2005.10a / Pulp Literature

2005.10.1 (Sat)

奥泉光『モーダルな事象』(2005)

モーダルな事象(109x160)

★★★
文藝春秋 / 2005.7
ISBN 4-16-323970-7 【Amazon

短大に勤める桑潟幸一助教授(通称・桑幸)のもとに、出版社の編集を名乗る男がやってきた。何でも、埋もれていた童話作家の未発表作品を本にするので監修を頼みたいという。それを契機に桑幸は、オカルトの世界に関わることになる。

太宰治(小説家)
「あっちから、ダサイおさむらいが来るよ」「ほう、さよう(斜陽)ですか」(p.16)

副題に「桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活」とあるものの、それは大いに皮肉なタイトルで、我らが桑幸は3流大学に棲息する5流の研究者である。近代日本文学が専門であり、特に太宰治に入れ込んでいる。『近代日本文学者総覧』という一大企画では太宰を担当したかったものの、それも叶わず、マイナーな童話作家をはじめとするつまらない項を割り当てられる。せっかくライバルの教授が死んでチャンスだと思ったのに、別の人間、それも太宰にさして興味のない人間にかっさらわれた。これには桑幸もたまらない。嫉妬と怒りではち切れんばかりである。と、そんな鬱屈した日常を送っているおり、自分が担当した童話作家についての話が持ちかけられてくる。

プロットは桑幸が殺人事件と異世界に巻き込まれるパートと、元夫婦刑事が活躍する探偵パートの2本立て。ミステリ・SF・キャンパスノベルと、ジャンルミックスが本作の売りのようだけど、残念ながらそれらはほどほどのぼちぼちで、たとえるならコンビニの幕の内弁当くらいのミックスぶりだった。キャンパスノベルは『文学部唯野教授』【Amazon】のような濃い内容からは程遠くて物足りないし、ミステリ要素はトラベルミステリを下敷きにした探偵パートが単調でいまいち牽引力がない。特に後者の退屈ぶりは致命的で、一般ピープル並の面白味のないキャラを動かして何やってるんだろう、これは分量の水増しではないかと勘繰る始末。そんな律儀にミステリやる必要ないじゃんとか、桑幸のインパクトにだいぶ負けているとか、そんな風なことを思いながら読んだ。

しかし、何だかんだ文句をつけながらも、総じて現実と幻想と耽美が入り混じる桑幸パートは面白く、この部分は桑幸の駄目人間っぷりと、そんな彼をねちっこく、執拗に、ユーモラスに描写するレトリックが楽しくてとても満足して読めた。アトランティスから広がったSFネタも、想像力を掻き立てるような壮大な代物で良い。「宇宙オルガン」とか、「トータルな死の国」とか、けっこうぞくっとくるものがある。

と、そんなわけで、退屈と愉楽、差し引きでとんとん(3つ星)にしたのだった。つくづく探偵パートの平板さが惜しまれる。

ところで、松本清張的な偶然に頼るプロットは、リアリズムな世界観で使われると手抜きに見えるけど、この小説みたいに幻想ネタが介在していると、違和感なく受け入れられるのだから不思議だ。やっぱり小説の雰囲気というのはみそ汁のダシのごとく大切なのだな。虚構的偶然を内に取り込む素地ができあがっている。それと、冒頭に引用した駄洒落は、駄洒落自体は普通でありながら、その使い方がとても面白い。収まるべきところにきっちり収まったという感じ。たとえるなら、汽車で颯爽と登場した女が長い物語を経て最後は汽車に轢かれて終わる、『アンナ・カレーニナ』【Amazon】みたい。

>>Author - 奥泉光

2005.10.2 (Sun)

ジョン・スタインベック『ハツカネズミと人間』(1937)

ハツカネズミと人間(109x160)

★★★★
Of Mice and Men / John Steinbeck
大浦暁生 訳 / 新潮文庫 / 1994.7
ISBN 4-10-210108-X 【Amazon

頭は鈍いが力は強い大男と、そんな彼の面倒を見ている小男は、自分たちの土地を持つという夢を抱きながら、各地を渡り歩いている。2人は新たに農場で職を得るも、そこでトラブルが発生する。

この大男というのがとんでもない木偶の坊で、心は無垢だが知能が低く、物事の加減というのを知らない。ハツカネズミを可愛がろうとしてうっかり首の骨をへし折ったり、女のドレスを触ろうとしてそのまま女に抱きついたりで、前の職場を追われたのもこの男のせい。明らかに小男は足を引っ張られているのだけど、しかし彼は悪態をつきながらも不思議とコンビを解消しようとはしない。それどころか、積極的に大男と行動を共にしたいと思っている。

これはアメリカン・ニューシネマのロードムービー(バティもの)っぽいと思った。この手のお話では、底辺層の若者コンビが国内をうろつきまわり、最後は現実の壁に阻まれて終わるのだけど、やっぱりこういう物語ってアメリカの原点なのだろうか。いつの時代も末端の労働力は流動化するしかないのであり、それが最近まで開拓していた新大陸では顕著だった、と。仮に本作が70年代に映画化されていたら、小男にはダスティン・ホフマンがキャスティングされていただろう。そう思わせるくらい、2人はニューシネマっぽい薄幸のキャラクターをしている。

それにしても、本作はオチが強烈だった。黒人や女との宥和がほのめかされながらも、最終的にはトラブルを起こしてしまう。ハツカネズミと犬の顛末が一種の伏線となってクライマックスに達し、そこへもって例の「夢」が出てくるのだから、もうあの水辺の場面は完璧としか言いようがない。さらに行動描写のみで心中を描くところも上手く、ラストは5回くらい読み返したのだった。

>>Author - ジョン・スタインベック

2005.10.4 (Tue)

V・S・ナイポール『神秘な指圧師』(1957)

神秘な指圧師(112x160)

★★★
The Mystic Masseur / V.S. Naipaul
永川玲二 大工原弥太郎 訳 / 草思社 / 2002.2
ISBN 4-7942-1113-9 【Amazon

トリニダード島に住むインチキ指圧師ガネーシュの立身出世ストーリー。本に囲まれた生活を送り、本を書くことを夢見ていたガネーシュが、神秘家として有名になり、ついには大英帝国下級勲爵士になる。

著者のデビュー作にして、イギリスの植民地を舞台にしたユーモア路線の小説。最初に書き上げた『ミゲル・ストリート』が編集者にダメ出しされたため、本作でデビューしたらしい。両作品とも世界が繋がっているようで、『ミゲル・ストリート』には本作のキャラが、本作には『ミゲル・ストリート』のキャラが、それぞれちらと登場する。

カバーイラストからしてインド人もびっくりの胡散臭さだけど、中身も期待に違わず胡散臭くて良かった。トリニダードの方言を広島弁に翻訳する趣向に賛否両論あるにしても、まあ標準語で訳すよりは、そこに住む人たちの卑近な感覚をリアルに表現できていたと思う。指圧師のくせにまともな治療をせず、適当に煎じた薬を渡してお茶を濁すガネーシュ。いつか大きいことをやると嘯きながら、一向に何もしようとしないガネーシュ。週に4?5冊も分厚い本を読み、本に埋もれた生活をして嫁さんを困らせているガネーシュ。本作はそんな胡散臭い男を中心に、等身大の庶民って感じのインド人コミュニティの生態を描いている。

広島弁だからのんびりしてて大らかなだなあ、と思って読んでいたらそんなこともなくて、欲得とか憤怒とか、そういう直情的な行為がガンガン出てくるのが面白い。たとえば、出世をしていく過程で何度か舅と衝突するのだけど、その骨肉の争いっぷりが情け容赦なくて読み応えがある。ヒンドゥー教徒の風習を逆手にとって財産を巻き上げるガネーシュはとんでもなく冷酷だし、その仕打ちに泣き寝入りしつつ別の機会に策を巡らす舅も抜け目がない。ガネーシュが舅の財産を奪うところはやりすぎで可哀想だと思うのだけど、その反面、女房を殴るのが公認されてる文化だから、こういうえげつなさもありなのではと思えてくる。

当時のトリニダードには指圧師が掃いて捨てるほどいて、しかもそのほとんどがインチキの山師という体たらく。ご多分に漏れずガネーシュもその仲間なのだけど、そこから新興宗教の教主ばりに成り上がっていくところが、これまたいかにもな展開で面白い。神秘家を自称してトリニダード一の有名人になり、さらなる飛躍をする。正直、新聞を発行し始めた辺りからストーリーが単調になって乗れなかったものの、名実ともに名士の地位を得た後のエピローグが良くて、結果としてはそこそこ満足できた。ラストの一言はちょっとせつなくなる。

>>Author - V・S・ナイポール

2005.10.6 (Thu)

P・G・ウッドハウス『よしきた、ジーヴス』(1934)

よしきた、ジーヴス(111x160)

★★★
Right Ho, Jeeves / Pelham Grenville Woodhouse
森村たまき 訳 / 国書刊行会 / 2005.6
ISBN 4-336-04676-X 【Amazon

バーティーがジーヴス抜きで次の3つの難問にチャレンジする。(1) イモリに入れ込んでいる男の恋愛を成就させる。(2) 婚約を解消した友人カップルのよりを戻す。(3) カジノで活動資金をすった伯母の悩みを解決する。

『比類なきジーヴス』に続くウッドハウス・コレクションの第2弾。短編を繋いで長編化した前回とは打って変わって、今回はまとまった骨格を備えた長編らしい長編だった。どうやら本作はジーヴスシリーズのなかでも「ガッシー=バセットもの」と呼ばれる一編らしく、このラインでの続編がいくつかある模様。

例によって事態を悪化させるバーティーののび太的な行動と、礼儀を崩さないジーヴスの執事の鏡的な態度が面白かった。主人の服装に妥協を許さないジーヴスは、バーティーが気に入っているメスジャケットを快く思っていない。いつものごとく物腰丁寧に応じるものの、内心では忸怩たる思いがあるのか、主人の旅行荷物からかの物品を除くという小技で対抗する。果たして2人の服装を巡る確執はどうなるのか? 今回は『比類なき?』を読んで予備知識があったせいか、ジーヴスが慇懃な振る舞いの裏で何を考えているのか予想できて、会話の部分をより楽しんで読むことができた。けっこう露骨に主人をバカにしていて面白い(「さようでございますか? ご主人様」を連発するくだりには笑った)。

2人の掛け合い以外では、バーティーの策略がいかにして破綻していくかが見所だろう。3人に対して同じ入れ知恵をしてそれが元で別の事件が出来(しゅったい)したり、カップルに余計な介入をしてますます関係がこじれたり、彼は事態を引っかき回すことしかしていない。そのくせ自信だけは満々で、ワトソン役なのにホームズ気取りでいる。それでお約束通りバーティーの後始末をジーヴスが引き受け、妙計でもって一挙に解決するのだけど、そのロジックが一粒で二度おいしいような代物でかなり良い。やっぱり2人は絶妙のコンビだなと思い知らされる。

賭け事のエピソードがないせいか(もしくは惚れたはれたのエピソードしかないせいか)、『比類なき?』に比べると盛り上がりに欠けるきらいはあるものの、策略の破綻と解決のロジック、そして可笑しさでは本作に軍配が上がると思う。特に叔母の造型が秀逸で、英国人らしい凝ったレトリックを駆使してバーティーをバカにしている。

>>Author - P・G・ウッドハウス

2005.10.8 (Sat)

マヌエル・ムヒカ=ライネス『七悪魔の旅』(1974)

七悪魔の旅(111x160)

★★★
El viaje de los siete demonios / Manuel Mujica Lainez
西村英一郎 訳 / 中央公論新社 / 2005.7
ISBN 4-12-003661-8 【Amazon

地獄の七悪魔が時空を越えて旅をし、それぞれの特性に従って標的を堕落させる。ローマ帝国時代のポンペイや、西太后が支配する中国、管理社会が極まった未来のシベリアなど。

個性豊かな悪魔たちが智恵を働かせるユーモア小説。なお、7人の悪魔とそれに対応する7つの大罪は以下の通り。

  • ルシフェル――倨傲
  • サタン――憤怒
  • マンモン――貪欲
  • アスモデウス――淫乱
  • ベルゼブル――暴食
  • レヴィヤンタン――嫉妬
  • ベルフェゴール――怠惰

ルシフェルとサタンとベルゼブルしか知らなかったが、それはおくとして、本作は一言でいえば低回趣味な雰囲気の小説だった。いかにしてミッションを遂行するのか? という興味で読ませるのはほんの数編で、あとは俗っぽい悪魔たちの悪ノリや、キリスト教にまつわる小ネタ、さらにその舞台ならではの空気に浸る部分が多い。ほとんどのエピソードは史実・物語をある程度なぞる趣向になっているので、たとえば中世のフランスとか、19世紀のイタリアとか、それぞれの時代背景を知っていればより深く楽しめるのだろうなと思う。

その意味で面白かったのが、ポンペイと中国のエピソード。悪魔たちの介入と実際の歴史の重なり具合がスリリングだった。ポンペイの住民に貪欲の罪を犯させる、西太后に嫉妬の念を起こさせる、この難問の解決が、世界史的な事象と混じり合って鮮やかに示される。

悪魔たちのキャラはお笑い系で、ルシフェルが写真写りを気にするナルシシストだったり、ベルフェゴールが昼寝ばかりしているろくでなしだったり、ベルゼブルが最高の料理人だったり、各自は個性的に描かれている。能力と振る舞いにギャップがあるところは、まるで『ドラゴンボール』のギニュー特戦隊のよう。恐怖のポーズで人間を驚かそうとする場面なんか、鳥山明の絵が似合うんじゃないかという気がする。また、全体のオチも、壮大さをギャグにするところが『Dr. スランプ』みたいだった。

>>Author - マヌエル・ムヒカ=ライネス