2006.2a / Pulp Literature

2006.2.2 (Thu)

ヘルマン・ヘッセ『湖畔のアトリエ』(1914)

★★★
Rosshalde / Hermann Hesse
高橋健二 訳 / 新潮文庫 / 1959.4
ISBN 4-10-200109-3 【Amazon

妻子との仲が上手くいっていない画家は、母屋から離れたアトリエで暮らしていた。家庭崩壊の危機に立たされるなか、状況を加速させるとある出来事が発生する。

今回は珍しく家庭人の中年が主人公。ヘッセというと、独身青年の悶々とした想いを書くイメージがあったのだけど、実は妻子持ちでも普通にいける作家のようだ。微妙なバランスで小康状態を保っている、危機的家庭の倦んだ雰囲気が、相当な説得力で表現されている。

家庭内別居という冷戦下にあって、幼い次男坊が画家と妻の間を繋ぐブリッジになっている。画家は妻と離婚することも考えたのだけど、妻が次男の親権を譲る気がないので断念、結局ずるずると決着のつかないまま今に至っている。作品の舞台は母屋とアトリエが中心。戯曲として上演されても違和感がないくらい場所の移動が少なく、ロスハルデ(Rosshalde)の「家」が悲劇の象徴のような意味を帯びて存在している(余談だが、冒頭で次男坊が「ロスハルデ唯一の主人」と説明されている)。

一連の出来事を通して様々なものを失った画家が、芸術をよすがに歩もうとするところなんか、ついヘッセ自身を重ねたくなる。作中に自己を投影し、主観的な世界を織りなすのがこの著者の作風なのだろう。ラストは前向きで力強いと思うけれど、ただあまりに芸術を賛美しているため、申し訳ないが読んでいてひいてしまった。この場面、創作を通して自分を鼓舞しようという意志が感じられるのは気のせいだろうか(ヘッセの妻は本作刊行の2年後、精神病で入院している)。まるで突き放しの足りない私小説みたいでうんざりした。

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2006.2.5 (Sun)

ヘルマン・ヘッセ『クヌルプ』(1915)

★★★★
Knulp / Hermann Hesse
高橋健二 訳 / 新潮文庫 / 1970.11
ISBN 4-10-200105-0 【Amazon

流浪の職人として友人のもとを渡り歩く、自由人クヌルプの物語。

『車輪の下』の姉妹編みたいな内容だった。根無し草のクヌルプは、住居もなければ現金もないのだけど、彼を世話してくれる人間が各地に点在しているため、紳士気取りの気ままな生活を送ることができている。クヌルプは独特のカリスマを持っており、人々の間では彼の世話をすることが名誉なことと見なされているのだ。自然と親しみながらあちこちを放浪し、滞在先で友人を楽しませたり、行きずりの女の子を口説いたりする。その自由さが華やかに描かれつつ、放浪者ならではの孤独、そしてこのような生活を送るきっかけになった悲しい出来事が明かされることになる。

レールから外れる理由が明らかに理不尽というか、若さゆえの過ちというか、とにかくそんな感じのやりきれなさがある。ストーリーは『車輪の下』ばりの哀愁に満ちた代物だけど、しかし今回はそれだけにとどまっていない。彼のアウトローな生き様に対し、本作では一つの光明が示されている。具体的に何が起こったかは置くとして、クライマックスはこれまでのヘッセ作品にないくらい神々しく、人生に思い悩む人びとを救済するような慈愛に溢れている。ヘッセはこれまで一貫して幸福の追求をテーマにしてきたと思うけど、その試みは本作によって頂点に達したのではなかろうか。

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2006.2.7 (Tue)

ヘルマン・ヘッセ『デミアン』(1919)

★★★
Demian / Hermann Hesse
高橋健二 訳 / 新潮文庫 / 1951.11
ISBN 4-10-200102-6 【Amazon

ラテン語学校に通う10歳の少年エーミール・シンクレールは、自身の放言が原因で、年上の少年からゆすりを受けることになる。罪悪感と絶望に胸引き裂かれるなか、謎の転校生デミアンが現れ……。

生まれ変わったヘッセが匿名(シンクレール名義)で発表し、ベルリンの新人文学賞を受賞した小説。「デミアン」という名前は『オーメン』【Amazon】で有名な666の人と同じ由来であり、ギリシャ語で「悪霊にとりつかれた者」を意味するそうだ。

禍々しいオーラを放つデミアンは、シンクレールの導き手として、ヨーロッパ文明を震撼させる一大思想を展開する。それは善悪二元論のキリスト教世界を否定した、アプラサクスを崇める思想だった!

本作は今までにないくらい幻想的でサスペンスフルであり、また脳内で「カルミナ・ブラーナ」【Amazon】が再生されるくらい、デーモニッシュな不穏さに満ち溢れている。宗教色の濃い現実離れした雰囲気は、まるで『エクソシスト』【Amazon】や『オーメン』などのオカルト映画のよう。世が世なら、ハリウッド超大作として大々的に映像化されていたことだろう。これぞ、戦争での大量死が生んだ新しい文学である。

……と、吹かすのはこの辺にしておくとして、少なくとも雰囲気がオカルト入っていることだけは確かだ。基本プロットは『郷愁』に代表される人生探求譚を踏襲し、そこへもって今回は独特の哲学的な味付けが施してある。瞑想とかアプラサクスとかグノーシスとか、今読むと首を傾げてしまうような要素が出てくるけれど、ただこれが第一次大戦当時にあって斬新だったことは想像に難くない。ヘッセ脱皮の記念碑的作品という意味で面白かった。

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2006.2.10 (Fri)

アーサー・コナン・ドイル『スターク・マンローからの手紙』(1895)

スターク・マンローからの手紙(110x160)

★★★★
The Stark Munro Letters / Arthur Conan Doyle
田中喜芳 訳 / 河出書房新社 / 2006.1
ISBN 4-309-20454-6 【Amazon

青年医師スターク・マンローが友人に送った手紙。全16通。変人医師との関わりや開業の苦労、そしてキリスト教への懐疑など、青年期の多難な生活と心情が綴られている。期間は1881年3月から84年1月まで。

若き日の苦い思い出を語った、著者の自伝的小説。スターク・マンローがコナン・ドイル自身を、そして変人医師がジョージ・ターナヴィン・バッドという人を、それぞれモデルにしている。基本的に2人の関わりは事実で、それに2〜3の事件をフィクションとして追加しているらしい。17ページにも及ぶ訳者あとがきが、自伝と本作を詳しく対照していて参考になる。

ドイルらしいと思ったのが、登場人物をみな戯画的に描いているところで、特に変人医師の異常性格は、喜劇的人物の領域にまで達していて笑える。酔っぱらって駅員に顔面パンチをお見舞いしたり、友人とふざけあってるうちにマジになって、犬のように2人して床をごろごろ転げ回ってケンカしたり、ご婦人の名誉を守るために3階の窓から飛び降りたり……するのはまだまだ序の口だ! もっと凄いのが開業医として成功したときのエピソードで、件の変人がサイコドクター伊良部(『イン・ザ・プール』【Amazon】、『空中ブランコ』【Amazon】など)もびっくりの荒療治をしているのだから面白い。薬物の大胆投与、怪しげな精神療法などは当たり前、それどころか肥満体の患者に対して、

「巡査でも殴れ。そして、留置所に入って、そこから出られたら、またやって来たまえ」(p.123)

と言い放って追い出すようなまねまでしている。

著者の自伝的小説ということで、宗教についての見解が面白かった。後に神秘主義に奔ったドイルだけど、本作では医学の徒らしく、信仰に関してはえらく理性的な態度をとっている。そりゃまともな教育を受けていれば、「物語」を捏造して他人に影響力を行使する、詐欺まがいの宗教に不信を覚えるのも無理はないだろう。といっても、完全に信仰を放棄しているかといえば、実のところそうでもない。宗教に懐疑的でありながらも、神の存在だけは信じていたりする。宇宙の森羅万象を根拠として、創造主の意志を確信しているところはまるでトルストイのよう。ただトルストイは現行の教会を批判しつつ、キリストへの帰依は捨てていなかったけれど、ドイルの場合はその辺の「物語」から逃れられていて興味深い。

この小説には手紙形式ならではの、人生を切り取ったような味わいがあって良い。3年間のうちに届いた手紙をまとめたという体裁だけど、そこに編者の「まえがき」と「あとがき」を加えてサンドイッチにすることで、事実から一歩引いたような冷徹な視線が生まれている。友人との不穏な人間関係や、開業したばかりの貧乏生活に四苦八苦した日々。そう、この生き生きとした日々は、皆遠い過去の出来事なのだ。すべてに一段落がついたラストには、一定のせつない気分が漂っている。

>>Author - アーサー・コナン・ドイル