2005.9a / Pulp Literature

2005.9.1 (Thu)

奥田英朗『サウスバウンド』(2005)

サウスバウンド(105x160)

★★★★
角川書店 / 2005.6
ISBN 4-04-873611-6 【Amazon

中野に住む小学6年の少年。彼の父は元過激派で、現在はアナーキストを標榜していた。そんな父がはた迷惑な騒動を起こす。さらに、少年は不良中学生に目をつけられ、金を集めてくるよう恐喝される。

2部構成。友人との付き合いや不良との諍いなど、少年の等身大の生活を描いた話かと思いきや、第2部で『ガダラの豚』ばりの大転回をしていて驚いた。どこまでネタを割っていいのか悩むけれど、これはまあ環境的な変化であり、1部での生活を受けた、理想への実践を描いている。もう少し具体的にいうと、東京で社会不適合者に過ぎなかった父が、環境の変化によって英雄になり、彼の行動を通して現代の大人たちに警鐘を鳴らすことになる。

父親というのがエキセントリックで、年金の支払いを拒否するわ、修学旅行の積立金に文句をつけるわ、自給自足の生活を目指してるわ、全共闘の残滓のような空回りぶりを見せる。彼は昔、伝説の闘士として敵から恐れられていた男で、家庭を持った今でも反骨精神を忘れていない。それどころか、自分の正義を信じて妥協せず、個人で国家と闘争を続けている。少年はそれを恥じ、苦々しくさえ思うのだけど、それが第2部ではまるで地殻変動でも起こったかのような、価値観の大逆転が起きてしまう。

天然キャラによる荒療治というのが、日本のエンタメ小説のムーブメントになっているような気がする。閉塞した大人の世界を、社会常識に囚われないヒーローが引っかき回す。ここで重要なのは、ヒーローがエキセントリックゆえに孤高の存在であるところだろう。押しつけがましい正義や連帯など、今では誰も共感しない。だからこそ、ドン・キホーテ的な人物に活躍の余地がある。

そんな変人に説得力を持たせるには、やっぱりロジックというのが必要なのだけれども、本作はそれがとても上手い。たとえば、市民運動家と対比させて独自性を明らかにしたり、伝承と重ねて理想的な人物像に仕立てたり。はたまた、2部構成にして価値観を逆転させたり、子どもの無垢な視点を利用して見上げてみたり……。そんなわけで、この部分には相当な注意が払われている。そして、世の中の理不尽に圧迫を感じながらも、それに従わざるを得ない我々は、いつしか彼の行動に惜しみない拍手を送ることになる。

ほか、本作は家族ものとしても優れているし、少年生活を綴った成長小説としても楽しめる。様々な面白さが詰まった良作という感じだった。

>>Author - 奥田英朗

2005.9.3 (Sat)

ユーディット・ヘルマン『夏の家、その後』(1998)

夏の家、その後(108x160)

★★★
Sommerhaus, Spater / Judith Hermann
松永美穂 訳 / 河出書房新社 / 2005.7
ISBN 4-309-20443-0 【Amazon

短編集。「紅珊瑚」、「ハリケーン(サヨナラのかたち)」、「ソニヤ」、「何かの終わり」、「バリの女」、「ハンター・ジョンソンの音楽」、「夏の家、その後」、「カメラ=オブスキュラ」、「オーダー川のこちら側」の9編。

著者のデビュー作で、ドイツではベストセラーになったとのこと。失礼ながら、最初にカバー折り返しにある著者の写真を見て男性だと思っていた。なので、本書を読み始めてそのあまりの感性的な文章にびっくり。慌てて訳者あとがきを捲って、女性であることを確認したのだった。

というわけで、上記のエピソードからお分かりの通り、本書は「繊細な感性」を売りにした女性向けの小説。ドイツの小説なのにナチスに言及しておらず、もっぱら2人の男女、もしくは4〜5人くらいの小さなサークルに焦点を当て、男女関係の機微を描いている。ほとんどの短編は生活感が希薄で、フランスのお洒落系映画みたいなアンニュイな雰囲気が支配的。別れやすれ違いなど、あの手この手でせつなさを演出している。

以下、各短編について。

「紅珊瑚」

女性の語り手が、紅珊瑚の腕輪と恋人を失った話を物語る。腕輪には曾祖母にまつわる曰くがあり、彼らの物語が現在まで深刻な影響を与えていた。

自意識語りみたいな雰囲気が濃厚で、途中までうんざりしていたのだけど(「自分自身に興味が持てないんです」なんて言い出したときには、読むのを止めようかと思った)、後ろから2段落目の、紅珊瑚がばらばらになる描写が素晴らしくて全て許せた。世代を越えて続いていた物語が一気に飛び散ってしまったような、そんな感覚。比喩の力、想像の力、そして文章の力は偉大だと思った。★★★★。

「ハリケーン(サヨナラのかたち)」

ハリケーンの迫るカリブ海の島に、ドイツ人の男女が4〜5人ほど集まって遊ぶ。

結ばれない男女の、ほんのりせつない別れを描いた話。ハリケーンが通り過ぎた後の晴れ間という、ラストの情景の示し方が上手い。★★★。

「ソニヤ」

画家がソニヤという行きずりの女に惹かれる。

画家の一人称で書かれているせいか、ソニヤという女が異様に謎めいていて緊張感がある(パーティーに赤いビロードのドレスを着てくるなんて、そりゃ確かに驚く)。心の揺曳を繊細に、かつ感覚的に追った話で、よく出来たフランス映画みたいな印象。★★★★。

「何かの終わり」

ゾフィーという名の女が祖母の晩年を語る。

10ページほどの短い話。子どもの片目に石を投げて失明させた、みたいな下りを読んでぞっとした。全体的に古めかしい狂気をはらんだ雰囲気で、映像的なラストもそれに輪をかけているけれど、でも何かこう、「はい、そうですか」としか言いようがない。★★。

「バリの女」

「バリの女」と書いて「バリのひと」と読ませることから分かる通り、いかにもフランス映画って感じの話。「ソニヤ」で画家が登場したのに対し、今回は映画監督が登場する。2、30年前のフィクションで散見された、ヒッピー的な倦怠感あふれる生態。その中で、男女の微妙な関係を寸止め的に描く。★★。

「ハンター・ジョンソンの音楽」

滞在客は老人ばかりで、管理人はおそろしく意地悪な場末のホテル。そこで生活している男が、若い女の子と出会い、食事の約束をする。

これは素晴らしい。厭世的な人間の出会いと喪失を描いた話。村上春樹風にいえば、「入口があって出口がある」みたいな。ホテルのうらぶれた空気が、男の孤独な境遇にマッチしている。本作の中ではこれがベスト。★★★★。

「夏の家、その後」

女性の一人称視点。恋人が家を買ったので遊びに行ったら、そこは今にも崩れそうなオンボロ一軒家だった。

男のほうが訳ありという男女のすれ違いの話。多くを語らないというのが、本書における「せつなさ」の源泉なのだと思う。★★★。

「カメラ=オブスキュラ」

女性と「アーティスト」の、一風変わった男と女の関係。

「アーティスト」は女性より頭3つぶん背が低くて、ちょっと性格が変。女性が「アーティスト」に惹かれて、奇妙な交際をする。内容はともかく、文章に違和感を覚えた箇所あり。作品をまたいで同じ比喩表現が出てくるところが引っ掛かった。変わった比喩は、使い回すと語彙が貧困に見えてしまう。★★★。

「オーダー川のこちら側」

田舎でのんびり生活している男のもとに、姪がやってきた。

男は姪のことを歓迎していない。どうやら、彼女の親父と何かあったらしく、久しく疎遠になっている。で、姪との交流によって、そんなわだかまりが解きほぐされていく。別れの余韻に浸れる、しんみりとした短編だった。★★★★。

>>Author - ユーディット・ヘルマン

>>Modern & Classic

2005.9.4 (Sun)

村上春樹『パン屋再襲撃』(1986)

★★★
文春文庫 / 1989.4
ISBN 4-16-750201-1 【Amazon

短編集。「パン屋再襲撃」、「象の消滅」、「ファミリー・アフェア」、「双子と沈んだ大陸」、「ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界」、「ねじまき鳥と火曜日の女たち」の6編。

「渡辺昇」(*1)なる名前が複数の作品で登場する短編集。彼は一貫したアイデンティティを保持しているわけではなく、作品ごとにそれぞれ境遇が異なっている。なので、まるで違った人生を歩んでいるようなパラレル感がある。

全体としては、村上春樹らしいとしか言いようがない作風。マイ・ペースな「僕」を語り手に据え、他者との関わりのありかた、ずれの認識と変化の受容、みたいなものを題材にしている。自意識の及ぶ範囲の物事で悩むところが現代的なのだろうか。こういうのを読むと、世の中20年前と大して変わってないような気がする。

以下、各短編について。

「パン屋再襲撃」

10年前に「僕」は相棒とパン屋襲撃を敢行し、ほとんど失敗と言っていい結果に終わった。そのことを妻に話したら、もう一度パン屋を襲撃すべきだと言われる。「僕」と妻はパン屋を再襲撃すべく、車で夜の街に繰り出す。

寓話っぽい話。夫婦が耐え難い「特殊な飢餓」に襲われるところから始まる。過去にパン屋襲撃を果たせなかったことで呪いがかかり、その呪いはパン屋を襲撃することでしか解けない。……と、こういう小説から意味を引き出そうとする行為は、たぶん不毛なのだろう(たとえば、パン屋襲撃は全共闘を意味し、マクドナルドを襲うのはアメリカ資本主義に対する反抗を表しているのだとか)。とりあえず、ナンセンスな雰囲気が味わえる。★★★。

「象の消滅」

動物園の象が脱走の形跡もなく忽然と姿を消した。それと同時に飼育係も行方不明になった。

不思議な現象を覗いた「僕」の、何かを悟ったかのような心境が印象的。「パン屋再襲撃」の冒頭みたいなラストで、これは姉妹編のような気がする。★★★。

「ファミリー・アフェア」

「僕」が妹の婚約者と会うことに。

今風の若者って感じの他人に無関心な「僕」が、騒動を通して新しい状況を受け入れていく。「僕」と妹の会話が面白い。★★★★。

「双子と沈んだ大陸」

『1973年のピンボール』の後日譚。双子と別れて半年経ったある日、「僕」は雑誌に双子の写真が載っているのを発見する。

「僕」にとっては双子とは通過してしまった存在であり、コンクリートに塗り込められても助けようがない、そういう位置にいる。失っていくものへの無力感と、それはしょうがないんだという諦観に満ちた一編。★★★。

「ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界」

「僕」が一週間ぶんの日記をつけている最中、外では強風が吹いていた。

歴史小説みたいなタイトルだけど中身は全然違う。舞台は現代で、行為についての不条理性がポジティブに書かれている。不自然なくらいさわやかでびっくりした。★★★。

「ねじまき鳥と火曜日の女たち」

「僕」の元に見知らぬ女から電話が掛かってくる。何でも、10分で分かり合えるようになれるとか。

『ねじまき島クロニクル』の元になった短編。奇妙なコミュニケーション路線の小説で、「僕」と3人の女性の会話が主体。それにしても、ラストで妻が言う猫の責任云々は言い掛かりにしか見えない……。★★★。

>>Author - 村上春樹

*1: 安西水丸の本名だそうだ。

2005.9.6 (Tue)

ヤン・マーテル『パイの物語』(2001)

パイの物語(112x160)

★★★★
Life of Pi / Yann Martel
唐沢則幸 訳 / 竹書房 / 2004.2 / ブッカー賞
ISBN 4-8124-1533-0 【Amazon

1977年のインド。カナダへ向けて出港した貨物船が沈没し、当時16歳だったパイ少年が漂流する。救命ボートには、少年のほかにベンガルトラをはじめとする4頭の獣たちが乗っていた。

これは面白かった。カバーイラストから、人間と動物が協力し合う牧歌的な物語を想像したのだけど、実際に読んでみたらまったく違っていた。少年と同伴する獣たちは、ベンガルトラ・ハイエナ・オラウータン・シマウマであり、みなペットやパートナーといった概念から程遠い、折り紙つきの猛獣である。生きるか死ぬか、食うか食われるか。弱肉強食の世界が、長さ8メートルほどのボート上に圧縮されている。しかも、海には鮫がうようよしていて逃げ場がない。……と、そんな前面のトラ・後門のサメ状態にありながら、少年は227日間漂流してみごと生還する。

漂流前の第1部で動物についての正しい知識が説明され、それが第2部の漂流譚で活用されている。だから、読み手は少年の境遇の恐ろしさに感情移入しやすいし、また、そんなシビアな状況からいかにして生き延びるのか興味も沸いてくる。普通の漂流でさえ生還は難しいというのに、そこへ猛獣という凶悪なファクターがついてくる。トラへの対処を中心とした物語の牽引力は抜群で、漂流してからはページを捲る手が止まらくなった。

サバイバルのために試行錯誤するところは、『ロビンソン・クルーソー』を連想させる。ただ、『ロビンソン・クルーソー』が大地を足場にしていたのに対し、本作は救命ボート上ということもあって、海を足場にしている。そのため、真水の確保と食糧の調達の難易度は、本作のほうが圧倒的に高い。しかも、トラの分まで用意しないと、自分がエサになってしまうのだから大変だ。魚釣り・海亀捕り・水の精製・船の改造、そしてトラとの共生。困難な状況だからこそ、方策が成功したときの喜びは大きい。さらに、そうやって漂流生活していくうちに、意外なエピソードが飛び出してくる……。

漂流後の第3部は、解説にあった「ポストモダン」という表現が適切で、良くも悪くも一筋縄ではいかないような様相を呈している。正直いってこの捻り方は古臭いし、今となっては安直という誹りも免れないだろう。しかしその一方で、この捻りが少年の悲劇性をより一層浮かび上がらせるような効果もあって、なかなか断じがたいところもある。まあ、少なくとも、漂流生活が読ませる出来であることは間違いないのだから、結末だけを取り出すのはお門違いかもしれない。

なお、日本人の描き方はけっこう辛辣。「捕鯨は犯罪だ」みたいなことを言っていたのは、第3部のインタビューを踏まえていたのだろうか。あと、宗教方面でも日本人を意識してそうだ。平均的な日本人は、キリスト教もイスラム教もヒンドゥー教も、みな胡散臭い思想だと思っている。ひとたび信者に遭遇したら、もの凄い勢いで後ろ指をさすに違いない。だから、日本人が本作を読めば、パイ少年が3つの宗教を信奉するところに危うさをおぼえるだろうし、また、大昔の人が作った物語を鵜呑みにするところに野蛮さを感じるだろう。と、その手の宗教否定の感情を意識したかのだろうか、本作には宗教(というか、その根幹をなす物語)を肯定的に捉える記述がちらほら見える。

本作はまぎれもないページ・ターナーであり、漂流ものが好きな人にもそうでない人にもお勧めである。とにかく、トラと漂流するという奇抜な状況が面白く、サバイバルの描写にぐいぐい引き込まれる。上質のエンタメ性を備えた本作は、幅広い層の支持を受けるんじゃないかと思った。

>>Author - ヤン・マーテル