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2006.2.22 (Wed)
▽レイモンド・カーヴァー『頼むから静かにしてくれ 1』(1976)
★★★★
Will You Please Be Quiet, Please? / Raymond Carver
村上春樹 訳 / 中央公論新社 / 2006.1
ISBN 4-12-403495-4 【Amazon】
短編集。「でぶ」、「隣人」、「人の考えつくこと」、「そいつらはお前の亭主じゃない」、「あなたお医者さま?」、「父親」、「サマー・スティールヘッド(夏にじます)」、「60エーカー」、「アラスカに何があるというのか?」、「ナイト・スクール」、「収集」、「サン・フランシスコで何をするの? 」、「学生の妻」の13編。
日常を題材にした短編集。誰もが経験し得るネガティブな状況や、持たざる者たちの寂寥感、そして、カフカっぽい現実からやや乖離した不思議空間(ただし2編だけ)などを描いている。ストーリーはどれも扇情的な盛り上がりがなく、粗筋だけ取りだしてみればかなり地味だ。しかしそれでも、衣擦れのような微妙な揺れが魅力的で、最後まですらすら読ませてしまう。
以下、各短編について。なお、気に入った短編には末尾に☆をつけた(13編中7編につけた)。
「でぶ」"Fat"
レストランの給仕をしている女が、でぶの客を担当することになる。
でぶには名前がなくて、ただ「でぶ」と呼ばれているだけなのだけれど、そんなでぶの振る舞いがユーモラスで可笑しい。何かにつけてプフッって音を立てるのとか、ブラックホールのような底なしの食べっぷりとか。そして、普通の会話ですら、ほんのりと丸みがあるように感じられてしまう。
みんながバカにするでぶを給仕だけが擁護する。この心理はよく分かるような気がする。☆。
「隣人」"Neighbors"
とある裕福な夫妻が旅行に出ることになった。その間、隣りに住む平凡な夫妻が、猫と植木の世話をすることに。
羨望する相手の衣服を着用しようという心理がよく分からないんだけど、これってSMみたいな倒錯的なものなんだろうか? だから、状況がエスカレートするにつれ、夫婦間での性欲が増進していく、と。そういえば、我らがトム・リプリー(『リプリー』【Amazon】)も同じことをやっていた。
それにしても、この短編は終わり方が上手い。扉で抱きしめ合うラストは絵になっている。☆。
「人の考えつくこと」"The Idea"
隣りの家の主人が、窓越しに自分の妻の着替えを覗き見している。その様を別の夫婦が観察している。
覗きの二重構造。後者の夫婦も異常だ。特に妻が抱く、隣人の妻への憎しみが怖い。
「そいつらはお前の亭主じゃない」"They're Not Your Husband"
妻がウェイトレスをしている店に、客として足を運んだ夫。隣りの席についた客たちが、妻をでぶと評してバカにしくさった。夫は妻にダイエットをさせる。
ハードカバー版では「ダイエット騒動」だったけれど、本書では原題に即して訳されてる。まあ、これが正解だろう。原題は夫が妻に言い放ったセリフで、彼の子供じみた心理を端的に表しているのだから。☆。
「あなたお医者さま?」"Are You a Doctor?"
男のもとに謎の女性から電話が掛かってきた。なぜ、彼女は電話帳に載ってないこの番号を知っているのだろう? 色々話していくうちに事態は思わぬ方向へ……。
O・ヘンリ賞受賞作。今回は珍しく起伏に富んでいて面白かった。それ何てエロゲ? って感じの現実から少し逸脱した展開が良い。電話の会話なんか、どっちに転ぶか分からない綱渡りのようなスリルがある。☆。
「父親」"The Father"
赤ん坊を巡る会話。お父さんは誰に似てる?
よくある日常風景を切り取ったような小品。不吉さ満点のラスト一行が強烈だった。この部分を先に思いついて、後からストーリーを考えたのかな。
「サマー・スティールヘッド(夏にじます)」"Nobody Said Anything"
仮病を使って学校を休んだ少年が、鱒釣りをしに川へ行く。
アメリカといったら鱒釣り、鱒釣りといったらアメリカ。何せ、『アメリカの鱒釣り』という小説があるくらいだから。
車に乗せてもらったお姉さんに妄想働かせているところといい、後から割り込んだくせに獲物を欲しがるところといい、この年代の動物的な幼さがよく表れている。性欲にしても、所有欲にしても、少年時代の欲望は笑っちゃうくらい分かりやすい。
この小説はラストが良い。膨らんだ風船が一気にしぼむようなせつなさがある。☆。
「60エーカー」"Sixty Acres"
インディアン居留地にある60エーカーの土地を所有する男。密猟者が現れたとの通報を受けたため、彼が様子を見に行く。
密猟していた少年たちに対し、大人として権威的に振る舞う。その外面と内面が、くっきりとコントラストをなしていて面白い。
あと、少年たちを見逃した後、土地を開放しようという思考の流れは共感できる。
「アラスカに何があるというのか?」"What's in Alaska"
アラスカへ行くらしい夫婦と、もう1組別の夫婦が、ドラッグをキメながら雑談をする。
何でカーヴァーは、こういう何の変哲もない会話をぐいぐい読ませてしまうのだろう? 日常の集まりにありがちな齟齬だとか、いい加減さだとかを、静謐なトーンでスケッチしている。窃視されてるのを感じとるラストが絶妙。
「ナイト・スクール」"Night School"
離婚して親と同居している男が酒場へ飲みに行く。そこで40代のおばさんと関わり合いになり、一緒に彼女の知人のもとへ押しかけることになる。
寂寥感でいっぱいの男と、図々しいおばさんたちの異文化コミュニケーション。これは持たざるものの悲哀が強調されていてかなり重たい。
「収集」"Collectors"
失業中の男のもとに、掃除機を持ったセールスマンがやってくる。そして、色々話をして掃除の実演をする。
現実から斜め上にちょっとだけずれた、奇妙なシチュエーションが面白い。主人公の語りかけにも気づかず、必死こいてカーペットのシャンプーをするセールスマン。物を売りに来たわけでもないのに、なぜか懸命に実演している。こういう人、『ジョジョの奇妙な冒険』に登場しそう。☆。
「サン・フランシスコで何をするの? 」"What Do You Do in San Francisco?"
年老いた郵便配達人が、新しく引っ越してきたビートニク風の夫婦について語る。
カーヴァーにしては珍しい、饒舌な語り手による一人称。昔気質の堅実な見解を披露しつつ、ほんのり余計なお節介をやいちゃったりする。語り手が真面目な常識人だからだろうか、とても端正な雰囲気の小説だった。☆。
「学生の妻」"The Student's Wife"
寝床に入った夫婦だったが、妻がなかなか眠りにつけなくて、夫に構ってもらう。
普通、眠っているところを起こされたら腹を立てるものだけど、この夫はちゃんと妻の我が儘を聞いてやってるのだから偉い。
2006.2.24 (Fri)
▲ミカエル・ニエミ『世界の果てのビートルズ』(2000)
★★★
Popularmusik fran Vittula / Mikael Niemi
岩本政恵 訳 / 新潮クレスト・ブックス / 2006.1
ISBN 4-10-590052-8 【Amazon】
舞台は60年代のスウェーデン北部。フィンランドとの国境付近にあるパヤラ村で、2人の少年が運命的な出会いを果たす。ビートルズのレコードに衝撃を受けた彼らは、音楽に目覚めてバンド活動を始める。
最果ての村を舞台にした青春小説。アリステア・マクラウドが描くケープ・ブレトン島とか、V・S・ナイポールが描くトリニダード島とか、世界にはマージナルな地域を舞台にした物珍しい小説が多々あるけれど、その中でもスウェーデンを舞台にした本作は、珍しさにおいて一歩抜きん出ているのではなかろうか。というのも、少年たちの暮らすパヤラ村は北極圏であり、そこはまさに「世界の果て」という形容がぴったりくる凍てついた土地だから。辺りは森で覆われているし、白夜が支配する夏には電灯がいらないしで、我々とは生活感覚がまるで違う。そこでは木こりや炭鉱労働者が持つ「男らしさ」が価値を持ち、人々はウォッカを飲み、サウナで汗を流しながら喧噪の日々を送る。この小説はロックンロールで1本筋を通しつつ、パヤラ村特有のエピソードを連ねていくという構成で、少年たちの荒々しい生活を覗き見することができる。
途中、中途半端なマジックリアリズムが気になったけれど、総じてその土地にしかない風習やイベントが興味深くて、最後まで放り出さずに読むことができた。やっぱり田舎ならではの交歓する感覚が良い。風変わりな行いがユーモラスに語られながらも、時には生活の厳しさも垣間見せる。下水処理場での酒飲み大会で狂い咲いたかと思えば(参加者はみな未成年)、残酷で厳しい親子の相克がまざまざと示されたりする。痛みと楽しみ、そして滑稽さと厳粛さが、本作ではひっくるめて語られていてある種の深みが感じられる。『少年時代』【Amazon】にしても、『パディ・クラーク ハハハ』【Amazon】にしても、やはり癖のある共同体での生活を綴った話には、読み手を感情移入させる安定した面白さがあるのだな。ラストは郷愁を誘うための伏線がばっちり決まっていて、けっこうな満足感をおぼえながら本を閉じたのだった(*1)。
ところで、ギターの少年がジミヘンの真似をしてソ連国歌を演奏したのは、ウッドストックでのアメリカ国歌(*2)を踏まえているのだろうか。ほか、小ネタ関係では、訳者あとがきで「クロスロードの伝説」が紹介されている。
以下、関連リンク。
2006.2.25 (Sat)
▲いしいしんじ『雪屋のロッスさん』(2006)
★★★
メディアファクトリー / 2006.1
ISBN 4-8401-1493-5 【Amazon】
様々な職業人(あるいは動物、物体)を題材にした短編集。図書館司書や似顔絵描き、大泥棒など、全30編を収録。
童話風のやわらかいタッチによる、せつなさと暖かさが同居したような話。変わり種では、客になぞなぞを出題する「なぞタクシー」の人とか、身長が3メートル近いプロバスケットボール選手とか、ゴミの仕分けに拘りがある青いポリバケツとかが登場する。
職人気質や気っ風のよさ、そして人情味など、こういう旧来的な価値観は、ファンタジックな雰囲気によく似合うなあ、と思った。登場人物を「さん」づけで呼び、文末を「です・ます」調で結ぶやさしい文体。題材になる人たちも、みんなピュアな心の持ち主ばかりで、彼らがそれぞれ「ちょっだけ感動できる話」を演じていく。本書は奇想系(たとえば、古川日出男のような)によくあるいやらしさを巧みに隠していて、とりあえずは違和感なく物語に入ることができた。
まあ、雰囲気はともかく、アイディアが良かったかな。これだけの職業ネタを集めたのも凄いけれど、もっと凄いのがそれぞれのネタへの丹念な味付けで、童話風のくせにあまり陳腐な感じがしないのが良い。これは評判の高い『麦ふみクーツェ』【Amazon】も読むべきだろうか。