2005.11a / Pulp Literature

2005.11.1 (Tue)

コーマック・マッカーシー『すべての美しい馬』(1992)

すべての美しい馬(111x160)

★★★★★
All the Pretty Horses / Cormac McCarthy
黒原敏行 訳 / ハヤカワepi文庫 / 2001.5 / 全米図書賞全米批評家協会賞
ISBN 4-15-120004-5 【Amazon

1949年のテキサス州。牧場が人手に渡るのを不満に思った16歳の少年ジョン・グレディが、親友と馬でメキシコに不法入国する。途中、13歳の少年と出会い、一緒に旅をするも、揉め事に巻き込まれて離別する。

これは有無をいわさぬ傑作。辺境の大地を舞台にした古き良き物語で、篤い友情や身分違いの恋、社会の不正をめぐる過酷な闘争など、懐かしいテーマが恐ろしいほどの完成度で詰め込まれている。荒野での試練を経て少年が成長するところは、『高く孤独な道を行け』【Amazon】を連想したのだけど、やはりこれは西部を舞台にした青春小説の王道なのだろうか。モラリストの若者が非情な決断を強いられ、孤独の高みに達する。厳密にいえば、両者は精神的な意味で大きな隔たりがあるものの、非文明的な世界で法を乗り越え、通過儀礼を果たすところに一致点がある。

この小説は風景描写がとても美しく、読点を排除した息の長い文章が、写実的でありながらも色彩豊かなイメージを生み出している。かと思えば、文体はハードボイルド風で、心理描写を極力避けた叙事的な文章が、荒野の峻厳とした雰囲気と緊密に結びついている。さらに会話文は記号で区切られておらず、地の文と混じり合うことで、どこか遠くの出来事のような神話めいた世界が作り上げられている。

それにしても、この小説は若者の友情が抑え気味のテンションで描かれていて、かなり心を動かされた。お互いに多言を労さず、短めの言葉を往復させて意志の疎通を図る、これがまたさりげなく相手に気を遣っていて感じが良い。適切な距離を保っているような、理想的な関係が築かれている。しかもそれでいて、2人の結束はとてつもなく固い。生死に関わるような状況に置かれても、相手に文句を言わず、あるがままのものとして受け入れている。この利害を超越した2人の関係、「相棒」という言葉がしっくりくる2人の関係はいったい何なのだろう? ハリウッドのロードムービーといい、本作といい、埃にまみれた新大陸には、絆で結びついた2人組がよく似合う。

というわけで、本作は現代人向けの上質のビルドゥングス・ロマンを読みたいという人にお勧め。友情と恋愛と成長に、ノスタルジックな感慨をおぼえる。また、新大陸ならではの漠とした雰囲気も素晴らしく、特に赤で染め上げられたラスト一段落の風景は絶品。多少なりとも文章表現に興味があるなら、これは読まずには済ませられないだろうと思う。

>>Author - コーマック・マッカーシー

2005.11.4 (Fri)

伊坂幸太郎『魔王』(2005)

魔王(112x160)

★★★
講談社 / 2005.10
ISBN 4-06-213146-3 【Amazon

特殊能力を持った兄弟がファシズムと対決する連作中編集。「魔王」、「呼吸」の2編。

憲法改正や衆愚論といったタイムリーな話題を扱っている。これまで遠くから石を投げているだけだった社会問題に、真っ向から取り組んだような内容になっていて驚いた。急激に右傾化する閉塞した政治状況のなかで、善意の一市民がどのような行動を取り得るのか、というのを描いている。

相手がファシズムという現象なので、槍玉に挙げられるのがバカな大衆、特に若者なのだけれど、正直これは斬り込み方が都合良すぎるんじゃないかと思った。ワイドショー的なインターネット悪玉論を利用したり、娯楽に興じる群衆に無理矢理ファシズムの萌芽を見て取ったり、物事の悪い面を単純に拡大投影しているのが気になる。のっぺらぼうな大衆の怖さが伝わってくる反面、主人公サイドにヒロイックな特権を持たせる手法として、この図式化には疑問を抱かざるを得なかった。

一方、ムッソリーニを模した政治家を巡る議論は周到で刺激的だった。無責任な国民を統率する必要があるとか、外国に対して毅然とした態度を取るべきだとか、無私無欲で世の中の不正に当たるとか、そういう強権政治の甘美な面と、個人の違和感が上手く対比されている。何がベストなのか分からない状況のなかで、市井のヒーローが良心に従った行動をとる。今まで空回り気味だったナイーブさが、今回は適度にコントロールされていて好ましく思った。

以下、関連リンク。

あとがきの通り、ファシズムがテーマではないとのこと。ご冗談を。

>>Author - 伊坂幸太郎

2005.11.7 (Mon)

グレアム・スウィフト『最後の注文』(1996)

最後の注文(108x160)

★★★
Last Orders / Graham Swift
真野泰 訳 / 新潮クレスト・ブックス / 2005.10 / ブッカー賞
ISBN 4-10-590050-1 【Amazon

1990年のロンドン。病死した肉屋の主人は、生前自分の遺灰を海に撒いてほしいと頼んでいた。友人3人と息子1人の計4人が、遺言を遂行するため車で海に向かう。

出てくるのは、保険の事務員に、葬儀屋に、八百屋に、車のディーラー。イギリスによくある労働者階級の小説だけど、主要人物の多くが70歳近い老人なのが新味だろうか。章ごとに目まぐるしく語り手を交替させながら、グループ内の繋がりや秘密を徐々に明らかにしていく。さすがに高齢者が主体のせいか、追憶の射程は広大。車でのドライブを基点にしつつ、家族の軋轢や知人との摩擦といった、各自の満たされぬ思いが語られていく。

保険の事務員は肉屋とは古い付き合いで、2人の関係は戦時中まで遡るほど根深い。車のディーラーは肉屋の血の繋がらない息子で、職を継がなかったことで関係がこじれている。八百屋は昔ボクサーで鳴らしたがさつ者で、なぜかディーラーを嫌っている。葬儀屋はどのグループにも1人はいる堅実な男で、家業を巡る物語を持っている。

錯綜する語りによって霧が晴れていく構成が面白かった。人に歴史ありというのか、各々の家庭の事情から心に抱えている秘密まで、話が進んでいくうちに見通しが良くなっていく。なぜ八百屋はディーラーを嫌っているのかとか、なぜ親子関係はぎくしゃくしているのかとか、当事者がそれぞれの葛藤をエピソード込みで告白するのだから、これ以上の説明はないだろう。また、そういった序盤から示される「謎」のみならず、これといった予告もなしに意外な出来事が浮上してくるのも面白い。思い通りにいかないからこそ哀愁があるのだし、後戻りが出来ないからこそ悲哀がある。一人称の寄せ集めで結ばれた全体像は、神さま視点の透明さとは一味違った、雑駁とした味わいがある。

等身大の満たされぬ思いということで、総じて地味で退屈なエピソードが多かったものの、ドライブという空間の移動と、回想という時間の移動が巧妙に組み合わさっていて、それなりに心地よく読めた。狭いグループの友情ともつれ。それらを経た終着点に、静かな感慨が待ち受けている。

>>Author - グレアム・スウィフト

>>新潮クレスト・ブックス

2005.11.9 (Wed)

パトリック・モディアノ『暗いブティック通り』(1978)

暗いブティック通り(111x160)

★★
Rue des Boutiques Obscures / Patrick Modiano
平岡篤頼 訳 / 白水社 / 2005.6 / ゴンクール賞
ISBN 4-560-02725-0 【Amazon

私立探偵を8年勤めた男は記憶喪失者。そんな彼が相棒の引退を機に、失われた過去を探しにいく。調査は順調に進み、記憶も徐々に戻ってくるが……。

高校の国語便覧に名前が載ってたので気になっていた本。内容はポール・オースター風のミステリ寓話で、いかにもおフランスな感じの煮え切らない小説だった。『冬のソナタ』【Amazon】の脚本家が影響を受けたということで、急きょ復刊されたようだけど、世のマダムたちはこの曖昧模糊としたストーリーに面食らったんじゃないだろうか。何せ、甘いロマンスから程遠いうえ、結末もエンタメ小説的な分かりやすさを放棄している……。スキー場を描いたカバーイラストが、便乗本であることをアピールしていてちょっと悲しい(まあ、いちおう本編と関係はあるのだけど)。

記憶喪失者のアイデンティティ探求譚は、形式上オチがパターン化せざるを得ないから、最後まで興味を持続させづらい。大抵は陳腐な悲劇であるため、何らかのプラスアルファがない限りは、またそれかよ、と思ってしまう。本作もその弊はまぬがれてなくて、記憶が回復していく筋の進展と、その後の文学的なもやもやしたオチにあまり感心できず。コスモポリタンなサークルならではの、浮世離れした雰囲気以外にピンとくる部分がなかった。

終盤でタヒチ島に行くところがおフランスらしい。さすがお洒落の国である。

>>Author - パトリック・モディアノ