2005.9b / Pulp Literature

2005.9.11 (Sun)

モーリス・メーテルリンク『青い鳥』(1908)

青い鳥(112x160)

★★★★
L'oiseau Bleu / Maurice Maeterlinck
堀口大學 訳 / 新潮文庫 / 1960.2
ISBN 4-10-201301-6 【Amazon

戯曲。貧しい兄妹のチルチルとミチルが、妖女の依頼で「青い鳥」を探しにいく。実体化した「光」の助言に従い、犬や猫、火や水など、物体の魂をお供に冒険する。

今更ながら初読。『不思議の国のアリス』をより洗練させたような、視覚効果の高い世界観が素晴らしかった。動物や物、元素のみならず、観念までが実体化しているところが面白い。たとえば、「幸福」なんて目に見えないものが堂々と人間化し、さらにそれが、「ふとりかった幸福」、「もののわからない幸福」、「子供たちの幸福」などに細分化されている。他にも、実体化する「病気」、「戦争」、「時」などなど、舞台のファンタジーぶりが楽しい。兄妹はそんな魂たちと対話しながら、夢みたいな世界を遍歴する。

他人のために青い鳥を探してやるとか、死者を思い出すことの大切さとか、本作はファンタジーというフィルターを通したからこそ、道徳的なメッセージがストレートに伝わってくる。個人的には予備知識なしで読んだので、青い鳥の行方とその後の結末はけっこう衝撃的だった。まさか○○オチだとは……。本作はファンタジックな世界観も含めて、是非とも舞台で鑑賞してみたいという気にさせる。童話をモチーフにした衣裳や、墓場が花園に変わる場面など、さぞ見栄えがするだろう。良い戯曲とは、こういう映像を希求させるものなのだと思う。

>>Author - モーリス・メーテルリンク

2005.9.12 (Mon)

宮沢賢治『双子の星』(1918)

双子の星(136x160)

★★★
遠山繁年 画 / 偕成社 / 1987.11
ISBN 4-039-63350-4 【Amazon

双子のお星様を主人公にした連作(2編)。双子の目の前で大鳥と蠍がケンカをし、相討ちになる。双子は大鳥を介抱した後、一人で歩けない蠍に肩を貸して家まで送ることに。しかし、蠍が巨躯のため遅々として進まず、とうとう公務の時間が過ぎてしまう。

青空文庫で読んだ。本作は善行を奨励するタイプの、ごくごく普通の童話。現実では善い行いなんて誰も見てないし、従って報われることもないのだけど、童話なのでその辺はきっちり処理されている。善行を積んでおけば、誤解によって殺されそうになっても、助けてくれる人が現れるという次第。夢幻の世界で繰り広げられる、実に清々しい話である。

というわけで、これは癒し系として読むべきなのだろう。とりあえず、夜空の星が海に降りるとヒトデに間違えられるところが面白い。あと、彗星が空の鯨で、鯨が海の彗星なところも。卑しき街に住む現代人なら、そのやさしい世界観に癒されるかもしれない。

詩についてはパス。

2005.9.16 (Fri)

高行健『霊山』(1990)

霊山(111x160)

★★★
霊山 / 高行健
飯塚容 訳 / 集英社 / 2003.10
ISBN 4-08-773400-5 【Amazon

2つの筋が平行して語られる。(1) 作家の「私」が中国の辺境を巡り、ご当地の伝承や芸能に触れる。(2) 「おまえ」と呼ばれる男が霊山を求めて旅をしつつ、知り合った女性に物語りをする。

霊験を求めて各地を廻る「私」の放浪譚。「東洋のオデュッセイア」と評されたようだ。「私」と「おまえ」は同一人物で、さらに語りについてはモダンな手法がとられている。主要人物を全て代名詞で呼んだり、会話文を地の文に埋没させたり、長いセンテンスの文章を用いたり……。極めつけは人称にまつわるトリックで、この部分にいわゆる「ポストモダン」的な問題意識が見られる。

この小説は明確な筋を設定してその展開で引っ張るのではなく、場面場面で読ませていくような構成。匪賊に翻弄された娘の逸話や、「五頭龍」なる毒蛇の脅威、文化の汚染を受けてない民謡など、土着のエピソードがてんこ盛りになっている。ホントかウソか分からない、境界の曖昧なところが、この手の物語の醍醐味だろう。エピソードの質と量、およびその異国情緒ぶり(日本人から見てという意味で)も申し分なく、紀行ものとして興味深く読める。

舞台に中国四千年という強固な枠組みがあるせいか、土俗的な匂いのほかに、歴史を感じさせるようなエピソードが散見されて面白かった。時間的蓄積のある地域の強みは、現代を舞台としながらも違和感なく神話に言及できるところだろう。女禍や伏儀の時代から現代の文革に至るまで、中国には太くて長い川が流れている。そして、その流れは中央だけにとどまらない。水は地方という名の支流にまで及び、その土地ならではのユニークな物語を生んでいる。「私」が遭遇する物語たちは、皆いかにもマージナルな民話・伝承といった趣き。これなら解脱のできる山があっても不思議はないし、また、野人が跳梁跋扈しても不自然ではないという気にさせる。

ただ、こういったエピソードの紹介は本作の趣向の半分に過ぎず、もう半分は「私」の内面の表出にある。「私」には故郷喪失者としての寂しさと、女性関係を巡る自己嫌悪があり、それ意外にも曰く付きの傷みたいなものを抱えている。物語を通して内省的な胸のうちを吐露していくわけだけど、目を惹くのがその手法だ。同一人物に様々な代名詞を割り振ることで、幻想小説のような浮遊感を作り出している。短編集の『母』を読んだとき、そのあまりにモダンな表現手法に驚いたけれど、本作でもそういったテクニックが使われていて印象深い。久しぶりに文学的な小説を読んだ気分になったのだった。

>>Author - 高行健

2005.9.17 (Sat)

レオ・ブルース『骨と髪』(1961)

骨と髪(108x160)

★★★★
A Bone and a Hank of Hair / Leo Bruce
小林晋 訳 / 原書房 / 2005.9
ISBN 4-562-03943-4 【Amazon

パブリック・スクールの歴史教師キャロラス・ディーンが、失踪した女性を捜すよう頼まれる。依頼人によると、夫が財産目的で殺したのではないかという。しかし調査を続けていくと、女性像を巡って証言が食い違っていた。

これは地味に良いパズラーだった。昨今の和製ミステリのような派手さはないものの、ストイックな筆致で入り組んだ全体像を作り上げた、職人気質の佳作といった感じ。ハードボイルド探偵よろしく夫の過去を遡っていき、矛盾する女性像に解決を与える。果たして夫は妻を殺したのか? それとも妻は本当に逃げ出したのか? なぜ妻の人物像に揺れが生じるのか? ある人物の怪しい行動のみならず、そのような行動をとらざるを得なかった、そもそもの動機がよくできている。思わせぶりな態度や人物像を巡る不思議な謎も、蓋を開けてみれば単純なこと。トリックと動機の因果関係がしっかりしていて良い。

>>Author - レオ・ブルース

2005.9.20 (Tue)

ジャック・リッチー『クライム・マシン』(1958-)

クライム・マシン(109x160,4650byte)

★★★
The Crime Machine and Other Stories / Jack Ritchie
好野理恵・他 訳 / 晶文社 / 2005.9
ISBN 4-7949-2747-9 【Amazon

日本オリジナル編集の短編集。「クライム・マシン」、「ルーレット必勝法」、「歳はいくつだ」、「日当22セント」、「殺人哲学者」、「旅は道づれ」、「エミリーがいない」、「切り裂きジャックの末裔」、「罪のない町」、「記憶テスト」、「こんな日もあるさ」、「縛り首の木」、「カーデュラ探偵社」、「カーデュラ救助に行く」、「カーデュラの逆襲」、「カーデュラと鍵のかかった部屋」、「デヴローの怪物」の17編。

無駄のない文章、捻りのきいたストーリー、罪のないブラックユーモア。まるで星新一みたいだった。どれも短くてキレがある。

以下、各短編について。気に入った短編には末尾に☆をつけた(17編中5編につけた)。

「クライム・マシン」(1961)"The Crime Machine"

殺し屋のもとに脅迫者がやってくる。彼はタイムマシンで過去に遡り、殺しの瞬間をこっそり目撃したという。タイムマシンなんてあるわけがない。でも、自分の仕事を詳細に知っているのはおかしい。話は本当かもしれないということで、タイムマシンを買い取ろうともちかける。

私立探偵のシップラーが良い味を出している。というのも、彼は殺し屋の依頼でその妻を監視しているのだけど、報告のときにいちいち些末なことにまで触れてうざがられている。何もなかったからディテールで水増ししようという腹なのだ。随分とキャラが立っているなと感心していたら、その後思わぬところで彼の名前が浮かび上がってくる……。まったく食えない奴である。

「ルーレット必勝法」(1958)"Where the Wheel Stops"

ルーレットの必勝法を携えた客が、カジノの支配人を脅迫する。

必勝法の謎で引っ張りつつ、物語はブラックな展開へ。店に都合良く殺し屋が来ているのだから可笑しい。しかもこの殺し屋、依頼人とターゲット双方に大いなる皮肉をもたらしている。ラスト一行が鋭い。☆。

「歳はいくつだ」(1961)"For All the Rude People"

余命数ヶ月の男が銃を購入。街に溢れる無礼者たちを次々と射殺していく。

チャールズ・ブロンソンの世界。庶民の不満を銃に託している。日本の接客業は概ね質が高いから、このような事態は想定しにくいだろう。殺される奴はせいぜい運転免許センターの職員くらいである。あいつら信じられないくらい横柄だもんな。☆。

「日当22セント」(1966)"Twenty-Two Cents a Day"

4年の服役後に無罪放免になった男。彼は自分を刑務所にぶちこんだ弁護士に会いに行く。

証人2人が偽証したせいで有罪になったのだけど、偽証の理由がえらく激安で面白い。こんなんで犯人にされたら堪ったもんじゃないぞ。

「殺人哲学者」(1968)"The Killing Philosopher"

刑務所に入って思索をめぐらすため、通りすがりの少女を殺した男。

うわー、こういうの現代日本にもいそうだ。娑婆より刑務所のほうが居心地が良いタイプ。でもって、目的のためなら通り魔も辞さないタイプ。いくら自己中の鬼畜でも、警察は表だって手が出せない。……と、それを踏まえたオチはかなりキている。☆。

「旅は道づれ」(1962)"Traveler's Check"

飛行機で隣り合わせになったミセス2人。

とりとめのない会話が続くのかと思ったら、とんでもない偶然が明らかに。背後には大きな悪意が……。

「エミリーがいない」(1981)"The Absence of Emily"

義理の姉が旅行中の妻を近所で目撃したという。しかし、妻の居場所は自分がいちばん良く知っていた。

本書の登場人物はみな人を騙すことに命を懸けている。動機はほとんど金のためと実に明快だ。まさにシンプル・イズ・ベストである。

地面からホントにインディアンの矢尻が出てきたのには笑った。その場を取り繕う言い訳がみごと具現化してやんの。といっても、セリフのなかだけだから、実はジョークかもしれないけど。

「切り裂きジャックの末裔」(1963)"Ripper Moon"

精神科医のもとに、「切り裂きジャックの末裔」を名乗る男がやってきた。医者は彼を使って妻を殺そうとする。

医者の変節ぶりには苦笑してしまう。あまりにクールすぎて物語がマネーゲームにまで脱臭されている。

「罪のない町」(1960)"Lily-White Town"

2人のミセスの会話。女性クラブ連盟のお題が「青少年犯罪」だったため、該当の事件を見つけ出そうとする。

「志村~、後ろ後ろ!」とツッコミを入れたくなる感じ。かみ合わない会話から意外な事実が炙り出される。

「記憶テスト」(1965)"Memory Test"

叔母を毒殺して服役中のオールドミスは、これまで3度も仮釈放の申請を却下されていた。

おいおい、さすが博士だけあってすげーこと考えるな。そんなに妻を殺したいか。

「こんな日もあるさ」(1979)"Some Days Are Like That"

DOAの遺体を引き取りにきた女だったが、葬儀屋の手配に不審があった。ターンバックル部長刑事が推理する。

推理は外れるものの事件は解決するという。さすが名探偵である。

「縛り首の木」(1979)"The Hanging Tree"

出張帰りのターンバックルとラルフ。車が故障して立ち往生したので、近隣の村に助けを求めることになった。しかし、村には車はおろか電話さえも置いてない。夜は車が通らないということで、2人はホテルに宿泊する。

こういう素朴な恐怖話は良いねえ。フォークロアの魅力っていうの? 田舎にぽっかり開いた次元の狭間。異常な状況に出くわすたびに、ターンバックルがいちいち理性で解釈していて可笑しい。この世には不思議なことなど何もないのだよ、ということか。☆。

「カーデュラ探偵社」(1977)"The Cardula Detective Agency"

夜の探偵カーデュラが、男を護衛すべく屋敷へ。男は明朝に遺言書を書き換えようというところだった。

遺産の分配を止めて公共に寄付するとか。それで命を狙われたとか。しかし、事実は額面通りではなかった……。裏をかくような構図もさることながら、屋敷とシンクロするカーデュラのキャラが微笑ましい。いっそのこと住み着いちゃえばいいのに。

「カーデュラ救助に行く」(1977)"Cardura to the Rescue"

夜の探偵カーデュラが、通り魔から女を助ける。警察を呼ぼうとすると女は怒って去ってしまった。

暴力の描写があっさりしていて笑える。かなりに凄惨なことをしているのに!

「カーデュラの逆襲」(1978)"Cardula's Revenge"

夜の探偵カーデュラが、宿敵ヴァン・イェルシングと対決する。イェルシングはお守りのチョーカーを身につけており、そのせいでカーデュラは近づくことさえできなかった。

カーデュラって紳士的な奴だと思っていたけれど、敵に対しては容赦がないな。彼の一族を皮肉な策略で手玉にとっている。

「カーデュラと鍵のかかった部屋」(1982)"Cardula and the Locked Room"

夜の探偵カーデュラが、絵画の盗難事件に着手する。

驚きの論理操作と、思わぬ出会いのダブルパンチ。

「デヴローの怪物」(1962)"The Deveraux Monster"

一族の言い伝えに出てくる<デヴローの怪物>。語り手の大叔父が遺伝によって変身した姿とされているが、そんな怪物が最近になってまた目撃されたという。

「縛り首の木」といい、本作といい、著者はオーソドックスな物語も書けるのだな。伝承の裏には個人の切実な思いが隠れている。☆。

>>Author - ジャック・リッチー