2005.4a / Pulp Literature

2005.4.3 (Sun)

原りょう『天使たちの探偵』(1990)

天使たちの探偵(111x160)

★★★
ハヤカワ文庫JA / 1997.3
ISBN 4-15-030576-5 【Amazon

沢崎もの連作短編集。「少年の見た男」、「子供を失った男」、「二四〇号室の男」、「イニシアル"M"の男」、「歩道橋の男」、「選ばれる男」の6編。プラス、文庫版ではあとがき代わりに、掌編「探偵志願の男」が収録されている。

新宿を舞台にした私立探偵小説。長編2作目の『私が殺した少女』【Amazon】(1989)と、3作目の『さらば長き眠り』【Amazon】(1995)の間に出版された本、ということになる。連作形式になると目立つのが、沢崎が依頼人との雇用関係に執着するところだろう。彼は行きがかりで事件に巻き込まれても、毎回どうにかして依頼人を得ようとしている。もちろん、これは単純に金銭的な意味合いもあるけれど、実は事件に関わるための自己正当化的な意味合いもあって、なかなか複雑なのである。特に「イニシアル"M"の男」なんかは、探偵料を貰う当てもないのに、死者との雇用関係を捏造して事件に飛び込むのだから驚く。沢崎は筋を通すことに熱心なのだ。

以下、各短編について。

「少年の見た男」

少年と関わって銀行強盗事件に巻き込まれる。

10歳の子供が人の命を救うために、なけなしの5万円をはたいて探偵を雇う。しかし、それによって隠蔽されていた虚偽が暴かれてしまう。横断歩道で2人がすれ違う哀愁の幕切れが良い。★★★★。

「子供を失った男」

韓国人の音楽家から轢き逃げ犯捜索の依頼をされる。

脅迫を受けた音楽家には子供を巡るやんごとなき過去があり、物語はその子供に焦点がシフトしていく。音楽家の嘘を見破る沢崎の推理が冴えている。★★★。

「二四〇号室の男」

金持ちの依頼で娘を尾行する。その娘は金持ちを尾行していた。

家族の歪み系の話。これはけっこう本格的な逆転の快感が味わえる。冒頭に対応する締めの文も気が利いてて良い。★★★★。

「イニシアル"M"の男」

芸能人の飛び降り自殺事件。自殺を宣言した娘による間違い電話が発端で、事件に関わることになる。

遺書に"M"に対する恨み言が書かれていたので、それを手がかりに調査していく。これも「二四〇号室の男」同様、締めの文がイカしている。★★★。

「歩道橋の男」

金持ち女の孫にまつわる話。

簡単にいえば、お家騒動である。一族間の齟齬は、財産があればあるほど激しくなっていく。★★★。

「選ばれる男」

不良系の少年が殺人事件に巻き込まれた。市議会議員の選挙に立候補している少年補導員と一緒に調査する。

意外なトリックが仕掛けられていてビックリした。★★★。

「探偵志願の男」

『さらば長き眠り』の後の話。沢崎が私立探偵になったきっかけを語る。

非常に言いづらいのだけど、「翼をなくした天使たち」というフレーズを見た瞬間、思わず吹き出してしまった。さすがにこれはまずいでしょう……。★★★。

>>Author - 原りょう

2005.4.7 (Thu)

J・M・クッツェー『恥辱』(1999)

恥辱(109x160)

★★★
Disgrace / J.M. Coetzee
鴻巣友季子 訳 / 早川書房 / 2000.11 / ブッカー賞
ISBN 4-15-208315-8 【Amazon】(単行本)
ISBN 4-15-120042-8 【Amazon】(文庫)

ケープタウンの大学教授がセクハラ騒ぎで辞任し、娘の農場に寄宿することに。その後、事件が起きて蛮地の不条理さを目の当たりにする。

これは月並みな感想なのだろうけど、やはり教授のパーソナリティが面白い。女性をセックスの道具としか見ておらず、馴染みの娼婦を追い回したり、教え子にレイプまがいのセックスを強要したり、ラリった女と関係を持ってポイ捨てしたり、モラルの欠落っぷりが堂に入っている。また、彼の語りはインテリ特有の見下した視線が基調になっていて、ここまで徹底してると笑えるってくらい嫌な奴で通している。

でまあ、こんな悪漢が自分を取り巻く世界を容赦なく斬り捨てていくところに、上質のブラックユーモアを感じるわけだ。たとえば、醜女と性交した後の自虐的な思考(196ページにある)なんか、不謹慎だと思いながらもついつい笑ってしまう。あんたそこまで言うか、みたいな。

事件後の状況はちょっとだけカフカっぽい。部外者の教授は、土着の黒人はおろか実の娘とすら対話不能に陥る。西洋的な論理が通じず、教授の説得や究明はひたすら空回りを続ける。同じ南アフリカでも、白人インテリの住む都市部と、黒人パンピーの住むド田舎では、意思の疎通が不可能なほど違うのだろう。部外者に閉ざされた田舎と、そこで何の成果も出せない教授。見事にカフカ的状況ができあがっている。さすが南アフリカだ。

>>Author - J・M・クッツェー

2005.4.8 (Fri)

伊坂幸太郎『グラスホッパー』(2004)

グラスホッパー(111x160)

★★★
角川書店 / 2004.7
ISBN 4-04-873547-0 【Amazon

一般人の「鈴木」は復讐目的で非合法会社に潜入し、ナイフ使いの殺し屋「蝉」は相棒にこき使われ、ターゲットを自殺させる「鯨」は亡霊に悩まされている。3人は、交通事故に見せかけて人を殺す「押し屋」を巡って交錯するのだった。

珍しく死の匂いが漂った話で楽しめた。群像劇が好きだからという理由を抜きにしても、とりあえず前作の『チルドレン』よりはこちらの方が上だと思う。ただ、群像劇とは言っても、その手の趣向から予想される錯綜の妙があまりないけれど。

オフビートなキャラクターたちが良い。「蝉」のちょっとずれた軽妙さとか、「鯨」の幻想世界トリップ劇とか、「蝉」相棒の奇妙な引用癖とか。非情な内容のなかにユーモアが紛れていて、息苦しさを感じさせない。本作の美点は、人がバタバタ殺されていくにもかかわらず、それほど悲壮感がないところだろう。

物語を回す役目の「鈴木」は、良い人ただしバカ。判で押したような行動の抜け具合がちときつい。それと、いわゆる「驚き役」が過剰になっているところも。この著者の小説で引っ掛かるのは、よく言われる「平板な悪人」ではなく、こういう「善良な普通人」だったりする。

ところで、プロットの妙よりキャラの魅力、みたいな主張をしつつも、それでもラスト一行は普通に驚いたのだった。『ラッシュライフ』以降の伊坂小説の中では、今のところ本作がベストかもしれない。

>>Author - 伊坂幸太郎