歌」の一言では片づけられない、生活と感動がそこにはある。
年輪を重ねたって感じの変化かしらね。でも、作風は変わっても、相変わらず一編一編が重厚なの。しばらく余韻を楽しみながら、時間を置いて次の短編へ読み進んだ。これは一気読みには向いてない短編集ね。じっくりと噛みしめて味わうタイプ。
私は高級ワインを味わうようにして読んだよ。まず匂いを嗅ぎ、それから一口含んで、舌先でゆっくりと転がす。
ボビイに高級ワインなんて、犬にダイヤモンドってくらい似合わないけどね。それじゃ、以下、各短編について。
「すべてのものに季節がある」(1977)"To Every Thing Is a Season"
掌編と言って良いくらいの、短めの作品だ。男が11歳の、ハロウィンからクリスマスの頃を回想する。11歳の彼は、サンタクロースがいないことに薄々気づきながらも、かすかに希望を抱いていたのだな。そんな少年がいかにして大人の仲間入りを果たすか。子供と大人の微妙な間に立つ、複雑な心理が描かれている。通過儀礼は人それぞれだが、この少年にとってはクリスマスの出来事がそれに当たるのだな。生まれたときから1度もサンタクロースを信じたことのない、今時のジャパニーズでも共感できる逸品である。★★★★。
「二度目の春」(1980)"Second Spring"
子牛クラブの夢に熱中した、7年生の少年時代を回想した話ね。子牛クラブっていうのは、「たまごクラブ」とか「ひよこクラブ」とか連想しそうだけど、そういうのとは全然違うの。牛の優良種を作るための仕組みのことなの。それで、少年が自分の雌牛を純血種の牡牛と交配させようとするのだけど……。この小説は生々しい生活描写が凄いわね。牧畜生活の手順を、動物の解体まで裏表なくスケッチしていく。これが血の匂いまで伝わってきそうなほどリアルで読ませるの。★★★★。
「冬の犬」(1981)"Winter Dog"
雪の上で子供たちが犬と戯れている。それを見た父親が、犬と関わった自身の少年時代を回顧する。要するに入れ子形式ってやつだな。で、少年の家族が金を出して買った犬は、非実用的な「使えない」犬だった。ある日、少年はその犬に橇を引っ張らせて氷上を行くのだが……。少年と犬が吹雪の氷上を踏破していくところは、ジャック・ロンドンの「焚火」を彷彿とさせる。涙が凍り、睫毛が垂れ下がってくる極限状態だ。濡れたそばから凍っていくのだから危険である。手に汗にぎる冒険と、その後の意外な顛末……。ボビイ、号泣。全ての犬好きにお勧めしておこう。★★★★。
「完璧なる調和」(1984)"The Tuning of Perfection"
主人公は78歳の老人。彼は「本物のゲール語民謡の最後の歌い手」なの。そんな彼と彼の一族が、公演のオーディションを受けることになるのよね。代々伝わってきた土着の民謡も、世界が繋がった現在では見せ物の対象ってわけ。それで、プロデューサーは老人にとっては言語道断の無理難題を突きつけるの。モーツァルトは自身の曲について、音符1つもカットできないと言ってたそうだけど、この老人の心境も同じようなものかしら? こだわりの老人とはっとするラスト。何だかミルハウザーの短編を思い出した。★★★★★。
「島が太陽を運んでくるように」(1985)"As Birds Bring Forth the Sun"
掌編と言って良いくらいの短めの小説だ。心優しき男が捨て犬を拾って育てる。やがて、その犬は大きく成長し……。一族を悩ます伝承の話だな。ある人物の不幸以来、この一族には特定の生物が恐怖の対象として現れるようになったのだ。きっと彼らは覚醒剤の常習者だったのだろう。薬物中毒者は狂犬病の犬よりタチが悪い。★★★。
あの〜、そういう話じゃないと思うんだけど〜?
「幻影」(1986)"Vision"
入れ子形式ね。男がロブスター漁を手伝っていた自身の少年時代を回顧し、さらに父の少年時代を物語るという趣向。父と叔父は双子なの。そういえば、「完璧なる調和」にも双子の兄弟が出てきたけど、マクラウドって双子が好きなのかしら? それはともかく、2人が祖父母のもとへ遊びに行くのね。で、猫屋敷に住む盲目の老婆と出会う。この小説は伝承が複数語られたり、盲目というテーマで一本筋が通ってたりするのよね。脈々と続く、血族の縦の繋がり。それぞれに物語があるんだねー、としんみりきちゃった。★★★★★。
「島」(1988)"Island"
灯台守の女性の話だ。祖父の代から孤島に住んでいるのだが、女性の代になって1人になってしまったのだな。子供は本島の親戚のもとに引き取られちまったし、子供の父は妊娠してるときに死んじまったし。おまけにテクノロジーの発達で、灯台はハードボイルド小説の私立探偵のごとく時代遅れになりつつある。灯台の伝統と女性の孤独。螺旋状にもつれ合った2つの鎖が、ラストでどういう形を結ぶのか。本作みたいな時の流れのある話は、しみじみとした味わいがあって良いな。素晴らしい後味の傑作である、と主張しておこう。★★★★★。
「クリアランス」(1999)"Clearances"
移ろいゆく時の流れを生きてきた老人の話。医者は妙な化学薬品を妻に処方するし、島は観光地にされちゃうし、英語を覚えないと仕事にならないし。大自然に囲まれた島にも変化の波が押し寄せていて、そんななかを老人は泳いできたのね。もう、昔のような生き方はできないのねえ、と読んでるこちらがため息ついちゃう。短編集を締めるのにふさわしい内容じゃないかしら。★★★。
#2005年4月某日/某天王寺公園にて
2005.4.7 (Thu)
▲J・M・クッツェー『恥辱』(1999)
★★★
Disgrace / J. M. Coetzee
鴻巣友季子 訳 / 早川書房 / 2000.11 / ブッカー賞
ISBN 4-15-208315-8 【Amazon】(ハードカバー)
ISBN 4-15-120042-8 【Amazon】(文庫)
ケープタウンの大学教授がセクハラ騒ぎで辞任をし、娘が運営する農場に寄宿する。その後、事件が起きて蛮地の不条理さを目の当たりにする。
これは月並みな感想なのだろうけど、やはり教授のパーソナリティが面白い。女性をセックスの道具としか見ておらず、馴染みの娼婦を追い回したり、教え子にレイプまがいのセックスを強要したり、ラリった女と関係を持ってポイ捨てしたり、モラルの欠落っぷりが堂に入っている。また、彼の語りはインテリ特有の見下した視線が基調になっていて、ここまで徹底してると笑えるってくらい嫌な奴で通している。でまあ、こんな悪漢が自分を取り巻く世界を容赦なく斬り捨てていくところに、上質のブラックユーモアを感じるわけだ。たとえば、醜女と性交した後の自虐的な思考(196ページにある)なんか、不謹慎だと思いながらもついつい笑ってしまう。おいおいあんたそこまで言うか、という感じで。
事件後の状況はちょっとだけカフカっぽい。部外者の教授は、土着の黒人はおろか実の娘とすら対話不能に陥る。西洋的な論理が通じず、教授の説得や究明はひたすら空回りを続ける。同じ南アフリカでも、白人インテリの住む都市部と、黒人パンピーの住むド田舎では、意思の疎通が不可能なほど違うということなのだろうか。部外者に閉ざされた田舎と、そこで何の成果も出せない我らが教授。訳者あとがきによると、『審判』【Amazon】の一節を引用しているようだから(*1)、おそらくは何らかの関係があるのだろう。いずれにせよ、白人と黒人の溝は恐ろしく深いということなのだろうな。
2005.4.8 (Fri)
▲伊坂幸太郎『グラスホッパー』(2004)
★★★
角川書店 / 2004.7
ISBN 4-04-873547-0 【Amazon】
復讐目的で非合法会社に潜入する、一般人の「鈴木」。相棒にこき使われっぱなしな、ナイフ使いの殺し屋「蝉」。亡霊に悩まされる、自殺専門の殺し屋「鯨」。その3人が、交通事故に見せかけて人を殺す、「押し屋」を巡って交錯する。
珍しく死の匂いが漂った話で楽しめた。群像劇が好きだからという理由を抜きにしても、とりあえず前作の『チルドレン』よりはこちらの方が上のような気がする。ただ、群像劇とは言っても、その手の趣向から予想される錯綜の妙があまりなくて寂しいけれど。
オフビートなキャラクターたちが良い。「蝉」のちょっとずれた軽妙さとか、「鯨」の幻想世界トリップ劇とか、「蝉」相棒の奇妙な引用癖とか。非情な内容のなかにユーモアが紛れていて息苦しさを感じさせない。本作の美点は、人がバタバタ殺されていくにもかかわらず、それほど悲壮感がないところだろう。
物語を回す役目の「鈴木」は、良い人ただしバカ。判で押したような行動の抜け具合がちときつい。それと、いわゆる「驚き役」が過剰になっているところも。この著者の小説で引っ掛かるのは、よく言われる「平板な悪人」ではなく、こういう「善良な普通人」だったりする。
ところで、プロットの妙よりキャラの魅力、みたいな主張をしつつも、それでもラスト一行は普通に驚いたのだった。『ラッシュライフ』以降の伊坂小説の中では、今のところ本作がベストかもしれない。