2005.9c / Pulp Literature

2005.9.21 (Wed)

スティーヴ・エリクソン『アムニジアスコープ』(1996)

アムニジアスコープ(111x160)

★★★
Amnesiascope / Steve Erickson
柴田元幸 訳 / 集英社 / 2005.9
ISBN 4-08-773432-3 【Amazon

震災後のロサンゼルス。元作家で現在は新聞社に勤めている「私」が、奔放な性的関係を結んだり、ポルノ映画撮影に関わったり、吃りについて熱く語ったりする。

女相手に理屈なんか言ったって仕方がない。それをこの鈍い頭に叩き込んで以来、私は前よりずっとうまく女たちとやって行けるようになった。(p.16)

めくるめく文章を味わうタイプの小説。雑然とした独白のようでその実ながれに淀みがなく、ワイズクラック風の論評、箴言的なフレーズ、過激な性描写などが散見される。とりわけエロスに力を入れたようで、数々の性愛エピソードは『存在の耐えられない軽さ』みたいにオープンで読み応えがある。車でストリッパーを拉致して女同士で乳繰りあったり、ベッドに男を拘束して性器を口に押し込んだり、電話してきた女の部屋に忍んで暗闇でことに及んだり。また、全体的に女性との会話は不条理で、その噛み合わなさは村上春樹の小説を彷彿とさせる(「やれやれ」とぼやいている)。映画撮影に協力させるための口上は完全に屁理屈だし、水難から救出したあと部屋に居座る女は恐ろしく図々しい。女性との関係は理屈が通じず、だいたいが上に引用した文章を地で行っている……。と、本作はそういった快楽嗜好・不条理志向が、記憶なきロサンゼルスの雰囲気にほどよくマッチしている。

この小説はどうやら自伝的要素がてんこ盛りのようだけど(作家としての地位とか吃りとか)、その辺の元ネタ云々はどうでもいいような気がした。吃りについてはヤケクソ気味な独白に迫力があるし、記憶にまつわる懊悩も、懊悩それ自体よりも懊悩を表現する文章が面白い。特に記憶喪失(アムニジア)が決壊したときの描写が良かった。

>>Author - スティーヴ・エリクソン

2005.9.22 (Thu)

綾辻行人『殺人方程式』(1989)


光文社文庫 / 1994.2
ISBN 4-334-71834-5 【Amazon

新興宗教の教主の死体がマンションの屋上で発見された。死体は頭部と左腕が切断された状況。若手刑事が事件を捜査し、途中から彼の双子の兄も介入してくる。

もう少し詳しい状況を書くと、屋上は殺害現場ではなく、死体が遺棄されただけ。発見前夜、マンションの入り口には監視の目が光っていて、死体を運び入れることなんて到底できなかった。しかし、現実に死体は屋上にある。犯人はどのようにして死体を移動させたのか? また、犯人はなぜ頭部と左腕を切断したのか? 以上の2点が解決すべき大きな謎になっている。

それでこれがかなり酷かった。死体運搬のトリックは何でもありレベルであまり感心できなかったし、切断の理由、というかパーツの組み合わせもありきたりでいまいちそそられない。そもそもこんな計画だったら妻が言ったように気球で良いじゃんと思う(というか、わざわざリスク負って運ばなくても川に流すだけで良かったのでは)。いや、状況的に気球は難しいのかもしれないけれど、しかし本作のもそういうのと大差ない横紙破り的トリックだし。うーむ、方程式ねえ……。ほか、犯人像は薄っぺらくて存在に説得力がないし、さらに言えば、意外性を作ろうとして「意外な人物」を指定したような安直さが感じられる。

探偵側がコージー風で、犯人側が情念系という緩めのキャラクター造形。それに加えて、本作は本格推理に無理矢理ロマンスをくっつけていてえらくアンバランスな内容になっていた。まるで下手なライトノベルみたいな雰囲気で、いくら何でもこれはまずいような気がする。

2005.9.23 (Fri)

マイケル・オンダーチェ『イギリス人の患者』(1992)

イギリス人の患者(112x160)

★★
The English Patient / Michael Ondaatje
土屋政雄 訳 / 新潮文庫 / 1999.3 / ブッカー賞
ISBN 4-10-219111-9 【Amazon

第二次大戦末期のトスカーナの屋敷。カナダ人の看護婦が、全身火傷で顔の判別がつかない「イギリス人の患者」を看病する。さらに、そこへイタリア人の泥棒やインド人の工兵なども合流。それぞれが背負う物語が明かされる。

カナダ人の看護婦はヨーロッパ戦線で数々の死を目の当たりし、自身は流産の憂き目にあった。「イギリス人の患者」は該博な知識を持つインテリで、砂漠での飛行機事故によって全身に火傷を負った。イタリア人の泥棒はドイツ軍に捕まって拷問を受け、指を切り落とされてしまった。インド人の工兵は爆弾解体のスペシャリストで、不本意ながらイギリス側に立って戦争に参加した。看護婦と泥棒は戦前からの知り合い。また、看護婦は「イギリス人の患者」に惹かれている。

本作はやるせない物語を流麗な文章で吟じた小説だけど、文章がずば抜けているせいか、相対的にエピソードの貧弱ぶりが目立っていた。個々の物語はそれほど劇的でないうえ掘り下げも十分でないので、真相が明かされても情感を呼び起こしにくい。患者の「重い」過去には重みが欠けているし、インド人の豹変ぶりには切実さが欠けている。たぶん、場面場面を詩的な文体で喚起させ、それぞれの物語を合奏させることで、人間の業を浮き上がらせようとしたのだろう。けれども、本作はこの突き放した姿勢が、エピソードを表層的なものにしていたのだった。

あと、インド人によるポストコロニアルな告発がきつかったかな。著者は同情されるべき「弱者」を使って、反論不能なポリティカル・コレクトネスを振りかざしている。この安っぽい政治性は、文章が秀でているだけに残念だった。

なお、アンソニー・ミンゲラ監督の映画版は不倫劇が主体。それと比べるなら原作のほうが圧倒的に良い(フォローになってない?)。

>>Author - マイケル・オンダーチェ

2005.9.24 (Sat)

米澤穂信『クドリャフカの順番』(2005)

クドリャフカの順番(109x160)

★★★
角川書店 / 2005.6
ISBN 4-04-873618-3 【Amazon

3日間に及ぶ高校の文化祭。部で販売する冊子を予定より多く刷ってしまったので、4人の部員たちは期間中に何とか売ろうと画策する。さらに、校内ではクリスティの名作を彷彿とさせる連続盗難事件が発生する。

『愚者のエンドロール』【Amazon】に続く古典部シリーズ3作目。シリーズものとは知らずに読んでしまった。

本作は4人の主観視点を駆使した青春ミステリ。はじめはキャラクターがライトノベルっぽい極端な造形で抵抗があったのだけど、途中から文化祭の祝祭的な雰囲気が面白くてのめり込み、結局は一気に読み終えたのだった。一つの出来事を別人の視点から眺めるところに、群像劇のような面白さがある。たとえば漫研の諍いなんか、揉めてる当事者には分からないカラクリが、視点の切り替えで明かされるようになっており、それによって滑稽さが生まれている。主観視点の限界を利用したお笑いとか、個性的なキャラクターによるユーモラスな語りとか、本作はそういう軽妙さが楽しい。

また、高校生らしい生々しい感情を扱っているところも好感触だ。まさに成長期の人間模様といった感じのほろ苦い味わいがある。『放課後』『密閉教室』『マリア様がみてる』などなど、学園ものにはその年代ならではの物語が渦巻いていて面白い。

ミステリネタについては、青春物語を演出する小道具に過ぎないので、これぐらいぬるくて丁度良いんじゃないかと思う。謎解きを軸にして、それに関わる人間像を描いていくタイプの小説ということで。まあ、そんな動機でそんな大掛かりなことをするのかい、って気はするけれど。

以下、関連リンク。

>>Author - 米澤穂信

2005.9.26 (Mon)

ケヴィン・ヘンクス『オリーブの海』(2003)

オリーブの海(111x160)

★★★
Olive's Ocean / Kevin Henkes
代田亜香子 訳 / 白水社 / 2005.8 / ニューベリー賞オナー賞
ISBN 4-560-02728-5 【Amazon

作家志望の12歳の少女が、交通事故で死んだクラスメートの日記を受け取る。そこには、自分と親しくなりたいみたいな記述があった。夏の終わり、少女は家族と共にお祖母ちゃんの住む海辺の家へ旅行する。

タイトルにある「オリーブ」とは事故死したクラスメートの名前。彼女は転校生で友だちもなく、いつも一人ぼっちだった。主人公は彼女のことを特に心に留めていなかったけれど、日記によって彼女がこちらのことを気にしていたことが判明する。これには主人公もびっくり。しかも、それだけではない。オリーブは主人公と同様、作家を目指していたのだった。生と死を境にして、少女は不在のオリーブと向き合うことになる。

本作は12歳の少女が人の悪意でもって傷つき、人のやさしさでもって回復を果たす「一夏の体験」的なストーリー。祖母との心通わせる会話や、作家になるという将来の夢、そして死んだクラスメートに対する思いやりなど、12歳ならではのピュアなエピソードが詰まっている。淡い雰囲気のヤングアダルト小説だけど、けっこう深読みさせる要素が散りばめられていて、これは一筋ではいかないなと思った。たとえば、夢や空想なんか精神分析的な読みを誘うし、オリーブとの関係も一種の鏡像をなしていて、裏に何かあるのではと思わされる。また、少女の感情吐露をビデオに収めるところなんかこれみよがしに怪しい。

と、そんな愚にもつかないことを考えつつも、12歳の少女に寄り添った筆運びが上手くて、喜びや哀しみ、希望や失望など、その一つ一つの心理に納得しながら読んだのだった。祖母に対する安心感から、家族がまとまっていくところまで、こういう理想主義っぽい物語も悪くないねという気がする。現実に失われた信頼関係がここにはある、そんなお話。

>>Author - ケヴィン・ヘンクス

2005.9.29 (Thu)

北野勇作『空獏』(2005)

空獏(102x160)

★★★
早川書房 / 2005.8
ISBN 4-15-208666-1 【Amazon

西瓜のモチーフで貫いた連作短編集。「世界のはじまりの話」、「商店街で待ち伏せ」、「大きな船の話」、「溝の中でリレー」、「怖い西瓜畑の話」、「西方浄土」、「大きなヒトと薄っぺらなヒトの話」、「お馴染みの天井」、「砂に埋もれたパズルの話」、「西瓜割り世界大会スイカップ」、「穴のなかの兵隊たちの話」、「宇宙の戦士」、「拾った星の話」、「月世界公園にて」、「素敵なオマケの話」、「夢の会社」、「獏のいる劇場の話」、「蟻の行進」、「天井から観ていたヤモリの話」の19編。

獏を作ってその中で夢を見て、悪夢だったらそれを食べてもらって、夢の中で暮らす。人々はそんなことを目論んでいたのだけど、ある日獏が不安を抱いて、何だかんだで、夢の中の人々は戦争をするはめになる。ご近所をうろつく戦争ごっこから、血しぶきが飛び散る凄惨なミッションまで、とにかく人々は戦争に従事するようになる。それでまあ、そこかしこに西瓜が出てくるのだ、なぜか。機密を輸送するための入れ物やら、西瓜人間やら、西瓜割り世界大会と称した殺し合いやら。どうやらこの世界では死は一回限りのものでないらしいが、それでも死ぬときの嫌な感覚はあるらしい。その他、アニメを模したような巨大ヒト型機械に乗ったり、量子論についての言及があったり、まあ色々と虚実判然としないもので満ちている。

とりあえず、「西瓜割り世界大会スイカップ」が一番面白かったかな。司会のお姉さんが脳天気な声をあげてスタートの合図をするのだけど、始まってみたら驚愕の展開が。何と大会というのは目隠しをした殺し合い、すなわち西瓜を叩き割るがごとく人をぶち殺す戦争だった。このエピソードは、「怖い西瓜畑の話」のイメージを継承・発展させたようなシチュエーションで、描写のグロテスクぶりは本書中ピカイチだろう。何だかえらい短編を読んだものだ、という気になった。