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2005.12.1 (Thu)
▲ハンス・クリスチャン・アンデルセン『ぼくのものがたり』(1847)
★★★
Das Marchen Meines Lebens / Hans Christian Andersen
高橋健二 訳 / いわさきちひろ 画 / 講談社 / 2005.2
ISBN 4-06-212805-5 【Amazon】
抄訳版アンデルセン自伝。オーデンセの貧しい家庭に生まれたアンデルセンは、幼い頃から物語に親しみ、周りに自作の劇を読み聞かせていた。14歳になったとき、彼は夢だった俳優になるべくコペンハーゲンに出る。
アンデルセン生誕200年を機に出版された企画本。彼の生まれた1805年から、大学生になって初の詩集を出版した1829年までの出来事が記されている。アンデルセンは自分語りの好きな作家だったようで、人生の時々で何度か自伝を書いていたらしい。本書がどの段階の自伝を底本にしたのかは分からないけれど、とりあえず有名になって以降はばっさりカットされている。人生は苦労しているうちが華、ということなのだろう。確かにここで語られた彼の半生は、偉人伝の一つのサンプルとして興味深いものになっている。
『赤と黒』【Amazon】のジュリアン・ソレルは、優れた記憶力と持ち前の美貌で貴族社会に食い込んだ。ところが、アンデルセンの場合は年齢が年齢なので世に出るハードルが恐ろしく高い。その性格ゆえに道行く人々の援助を受けるも、結局はこれといった決定打が出ず。特に才知に溢れているわけでもなければ、容姿に秀でているわけでもなく、特技の歌は声変わりで駄目になってしまうし、演劇の仕事も教養不足ということで断られてしまう。……と、こんな何のツテもない10代の少年が、見知らぬ街でいかにしてチャンスを掴むのか。状況が困難なだけに先を大いに気にしながら読んだ。
成功の具体的なプロセスは読んでのお楽しみとして、本書はわりと教訓に満ちていて面白かった。人に認められるにはまず熱意がなくちゃ駄目だとか、才能があっても学がなきゃスタートラインに並べないだとか、色々と納得できるところが多い。また、アンデルセンは身一つで異郷の地に飛び込んだわけだけど、そんな彼に惜しみなく手を差し伸べる人々を見ると、世の中捨てたものじゃないという気になる。これは是非とも子供に読ませたい本だと思った。
2005.12.3 (Sat)
▽リディア・デイヴィス『ほとんど記憶のない女』(1997)
★★★★
Almost No Memory / Lydia Davis
岸本佐知子 訳 / 白水社 / 2005.11
ISBN 4-560-02735-8 【Amazon】
即物的な渇いた文章が特徴の短編集。全51編。
各短編の分量は1ページから30ページ程度まで様々。内容については説明しづらいけれど、少なくとも本書は普通の小説ではない。「女性的な生活密着型の洞察力と、哲学的な論理の迷宮が同居した小説」といえるだろうか。レポートのような客観的な文章で、人生の真理を突くような鋭い知見を披露している。どちらかといえば、描写よりは説明のほうが主体。ほとんどすべてが地の文で、言葉遊びのような入り組んだ文言を連ねながら、最後ははっとさせるオチで決めている。
本書は女性らしい機微に長じた短編集ではあるけれど、あまり感性に寄りかからず、適度に知性とバランスをとっているのが好ましい。文章を表現ツールとして手足のごとく使いこなしているというか、とにかく理屈っぽい文章で情趣を醸し出す手腕に優れている。さらに、その統制された筆致は、「わたくし語り」(人と違った感性・知性を売りにしている、みたいな)によくあるナルシシズムをまったく感じさせないのだから凄い。この著者は近年稀にみる、上質の書き手だと思った。
各短編についての覚え書きは数が多すぎるので割愛。一応ベストだけ挙げておくと、それは冒頭に配置された「十三人めの女」になる。わずか8行の掌編ながら、文章のリズムと結末のインパクトが抜群。ほかの収録作の出来を期待させるような、素晴らしい傑作だった。未読の人はまず立ち読みしてみることをお勧めする。
2005.12.6 (Tue)
▽フィリップ・クローデル『リンさんの小さな子』(2005)
★★★★
La Petite Fille de Monsieur Linh / Philippe Claudel
高橋啓 訳 / みすず書房 / 2005.9
ISBN 4-622-07164-9 【Amazon】
難民の老人・リンさんは、いつも赤ん坊(孫娘)を宝物のように抱えていた。そんな彼が、公園で太った男と出会い、言葉も通じぬまま親しくなる。
日仏ほぼ同時刊行の小説。哀しい過去を持つ2人の男がお互いを精神の拠り所とする、普通に良い話だった。
やはり言葉が通じないところが肝だろう。喜びや悲しみなど、大まかな感情は分かっても、具体的な理由が分からない、そういう微妙なすれ違いが、滑稽さとせつなさを作り出している(この辺り、映画のカメラ目線みたいな、引いた場所からの視点が効果を発揮している)。特に滑稽さについては、老人の生真面目なキャラクターが秀逸。赤ん坊を真剣に愛しているがゆえの、愚直な行動の数々が微笑を誘う。
悲劇というのは深刻に書けば書くほど鬱陶しかったり嫌味になったりするのだけど、そこに一滴のユーモアが加わっていると、途端に感情移入しやすくなるから不思議だ。前述の滑稽さなんかは、まさに2人の背負う重い過去とコントラストをなしていて、彼らの心温まる交流にすんなり入れるような、潤滑油の役割を果たしている。でもって、そこへきて言葉が通じないことを逆手にとった、技ありのエピソードが挿入されるのだから心憎い。コミュニケーションを題材にした小説では、言葉が通じないというのは大きな制約だろうと思っていたけれど、実はそんなことは全然ないのだな。むしろ、通じないからこその意外なアイディアが見られて面白い。
あとは平易な文章による雰囲気作りが上手いかな(この辺は滑稽さも関係するけれど)。身内の死や戦争の悲劇、抑圧的な老人ホームなど、紋切り型の道具と適度に折り合いをつけて、詩のような雰囲気を構築している。結局のところ、「感動もの」というのは説得力が強く要求されるジャンルであり、それを生む元がディテールだったり雰囲気だったりするわけで、要するに本作はその辺がよく調節されているということなのだ。
2005.12.8 (Thu)
▽アレクサンドル・ソルジェニーツィン『イワン・デニーソヴィチの一日』(1962)
★★★★
Один день Ивана Денисовича / Александр Исаевич Солженицын
木村浩 訳 / 新潮文庫 / 1963.3
ISBN 4-10-213201-5 【Amazon】
ソ連の強制収容所(ラーゲル)での一日。スパイ容疑の濡れ衣を着せられ、既に8年服役している、イワン・デニーソヴィチに焦点を当てて語る。
『死の家の記録』と並ぶ、ロシア獄中文学の金字塔的作品。収容所での起床から消灯までを描いている。配給不足によるひもじい食生活や、収容所を生き抜くためのささやかな智恵、そして極限状態で「幸福」を感じる心理など、どれも真に迫っていて読み応えがあった。
気温は氷点下数十度がデフォルトで、飯も満足に食わせてもらえないのに、肉体労働だけは人一倍させられる。そんな過酷な環境のなかでしたたかに日々を生きていく、イワン・デニーソヴィチの肖像に惹かれるものがある。何せ、作業の出来映えに拘って現場に居残ってみたり、看守に見つからないよう外で拾った物品を持ち込んでみたり、限られた行動範囲内で力いっぱい生きているのだから凄い。冤罪で放り込まれたにもかかわらず、決して腐らないところに好感が持てる。
この小説は何といっても、ひもじい感覚がとてもよく伝わってきて引き込まれる。少ない配給で空腹感を誤魔化すための方策とか、割り当て以上の食糧を得るための智恵とか、細かい部分が凝っていて良い。いかにして少ない量でやりくりし、かつ量自体を増やすのか。この辺、体験者ならではの描写なのだろうと思う。あと、スプーンを靴の脇に刺して携帯しているのに軽く驚いたし、パンを使って皿に残ったスープを吸い取るのにも、この上ないリアリティを感じた。自由を奪われるのは肉体的にも精神的にもきついけど、しかしだからこそ目の前の状況に集中して生きていくしかないのだ。
というわけで、本作は政治的文脈を差し引いても、収容所生活を余すことなく綴った小説として面白く読める。しかも、抑圧的な舞台に反して雰囲気は全然重苦しくなく、それどころかユーモラスな味わいさえあるのだから読みやすい。余韻の残るラスト2行は、これ以上ないってくらいの名文だと思う。