2006.3a / Pulp Literature

2006.3.2 (Thu)

ジーン・ウルフ『デス博士の島その他の物語』(1972-)

デス博士の島その他の物語(110x160)

★★★
The Island of Doctor Death and Other Stories and Other Stories / Gene Wolfe
浅倉久志・伊藤典夫・柳下毅一郎 訳 / 国書刊行会 / 2006.2
ISBN 4-336-04736-7 【Amazon

日本オリジナル編集の短編集。「まえがき」、「デス博士の島その他の物語」、「アイランド博士の死」、「死の島の博士」、「アメリカの七夜」、「眼閃の奇蹟」の6編。

以下、各短編について。

「まえがき」

「島の博士の死」"Death of the Island Doctor"というプロローグがついている。内容は、インスラ博士という老教授が、ゼミの学生を島に送りだすというもの。何でも、その島には不思議なものがあるとか。

「デス博士の島その他の物語」"The Island of Doctor Death and Other Stories"

海岸近くの村に住む少年。彼の愛読している小説の登場人物が、作中から抜け出してきて、少年に関わってくる。

語り手が主人公を「きみ」と呼ぶ形式(きみは○○した、とか)。作中作を織り込んだ、虚実入り混じる幻想的な光景が良かった。悪党のデス博士とか、彼のライバルである船長とか、そういう人たちが少年の前に表れてくる。本作はこの雰囲気だけでも読ませるのだけど、そこからさらに一捻りある。★★★★。

外部リンク。

「アイランド博士の死」"The Death of Dr. Island"

精神治療のために島へ送られた少年は、波や風といった自然を使って言葉を送る「アイランド博士」の声を聞く。でもって今度は、患者と思しき少女と、同じく患者と思しき凶暴な青年と出会う。

脳が半分になっているとか、島の天候は人の感情が反映するとか、地平線を見たら自分の背中が見えたとか、そういうSF設定が濃密な世界観。フロイトやらラカンやらが出てくる、メンタルヘルス系の話かと思って身構えていたら、何と終盤でやってくれた! 『ベロニカは死ぬことにした』もそうだったけれど、やはり精神病を扱った話は最後まで読まないと分からないものである。世界観に浸るような静かな調子の物語に、終盤でドカンとインパクトが到来する。伏線があったり(要するに物語の流れにそったインパクト)、オチがついていたりと、舞台性重視らしからぬ収束感があって良い。★★★★。

「死の島の博士」"The Doctor of Death Island"

無期懲役の刑に服している囚人が、ガン治療の名目で冷凍睡眠に入る。目覚めた後、彼の住む世界には、細胞療法なる不死の技術が確立していた。

主人公は小説好きという設定で、本作にはディケンズ小説の引用がちらほら見られる。また、読書行為に革命が起きたような、世紀の大発明も登場する。ディケンズがSF中編を書いたらこうなるんじゃないか? というくらいの波乱とエモーションの人間ドラマ(でも、人物造型はそんなに極端じゃない)。★★★。

「アメリカの七夜」"Seven American Nights"

バグダッドの青年が、文明崩壊後のアメリカに7日間滞在する。本人がつけた記録という形式。

治安の悪い荒廃した土地で、一目惚れした女を追いかけ、そして日夜夢を見る。青年は7つある卵菓子の1つに、ドラッグを染みこませてシャッフルし、折々にそれを食していく。そのため、どの場面が幻想でどの場面が現実なのか、という謎を孕みながら物語は進んでいく。遺伝子損傷に見舞われたアメリカという世界観と、青年が段々と狂気入っていくところが面白い。★★★。

「眼閃の奇蹟」"The Eyeflash Miracles"

盲目の少年が、元教師の男性と、彼に同伴する少年の2人と知り合い、行動を共にする。

聖書をモチーフにした小説。目が見えない少年は暗闇の世界を生きている、と思いきや、光の代償といわんばかりの異なる「現実」が介入してくる。SFっぽいまどろむようなビジョンで読ませる話で、管理社会の陰謀という少年漫画的急展開が楽しめる。★★★。

>>Author - ジーン・ウルフ

>>未来の文学

2006.3.7 (Tue)

トルーマン・カポーティ『冷血』(1965)

冷血(113x160)

★★★★
In Cold Blood / Truman Capote
佐々田雅子 訳 / 新潮社 / 2005.10
ISBN 4-10-501406-4 【Amazon】(単行本)
ISBN 4-10-209506-3 【Amazon】(文庫)

実在の事件を小説形式でまとめたノンフィクション・ノヴェル。1959年11月。カンザスに住む農場主の一家4人が、何者かによって惨殺された。犯人の目的は何なのか? 事件発生から警察による捜査、そして犯人が絞首刑に処されるまでを追う。

ニュージャーナリズムの源流と言われる小説の改訳版(旧訳は龍口直太郎)。ガルシア=マルケスの『誘拐』もそうだったけれど、やっぱり小説家の書くノンフィクションは、ディテールがしっかりしていて迫力がある。訳者あとがきによると、カポーティは3年かけてノート6000ページに及ぶ資料を収集したという。さらにその後は、3年近くを費やして資料整理に勤しんだそうだ。本書はその甲斐があったというべきか、人物の心理、行動、来歴が微細にわたっていて、事件をとりまく人間模様が生き生きと、かつ感傷を排した冷徹な筆致で再現されている。

この小説の大きな特徴は、ミステリ小説のような謎で引っ張る構成をとっているところだろう。田園地帯で平和に暮らしている農場主の一家。地域社会での地位や、それぞれの交友関係など、彼らの肖像を細やかに描きながら、カットバックのように犯人たち(2人組)の足取りを挿入する。一家の情報が明らかにされるにつれ、彼我の距離が近づき、ついに両者は接触に至る。そして、一家皆殺しという惨劇が始まるのかと思いきや、そこで犯行の詳細は省略され、物語は惨殺死体の発見へ飛ぶことになる。いったい犯人たちは何を思ってこんな凶行に走ったのか? また、押し入ったそもそもの動機は何だったのか? 物語はこのような不可解な謎を秘めながら進んでいく。

アメリカらしいと思ったのが、殺害を終えた後の犯人コンビの行動で、これがハリウッドのバティものみたいな展開になっていて面白い。2人は小切手詐欺を繰り返しながら金を作り、一攫千金を得るためにメキシコへ渡るのだけれど、お約束通り、夢破れて地元にトンボ帰りすることになる。驚くのが帰国するときの計画で、ヒッチハイクで乗せてもらった車の運転手を、バラして荒野に捨てようと画策するのだから恐ろしい。まるでジム・トンプスン脚本の、悪徳ロードムービー(監督はサム・ペキンパーかな)みたいで寒気がする。

「金持ちはけっして吊されない。吊されるのは貧乏人と友を持たない人間だけだ」(p.259)

犯人たちはご多分に漏れず貧乏人で、その生育環境は暗澹たるもの。カポーティの筆は本人たちにとどまらず、彼らの家族関係にまで及んでいく。逮捕後は省略された犯行の場面が再現され、決定的瞬間を引き起こした殺人者の心理に肉薄する。そして、死刑制度の光と影、裁判の不公平など、社会的なトピックに触れつつ(それらは決して裁かれず、ありのまま提出される)、ささやかな絆が描かれる……。

というわけで、本書は骨太の犯罪実録小説を読みたいという人にお勧め。凶悪犯罪をめぐる救いのない空気と、ドラマを形成する人間の諸相を克明に捉えているのが素晴らしい。決して他人事ではない、問題含みの社会の有りようが、圧倒的な存在感で迫ってくる。

>>Author - トルーマン・カポーティ

2006.3.9 (Thu)

笠井潔『探偵小説と二〇世紀精神』(2005)

探偵小説と二〇世紀精神(111x160)

★★
東京創元社 / 2005.11
ISBN 4-488-01519-0 【Amazon

20世紀における探偵小説の隆盛を、第一次世界大戦での大量死と結びつけて論じた本。前半ではエラリー・クイーンの国名シリーズを分析し、後半では「新本格」のムーヴメント(本書では「第三の波」と称している)を独自の史観で再解釈している。

前半は実作にあたった具体的な構造解析が面白かったけれど、後半はただの言葉遊びに終始していてつまらなかった。そもそもエラリー・クイーンを代表とする当時の探偵作家たちは、塹壕戦によって奪われた固有の人間の死を、フィクション上で復権しようとしたんですかねえ? 単にそれ以前のポーやドイルの文学形式を、近代的合理主義に則って、より先鋭化させただけのような気がするんですが。それともあれかい。大量死やべー! 実存的にやべー! こりゃ1人の人間の死にスポットを当てなければ! というのが集合的無意識として共有されていて、当時の作者と読者は知らず知らずのうちに傾倒していったのでしょうか。俄には信じがたいなあ。探偵小説はその構造上、特権化された「固有の死」を持つけれど、しかしそれはコンテンポラリーな「大量死」やら「無個性」やらの影響とはかけ離れたものであって、特に第一次世界大戦(見ろ、人がゴミのようだ)という時代背景が不可欠であったとは思えない。虚構での、それも記号的な意味での「固有の死」が、現実での「大量死」の反動だなんて、両者の意味づけがあまりに過剰だと思うのです。本当のところ、探偵小説の隆盛に「大量死」は不可欠だったのでしょうか? なくても十分成立してたんじゃないかなあ。1人の人間の死をだねー、意味と無意味の境界で捉えようというのが、探偵小説の特徴であるのは認めるにしても、それが「大量死」の「無意味」に端を発しているというのはどうだろうねー? それとそれを繋いじゃいますか、確かに筋は通ってますけど! って感じがするのですよ。笠井さんの説は詐欺師の口上に近いものがある、と私の本質直観がビンビン告げているわけですが、しかしリオタールだかバスタオルだか、えらそうな人の著作を引かれると、途端に自信がなくなるから恐ろしいぜ。ビバ、権威主義!

というかねー、そろそろ吉野仁さんは、

大量死の裏返しの大量生って滅茶苦茶な話(トンデモ論)はどこ行った? 

なんて情けない揶揄飛ばしてないで(*1)、ここらで一発体当たりかますべきだと思った。笠井潔×吉野仁の往復書簡なんてどうですかね? 「明晰な頭脳」と「野生の思考」によるセメントマッチを、この界隈のみんなは熱望してると思うよ。キャッチフレーズは、「官能万歳、脳味噌くたばれ!」。んで、2人は死力を尽くして戦った後、固い友情で結ばれるのだった。

以下、何となく関連リンク。

*1: 上記は孤低のつぶやき2006年1月17日より引用。

2006.3.10 (Fri)

若林ひとみ『名作に描かれたクリスマス』(2005)

名作に描かれたクリスマス(109x160)

★★★
岩波書店 / 2005.11
ISBN 4-00-002262-8 【Amazon

西洋文学で描かれてきたクリスマスを紹介した本。『クリスマス・キャロル』や『青い鳥』など、児童文学を多く取り上げている。

特に興味があるというわけでもないのだけど、何となく目についたので手にとった。本書はタイトル通りの内容で、名作とクリスマスについて細かい知識が得られる。たとえば、ピューリタン革命によってイギリスでは一時期クリスマスを祝うことが禁止されていたとか。また、クリスマスは赦しの日とされており、それを反映した粋な話が色々あるとか(ホームズものにもある)。とりわけ興味深かったのが、『ライオンと魔女』に言及したくだり。この小説がクリスマス・ストーリーであるという指摘には、言われてみればそうだと納得した。

なお、冒頭のカラー印刷のページで、20世紀前半のクリスマス・グッズがいくつか見られる。