2006.4c / Pulp Literature

2006.4.21 (Fri)

莫言『豊乳肥臀』(1995)

豊乳肥臀 (上)

★★★★
豊乳肥臀 / 莫言
吉田富夫 訳 / 平凡社 / 1999.9
ISBN 4-582-82938-4 【Amazon
ISBN 4-582-82939-2 【Amazon

1937年7月7日、日本軍襲来の日に産声をあげた上官金童(シャングワンヂントン)による自叙伝。跡継ぎの欲しかった貧農の上官家では、それまで生まれてきた7人の子供は全員が女だった。このたび待望の長男を出産するも、彼は乳房に異様な執着を示す恋乳拒食症児として、乳離れしないまま成長することになる。そしてそれと平行して上官家は、内戦や共産党支配など、時代の荒波に翻弄されていく。

ハードカバーの上下2段組み、合わせて850ページの長大な話。『真夜中の子供たち』が独立以降のインド現代史を追っていたのに対し、本作は抗日戦以降の中国現代史を追っている。語られる期間は、トウ小平による改革解放路線の80年代まで。婚姻によって時の権力と地味に関わる上官家の人々は、政情の変化によってみな浮き沈みの激しい人生を送ることになる。

やっぱり歴史の流れを庶民視点で切り取った小説は面白い。末端の農民にとってお上の権力争いなんてのは、はた迷惑以外の何ものでもないのだなあ。日本軍も国民党も共産党も所詮は支配者に過ぎず、本質的に大した違いはない。彼らはみな収奪者であり、抑圧者であり、恐怖の的である。それぞれの時代で一家が巻き込まれていく状況は「理不尽」の一言で、何かあるとすぐに暴力的な介入を受けるのだからおっかない。あるときは「身内が日本鬼子(リーベングエイズ)と関わっている」と難癖をつけられ、またあるときは「お前らは富農だ」と公衆の面前でつるし上げられる。ほんの半世紀の間に価値観がばったばったと変転するから、一般の生活者はそれこそ枕を高くして眠ることができない。そのうえ、貧窮が恒常的な問題としてのしかかっていて、生命を維持するのにも一苦労(勤め先の工場にある食糧を胃袋に詰めて、家にかえってげーげー吐き出して子供に食わせたりしている)。ここ半世紀の中国での生活は、大変なものだと思い知らされる。

女の顔などという七面倒くさいものは、まるで見る気がなかった。乳房を見れば、顔を見たも同然なのだ。乳首を銜えるとは、その魂を掴むことなのだ。(vol.2 p.216)

語り手は極度の乳房大好き人間で、中学に入るまで固形物を食さず、母乳や山羊乳を飲んで大きくなっている。人は乳のみで生きられるのか? という疑問が起こるけれど、この辺のトール・テールくささが莫言小説の面白さであり、醍醐味でもあると言えよう。いつまでも乳離れしない性癖といい、後半におけるダメンズ・ストーリーといい、上官金童はまさに人生相談の格好のネタ。もし当時の中国に「ホットドックプレス」があったとしたら、北方謙三がこうアドバイスしたに違いない。

おまえは病気だ! 乳房に対して執着心を持ってしまう、情けない包茎野郎だ。こうなってしまってはどうにもならない。まず悩むのをやめろ。そしてソープに行け!

一方、そんなみじめな語り手に対し、女性陣は軒並みたくましく生活している。この時代の女は跡継ぎをこしらえるために嫁入りするのであり、男児を出産しない限りは夫の家族からゴミクズ扱いされる。夫には暴力を振るわれるわ、姑には罵られるわ、舅にはこき使われるわ、まさに家庭は地獄の様相。こんな環境が日常的にあるからこそ、女は強くなるのだと実感させられる。つまり、「女子は叩かれるのが定めじゃ、女房とうどんは叩けば叩くほど腰が強うなるいうての」(vol.2 p.310)ということなのだ。

そんなわけで、本作を読んで中国をたっぷり味わったのだった。

>>Author - 莫言

2006.4.24 (Mon)

P・G・ウッドハウス『ウースター家の掟』(1938)

ウースター家の掟

★★★★
The Code of the Woosters / Pelham Grenville Wodehouse
森村たまき 訳 / 国書刊行会 / 2006.3
ISBN 4-336-04761-8 【Amazon

イギリス貴族のバーティーが、銀のウシ型クリーマーを巡って窮地に立たされる。ガッシーとバセットの仲を取り持ったり、元判事のパパバセットに目をつけられたり。それらを執事のジーヴスが解決する。

『それゆけ、ジーヴス』に続くウッドハウス・コレクションの第4弾。今回は『よしきた、ジーヴス』と直接的な繋がりのある内容で、我らがウースター家のバーティ青年が、前回ひどい目に遭ったバセット家の人たちと再び関わることになる。銀のウシ型クリーマーをいかにして盗み出すか? また、次々と現れる障害をいかにして乗り越えるか? 以上を眼目に物語は進んでいく。

『それゆけ〜』とは打って変わって、今回は入り組んだプロットで読ませる趣向。筋立てがえらい論理的だったり、適度に山場が作ってあったりでとても面白かった。各人が利益を獲得すべく脅迫で相手をコントロールする。そして、任務遂行の過程でイレギュラーな事態が出来(しゅったい)する。バーティーにはウースター家の人間としての矜持があり、そのことも行動の制約になってしまう。障害が重複することで追い込まれていく展開は、今までにないくらいスリリングで素晴らしい。ひょっとしたら、本作がジーヴスものの最高傑作なのではと思う。

あとはいつも通り、イギリス小説らしいユーモラスな比喩表現が面白かったかな。今回は少々くどいんだけど、それでもノートに書き写したいフレーズがたくさんある。ジーヴスもののレトリックは、一般的なハードボイルドでは遠く及ばないくらい、機知に富んでいて楽しい。

>>Author - P・G・ウッドハウス

2006.4.27 (Thu)

ダグラス・アダムス『銀河ヒッチハイク・ガイド』(1979)

銀河ヒッチハイク・ガイド

★★★
The Hitch-Hiker's Guide to the Galaxy / Douglas Adams
安原和見 訳 / 河出文庫 / 2005.9
ISBN 4-309-46255-3 【Amazon

地球消滅の危機に直面したとある平凡な男が、知人の異星人に助けられる。そして、宇宙船で旅をするはめになり、色々あって地球の秘密を知ることになる。

「人生、宇宙、すべての答え」で有名なナンセンス小説。 Google電卓で "answer to life, the universe and everything"を計算すると、「42」という答えが出てくる。どうやら作中に登場する"Googleplex Star Thinker"(コンピュータ)が、Googleの名前の元ネタらしい(*1)。本作は映画化を機に復刊された新訳版で、全5作あるシリーズの第1作目にあたる。

内容はモンティ・パイソン風のコメディだったけれど、いまいち勘所が掴めずに読み終わってしまった。笑えたのは、家屋倒壊と地球消滅の名目が重なる部分と、鯨が惑星上空に現れて落下する場面の2箇所。コンピュータの計算やらハツカネズミの知性やらといったSFネタはさほど琴線に触れず、これならまだ『宇宙舟歌』のほうが面白かったかもしれない。どちらかというと、活字ではなく映像や音声で体験したい類かな、本作は(映画版・ラジオドラマ版ともに未見・未聴)。

ところで、最近になってSF小説とはユーモアの感覚が合わないと痛感しはじめている。思えば、私は『夏への扉』【Amazon】が名作扱いされているのに違和感をおぼえているクチなので、根本的に何かが異なるのだろう。適性の差とはいえ、これはこれでちょっと寂しい。

以下、参考リンク。

異様に充実している。

*1: 裏を取ってないので本当かどうかは分からない。

2006.4.29 (Sat)

ヘルマン・ヘッセ『荒野のおおかみ』(1927)

荒野のおおかみ

★★★★★
Der Steppenwolf / Hermann Hesse
高橋健二 訳 / 新潮文庫 / 2005.1
ISBN 4-10-200113-1 【Amazon

市民的な社会に憤りをおぼえる、「荒野のおおかみ」ことハリー・ハラーの手記。アウトローの彼が謎の少女と出会い、インモラルな生活を送ることになる。そして……。

ヒッピーのバイブルとしてもてはやされたメンタルヘルス系の小説。精神崩壊の危機に直面したヘッセは、ラング博士(ユングの協力者)の治療を受けて何とか復帰を果たしたという。本作はそのときの体験を踏まえた幻想的な小説であり、終盤ではまるでドラッグでも打ったかのような彼岸の世界が立ち現れてくる。

これはまた随分と突き抜けた内容だった。ヘッセの小説は自身の内面をさらけ出した露悪趣向のものが多いけれど、ここまで外面の壁を取っ払って明け透けにしたのは初めて読んだ。主人公が社会に迎合できないアウトローなのは従来通りとしても、そのペシミズムを増幅させるヴィジョンの示し方が凄すぎる。乱交を示唆する奔放な性生活とか、自動車狩りと称した愉快な射殺ゲームとか、モーツァルトと芸術について語り合ったりとか、『車輪の下』の作者とは思えない狂人ワールドが全開。中国の作家・残雪(ツァンシュエ)は、内に抱えたテーマをリアリズムの手法で表現するのは無理だと判断して、幻想的な道具立てを用いたそうだけど、ヘッセも同様の袋小路に行き当たったのだろうか。『デミアン』以降の小説は鬼気迫るという感じで、彼の身に何が起こったのかとても気になる。

途中まで『ファウスト』【Amazon】を思い浮かべながら読んだ。モーツァルトを代表とした芸術全般を愛するハリー・ハラーは、頭の固いインテリらしく大衆文化には理解を示してこなかった。また、リベラルな思想の彼は社会に絶望を感じ、お気楽な市民たちを軽蔑しつつ、自殺願望に身を焼かれていた。そこへ20世紀のメフィストフェレスとでもいうべき退廃志向の存在が現れ、彼を快楽の野へ導いていく。終盤の「魔術劇場」は、『エヴァンゲリオン』【Amazon】の最終話(TV版)を彷彿とさせる内面世界全開な雰囲気で、モーツァルトとパブロが「おめでとう」と祝辞を述べる姿が脳裏をよぎった(結局そんな展開にはならなかったけど)。

>>Author - ヘルマン・ヘッセ