2006.4a / Pulp Literature

2006.4.2 (Sun)

『バートン版 千夜一夜物語 4』

バートン版 千夜一夜物語 4(112x160)

★★★
Alf Laylah Wa Laylah / Richard Francis Burton
大場正史 訳 / ちくま文庫 / 2004.1
ISBN 4-480-03844-2 【Amazon
ISBN 978-4480038401 【Amazon】(全11巻セット)

19世紀の東洋学者リチャード・F・バートンによる翻訳。「カマル・アル・ザマンの物語」、「アラジン・アブ・アル・シャマトの物語」、「タイイ族のハティム」、「ザイダーの子マアンの話」、「ザイダーの子マアンとバダウィ人」、「ラブタイトの都」、「ヒシャム教主とアラブ人の若者」、「イブラヒム・ビン・アル・マーディと理髪外科医」、「円柱の多い都イラムとアビ・キラバーの子アブズラー」、「モスルのイサアク」、「掃除夫と上ろう」、「いかさま教主」の12話を収録。第百七十夜から第二百九十四夜まで。

『バートン版 千夜一夜物語 3』の続編。「カマル・アル・ザマンの物語」みたいな大長編はマンネリしてきてるけど、「モスルのイサアク」や「掃除夫と上ろう」、「いかさま教主」あたりの中・短編は、機知に富んだ不思議な小咄といった感じで楽しめる。

以下、各物語について。

「カマル・アル・ザマンの物語」(第百七十夜―第二百四十九夜)

女嫌いのカマル・アル・ザマン王子(絶世の美男子!)が、魔神のたわむれによって、男嫌いの王女(絶世の美女!)と密室で出会うことになる。その後は両者キチガイ扱いされ、運命の再会を目指して物語が進んでいく。

300ページ以上の長大な話。ここまで来るともうお約束なのか、本作も長編らしく子供の代まで続いている。そろそろマンネリではないかと思えてくるのだけど、しかしまあ、今回は「すれちがい」を使った話作りが出色でそれなりに楽しめた。誤解がもとで奴隷を斬り捨てたり、また同じく大臣をぼっこぼこに殴ったり、当時の人はこれを読んで大笑いしていたんだなと想像できる。何せ昔の人たちは、他人の理不尽な不幸を読んで面白がっていたようだから……(『ドン・キホーテ』や『ベニスの商人』など)。

今回はエロネタが捻ってあった。男装した女が男のふりをしたまま男を弄ぶという図は、何だかえらく倒錯的である。同性同士(実は違うのだけど)の禁断の愛にどぎまぎしてしまう男。こういうのも「やおい」の内に入るのだろうか? 当時のイスラム社会でどういう消費のされかたをしたのか気になる。

男には2人の妻がいて、それぞれとは1人ずつ男児をもうけている。2人の妻がたすきがけにお互いの子を愛してしまうという図式は、一夫多妻制ならではの裏技みたいで面白かった。これなら血が通ってないから近親相姦にならない。

それにしてもアラビア人は、離ればなれになった人らが再会を果たすという筋立てが好きすぎると思った。本作なんかはその典型例で、親の世代も子の世代もそれぞれ離合集散話が眼目になっている。正直、ちょっと飽きてきたかもしれない。

ちなみに序盤のプロットは見事な「勘違いもの」。コメディの基本をきっちり押さえている。

以下、挿話。

  • 「ニアマー・ビン・アル・ラビアとその奴隷娘ナオミの話」 - 美人奴隷のナオミが悪人に誘拐され、教主のところへ売り飛ばされる。

「アラジン・アブ・アル・シャマトの物語」(第二百四十九夜―第二百六十九夜)

大商人の息子アラジンが、見聞を広めるべく商隊に加わる。しかし、一行は盗賊たちに襲われ全滅。アラジンは命からがら逃げ延びる。

本作のアラジンはあのアラジンで、「アラジンと不思議なランプ」で有名な人。バートン版だと、「不思議なランプ」は補遺に収録されているようだ。

ハルン・アル・ラシッドが出てくる話はみんな面白いなあ。今回の教主はえらいやさしくて、不幸な目に遭ったアラジンに同情し、何かと世話を焼いている。功績もないのに高官に取り立ててやったり、気分が沈んだと見たら励ましてやったり、今までにないくらいの特別待遇でびっくり。アラジンは果報者だと思った。

アラジンの子供時代のエピソードが良い。信心深い父親が、「悪魔の目」なるものを恐れて、当時7歳だったアラジンを地下室に監禁している。でもって、髭が生えそろうまでは外に出さず、そこに閉じこめたまま育てるとか言っている。昔は人権なんてものはなかったから、色々無茶なことをやっていて面白い。

今回は性描写が秀逸。「凱旋門」とか「月曜の市」とか、比喩が奇抜で刺激的だった。該当個所だけ抜き出しても、たぶん性描写かどうか分からないと思う。

「タイイ族のハティム」(第二百六十九夜―第二百七十夜)

旅をしている王さまが、ハティムの墓の近くで野宿をする。そして、信じられない奇跡を目の当たりにする。

3ページほどのピリっとした掌編。長編が続いた後にこういう緩衝物が入るのはありがたい。

「ザイダーの子マアンの話」(第二百七十夜―第二百七十一夜)

狩猟中に喉が渇いたザイダーの子マアンが、3人の少女から水を分けてもらう。

「気前のよいお手本」として紹介された話。どこが面白いんだかさっぱり……。

「ザイダーの子マアンとバダウィ人」(第二百七十一夜)

ザイダーの子マアンと、胡瓜を売りに来たバダウィ人とのやりとり。

今回は粋な話。ザイダーの子マアンは洒落っ気のある人物で好感が持てる。それにしても、30ディナールの胡瓜を、3000ディナールで売ろうするバダウィ人は凄い。イスラム社会では交渉が常識だから、最初は相当ふっかけるのだなあ。

「ラブタイトの都」(第二百七十一夜―第二百七十二夜)

ラブタイトの都には開かずの塔があって、代々の王さまは即位するたびにそこに新しい錠前を取り付けていった。あるとき、好奇心にかられた王が、その錠前(かれこれ24個に達していた)を壊して塔を開ける。

いかにも昔の説話といった感じ。8世紀当時の文物を描写したくだりが興味をそそるかな。

「ヒシャム教主とアラブ人の若者」(第二百七十二夜)

ヒシャム教主が生意気な口をきくアラブ人の若者を捕らえ、首切り役人に処刑を命じる。ところが……、という話。

ヒシャム・ビン・アブド・アル・マリク・ビン・マルワン教主は名前が長すぎると思った。

「イブラヒム・ビン・アル・マーディと理髪外科医」(第二百七十二夜―第二百七十五夜)

教主を僭称したイビラヒムが、本物の教主の討伐を受けて逃亡生活に入る。

アラーのご加護が眩しい許しの物語だった。そのくせ、在野の人たちはしっかり因果応報の結末を迎えている。ついでに許してやれよと思う。

「円柱の多い都イラムとアビ・キラバーの子アブズラー」(第二百七十五夜―第二百七十九夜)

金銀財宝で塗り固められた、円柱の多い都の話。

これは「ソドムとゴモラ」や「バベルの塔」などのバリエーションか。地上の楽園とは怪しからん! ということで偉大なるアラーが裁きの鉄槌を下す。壮麗な都なのに人っ子ひとりいないという絵面が良い。昔の人の想像力を堪能した。

「モスルのイサアク」(第二百七十九夜―第二百八十二夜)

イサアクが女たちのもとで過ごした歓楽の4日間。

裏路地に吊してあった籠に乗ったら、何と4人の女たちのいる部屋に引き揚げられた。そこで歌に興じたり、物語を披露したりする。まさに男の願望妄想的なシチュエーションだけど、イサアクはバカだからそれを教主にもらしてしまう。あー、秘密にしておけばもっと楽しめたのに! と惜しまずにはいられない。思い出話風の語りが心に沁みる。

「掃除夫と上ろう」(第二百八十二夜―第二百八十五夜)

掃除夫が身分の高いご婦人の饗応を受ける。

これは面白かった。何で見ず知らずの掃除夫を捕まえて歓待しているのだろうと思ったら、それなりに訳があったという……。巡礼中に掃除夫がいきなり喚いたのも納得できる。そりゃ、こんな体験したらアラーに祈りたくなるだろう。「モスルのイサアク」の姉妹編みたいな感じ。

「いかさま教主」(第二百八十五夜―第二百九十四夜)

アッバース朝のカリフであるハルン・アル・ラシッドが、お供と一緒にお忍びで街へ繰り出す。商人のふりをしてチグリス川で船遊びをする一行だったが、そこに自分たちの偽物を乗せた御座船が現れる。

これも面白かった。下々のふりをして偽物と謁見する遊び心が良い。偽物教主は立派な風采をしていて、本物にひけを取らないほど豪華な御殿を持っている。こいつは何者だろう? ということで昔話が語られる。『千夜一夜物語』の傾向として、この手の話にはたいてい烈女が絡んでいるのが興味深い。イスラム社会って実は女尊男卑だったのではと思えてくる。

それにしても、ハルン・アル・ラシッドが出てくる話はみんな面白い。これは彼の活躍を抜き出して1冊にまとめるべきだと思った。題して、「ああ、教主さま!」。

>>『バートン版 千夜一夜物語 5』

>>Author - リチャード・F・バートン

2006.4.4 (Tue)

伊坂幸太郎『終末のフール』(2006)

終末のフール(111x160)

★★★
集英社 / 2006.3
ISBN 4-08-774803-0 【Amazon

連作短編集。小惑星の衝突を3年後に控えた、仙台の「ヒルズタウン」を舞台にしている。「終末のフール」、「太陽のシール」、「籠城のビール」、「冬眠のガール」、「鋼鉄のウール」、「天体のヨール」、「演劇のオール」、「深海のポール」の8編。

もう理屈抜きでこの著者の小説とは波長が合わなくなってきてるかも。わざとらしい人物造型とか、立ち位置競争的な主張とか、いい加減鼻につくようになってしまった。

以下、各短編について。

「終末のフール」

老夫婦のもとに疎遠だった娘が帰ってくる。父と娘は絶交状態だった。

冒頭の夫婦の会話からしてうんざりさせられたのだけど(「〜じゃないですか」を多用するセリフは何なのか?)、この短編、全体的に文章表現が練られていないような気がした。特に語り手が娘の言葉に「魔物」を予感する箇所(39ページ)は、表現が安易かつ大袈裟で思わず失笑してしまう。これは直前にあった長男の「魔物」のエピソードが、奇抜で面白かっただけに尚更ひどく感じられる。★★。

「太陽のシール」

夫が原因で不妊状態にあった夫婦。ところが、あと3年で地球が滅ぶというときに、妻の妊娠が発覚する。

この状態での出産は子供のためになるかどうか、という倫理的な問題に触れる普通にイイ話だった。★★★。

「籠城のビール」

報道被害で家族を亡くした兄弟が、辛口アナウンサーだった男のマンションに押し入る。

理不尽な暴力への怒りには切実感があるし、後半の展開も意外性があって良かったけれど、ラストで捻りのない人情話に落ち着いたのがどうも。伏線についても、え? それだけなの? という感じ。★★★。

「冬眠のガール」

両親をなくして本を読みまくった女の物語。

純真無垢という女のキャラ設定が猛烈に気持ち悪かったものの、お話自体は気が利いていて面白かった。破天荒な家庭教師とのやりとりなんかかなり笑える。★★★。

「鋼鉄のウール」

キックボクシングを習っていた少年の話。世界の終わりに絶望する情けない父親と、ストイックなキックボクサーの苗場さんが対比される。

世界も終わるというのに黙々と練習を続ける、苗場さんの変人っぷりに惹かれた。昔ながらのボクサーを持ち上げる本作は、古き良き職人を礼賛する敬意に満ち溢れている。★★★。

「天体のヨール」

中年男が天文オタクと再会し、大学時代を回顧する。

天文オタクの変人っぷりが可笑しいし、ラストで女の子とすれ違うのは心が暖まる。あと、伊坂小説の欠点としてしばしば指摘される「平板な悪」は、人類滅亡という特殊状況に相性がぴったりで苦笑してしまった。確かに、タイムリミットを宣告されたら理由なしに人を殺す連中がわらわら出てきそう。★★★。

「演劇のオール」

役者志望だった女が、老婆のもとで孫役を演じたり、子供たちの前で母親役を演じたりする。

疑似家族もの。本書のなかではこれがベストかな。さまざまな偶然が一気に押し寄せてくるシーンと、その後のインド人俳優のイカした反応が最高すぎる。★★★★。

「深海のポール」

レンタルビデオ屋の店主と変わり者の父。

昔気質の親父キャラクター(ただし伊坂風味の変人)を用いて、生きることについて色々言っている。この著者は直木賞をとったら石田衣良みたいになりそう。そのうち「しゃべり場」に登場するんじゃなかろうか。★★。

以下、関連リンク。

>>Author - 伊坂幸太郎

2006.4.5 (Wed)

法月綸太郎『怪盗グリフィン、絶体絶命』(2006)

怪盗グリフィン、絶体絶命(120x160)

★★★★
本秀康 画 / 講談社 / 2006.3
ISBN 4-06-270578-8 【Amazon

ニューヨークの怪盗グリフィンが、メトロポリタン美術館にあるゴッホの絵をすり替えるよう依頼される。何でも美術館にあるのは精巧にできた贋作で、本物は依頼人が持っているという。これを機にグリフィンは国家的陰謀に巻き込まれる。

カリブ海の島でミッションを遂行する、スパイ小説みたいな話。これは面白かった。CIAが絡んだり、土俗的な呪術がキーになったり、いかにも少年向けって感じの荒唐無稽さでありながら、内容は意外と本格的で読み応えがある。特に土偶の役割を巡る論理操作なんか、いつもの法月節が発揮されていて好ましい。象徴に付与された意味を何度かひっくり返しながら、見事窮地を切り抜けていく。一連のミッションは冒険活劇らしいツボをしっかり押さえているし、また、ジュヴナイルの枠組みで語ることで、「呪術」という無理な前提に最低限の説得力を持たせている。蘊蓄も過不足なく盛り込まれていて、これは企画ものとは思えない気合いの入った内容で楽しめた。児童向け教育漫画を想起させる、ほのぼのとした挿絵も良い味だしていると思う。

>>Author - 法月綸太郎

2006.4.7 (Fri)

莫言『白檀の刑』(2001)

白檀の刑(110x160)

★★★★★
Tan Xiang Xing / Mo Yan
吉田富夫 訳 / 中央公論新社 / 2003.7
ISBN 4-12-003409-7 【Amazon
ISBN 4-12-003410-0 【Amazon
ISBN 978-4122053663 【Amazon】(文庫)
ISBN 978-4122053670 【Amazon】(文庫)

清朝末期の1900年。山東省高密県に住む犬肉屋の妻は、うつけ者の夫をあしらいつつ県知事と浮気をしていた。そんなあるとき、清朝最高の処刑人である舅が帰ってくる。彼は身内を「白檀の刑」で処刑するのだった。

素晴らしい。フォークナーを彷彿とさせる比類なき構成力を備えた傑作だった。基本的には処刑を軸にした土着の愛憎劇なのだけど、関係者の過去を適宜参照しながら進んでいき、1枚の運命的な絵図を浮かび上がらせている。袁世凱やドイツ総督といった抑圧的な存在を背景に、狭い人間関係のなかで因縁が錯綜する。封建主義と外交圧力(*1)による理不尽な仕打ちが圧倒的で、主要人物がそれぞれの立場で巻き込まれていく様子が、比較的ゆったりとしたペースで語られる。中央集権はきっついし、民衆の命は虫けら並だし、刑罰は生まれてきたのを後悔するくらい残酷。本作を読むと、中国で生きるのはえらい難儀だと戦慄させられる。

「総督の申されるに、中国はなにもかも後れているが、刑罰のみはもっとも先進的である、と。中国人はこの方面に特別な才能を有する。最大の苦痛に耐えて、はじめて死を与える――これぞ中国の芸術であり、中国政治の精髄である……」(上 p.156)

「酷刑」といえば、「儒教」や「食人」と並ぶ中国3大カルチャーの1つだけれど(*2)、本作はそんなご当地の歴史的汚点に真っ向から対峙し、処刑シーンを迫真の筆致でもって描ききっている。なかでも、生きたまま肉を削ぎ落としていく「凌遅の刑」はとてつもなく凄惨。受刑者の生命を絶たずに500太刀浴びせていく場面は、プロの処刑人がいかにして刑を成功させていくか、その手順が克明に記されていて生理的にきついものがあった。女性を細切れにした処刑人が、性的不能に陥ったというのも分かるような気がする。私なんかは胸のむかつきを抑えながらやっと読んだクチで、グロいのが苦手な人だったらたぶん卒倒すると思う。

ただグロいのは一部分だけであり、悲劇全体としてはそれほど重苦しい印象はない。それどころか、猫腔(マオチャン)なる郷土芸能の旋律に乗った語りには、ユーモアに満ちた神話的な趣さえ感じられる。本作を読んで、莫言が「中国のガルシア=マルケス」と呼ばれているのに納得したのだった。こういうお国の歴史・風土を反映した物語には、舞台の独自性による新鮮な驚きがあって良い。中国は古代のみならず、近代も現代も面白い題材がごろごろ転がっているような気がする。

>>Author - 莫言

*1: 「眠れる獅子」であるところの大清帝国は、いまや外国に蹂躙されまくっていたのだった。
*2: 「食人」については『酒国』の項を参照。