2006.3b / Pulp Literature

2006.3.12 (Sun)

ミシェル・ウエルベック『素粒子』(1998)

★★★
Les Particules Elementaires / Michel Houellebecq
野崎歓 訳 / ちくま文庫 / 2006.1
ISBN 4-480-42177-7 【Amazon

奔放な母から生まれた2人の異父兄弟。子育てを放棄された2人は、それぞれ対照的に成長する。兄は国語教師になり、ヌーディスト・キャンプで女体を追い求める。弟は分子生物学者(ノーベル賞クラス)になり、生命誕生のメカニズムに肉薄する。

これは戦後世代の鬱屈した「生」に、病的でアクロバティックな一撃を加えた『エヴァンゲリオン』【Amazon】みたいな話だった。キャッチコピーは、「だからみんな死ねばいいのに」。アメリカ式の大量消費社会がセックスの狂奔を生み、人々は欲望の赴くまま出口のない迷路を彷徨うことになった。個人主義の風潮が他者との競争を促進し、人々の渇きに拍車をかけるようになるも、人は老化から逃れることができないから、刻一刻と肉欲のゲームで不利な立場に追いやられていく……。ウエルベックの筆はそんな20世紀的な問題を鋭くえぐりつつ、人類の悲哀を浮き彫りにする驚愕のオチをつけている。

そんなわけでえらい挑戦的な本作だけど、訳者あとがきによると、フランス国内でカルト的な人気を誇ったという(バッシングもあったようだ)。なるほど、日本でのエヴァブームを鑑みれば分かるような気がする。快楽の氾濫に倦み疲れた90年代末は、世界レベルでペシミスティックな物語が求められていたのだ。

この小説の大きな特徴は、必要以上にマスターベーションとフェラチオが出てくるところで、社会観察の軸足を性風俗に置く態度がいかにもおフランス小説らしいと思った。考えてみれば、戦後社会はセックスを中心に動いていたわけであり、そのツケを弱者である「非モテ」が払わされているということなのだろう。「非モテ」が救済される唯一の道。それが今回示された破天荒な結末なのかもしれない。『素粒子』は世紀末が生んだ非モテ文学の金字塔なのである。

……と、妙な煽りを入れてこの稿を終わることにする。実のところ、『エヴァンゲリオン』との類似性(それもわずかな部分の)以外に特に言うことがないので。付け足すことといったら、フィリップ・ソレルスの出てくる場面が妙に可笑しかったことくらいかな。

>>Author - ミシェル・ウエルベック

2006.3.13 (Mon)

レイモンド・カーヴァー『頼むから静かにしてくれ 2』(1976)

★★★★
Will You Please Be Quiet, Please? / Raymond Carver
村上春樹 訳 / 中央公論新社 / 2006.3
ISBN 4-12-403496-2 【Amazon

短編集。「他人の身になってみること」、「ジェリーとモリーとサム」、「嘘つき」、「鴨」、「こういうのはどう?」、「自転車と筋肉と煙草」、「何か用かい?」、「合図をしたら」、「頼むから静かにしてくれ」の9編。

『頼むから静かにしてくれ 1』の続き。村上春樹翻訳ライブラリーとして、全集からの改訳版が収められている。

カーヴァーの小説に出てくる男性は、どれも男根衰退の象徴のような人たちばかりなので、同性の人はけっこう身につまされるんじゃなかろうか。彼らを見ていると、男は家庭を持ったら終わりみたいに思えてくる。

以下、各短編について。なお、気に入った短編には末尾に☆をつけた(9編中5編につけた)。

「他人の身になってみること」"Put Yourself in My Shoes"

クリスマスの夜。一時期、借家住まいだった夫婦が、当時の家主のもとへ遊びに行く。家主と会うのは今回が初めてだった。

O・ヘンリ賞受賞作。発端が理不尽で、明らかに揉めることが分かっているのに、それでも遊びに行こうと主張する妻が憎らしい。この妻は、雑談の席で不穏な空気になったときにも、帰ろうとする夫を引き留めて、修羅場を継続する役割を果たしている。

家主の怒りがどの程度正当なのかは、結局のところ分からず終いだったけれど、それをクールに受け流して去っていく夫が印象的だった。この話には、家主が鞘に収めていた「狂気」を抜き払う危うさと、自分たちの行為に無自覚である夫婦の危うさが併存してる。また、心理に深く踏み込まないように書かれているため、彼らの言動には重みが増している。☆。

「ジェリーとモリーとサム」"Jerry and Molly and Sam"

妻子持ちの男が、自分の家の飼い犬を捨てに行く。

犬があまりに鬱陶しいから強硬手段に出たというわけ。でも、ヘタレな男は家族が悲しんでいるのを見て(そして、妻にせき立てられ)、結局は探しに戻るという。去勢された男の悲哀というか、そこで威厳を示さないのが駄目なところなんだよな、と切実に思わせる。こういう自分対家族というシチュエーション、妻子持ちの男性なら身につまされるんじゃなかろうか。

ただ、男が犬探しで右往左往する様子は大袈裟すぎて興醒め。全体としては気に入った短編だけど、この部分だけどうにかならないかと思った。☆。

「嘘つき」"Why, Honer?"

書簡形式。母が嘘つきの息子について書いている。

政治家を揶揄した話というよりは、狂気に駆られた母親の話として読んだ。だって、この程度の嘘なら誰でも普通につくだろうから。

というわけで、息子の出世も実は妄想では? と思えてくる。やれやれ、一人称は油断できないぜ。

「鴨」"The Ducks"

製材所のボスが死んだ。

夫婦が何の変哲もない、しかしちょっとした不安感の漂う会話をかわす。遠景にある知人の死が、ささやかながら陰を落としていて、良い案配の味わいが生まれていると思う。

「こういうのはどう?」"How About This?"

サン・フランシスコに暮らす夫婦が、妻の田舎へ移住すべきかどうか、決断を下すべく現地を視察する。

アメリカの田舎は半端じゃなくて、ご近所の家まで車を使わなければ行けないし、家には電気も水道も通っていない。ただ静かな環境で暮らしたいと思っただけなのに、さすがにこれは想定外だったのだろうなあ、という感じ。失望を顔に出すまいとする夫と、草地で側転する無邪気な妻の対比が良い。☆。

「自転車と筋肉と煙草」"Bicycles, Muscles, Cigarets"

禁煙中のお父さんが、子供の自転車を巡ったちょっとしたトラブルに巻き込まれる。

これはかなり露骨な話のような。子が親に親近感を抱くのと、冒頭で気にしていた煙草の匂いが消えるという事象が、終盤でクロスする。一連の変化は、トラブルの規模に見合った、等身大の勲章という感じで心に残る。けれども、個人的にはもう少しスマートで、わざとらしくない話のほうが良かったように思う。

「何か用かい?」What is it?

借金で破産した夫婦は、月曜日に法廷に立つことになっていた。差し押さえを食らう前に、妻が車を売りに行く。

これは素晴らしい。アメリカに数多く存在する、持たざる者の悲哀が描かれているのだけど、今回は喜劇的とでもいうべき滑稽さが絶妙だった。妻が取引相手と寝てるんじゃないか? と気に病む夫が情けなくて良いし、また妊娠線をなぞって車を思い出すラストなんか、最高に詩的なビジュアルだと思う。こういう表現、小説にしかできないだろう。☆。

「合図をしたら」"Signals"

あまり仲が芳しくない夫婦が、高級レストランで食事する。

2人のやりとりがいちいち面白い。世の中にはこちらの神経を苛ただせるような、むかつく会話というのが確実にあるけれど、本作の夫はそのど真ん中をずばりと突いてくるから恐ろしい。メニューを開いている妻に嫌味ったらしく閉じろと言ったり、シャンペンのことでねちねち引っ張ったり、田舎ものっぽい横柄な態度でいたり。で、そんな夫のせいで、せっかくの食事が台無しになっているのが面白い。あ〜、こういうのありそうだね、という感じ。慇懃なウェイターが良い味出している。☆。

「頼むから静かにしてくれ」"Will You Please Be Quiet, Please?"

そこら辺によくいるごく普通の夫婦。夫が数年前のパーティーのことを持ち出し、妻が不貞をはたらいたかどうか問いただす。

これは身近にありそうな痛い話で、夫の視野狭窄ぶりが堂に入っている。

>>Author - レイモンド・カーヴァー

2006.3.15 (Wed)

アゴタ・クリストフ『文盲』(2004)

文盲 アゴタ・クリストフ自伝

★★★
L'Analphabete / Agota Kristof
堀茂樹 訳 / 白水社 / 2006.3
ISBN 4-560-02742-0 【Amazon

著者の自伝的エッセイ。少女時代の暮らしや書くことへの思い、そしてフランス語に対する複雑な感情など、断片的なエピソードを連作短編集のような構成で語っている。「ことの初め」、「話し言葉から書き言葉へ」、「詩」、「道化芝居」、「母語と敵語」、「スターリンの死」、「記憶」、「国外亡命者たち」、「砂漠」、「人はどのようにして作家になるか?」、「文盲」の11編。

『悪童日記』風の連作エッセイ。例によって、装飾を排した簡潔な文体で書かれている。ハンガリーで生まれたクリストフは、ソ連による侵攻やらハンガリー動乱やらがあって、21歳のときスイスに亡命する。若くして故郷を喪失した彼女は、時計工場で働くかたわらフランス語を学ぶ。そして、ハンガリー時代の体験をもとに少しずつ物語をしたためていき、まとまったところで出版社に送る。それがデビュー作にして世界的ベストセラーの『悪童日記』であり、これを機に著者は一躍文壇の寵児になる。と、本書はそんな半生のトピックを断片的につまんでいきながら、最後は一介の文盲者としての決意が語られ幕を閉じる。

もともと書くことが好きだっただけに、言語については複雑な思いがあるようだ。亡命後、母語が通じないからフランス語を習うわけだけど、彼女はそれをロシア語と同等の「敵語」にカテゴライズする。「母語と敵語」と題されたテキストでは、機知に富んだはっとさせるオチで、言語にまつわる深刻な事態を吐露していて面白い。この辺り、女性作家らしい鋭敏な感性というのか、まるで良くできたショートショートのようで余韻がある。

「母語と敵語」以外では、「ことの初め」、「道化芝居」の2編も、同様にオチが上手かった。さすが『悪童日記』を書いた人だけあって、簡潔な文体に詩情を織り交ぜる手腕が巧みだけれど、ただラストの「文盲」だけは、計算が透けて見えるような狙いすぎのオチでいまいちだった。というのも、決意を吐きだす部分に陳腐なヒロイズムが宿っていて、物語全体の締めとしてはちょっといただけないものになっている。やはり自らを語るエッセイともなると、ぎりぎりのところで甘さを抑えきれなくなるのだろうか。著者にしては捻りが足りないと思う。

>>Author - アゴタ・クリストフ

2006.3.16 (Thu)

エンサイクロネット・編著『今さら他人には聞けない常識700+α』(2005)

今さら他人には聞けない常識700+α

★★★
幻冬社 / 2005.12
ISBN 4-344-01084-1 【Amazon

日常生活を送る上での教養を志向した雑学本。政治・経済から趣味・文化、果てはオトナの遊びなど。

これは特に言うことがないな。暇つぶしにパラパラと捲って、気の向いたところを拾い読みするような本。広く浅くをモットーとしながら、それでいて重心は日常生活にあるので、気軽にさくさくと読むことができる。本書に限らず、雑学程度の未知の情報に触れるのは、脳みその普段使ってない部分を刺激されるような、指圧マッサージ的な錯覚があって気持ち良い。これが専門的になると脳がオーバーヒートしてしまうわけで、本書は適度な浅さが好ましいと言える。

ただまあ、「江夏の21球」や「戦後名作コピー」など、オヤジ趣味的なものを「常識」と規定するのはどうかと思った。読み物としては興味深かったものの、一方でこういう偏りが特定世代のノスタルジーを正当化しているようで気分が悪い。「懐かしの名場面が酒の席で話題になる」って、おいおい勘弁してくれ……。

2006.3.18 (Sat)

シコ・ブアルキ『ブダペスト』(2003)

ブダペスト

★★★
Budapeste / Chico Buarque
武田千香 訳 / 白水社 / 2006.3
ISBN 4-560-02740-4 【Amazon

ゴーストライターの男が、リオデジャネイロとブダペストを往還し、それぞれの場所で女と生活する。

訳者あとがきによると、シコ・ブアルキは音楽界で有名な人らしく、アルバムを20枚以上出しているとか。また、軍政時代には反政府運動の旗手でもあったらしく、イタリアに自主亡命までしていたようだ。本作はそんな著者の3作目の長編であり、国内の2つの文学賞を受賞している。

『文盲』のアゴタ・クリストフが、ハンガリーからフランスへ越境していたのに対し、本作の語り手はブラジルからハンガリーへ越境している。このシチュエーションだと、やはり言語とアイデンティティというのが前面に出てくるようで、本作も『文盲』同様、外国語への適応の様子が一つの焦点になっている。

設定として絶妙なのが、語り手がゴーストライターなところだろう。日常的に他者の仮面を被る職業的な属性が、外国語という他者の言語への適応とマッチしていて、物語に奥行きを与えている。また、文体も特徴的。セリフと地の文が、主観的な語りのもとで一元化されている。

語り手は凄腕のゴーストライターとして、一定の尊敬を勝ち得ていたのだけど、そこへ突如、自分の文体を完璧にコピーする、クローンみたいな存在が割り込んでくる。自身のアイデンティティを構成する重要なスキルが、代替可能なものとして浸食されてしまう様子は、高度資本主義的な問題を表していて興味深い。これを笠井潔風に言うと、群衆化した社会における固有性の喪失、になるのだろう。何だか「大量生」の系譜に位置づけられそうで、テーマとして面白い小説だと思った。

>>Author - シコ・ブアルキ