2005.10c / Pulp Literature

2005.10.21 (Fri)

古川日出男『gift』(2004)

gift(102x160)

★★★★
集英社 / 2004.10
ISBN 4-08-774721-2 【Amazon

短編集。「ラブ1からラブ3」、「あたしはあたしの映像のなかにいる」、「静かな歌」、「オトヤ君」、「夏が、空に、泳いで」、「台場国、建つ」、「低い世界」、「ショッパーズあるいはホッパーズあるいはきみのレプリカ」、「ちいさな光の場所」、「鳥男の恐怖」、「光の速度で祈っている」、「アルパカ計画」、「雨」、「アンケート」、「ベイビー・バスト、バイビー・ブーム悪いシミュレーション」、「天使編」、「さよなら神さま」、「ぼくは音楽をききながら死ぬ」、「生春巻き占い」の19編。

平易な語り口による不思議な雰囲気の短編集。日常をちょっぴり逸脱したような奇妙なシチュエーションの中で、人の営みの喜びや哀しみを描いている。物語の輪郭は鮮明だし、しんみりとした味わいがあるのは確かだけれど、その本質というか、核になる部分がなかなか言葉にしづらい。とりあえず、村上春樹や伊坂幸太郎の親戚みたい、と言えばイメージが掴めるだろうか。といっても、村上ほど煙に巻くような作風でもなければ、伊坂ほど青臭い雰囲気でもなく、本書の場合は等身大の親しみやすさがある。

内容はけっこう多彩。「ラブ1からラブ3」のようなユーモラスな話も良いし、「夏が、空に、泳いで」のような前向きな話も良いし、「オトヤ君」のようなせつない話も良い。一冊で色々な感情の機微に触れているところが好感触だった。

以下、各短編について。なお、気に入った短編には末尾に☆をつけた(19編中9編につけた)。

「ラブ1からラブ3」

妖精が足跡を残すところをビデオカメラで撮影しようとする。低カロリーな雰囲気の小説。「波動が噛み合わない」という理由で恋人関係を解消するところは、江國香織の『なつのひかり』を連想した。ラストの一捻りがばっちり決まっている。☆。

「あたしはあたしの映像のなかにいる」

恰幅のある女性が空き家に籠もって餓死を試みる。自己発見のための通過儀礼という感じ。

「静かな歌」

「おれ」の徒歩旅行が手紙形式で綴られる。等身大の語り口で情感を揺り動かすタイプの小説。『ケリー・ギャングの真実の歴史』と同様、「素朴な言葉」が威力を発揮する。もちろん、これは小説用のテクニカルな「素朴な言葉」であり、言ってみればコスチュームプレイなのだけど。ともあれ、オチが素晴らしい。☆。

「オトヤ君」

生後6ヶ月で文字を読み出し、2歳半で英語とアラビア語を修得した天才児の話。これは傑作。頭が良いから色々と社会問題にコミットしたいのだけど、体が4歳児だから結局何もできず、歯痒い思いをすることになる。たぶん若者向けの寓話なのだろうな。☆。

「夏が、空に、泳いで」

高校の屋上で女子生徒が級友の男子生徒と遭遇する。彼は隠れて何かやっているらしい。モラトリアム期ならではの不安と、愛による幸福。前者のとってつけた感が気になるものの、読後感はかなり良い。☆。

「台場国、建つ」

海面が上昇してお台場の大観覧車に乗った人たちが取り残される。コミュニケーションの手段が確立し、64個の密室の壁が取り払われる。共同体の復権を喜びに満ちた感覚で描いた寓話。☆。

「低い世界」

13歳になった少年が「低い世界」の住人に追いつめられる話。12歳と13歳では世界がまったく違う。低い世界に安住できなくなったことによる不安と、その先が云々。

「ショッパーズあるいはホッパーズあるいはきみのレプリカ」

精巧なモデルガンを買ってコンビニでバイトをし……。仮定を積み重ねたシナリオ風の小品だった。

「ちいさな光の場所」

作家の「フルカワ」が妻と2人の女の子を連れてピクニックに行く。これは漫画調のほのぼの感が嫌味すぎるような……。

「鳥男の恐怖」

アニマルメンたちが深夜の街でゲームをする。奇妙な可笑しみを狙った短編なのだろうと思って読み進めて、ラスト一行のインパクトにやられた。鳥男、恐るべし。

「光の速度で祈っている」

叔父夫婦が猫を生んだ。伊坂幸太郎っぽいと思ったのは、「神さま」が出てきたからか。

「アルパカ計画」

高級毛皮の材料であるアルパカを、コンテナで養殖する計画が発動するが……。この展開は意外だった。ラスト一行、フィクショナルな存在に対するエールが良い。全体的に本書は何気ない一言で締めるパターンが多いけど、それらがことごとく決まっているのだから凄いと思う。☆。

「雨」

自分がここにいるかどうか確認する場面が面白く、さらにそこから「踊り」に行くところにちょっとした感動がある。村上春樹っぽいテーマか? ともあれ、リズミカルな文章が素晴らしかった。☆。

「アンケート」

無人島に3つだけ物を持っていけたら何を持っていくか。Q&Aの一発ネタ。

「ベイビー・バスト、バイビー・ブーム悪いシミュレーション」

少子化を憂う風潮への皮肉に満ちた一編。もし多子化したら日本はどうなる? というシミュレーションを行っている。荒唐無稽のようでけっこう説得力があるのは気のせいか。女子高生がブームの火付け役になって、そこから多子化の悪夢が始まる。☆。

「天使編」

武装地帯を車で駆け抜ける女性(恋人を亡くした)の、生きることの決意を描いた話。

「さよなら神さま」

人生に疲れ気味なフリーライターの男が、若者の奇妙な振る舞いを目撃する。これは希望なき現代人の等身大の心情を綴った小説だろうか。オチがせつない。☆。

「ぼくは音楽をききながら死ぬ」

無人島でライナーノーツを読んで音楽を脳内再生している男(妻を亡くした)。そんな彼の生きることの姿勢を描いた話。「天使編」の姉妹編のような内容だった。

「生春巻き占い」

生春巻きを食べて猫の世界へ行こう。猫の世界も大変だし、その世界へ行く人間も、特定の春巻きを探し歩かねばらないから大変。ところで、「セカイ系」の匂いがするのは気のせいか。

>>Author - 古川日出男

2005.10.23 (Sun)

ガブリエル・ガルシア=マルケス『誘拐』(1996)

誘拐(108x160)

★★★
Noticia de un secuestro / Gabriel Garcia Marquez
旦敬介 訳 / 角川春樹事務所 / 1997.12
ISBN 4-89456-043-7 【Amazon
ISBN 978-4480427649 【Amazon】(文庫)

麻薬密輸組織が起こした誘拐事件のルポルタージュ。組織の首領パブロ・エスコバルが、有利な条件で政府に投降するため、ジャーナリストや著名人を次々と誘拐する。

人質になったのは元大統領の親族をはじめとする3グループで、中盤まではもっぱら彼らの過酷な幽閉生活にスポットが当てられる(グループはそれぞれ別の場所で監禁されている)。部屋の狭さや不自由な規則など、環境はとてもストレスフル。極限状況での心理と人間関係が骨太の筆致で描かれているわけだけれど、面白いのは監禁グループが一様にド素人なところだろう。神経質で余裕がなく、近所にばれるようなどんちゃん騒ぎさえしている。そうかと思えば、人殺しのくせに熱心なカトリック信者であり、母親を大切にする素朴な一面も持っている。人質の解放を我がことのように喜ぶところは、彼らが根っからの犯罪者でないことを示していて複雑。上流階級の人質と相対化されることにより、貧富の差というコロンビアの歪んだ経済構造が浮き彫りになっている。

当事者から取材したノンフィクションだから、全員無事に解放されるのだろうと思っていたら、何人かあっさりと殺されていて驚いた。覆面を被せて前を歩かせ、後頭部に弾丸を撃ち込む。突撃隊との銃撃戦の最中、小銃の一撃で脊椎を砕く。人質以外にも、人の命がゴミのように扱われるエピソードがそこかしこにあって、やはり麻薬カルテルは容赦がないものだと戦慄させられる。そもそも、コロンビア自体が『マイケル・K』の南アフリカみたいな最悪の治安状況で、左翼ゲリラが市街地を跳梁跋扈しているのだから恐ろしい。貧富の差にやりきれなさをおぼえると同時に、誘拐という卑劣な犯罪への反感もおぼえる。

こうしたドラマに引き込まれるのは、ジャーナリスティックに徹した生硬な文体が、事件の細部をがっちり捉えているからだろう。数ヶ月におよぶ監禁生活での心理的・肉体的変化、監禁者たちが浮き足立つ様子、大統領を筆頭とする政府側の試行錯誤。丹念な取材を思わせる事実や心理のテクスチャーが、強固なリアリティを作り出している。しかも、そんな骨太のルポルタージュでありながら、いかにもガルシア=マルケスの小説といった感じの、全てを予見する占星術師が出てくるのだからぶっ飛ぶ。その迫真性と相俟って、実はノンフィクションを騙ったフィクションなのではないか? という疑念を抱かせる。

長いプロセスを経た上でのエピローグは感慨深い。それまで公に姿を見せず、潜伏先から代理人を通して指示を出していたパブロ・エスコバル(『ジョジョ』第5部のボスみたいだ)。そんな彼が投降するシーンは劇的だし、その後の人生もまるで映画のようによく出来ている。やっぱりこれは、ノンフィクションを騙ったフィクションなのではないか? と思った。

>>Author - ガブリエル・ガルシア=マルケス

2005.10.25 (Tue)

レイ・ブラッドベリ『さよなら、コンスタンス』(2002)

さよなら、コンスタンス(112x160)

★★
Let's All Kill Constance / Ray Bradburi
越前敏弥 訳 / 文藝春秋 / 2005.9
ISBN 4-16-324320-8 【Amazon

1960年のハリウッド。往年の名女優・コンスタンスのもとに、1900年版の電話帳と、人名が羅列された黒い手帖が送られてきた。身の危険を感じたコンスタンスは失踪。探偵小説作家の「私」が、その行方を追う。

『死ぬときはひとりぼっち』【Amazon】、『黄泉からの旅人』【Amazon】に続くハードボイルド3部作の完結編。シリーズものとは知らずに読んでしまった。前2作が未読のせいか、登場人物の関係や作品のトーンなど、背景事情がいまいち把握できなかったのだけど、それにしてもこれはえらく大胆な筋書きだった。事件に関係した者たちを次々と襲っていく「死」の嵐。その謎解きが、とんでもなく投げやりなのだから驚く。

というわけで、これは闇を基調にした幻想的な風景と、ハリウッドに囚われた人間の狂気を堪能すべき小説なのだろう。私立探偵小説の形式を借りて、ハリウッド周辺を奇人たちがたむろする異世界に変容させたというか。とりわけ、捜査の過程で立ち寄る墓場と下水道が、不穏な空気を宿していて印象に残る。本作はまっとうなハードボイルドだと思って読むと腹が立つけれど、いちおう映画ネタがふんだんに盛り込まれているので、この時代に思い入れがあるなら楽しめるかもしれない。訳者あとがきで指摘されている通り、コンスタンスは『サンセット大通り』【Amazon】のグロリア・スワンソンを彷彿とさせる。

しかしながら、個人的には幻想も狂気も中途半端に見えてあまり惹かれなかった。全般的に会話がダサかったり、探偵役が甘ちゃんだったりするのもマイナス要因。そもそもこの事件、冷静に考えてみると、単に痛い女に振り回されていただけという気がする。思わせぶりな謎のわりに、着地点がそれに釣り合っておらず、大団円がいまいちしっくりこないというか。シリーズ読者だったら別の感想があるのかもしれないけれど、本作から読み出した者にとっては厳しい内容だった。

>>Author - レイ・ブラッドベリ

2005.10.26 (Wed)

桜庭一樹『少女には向かない職業』(2005)

少女には向かない職業(104x160)

★★
東京創元社 / 2005.9
ISBN 4-488-01719-3 【Amazon

ぐうたら親父に抑圧されている、ゲーム大好き女子中学生。そんな彼女がゴスロリ趣味の同級生と出会い、殺人計画を仄めかされる。

はじめに殺人の告白があって、本編でそこまでの経緯を語っていく。アル中の暴力父に、娘を疎んじている母。どんづまりな状況での葛藤を描くところはYA小説っぽいけれど、その割りには両親が抑圧の記号でしかなく、さらに事を成した後の心理も踏み込みが浅くて物足りなかった。田舎での日常生活は、喜怒哀楽がわりと丁寧に綴られているのに、事件が絡むと途端に予定調和に堕してしまう。特に終盤は葛藤や恐怖にあまり切実さがなく、敷かれたレールをするすると進んでいるようでいまいち。謎めいた言動で物語を引っ張ってきたゴスロリも、終盤でビジュアル先行の安易さが明るみに出ていて興醒めだった。

と、あまり良い印象を持たなかった本作だけど、とりあえずゲーマーな少女の言語感覚が刺激的だった。男友達とゲーセンでオンラインゲームに興じたり、怒りの衝動を「バトルモード」と称したり、修学旅行で巨大な武器を購入したり、そういう今どき(?)の少女による、風変わりな言動が面白い。セリフや描写の端々に、中学生らしいみずみずしさ(ライトノベル的な)がわたっている。大人の読者なら、ぬるめのノスタルジーに浸れるのではなかろうか。

>>Author - 桜庭一樹

2005.10.29 (Sat)

デイヴィッド・メイン『小説 ノアの箱船』(2004)

小説 ノアの箱船(109x160)

★★★
The Preservationist / David Maine
金原瑞人 訳 / ソニー・マガジンズ / 2005.9
ISBN 4-7897-2632-0 【Amazon

『旧約聖書』の1エピソードをモチーフにした小説。神の好意を得たノアが、不信心者を正義の洪水で溺れさせるという極秘計画を聞かされる。ノアとその家族は、洪水に備えて巨大な船を造り、さらに種の保存のため、北と南からあらゆる動物を集めてくる。

以下、主な登場人物。

  • ノア――600歳。頑迷で信心深い。その過剰な信仰心はギャグの領域にまで達している。
  • 妻――名前を呼ばれないノアの妻。
  • セム――長男。父に従順。
  • ベラ――その妻。南の国出身。実の父に売られた。褐色の肌をしている。
  • ハム――次男。船大工。不信心者。
  • イリア――その妻。北の国出身。白い肌をしている。
  • ヤフェト――三男。妻とセックス三昧の少年。
  • ミルン――その妻。バカっぽそうで実は聡明。

まるで地雷本であることを宣言しているような邦題だけど、案に相違して中身はけっこう良かった。太古の逸話を現代の視点から再構築し、「ノア家の人びと」とでも言うべき、人間臭い家族ドラマに仕立てている。父に盲従する主体性のない長男。世間を知っているがゆえに父の信心深さに反発する次男。「いまどきの若者」を地でいく怠惰な三男。元ネタの世界を広げるような、大胆な想像力が感じられて興味深く読めた。

ストーリーは概ね『旧約聖書』通り。船を製造し、動物を集め、洪水を凌ぎ、そして各地へ散っていく。そのなかで個性豊かな家族模様を描いていくわけだけど、特筆すべきは一連のミッションを各人物の一人称で多角的に語っているところだろう(ただし、ノアだけ三人称)。それぞれの性格に基づいた考察が示されるからこそ、軋轢や齟齬が鮮明になる。お世辞にも一致団結しているとは言い難い家族が、試練を通じていかに変容するのか。この部分がちゃんと家族ドラマしていて一定のカタルシスがある。

まあ、元が元なので面白さとしてはほどほどだけれども、ときおり挿入される現代的なギミックが地味に良かったりするので、ノアの箱船フリークにはお勧めだろうか。フェミニズムな視点が嫌味にならない程度に導入されていたり、機知に富んだエピソードが盛り込まれていたり(イリアが北の国へ動物を集めにいくところ)、その他おっと思わせる小ネタがいくつか見られる。

>>Author - デイヴィッド・メイン