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2005.12.22 (Thu)
▲ウーヴェ・ティム『カレーソーセージをめぐるレーナの物語』(1993)
★★★
Die Entdeckung der Currywurst / Uwe Timm
浅井晶子 訳 / 河出書房新社 / 2005.6
ISBN 4-309-20439-2 【Amazon】
80過ぎの老婆レーナはカレーソーセージの発明者だった。かつて彼女の屋台に通っていた語り手がそのいきさつを尋ねる。――時は終戦間際のハンブルク。当時中年だったレーナは部屋に脱走兵を匿い、彼と愛し合う……。
カレーソーセージはいかにして発見されたか? という謎を軸にして、戦時下の「愛の物語」を語っていく。この話は舞台が舞台なので、2人の恋愛はけっこうスリリング。当初は彼氏の安全確保という見地から、2人は秘密を守るべく結束を固める。何しろ彼は天下の脱走兵であり、見つかったらゲシュタポ行きである。当然外に出ることができないし、また、隣近所の監視の目がきついので、部屋のなかでもあまり派手なことはできない。国粋主義のおじさんの詮索や、近所のおばさんのクレームをかわしつつ、愛し合うのも一苦労といった不便な日々を送ることになる。
ところが、である。そんなヘビーな状況も、途中から事情が一変。レーナが自身の身勝手な愛情に従って、とんでもないことをしくさる。詳しいことは読んでのお楽しみとして、これはもう人の尊厳を踏みにじる犯罪の領域。事故でも起こって脱走兵の人生をぶち壊すのではないか? イアン・マキューアンの『贖罪』みたいな結果になるんじゃないか? この女、前頭葉麻痺しとるんちゃうか? ……後半からはレーナのエゴイスティックな振る舞いに、善良なる読者は気を揉みながら読むことを強いられる。この辺り、物語に引き込む手段として上手いなあと思った。
さて、彼らの「愛の物語」はともかく、本作は戦時下の庶民の生活模様に目を惹くものがあった。監視はきついし、職場は上が決めているし、物資はろくに回ってこない。そんな窮屈な社会体制のなかで、ハンブルク市民はたくましく生活している。興味深いのが平和時とは明らかに異なった経済行為で、ドイツ・マルクに代わって煙草が通貨の役割を果たす、その理屈に目から鱗が落ちる思いだった。刑務所でも煙草は頻繁に取引されるけれど、実はそれには合理的な理由があったのだな。わらしべ長者とまではいかないものの、物々交換を繰り返すことで、商売をはじめるための道具を入手していくところが面白い。
カレーソーセージが奇跡を起こす! と書くと、今流行の食育を思い出すけれど、この小説で描かれたケースは、フィクション用に一歩先を行った感じで好ましい。そんな状況なら奇跡が起きても全然オッケー、みたいなロマンスを肯定する雰囲気。終盤、ホロコーストへの言及の仕方にいやらしさを感じたものの、最終的には「食」と「愛」の意外な結びつきに感心したのだった。
2005.12.25 (Sun)
▽W・G・ゼーバルト『移民たち』(1992)
★★★★
Die Ausgewanderten / W. G. Sebald
鈴木仁子 訳 / 白水社 / 2005.10
ISBN 4-309-20439-2 【Amazon】
4人の移民に焦点を当てた短編集。「ドクター・ヘンリー・セルウィン」、「パウル・ベライター」、「アンブロース・アーデルヴァルト」、「マックス・アウラッハ」の4編。
著者の小説を読むのは、『アウステルリッツ』(2001)に続いて2作目。「記憶」をもとに他者の人生を切り取る行為といい、語りの主体を見失うほど過去と現在が交錯するところといい、昔から一貫したスタイルをとっていたようだ。相変わらずナチス政権下のユダヤ人が言及されているし、ナボコフやヴィトゲンシュタインにちなんだ小ネタも仕込まれている。そういえば、『アウステルリッツ』も移民を題材にしていたけれど、これはドイツからイギリスへ移住した自身の来歴と関係があるのだろうか。移民たちのもの悲しい雰囲気が堂に入っている。
収録作はどれも細部が丁寧、かつ時折出てくる晦渋な表現が光っている。物体とか風景とか、細かい部分に拘りがあるのが良い。こういう手工芸品的な肌触りは貴重だと思う。個人的には、1人の人物を扱った『アウステルリッツ』よりも、1冊で4度おいしいこちらのほうが好みかもしれない。
以下、各短編について。
「ドクター・ヘンリー・セルウィン」
白髪の老人、ドクター・セルウィンについて。
今の落ちぶれた境遇から遡って語られる、山岳ガイドの話が……。美しい文章で閉じるオチが素晴らしい。新聞記事の使い方が上手すぎると思う。
「パウル・ベライター」
小学校時代の恩師、パウル・ベライターについて。
これもオチが凄い。言葉の解釈でこんなに余韻が出るとは。
「アンブロース・アーデルヴァルト」
語り手の伯父にあたる、アンブロース・アーデルヴァルトについて。
日本ネタが登場。水上の楼閣に2年間暮らしたとかあって、それのイメージ写真が載っているのだけど、写っているのが金閣寺なのには普通にびっくりした。ハッタリ効かせすぎ! あと、バブル期の日本人は世界中に恥を撒き散らしていたようで、本作では外国旅行中の彼らに冷たい眼差しが注がれている。
「マックス・アウラッハ」
ナチスに両親を殺された画家、マックス・アウラッハについて。
こういう悲劇はただ黙って風化させず、然るべき語り部がその痕跡を丹念に収集し、後世にまで伝えねばならないのだろうなあ、という感想を抱かせる。お話自体はそんなに陳腐じゃないけれど。
2005.12.27 (Tue)
▲古川日出男『ロックンロール七部作』(2005)
★★★
集英社 / 2005.11
ISBN 4-08-774787-5 【Amazon】
7つの大陸を股にかけた連作短編集。「ロックンロール第一部」から「ロックンロール第七部」、そして、エピローグにあたる「ロックンロール第○部」を収録。
饒舌な語り手である「あたし」が、ロックンロールにまつわるエピソードを紹介していくという趣向。北はロシアから南は南極まで、七大陸を網羅している。世界を射程に捉えた法螺話的なセンスが良いし、ナイーブな主張を嫌味なく差し出す手つきにも優れているけれど、それは上手いなあと遠くで感心する程度で、満足度としてはそこそこだった。あまりのめり込めなかったのは、ロックンロールなるものにさほど思い入れがないからかもしれない。ロックンロール=無国籍という解釈が面白く、そこからの飛躍にもはっとさせられた反面、音楽をロマンチックに持ち上げすぎだよなあと思ってしまう。
とりあえず、全編を覆うポップ感にインパクトがあった。人物を独特の呼び名で代替したり、それをゴチック体で表したり、妙な抽象画が紙面に躍っていたり、いかにもペーパーバックといった感じの猥雑な書法が採用されている。こういう味が好きな人にはたまらないかもしれない。
以下、各短編について。
「ロックンロール第一部」
イギリスで生まれたロックンロールが遠くアフリカの地にまで渡る。砂漠でロックンロールというシュールな光景から、そこへ辿り着きますかって感じのオチへ。その壮大な展開と、一気に畳みかける鋭い幕引きにやられたのだった。
「ロックンロール第二部」
今度はアメリカからカナダへ移動。物欲を満たすために、他人を鰐の住処に突き落とすガキんちょがおっかない、というか笑える。あと、密かに鰐の養殖をしている「鰐じじい」のしたたかさも良い。本作に出てくる手製のギターは、ファンタジーものに出てくる魔剣みたいだ。人から人の手に渡っていき、一時のアクシデントを経て、ラストは上手く伏線を消化する。ところで、ガキんちょの呼び名が「一セント」というのは秀逸すぎると思う。
「ロックンロール第三部」
現代ロシアのロックバンドの話だけど、そこから半世紀時間を遡って関係なさそうな「少佐」の話に移行する。空間にしても時間にしても、大胆な移動というのはけっこうな刺激になるのだな。「怒りのチョウザメ」、「血のしたたる熊」あたりのネーミングセンスが良い。
「ロックンロール第四部」
戦争中のベトナムからオーストラリアへ移る。夢と現実が溶け合うアイデア勝負の話。大転回がないぶんインパクトに欠けるか。どうもITや動物などの道具立てがあまり面白いとは思えなかった。
「ロックンロール第五部」
インド。エルビス・プレスリーの逸話から始まる本作は、インドの破天荒な雰囲気が面白かった。映画界で野望を達成しようとして、そこから話は荒唐無稽に(でも、インドならこういうのあり得るかも!)。意外と詳しい政治背景の説明に引き込まれる。ところで、双子は後から生まれたほうが兄なのでは?
「ロックンロール第六部」
南米。アルゼンチンタンゴの雄「武闘派の王子さま」が、父の仇討ちのため格闘技を習う。ブラジル=格闘技という安直さが楽しい。ムエタイとか、空手とか、柔術とか、様々な流派が乱立している。あちらでは今でも普通に道場破りがありそうだ。
「ロックンロール第七部」
南極。最後のぐるぐる回る光景が印象的だった。時間の射程がぐいっと伸びるのが良いかも。しかしねえ、そんなあっさり人を殺しまくって、贖罪はないだろ、贖罪は。しねばいいのに。
「ロックンロール第○部」
7つの物語を結ぶエピローグ。1編1編もそれぞれ壮大だったけれど、まとめてみるともっと壮大だった。ナイーブなメッセージもこのスケールなら許せる、かな?