2005.11c / Pulp Literature

2005.11.23 (Wed)

P・G・ウッドハウス『それゆけ、ジーヴス』(1925)

それゆけ、ジーヴス(110x160)

★★★★
Carry on, Jeeves / Pelham Grenville Wodehouse
森村たまき 訳 / 国書刊行会 / 2005.10
ISBN 4-336-04677-8 【Amazon

短編集。「ジーヴス登場」、「コーキーの芸術家稼業」、「ジーヴスと招かざる客」、「ジーヴスとケチンボ公爵」、「伯母さんとものぐさ詩人」、「旧友ビッフィーのおかしな事件」、「刑の代替はこれを認めない」、「フレディーの仲直り大作戦」、「ビンゴ救援部隊」、「バーティー考えを改める」の10編。

『よしきた、ジーヴス』に続くウッドハウス・コレクションの第3弾。長編らしい長編の前作とは打って変わって、今回は一話完結式の短編集だった。長編では弛緩していたこのシリーズも、短編だと中身が引き締まっていて読みやすい(正直、『よしきた、ジーヴス』は少ないネタで引っ張りすぎたと思う)。さらに、短編ならではの趣向として、ジーヴスとの掛け合いが何パターンも楽しめるようになっているのも良い。たとえば、ジーヴスの登場シーンなんか、各短編ごとに表現が違っていてお得感がある。

内容は基本的にいつもの通りだったけれど、今回目新しいのは、「バーティー考えを改める」でジーヴスが語り手を務めているところだろう。この短編は、ジーヴスが主人のことをどう思っているのか分かって興味深かった。来年のコミケで同人誌が出てもおかしくないほど、2人は相性が良くて微笑ましい気分になる。

以下、各短編について。

「ジーヴス登場」

婚約者フローレンスの依頼を受けたバーティが、伯父の回想録出版を阻止しようとする。件の回想録には、悪魔的な放蕩の記録が綴られており、全編に渡ってフローレンスの父親も登場していた。

ジーヴスがバーティーに雇用されたときのエピソード。癒しのそよ風のようにふわりと登場するジーヴスが素敵だ。初対面のこの頃からジーヴスは主人の服装に拘っていて、今回は市松模様のスーツを巡って確執が起きている。事件については、バーティーの意志に沿わないけれど、でも結果的には彼の利益になっている、そういう捻ったオチが面白い(同時にこれはジーヴスの利益にもなっている)。

「コーキーの芸術家稼業」

ニューヨーク。画家志望のコーキーは、彼の保護者である叔父に婚約者を紹介したいと思っている。が、定職についていない手前それが難しい。というわけで、バーティーが彼に協力することになる。

計略が裏目に出るのだけど、ラストで上手く元を取り返したかなという感じ。ジーヴスほど物を見る目があるのなら、金儲けなんて容易なんじゃなかろうか。

「ジーヴスと招かざる客」

ニューヨーク。レディ・マルヴァーンなる女傑がやってきて、バーティーの元に息子(23歳くらい)を預けていく。息子は鬼のいぬ間に命の洗濯とばかりに、派手な遊びを繰り広げる。

今回はピンク色のネクタイを巡って確執が。「陽気なピンクだ」といって抵抗するバーティーと、「そのネクタイは駄目でございます」と言い張るジーヴスの掛け合いが微笑ましい。事件については、ラストで判明する事のカラクリがけっこう怖い。ジーヴスはおそろしく冷徹だ。

「ジーヴスとケチンボ公爵」

バーティーの友人が、伯父(公爵)から小遣いを止められそうなので助けてやる。

ジーヴスの策も失敗することがあるのに驚いた(もちろん、最終的には挽回する)。今回は彼の人間味がいつになく垣間見えていて興味深い。失敗をバネにやる気を出すし、主人の温情に深く感動もする。ところで、今回のバーティーは口ひげを生やしているのだけど、それを巡るジーヴスの反応がちょっと可愛い。

「伯母さんとものぐさ詩人」

田舎に居を構え、一日中イモムシを眺めながら暮らしている男。その彼が、伯母に代わってニューヨークで生活し、その模様を手紙で報告するはめになった。遺産があるので伯母には逆らえない。ジーヴスが一計を案じる。

ジーヴスが初めて微笑んだ! 全国1万人のジーヴスファンはこの場面で萌え狂ったに違いない。と、それはともかく、バーティーはジーヴスのことを賞賛しすぎ。今回は大した策ではないので、彼の賛辞は針小棒大に聞こえる。

「旧友ビッフィーのおかしな事件」

物忘れの激しい旧友のビッフィーが、一時の気の迷いで望まない相手と婚約してしまった。バーティーが別れの手助けをしてやる。

なぜかジーヴスはビッフィーに対してやけに冷淡。はじめは彼が智恵を貸さないため、バーティーが少ない脳味噌を使って策を弄すことになる。今回は『よしきた、ジーヴス』でお馴染みの、精神科医・グロソップ氏が大活躍。あの事件が尾を引いているせいか、バーティーに対する態度が思いっきり失礼で笑える。

「刑の代替はこれを認めない」

囚人となった友の身代わりとして、バーティーが伯母の友人宅に赴く。

オノリア・グロソップ(『よしきた、ジーヴス』で婚約するはめになった女傑)そっくりのスーパーウーマンが登場、バーティーを恐怖のどん底に突き落とす。今回はお笑いの質が高くて、某人物と鉢合わせする場面は、本書で1、2を争うほど面白かった。本人を前にしてそんなこと言うのか、みたいなネタも笑える。

「フレディーの仲直り大作戦」

友人のフレディーが婚約者に振られたので、傷心を慰めるべく一緒に旅行する。

例によってバーティーが自信をもって示した策が荒唐無稽で、事態は混迷を極めることになる。今回は子供ネタ。

「ビンゴ救援部隊」

伯母が主宰する雑誌に、ビンゴの妻の告白が載ることになった。何でも結婚生活を赤裸々に語ったものだという。日の目に出るのを阻止すべく、バーティーがビンゴに協力する。

凄腕の料理人アナトールを巡る話。確か彼が奉公する一家は『比類なきジーヴス』から出てたと思うけど、この辺の固有名詞はほとんど覚えてない。相変わらずバーティーは押しに弱く、人の頼みを断れないでいる。というか、ビンゴが図々しすぎ。

「バーティー考えを改める」

ジーヴスが語り手を務める貴重な短編。家庭を持ちたがったバーティーの希望を断つべく、ジーヴスが暗躍する。

普段のバーティー視点では隠蔽されていた、事件の舞台裏を見せる趣向。ジーヴスがバーティーのことをどう思っているのか分かって興味深かった。それにしても、ジーヴスの策はこうしてつまびらかにされると、けっこうえげつなくて怖い。そんなに主人が結婚するの嫌ですか……。

>>Author - P・G・ウッドハウス

2005.11.27 (Sun)

R・A・ラファティ『宇宙舟歌』(1968)

宇宙舟歌(109x160)

★★★
Space Chantey / R.A. Lafferty
柳下毅一郎 訳 / 国書刊行会 / 2005.10
ISBN 4-336-04570-4 【Amazon

宇宙版『オデュッセイア』。比類なき英雄であるところのロードストラム船長が、乗組員どもを引き連れて各地を旅する。快楽の楽園や、巨人と殺し合いをする惑星など。

オデュッセウスの冒険をトール・テール的なセンスで換骨奪胎した話。世界が無駄に壮大だったり、出来事が軽くナンセンスだったり、ぬるめのユーモアが横溢している。本作はその馬鹿馬鹿しさに苦笑するタイプの小説だろうか。少なくとも、機知に富んだ内容ではないので、SFプロパー以外が無理して読む必要はなさそうである。

総じて本作とは波長が合わなかったものの、細かいネタでいくつか面白いのがあった。たとえば、巨人に舌を引っこ抜かれたのにはけっこう来るものがあったし、また、宇宙各国の支配権を賭けで手に入れる豪快さには、何ともいえないツボにはまる感覚があった。その他、唯心論をモチーフにしたアイディアが刺激的で、知覚することで世界を維持する(それも1人で!)という設定には、SFならではの知的興奮が味わえた。

>>Author - R・A・ラファティ

>>未来の文学

2005.11.29 (Tue)

ハンス・クリスチャン・アンデルセン『雪だるま』(1861)

雪だるま(132x160)


Sneemanden / Hans Christian Andersen
長島要一 訳 / ジョン・シェリー 画 / 評論社 / 2005.1
ISBN 4-566-02177-7 【Amazon

短編集。「雪だるま」、「ティーポット」、「チョウチョウ」、「ノミと教授」の4編。

今回の一つ星は、作品に対してではなく、訳者を中心とした本書全体のコンセプトに対してつけた(ちなみに、作品は四つ星)。

以下、訳者あとがきより。

雪だるまは、のぞき見をすることによって欲望をつのらせ、凝視することによって女性を姦していたのです。(p.62) 

これは最低最悪の本だった。「あなたの知らないアンデルセン」ということで、巷間に流布している素朴な作家像を覆そうとしているのだけど、あとがきにある訳者の主張が、フロイト的妄想に彩られていて読むに耐えないものになっている。雪だるまが女性を視姦しているだとか、ティーポットの注ぎ口が性的シンボルだとか、思い込みに基づいたテキストの過剰解釈ぶりが凄まじい。しかも、酷いのはそれだけではない。作品から無理矢理引き出した「エロス」を根拠として、アンデルセンの「生き方」とやらを示したつもりでいるのだから呆れる。この訳者、本当に研究者なんだろうか? 文学部の病ここに極まれり、という感じで目眩をおぼえた。

以下、各短編についてメモ。

「雪だるま」(1861)

雪だるまが女中部屋のストーブに恋をする。

「おれはもうがまんできない」と雪だるまは言いました。「あの舌の出し方がもうほれぼれするようでたまらない!」(p.20)

上記はストーブを見た雪だるまのセリフだけど、さすがにこれは恣意的な翻訳の匂いが……。ストーブが女性なのは良いとして、このリビドー満々なセリフには訳者の悪意が感じられていまいち納得できない。さらに、ストーブを妖艶に描いた挿絵(表紙の絵がそう)も、特定方向へのミスリードを誘っているようで違和感がある(*1)。その手法は、まるで下世話な報道番組のよう。視覚効果を交えた印象操作には注意が必要だと思った。

「ティーポット」(1864)

形状を自慢に思っているティーポットが、床に落とされて壊れる。

本作はせつなさと暖かさが同居した素晴らしい話だった。が、その後に読んだ訳者あとがきが気持ち悪くて一気に冷めてしまった。取っ手と注ぎ口がセックスシンボルで、それが壊されることは犯されることと同義である、と言いたいらしい。頭大丈夫か?

「チョウチョウ」(1860)

蝶々が色とりどりの花から結婚相手を探すも失敗する。

このお話については、訳者あとがきもまあまあ納得できる。確かに作者の女性観・結婚観が反映してそう。でもって、現代でもこう思って結婚しない男性は少なからず存在してそう。

「ノミと教授」(1872)

妻と別れた「教授」が、ノミと一緒に見せ物で金を稼ぐ。旅回りの好きな彼らは、揃って野蛮人の国に赴くが……。

「教授」とノミが独身宣言するのが可笑しい。まさにバティものの一つの典型といった感じ。しかもそれでいて、けっこう毒が含まれている。なお、訳者あとがきは、例によって不毛なエロスを暗示してるなどと言っている。

>>Author - ハンス・クリスチャン・アンデルセン

*1: 補足すると、挿絵自体に罪はない。単体で判断するなら、セクシーな良い絵だと思う。