2005.11b / Pulp Literature

2005.11.12 (Sat)

フラン・オブライエン『ハードライフ』(1961)

ハードライフ(111x160)

★★★
The Hard Life / Flann O'Brien
大澤正佳 訳 / 国書刊行会 / 2005.2
ISBN 4-336-03587-3 【Amazon

20世紀初頭のダブリン。幼くして孤児になった2人の兄弟が、義理の伯父のもとに引き取られる。月日は流れて2人は成長。16歳になった兄は、通信講座やノミ行為など詐欺まがいのビジネスに手を染める。

インチキ商売と宗教談義が見所のアイリッシュ・ユーモア小説。語り手は孤児になった兄弟の弟のほうで、彼は最初から最後まで傍観者の役割でいる。ビジネスに熱をあげる兄と、カトリック神父を論難する義理の伯父。そんなアグレッシブな2人に挟まれた弟は、彼らの行動を目の当たりにしたり、あるいは手紙で読まされたりすることになる。

通信講座のテキストを晦渋な表現によってもっともらしく見せる。『ミゲル・デ・セルバンテス・サーベトラ集』なる豪華本を巧みな心理操作で売りさばく。インチキ商売には可愛げがあって楽しいし、会話もイギリス文化圏の小説らしく機知に富んでいて面白かったけれど、終わってみれば意外とこじんまりとした内容で、結果としてはそこそこの話だなと思った。『ドラえもん』の道具のような「豊満重水」が出てきた段階で、古き良き法螺話に移行するのかと思ったら、行き着いた先が教皇との面会というのが何とも。また、隠蔽された義父の物語を解読すると、スウィフトから続くアイルランド文学の系譜が浮かび上がってくる、そういう知的な企みも業界向けの目配せという印象が強くてあまり感心できなかった。

宗教論争については、それほどキリスト教に詳しくなくても、カトリック排撃の熱気が圧倒的で読み応えがある。確かに異端審問みたいな歴史上の悪徳行為を持ち出されたら、神父側としては窮地に立つしかないだろうという感じ。この侃々諤々の議論は、アイルランドの歴史事情が滲み出ていて面白く、史実に詳しければもっと楽しめたろうなあと思う。イギリスとの関わりからキリスト教の受容まで、アイルランド史を一通りおさらいしたい気分になった。

それにしても、論争相手のカトリック神父は凄い。ルターのことを「悪魔に取り憑かれた」とか言っていて驚いた。彼によると、宗教改革は「サタンに触発された反乱」(p.49)であるらしい。フィクション用に誇張された物言いだと思う反面、ひょっとしたら当時のカトリック教会の公式見解である可能性も捨てきれないから恐ろしい。狂信的クリスチャンの内に潜む、底知れぬ闇の片鱗を垣間見たような気がする(大袈裟)。

>>Author - フラン・オブライエン

>>文学の冒険

2005.11.15 (Tue)

佐藤多佳子『しゃべれどもしゃべれども』(1997)

しゃべれどもしゃべれども(112x160)

★★★★
新潮文庫 / 2000.5
ISBN 4-10-123731-X 【Amazon

古典落語をこよなく愛する26歳の噺家。そんな彼が、ひょんなことから次の4人の男女に落語を教えることになる。(1) 緊張すると吃音癖が出るテニスコーチ。(2) やたらツンツンしている謎の美女。(3) 関西弁を話す威勢のいい小学生。(4) 強面の野球解説者。

これは人情話のお手本のような小説で面白かった。噺家のもとにやってきた4人はおのおの対人関係の悩みを抱えていて、それが落語を通じて最後には解消される。ある者は過去に受けた傷がもとで、コミュニケーションに関して自棄的になっている。また、ある者は持ち前の精神的弱さのために、自分の道を捨てざるを得ない状況に陥っている。さらに、ある者はコミュニティで不利な立場に追いやられながらも、持ち前の意地を貫いている。……と、そんなこんなで彼らにおせっかいを焼くわけだけど、問題があるのは何も弟子だけではない。まだまだ若い噺家自身も自分の芸に行き詰まりを感じている。どうすれば師匠のコピーではない、オリジナルの芸を身につけられるのか。教えることを通して彼自身も教えられることになる。

脇役が類型的で、話もちょっと出来過ぎてるなと思いながらも(酔っぱらって上手い芸ができたとか)、あまり工業品のような印象を受けないのは、ひとえに落語という特殊世界を舞台にしているからだろう。日本情緒あふれる雰囲気は現代では逆に新鮮だし、噺家らしい闊達な語り口も読んでいて気持ちが良い。はじめは仲の悪かった4人が、いつしか協力して他人のことを心配するようになる。そして、噺家は噺家でそんな集団に愛着の念をおぼえる。この小説は噺家の一人称で語られるため、彼の喜びや悲しみ、葛藤などが生き生きと伝わってきて読みやすい。特にイベントをやり遂げて涙する場面は、一つの盛り上がりどころとなって読者の心を鷲掴みにする。誰もが経験し得る苦悩を日本情緒で味付けした本作は、万人向けの安心して読める佳作として、幅広い層の支持を受けるんじゃないかと思った。

>>Author - 佐藤多佳子

2005.11.18 (Fri)

アヴラム・デイヴィッドスン『どんがらがん』(1955-)

どんがらがん(103x160)

★★★
Bumberboom and other stories / Avram Davidson
殊能将之 編 / 河出書房新社 / 2005.10
ISBN 4-309-62187-2 【Amazon

日本オリジナル編集の短編集。「ゴーレム」、「物は証言できない」、「さあ、みんなで眠ろう」、「さもなくば海は牡蠣でいっぱいに」、「ラホール駐屯地での出来事」、「クィーン・エステル、おうちはどこさ?」、「尾をつながれた王族」、「サシェヴラル」、「眺めのいい静かな部屋」、「グーバーども」、「パシャルーニー大尉」、「そして薔薇一輪を忘れずに」、「ナポリ」、「すべての根っこに宿る力」、「ナイルの水源」、「どんがらがん」の16編。

著者はユダヤ教から天理教に改宗した異色作家。ヒューゴー賞(「さもなくば海は牡蠣でいっぱいに」)、MWA賞(「ラホール駐屯地での出来事」)、世界幻想文学大賞(「ナポリ」)といった異なるジャンルの賞を受賞している。これまで日本で紹介されることが少なかったようで、収録作には本邦初訳が多数含まれている。

傑作は、(1) 「さあ、みんなで眠ろう」、(2) 「ラホール駐屯地での出来事」の2編で、その次が(3) 「ナポリ」、(4) 「ナイルの水源」辺りか。(1) は人類と原始人・ヤフーを巡ったSF寓話。(2) は植民地時代のインドを舞台にしたミステリ。(3) は風俗の説明と詩的な雰囲気がほどよくマッチした都市小説。(4) は神秘的な力に権力の理不尽さが絡んだせつない話。とりあえず、本書は16編あってジャンルもあまり被ってないので、ボリューム感は相当ある。

以下、各短編について。気に入った短編には末尾に☆をつけた(16編中6編につけた)。

「ゴーレム」(1955)"The Golem"

老夫婦の前にゴーレムが現れた。

ゴーレムっぽい歩き方をしてるなと思っていたら、何と本物のゴーレムだった! 自分の来歴を仰々しく述べるゴーレムと、それを適当にあしらって世間話する夫婦、という使い古された図式が可笑しい。本来ならゴーレムなんて特異な存在は、話の中心になって然るべきなのに、そして、その存在に恐怖して然るべきなのに、夫婦はそんなこと一向に気にしていない。もののついでに構っているという感じで、世間話している。これは巻頭を飾るにふさわしい、可も不可もない小品だった。

「物は証言できない」(1957)"The Necessity of His Condition"

1825年、弁護士が奴隷売買の仲介人を始める。

奴隷の恩恵を享受してるくせにその仲介人を嫌悪するなんて心理は、現代にも通じていてちょっと怖い。奴隷は法律上で物扱いされており、法廷での証言は著しく限定される。理不尽な状況ならではの、流れに沿ったオチがぴったり決まっている。

「さあ、みんなで眠ろう」(1957)"Now Let Us Sleep"

利用価値の低い惑星に住む原始人・ヤフーを、通りがかりの旅行者たちが気晴らしに狩る。

ヤフーは知能もあるし、形体も人間っぽいのだけど、人類は彼らを下等生物としか扱わない。人体実験しても問題ないし、公然と殺戮するのも許されている(タスマニア原住民のごとく)。と、そういう道理に合わない世界観のなかで、リベラルな学者が信念に基づいた行動をとる。SFやファンタジーっていうのは寓話にぴったりなんだなと改めて思った。異世界の話だからこそ、そこに込められた普遍性が際立つ。☆。

「さもなくば海は牡蠣でいっぱいに」(1958)"Or All the Seas with Oysters"

女好きの男と、真面目な男。2人は自転車屋を共同経営している。ある日、彼らは諍いを起こし、真面目な男が自転車を破壊する。

何の変哲もない自転車屋ライフを営んでいると思ったら、いきなり荒唐無稽なことを言い出した! 境界がはっきりしないところが良い。ヒューゴー賞。

「ラホール駐屯地での出来事」(1961)"The Affair at Lahore Cantonment"

植民地時代のインド。当時兵士として勤務していた男が、そこで起きた悲劇を物語る。

実在の事件をモチーフにした小説とのこと。老人の昔話という形式がずばりはまった傑作だった。ラストはかなりインパクトがある。いつの時代も、そしてどの場所でも、情欲というのは人を大胆な行動に駆り立てるものなのだな。おっかないし、せつない。MWA賞。☆。

「クィーン・エステル、おうちはどこさ?」(1961)"Where Do You Live, Queen Esther?"

クィーン・エステルとは南国育ちのメイドのことで、彼女は抑圧的な夫人の家で働いている。夫人は子供を過保護に扱い、さらに無茶な理由でメイドを叱責している。

ベッドの下からエロ本見つけて叱ろうとする夫人。こういうのって既に半世紀前から類型化していたのか。

「尾をつながれた王族」(1962)"The Tail-Tied Kings"

「お父様」と「お母様」を中心とした変な一族の生態。食糧を運んでもらってる。

分業が徹底していて不自由な目に遭っている。「お父様」と「お母様」の種馬っぷりが哀しい。外に出てからの逆転がそこそこ印象的だった。

「サシェヴラル」(1964)"Sacheverell"

ジョージがサシェヴラルに向かって「お前を動物園に売り飛ばす」とか言う。

「さもなくば海は牡蠣でいっぱいに」みたいなほんのり怖い話。あの短編に比べるとこっちは若干見劣りするかな。

「眺めのいい静かな部屋」(1964)"A Quiet Room with a View"

養老院。25年間傭兵として戦場を転々としていた老人が、自分と歳の近い老人に言い掛かりをつけられる。

バルカン戦争から中国の革命、果ては南米の紛争まで、世界各地でばちばちやってた凄い老人が! 小市民の怖さというか、それくらいで一線を越えるかという驚きがある。あと、そんな歳で情欲が絡むのもおっかない。☆。

「グーバーども」(1965)"The Goobers"

早くに両親を亡くした「おれ」は、祖父のもとに引き取られていた。祖父は「おれ」を服従させるため、何かあるごとに「グーバーどもに売り飛ばすぞ」とおどしつける。

卑俗な語り口による奇妙な体験。まあまあ。

「パシャルーニー大尉」(1967)"Captain Pasharooney"

少年のもとに海外勤務の父親が帰ってきた。父親は軍人で、外国に牧場を持っている。2人は一緒に食事をしたりする。

これは心温まる話。彼のためにそこまでしたのか、というオチが素晴らしい。まさに大人の鑑。☆。

「そして薔薇一輪を忘れずに」(1976)"And Don't Forget the One Red Rose"

商店で働いている男が、同じアパートに住むアジア系の男の部屋に招かれる。男は書店主で、部屋には奇妙な商売品があった。

物の価値が現代の貨幣ではなく、同じく物で表される。その部屋の中だけ、エキゾチックな雰囲気がしていて面白い。外との対比によって独特の世界ができあがっている。

「ナポリ」(1978)"Napri"

ナポリ。旅行者が案内人の手引きでとあるサービスを受ける。

旅行者と案内人を軸としながら、ナポリの風俗や風景を重ねていく。厚みのある小説でありながら、詩のような雰囲気もあって良い。世界幻想文学大賞。☆。

「すべての根っこに宿る力」(1967)"The Power of Every Root"

メキシコ。体調不良に悩まされている警官が、道で首なし死体を発見する。

この警官というのが被害妄想の気があるキチガイで、死体を巡ってとんでもない事態を引き起こす。警官がパニクる場面は、いかにも譫妄状態って感じのぐるぐる感が出ていて面白かった。

「ナイルの水源」(1961)"The Sources of the Nile"

売れない作家が急死した老人の意志を継ぐべく、彼との会話を思い出して「ナイルの水源」を探しにいく。それは金蔓であるため、胡散臭い支配階級の連中も関わってくる。

悪女の容赦ない仕打ちということで、かの名作『夏への扉』を思い出したけれど、こっちはオチがせつない。それにしても、金銭欲と対置する価値観として「恋愛」を持ち出してくるところは上手いね。あと、「ナイルの水源」の正体はけっこう意外だった。☆。

「どんがらがん」(1966)"Bumberbloom"

破壊兵器<どんがらがん>を脅迫の種にして、食糧を徴発してまわる野蛮人たち。近隣住民と揉めた旅人が、色々あって彼らに近づく。

架空の世界を舞台にした小説。解説で紹介されていた続編のほうが面白そう。

>>Author - アヴラム・デイヴィッドスン

>>奇想コレクション

2005.11.20 (Sun)

瀬尾まいこ『図書館の神様』(2003)

図書館の神様(105x160)

★★★
マガジンハウス / 2003.12
ISBN 4-8387-1446-7 【Amazon

高校時代、女子バレー部のキャプテンを勤めていたヒロインは、とある部員を叱責、その翌日に自殺されてしまう。大学を卒業後、彼女は高校の非常勤講師になり、文芸部の顧問に就任する。その部には、部員が男子1人しかいなかった。

心の傷と不倫と文学ネタを上手くミックスした、少女漫画風の小説だった。文学にまったく興味のなかった体育会系女子が、男子生徒との交流を通してその良さを知るようになる。さらに副次的な効果として、教師という職業に喜びを見出すようにもなる。トラウマ女性の成長を描いた本作は、文学に親しむことの愉しさと、女性作家らしいふわふわした暖かさが感じられる。

特徴的なのが、出てくる男性がみんなあり得ないほど「良い人」なところだろう。男子部員は「出来杉くん」みたいな人格者だし、弟は無条件な優しさを振りまいているし、不倫相手は愛すべき愚直な性格をしている。また、はじめは鬱陶しかった体育教師も、後に快活な好男子であることが判明。不倫という背徳的な要素がありながらも、雰囲気に透明感があるのは、主人公を取り巻く脇役たちが異様にさわやかだからだと思う。

序盤は漫画的な作り物くさいシチュエーションが気になった。たとえば、ヒロインは大学(それも文学部)を卒業しているのだけれど、その彼女が文学に傾倒する男子部員を異常視するのはさすがに無理があるような気がする。普通に授業に出席し、普通に交友関係を広めていれば、それなりの知見を体得しているはずなので、このヒロインのような子供っぽい見解は、前提条件として現実味に欠けるといわざるを得ない。つまり、大学とはそれほど刺激のある環境だと思うのだけど、それとも何か、ヒロインはまったく他者と関わらずに卒業したのだろうか。これではいくら何でも目線を下げすぎという感じで興醒めするし、何より嫌味だと思う。

>>Author - 瀬尾まいこ