2006.6b / Pulp Literature

2006.6.11 (Sun)

『気分は名探偵』(2006)

気分は名探偵―犯人当てアンソロジー

★★★
徳間書店 / 2006.5
ISBN 4-19-862167-5 【Amazon

犯人当てアンソロジー。有栖川有栖「ガラス檻の殺人」、貫井徳郎「蝶番の問題」、麻耶雄崇「二つの凶器」、霧舎巧「十五分間の出来事」、我孫子武丸「漂流者」、法月綸太郎「ヒュドラ第十の首」の6編。

犯人当て小説として納得できたのが、有栖川有栖「ガラス檻の殺人」。普通のミステリ短編として面白かったのが、貫井徳郎「蝶番の問題」、法月綸太郎「ヒュドラ第十の首」。本書全体の傾向として、無駄に長くないところが良かった。

巻末の座談会では、理想の犯人当て小説としていくつか作品名が上がっている。とりあえず、鮎川哲也の『五つの時計』【Amazon】、『下り"はつかり"』【Amazon】を押さえておきたい。

以下、各短編について。

有栖川有栖「ガラス檻の殺人」

ストーカーを追いかけた探偵が殴打されて昏倒。気がついたらストーカーの死体が発見されていた。

シンプルで素晴らしい。凶器の所在にしてやられたという感じ。

貫井徳郎「蝶番の問題」

クローズドサークルもの。手記を手がかりに推理する。

綱渡り芸とパズル的な面白さが味わえる。けれども、犯人当てという観点からすると、メンバー構成が特殊すぎていまいち納得できない。

麻耶雄崇「二つの凶器」

大学で殺人。3人の証言者のうち1人が嘘をついているということで、名探偵・木更津悠也がそのアリバイを崩す。

「木更津」と「木津」が出てきて読みづらかった。途中で放棄。

霧舎巧「十五分間の出来事」

新幹線の車内の洗面所で男が気絶していた。後頭部には殴打の跡。いったい誰がやったのか?

シンプルな構造だけど、パーサーの設定が風変わりでけっこうシビアだった。

我孫子武丸「漂流者」

記憶喪失の漂流者が持っていたメモには、孤島での殺人事件の模様が記されていた。

そもそもこれは問題として成立しているのだろうか? 新田が専務だったなんて普通は分からないような。

法月綸太郎「ヒュドラ第十の首」

殺人事件。犯人は手袋を複数枚使用していた。法月綸太郎が謎を解く。

消去法で捻ってある。「妊娠」が出てくるところが著者らしい。女性性=母体。

おまけ。以下、座談会の答えを埋めてみる。

  • A = 貫井徳郎
  • B = 法月綸太郎
  • C = 有栖川有栖
  • D = 麻耶雄崇
  • E = 我孫子武丸
  • F = 霧舎巧

京大組のB、D、Eでちょっと悩んだ。

2006.6.12 (Mon)

松田忠徳『朝青龍はなぜ負けないのか』(2005)

朝青龍はなぜ負けないのか

★★
新潮社 / 2005.10
ISBN 4-10-300291-3 【Amazon

モンゴル贔屓の教授が角界の体質を批判したり、日本人力士へ苦言を呈したりしている。

うーむ、これはひどい。見当外れな正義感を振り回した無駄に熱い本だった。著者によると、マスコミによる朝青龍バッシングは「嫉妬」であるらしい。モンゴルに取材した情報は新鮮で興味をそそるものの、角界への批判には今更なものが多く、さらに朝青龍の「悪行」については好意的に解釈しすぎで気持ち悪い。本書は信仰告白に近い内容なので、ジャーナリスティックな本を求めている人にはお勧めできない。

ところで、2006年夏場所では、白鵬が賜杯を手にし、新入幕の把瑠都が敢闘賞を受賞した(朝青龍は怪我で途中休場)。朝青龍の真価が問われるのはこれからだと言えよう。

2006.6.13 (Tue)

古川日出男『ルート350』(2006)

ルート350

★★★
講談社 / 2006.4
ISBN 4-06-213391-1 【Amazon

短編集。「お前のことは忘れていないよバッハ」、「カノン」、「ストーリーライター、ストーリーダンサー、ストーリーファイター」、「飲み物はいるかい」、「物語卵」、「一九九一年、埋め立て地がお台場になる前」、「メロウ」、「ルート350」の8編。

都市とかレプリカとかをモチーフにした短編集。あくの強い語り口にうんざりした面があったものの、随所で叙情的な雰囲気を醸し出す手腕が発揮されていて、いちおう最後まで読み通すことができた。たぶんこの著者は、ロッキンオンジャパン的な青臭さが創作の核になっているのだろう。ロック好き+文学好き+一人称「僕」の、ある種の類型を見出してしまった。

以下、各短編について。

「お前のことは忘れていないよバッハ」

中年女性が「作り話」と称して、20年前の家庭の話をする。

『ロックンロール七部作』から流用したとしか思えない、饒舌な「あたし」による物語。饒舌さを強調した鼻につく語りと、世界を持ち出すあざといプロットに辟易していたら、ラストでちゃぶ台返しがあって良かった。この著者は物語を操る手つきが尋常じゃない。

「カノン」

1983年。ザ・マウスを目玉にしたテーマパークで、少年と少女が出会う。

ちょっぴりずれた舞台設定が面白い。テーマパークに情熱を燃やす、少女の漫画っぽい造型がよく似合っている。

「ストーリーライター、ストーリーダンサー、ストーリーファイター」

幽体離脱した男子高校生が、3人の視力の良い同級生のもとに顕現する。

「少年らしさ」を過剰に取り込んだ鬱陶しい一人称。なのだけど、ストーリーはかなり上手い。さして共通点のない3人を、おっと思わせる角度で繋いでいる。視力の使いかたも素晴らしい。

「飲み物はいるかい」

離婚旅行と称して都内を放浪する男が、死んだふりをした少女と出会う。

普通のセンチメンタルな話。とりあえず、「旅行したら、休めないじゃないか」(p.112)には同意しておこう。

「物語卵」

色々な人がとっかえひっかえ物語りをする。

ケレン味だけが突出していてつまらなかった。

「一九九一年、埋め立て地がお台場になる前」

予知夢とか、ライブとか。

「メロウ」

夏期講習キャンプのために集まった知的早熟児たちが、先生を殺したスナイパーに復讐する。

「ルート350」

エピローグ。

>>Author - 古川日出男

2006.6.15 (Thu)

アルフレッド・W・クロスビー『飛び道具の人類史』(2002)

飛び道具の人類史―火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで

★★★
Throwing Fire / Alfred W. Crosby
小沢千重子 訳 / 紀伊國屋書店 / 2006.5
ISBN 4-314-01004-5 【Amazon

石器時代から現代までの人類史を、飛び道具に着目して論じている。

扱ってる時代の幅が広すぎて散漫な印象。20世紀についてのトピックは飛ばし読みした。個人的には、弓矢や投石といった火薬を使わない原始的手段の話に興味をそそられる。

新大陸の原住民は投石のコントロールが正確無比だったとか、アトゥラトル(遠心力をつけるための棒状の道具)で投げたダートがスペインの征服者たちを恐怖させたとか、そういう身体性を感じさせるエピソードが面白かった。スローイングによる武器は意外と威力が強いらしく、それらが欧州の火薬兵器と向こうを張るところにロマンを感じる。

数ある飛び道具のなかでとりわけ興味をおぼえたのが、12世紀のトレビュシェット。固定式のそれはロープの張力を利用した巨大な発射装置で、何と100キロ以上のミサイル(石)を数100メートル飛ばすことができたという。トレビュシェットは主に城壁を壊すために用いられており、13世紀半ばにはモンゴル人がこれを使ってユーラシア大陸を席巻している。そういえば、『Age of Empires 2』【Amazon】というゲームでも、最強の攻城兵器として切り札扱いになっていた。

それにしても、この分野の中国は凄いものだ。紀元前4世紀の弩(クロスボウ)は世界初の機械化された飛び道具だし、周知の通り火薬を発明したのもチャイニーズである。中国というのは、ある時期までは世界の最先端をいっていたのだなと感慨深くなる(その後の凋落が甚だしいだけに)。

なお、本書の文章はあまり良くない。妙な造語と受け狙いの比喩表現が引っ掛かる。

2006.6.16 (Fri)

シンシア・カドハタ『草花とよばれた少女』(2006)

草花とよばれた少女

★★★
Weedflower / Cynthia Kadohata
代田亜香子 訳 / 白水社 / 2006.5
ISBN 4-560-02743-9 【Amazon

花農家の手伝いをしながら小学校に通っている日系3世の少女。その彼女が日本の真珠湾攻撃を機に、他の日系人たちとともに収容所に入れられる。

ヤングアダルト小説。『きらきら』同様、今回もイノセントなユーモアが織り込まれており、「収容所問題」から想起される陰鬱なイメージが極力排除されている。

アメリカ政府は抑圧的な政策で日系人たちを縛っているのだけど、その責任者や悪意の主体は直接的には姿を現していない。インディアンとの交流や大人たちへの通達を経由して、そのファナティックな思惑を浮き彫りにしている。国を挙げての理不尽な仕打ちに不安をおぼえながらも、少女は気さくな大人たちと集団生活を営む。庭を造り、花を育て、少年といい仲になる。と、そんな希望を絶やさない収容所生活には、共感を誘うような健気な雰囲気が漂っていて読みやすい。

ただ、安心して読める反面、本作は型にはまっているような感じがしていまいち物足りなかった。『きらきら』で味をしめたのか、それとも持っている引き出しが少ないのか。いずれにせよ、今後も日系人の受難と少女のユーモアを組み合わせて、似たような話を量産しそうな気がする。

>>Author - シンシア・カドハタ

2006.6.17 (Sat)

富山太佳夫『笑う大英帝国』(2006)

笑う大英帝国―文化としてのユーモア

★★★
岩波新書 / 2006.5
ISBN 4-00-431017-2 【Amazon

イギリス・ユーモアの系譜を図版つきで紹介している。王様ネタや政治家ネタ、果てはウッドハウスに代表される執事ネタなど。

タイトルから笑える本を想像していたせいか、思ったほど面白くなかった。イギリス・ユーモアを模した著者の語り口には色々考えさせられるが、まあそれはともかく、本書は学問的な観点からユーモアの事例を分類・紹介している。引用プラス解説がメインなので、笑いのエッセンスがかなり殺されてそう。純粋にイギリス・ユーモアを味わいたいという人には、本書は不向きかもしれない。

個人的には執事を扱った第3章が興味深かった。我らがウッドハウスのジーヴスものが出てくるし、他にもオスカー・ワイルドの『真面目が大事』や、J・M・バリーの『あっぱれクライトン』など、聞いたことのない戯曲が出てきて刺激がある。どれも執事が主人をバカにしているところが共通しているけれど、この喜劇の枠組みはスウィフトの時代から続くお国の伝統芸であるらしい。フィクションとしての執事には強い関心を持っているので、近いうちに開拓していきたいと思う。

2006.6.19 (Mon)

ウィル・セルフ『元気なぼくらの元気なおもちゃ』(1998)

元気なぼくらの元気なおもちゃ

★★★
Tough, Tough Toys for Tough, Tough Boys / Will Self
安原和見 訳 / 河出書房新社 / 2006.5
ISBN 4-309-62189-9 【Amazon

短編集。「リッツ・ホテルよりでっかいクラック」、「虫の園」、「ヨーロッパに捧げる物語」、「やっぱりデイヴ」、「愛情と共感」、「元気なぼくらの元気なおもちゃ」、「ボルボ七六〇ターボの設計上の欠陥について」、「ザ・ノンス・プライズ」の8編。

いかにもイギリス作家(しかも元ジャンキー)って感じのシニカルな作風。本国ではジョナサン・スウィフトが引き合いに出されているらしい。ほとんどの短編でブラック・ユーモアに類する意地の悪さが発揮されている。

以下、各短編について。

「リッツ・ホテルよりでっかいクラック」"The Rock of Crack as Big as the Ritz"

家の地下に大量のクラックが埋蔵されていた。黒人の兄弟がそれを掘り出して売りさばく。

直前に『笑う大英帝国』を読んでいたせいか、作中に蔓延するイギリス・ユーモアに意識がいった。売り物に手をつけないストイックな兄と、ヤクのために頑張る弟の対比が面白い。

「虫の園」"Flytopia"

コテージで索引製作をしている男が、群れをなした虫たちと協力関係を結ぶ。

虫を使役するというグロテスクかつ愉快な想像力と、この手の話の定番である意地の悪いオチが良い。

「ヨーロッパに捧げる物語」"A Story for Europe"

意味不明の言語を発して両親を困惑させる幼児。その彼が精神分析医にかかる。

まったく関係なさそうな別の場所の物語が出てきて、幼児の物語と交互に展開していく。

「やっぱりデイヴ」"Dave Too"

精神分析医にかかっている男が奇妙な現象に出くわす。

主人公と関わる人たちがデイヴだらけになるへんてこな話。

「愛情と共感」"Caring, Sharing"

大人たちがエモートと呼ばれる巨大化した子供に抱きしめられる世界。

大人と子供の概念が逆転していてすごく異様だけど、しかしまあエモートみたいな存在は需要がありそうである。簡単にいえば、「癒し系」。大人はみんなハグされたいのだ。

「元気なぼくらの元気なおもちゃ」"Tough, Tough Toys for Tough, Tough Boys"

精神分析医がヒッチハイカーを乗せる。

SF風味も幻想風味も皆無な、全然普通の心理小説だった。レイモンド・カーヴァー並の質の高さ。

「ボルボ七六〇ターボの設計上の欠陥について」"Design Faults in the Volvo 760 Turobo: A Manual"

「元気なぼくらの元気なおもちゃ」の続編(前日譚)。

飛ばした。

「ザ・ノンス・プライズ」"The Nonce Prize"

「リッツ・ホテルよりでっかいクラック」の続編(後日譚)。麻薬密売人の兄が小児強姦の冤罪で刑務所にぶち込まれる。

兄と弟の力関係が逆転している。ガイ・リッチー的な犯罪者たちの群像を描くのかと思ったら、物語は予想もつかない方向へ。まさか文学ネタが出てくるとは思わなかった。黒人作家(トニ・モリスン、ラルフ・エリソンほか)についての一口感想と、パトリシア・ハイスミスへの言及が面白い。

それにしても、審査員の見込み違いには苦笑するしかないな。実作と作者をめぐる問題が軽く皮肉られている。

>>Author - ウィル・セルフ