2006.8a / Pulp Literature

2006.8.2 (Wed)

リチャード・ハル『善意の殺人』(1938)

善意の殺人

★★★★
Excellent Intentions / Richard Hull
森英俊 訳 / 原書房 / 2006.8
ISBN 4-562-04024-6 【Amazon

性格が最悪でみんなから嫌われている金持ちの男が、列車のなかで毒入りのかぎ煙草を吸って死亡した。誰がいつ毒を混入したのか? 犯人を絞りこむ過程が裁判を軸にして語られる。

犯行機会の分析がしっかりしている良質のパズラーだった。物語は「被告」の正体が明かされないまま終盤まで進行。法廷劇の合間に警部による捜査が挟まっており、通常のフーダニットのような興味でもって牽引している。被害者は常々他人に対して侮蔑的な態度をとっていて、問題の日にも色々と軋轢があった。そのため、殺害の動機は関係者全員に等しく存在することになる(自己犠牲による殺人も含めて)。警部は各人の証言をもとにタイムテーブルを作成し、犯行の機会を検討するわけだけど、そこから犯人の嘘が浮き彫りになる様が見事だった。

また、「被告」の正体が明かされた後も、法廷ものの本領発揮といった感じで楽しめた。検察側の立証には明確な物証がないため、被告側の弁護士がその曖昧さに活路を見出す。結局のところ、陪審員の判断は説得力のあるほうに傾くということなのだ。終盤は有罪か無罪かをめぐる両者のせめぎ合いが読ませるし、評決後のオチも知的な捻りが効いていて面白い。久々に満足のいくミステリを読んだ。

>>Author - リチャード・ハル

2006.8.4 (Fri)

トニ・モリスン『ジャズ』(1992)

★★★
Jazz / Toni Morrison
大社淑子 訳 / 早川書房 / 1995.6
ISBN 4-15-207885-5 【Amazon

1926年のニューヨーク。化粧品セールスの初老の男が、不可解な理由で若い愛人を射殺した。さらにその後は葬儀の席で、男の妻が死体の顔にナイフで切りかかっていく。

これは読みづらかった。いわゆる「中年の危機」を描いた話かと思いきや、物語はじわじわと拡散していって、いつものトニ・モリスン節が全開になるという……。一見すると異常に映る夫婦の行動には、それ相応の必然的な背景がある。フォークナーから受け継いだこのメソッドに従って、物語は奴隷制の傷跡が残る19世紀の南部にまで遡る。と同時に、2人と関わる周辺人物までをも適度に掘り下げながら、物語はのらりくらりと掴み所のない展開を見せる。この小説には全体を貫く明快な筋というのが存在しないので、ある程度気合いを入れて臨まないと理解するのが難しい。最近読んだ『スーラ』(著者の第2長編)が、時系列順に話が進む分かりやすい構成だったので、そのギャップにえらい戸惑ってしまった。

ところで、訳者あとがきによると、

モリスンの最新作『ジャズ』では、意識的に音楽のリズムを文体に移そうとする大胆な実験が行われている。(p.248)

とのことらしい。ジャズの小説化といえば『鳥類学者のファンタジア』【Amazon】、音楽のリズムを移した文体といえば『ピアニスト』が念頭にあったので、本作の試みにはさほど惹かれるものがなかった。特に前者には、インプロヴィゼーションの魅力がたっぷりと詰まっている。

2006.8.5 (Sat)

ジョン・ボーランド『紳士同盟』(1958)

紳士同盟

★★★
The League of Gentlemen / John Boland
松下祥子 訳 / 早川書房 / 2006.6
ISBN 4-15-001788-3 【Amazon

後ろ暗い理由で退役した9人の元軍人たちが、1人の男に呼び出され、彼の立案した銀行襲撃計画に参加する。

あらすじ通りのケイパーもの。ライオネル・ホワイトの『逃走と死と』(『現金に体を張れ』【Amazon】の原作)に触発された男が、100万ポンドの現金強奪に手を染めるという夢いっぱいのお話である。情報をもとに綿密な計画を打ち立て、一分の隙もない華麗なチームプレイをこなす。知恵と勇気で一攫千金を目指す銀行強盗が、男のロマンであることに異論はないだろう。強盗ファッションとしては定番の目出し帽。銀行員を威圧して止まない機関銃。そして、現金のお持ち帰りには欠かせない、ナンバープレートを取り替えた盗難車。これら強盗のマストアイテムが出てくるだけで、世の男たちは興奮に打ち震えるのである。

内容はすこぶる標準的。犯行のプロセスにしても終盤のロジックにしても特に見るべきところはなく、せいぜいリーダー格の男が小者っぽいのが目新しいだけだった。サツに計画がバレた! と悲観的になった男は、何と仲間を売り渡す告白状を残して、自殺を図ろうとするのである。自分だけ不幸なのは嫌だから、腹いせに仲間の足を引っ張ってやろうという目論み。さらに男は犯罪のド素人で、完璧に思えた計画は実行の段になって欠陥が露わになっていく……。

本作はそんな等身大(?)の男が、計画を進めようと試行錯誤しつつ、一癖も二癖もある仲間たちと駆け引きを繰り広げるところが面白い。メンバーは皆寄せ集めだから信用できないし、9人のなかにはイカれた奴が数人混じっていて、いつ何が起きるか分からない。男は計画の遂行のみならず、仲間にリーダーとしての権威を認めさせるのにも苦労する。

というわけで、古き良きお伽噺としてそこそこ楽しんで読んだのだった。

なお、本作は1960年に映画化【Amazon】されている(未見)。Amazonの紹介文を読む限りでは、シリアスな原作とは違ってコメディ色が強いようだ。

2006.8.7 (Mon)

『完訳グリム童話集 5』(1857)

完訳グリム童話集〈5〉

★★★
Kinder- und Hausmarchen / Jacob Grimm, Wilhelm Grimm
野村ひろし 訳 / ちくま文庫 / 2006.4
ISBN 4-480-42145-9 【Amazon

グリム兄弟(ヤーコップ・グリム、ヴィルヘルム・グリム)編集による童話集。「みそざいと熊」、「おいしいおかゆ」、「かしこい人たち」、「蛇の話」、「かわいそうな粉ひきの若い衆と猫」、「ふたりの旅人」、「ハンスはりねずみ」、「きょうかたびら」、「いばらのなかのユダヤ人」、「腕ききの猟師」、「天のからざお」、「王さまの子ふたり」、「かしこいちびの仕立て屋の話」、「おてんとうさまが明るみに出す」、「青い明かり」、「わがままな子ども」、「三人の外科医」、「シュヴァーベン人の七人組」、「三人の職人」、「こわいもの知らずの王子」、「レタスろば」、「森のなかのばあさん」、「三人兄弟」、「悪魔とそのおばあさん」、「真心のあるフェレナントと真心のないフェレナント」、「鉄のストーブ」、「なまけ者の糸紡ぎ女」、「わざのすぐれた四人兄弟」、「ひとつ目、ふたつ目、三つ目」の29編。KHM 102〜130。

『完訳グリム童話集 4』の続編。大抵の物語では、男女問わず奇麗な人間が幸せになる。その徹底したビューティ・イズ・ジャスティスの世界観が清々しいと思う。

以下、各物語について。

「みそざいと熊」KHM 102

みそざいと熊が揉め事をおこして、鳥類×動物の全面戦争に発展する。

やはり航空戦力は強いな。この話の作者は、太平洋戦争時の日本軍より賢いと思う。

「おいしいおかゆ」KHM 103

呪文を唱えるとおかゆが出てくる魔法のおなべ。

んー、小さい頃読んだ記憶があるなー。グリム童話だったのか。おかゆがどんどん増殖して、町を埋め尽くす模様が強烈。便利な道具も用法を守らないととんでもないことになる。諸刃の剣。

「かしこい人たち」KHM 104

亭主が頭の足りない妻をむち打とうとする。

妻を凌駕するパープリンがいて驚いたって話。亭主がけっこう悪どい。

「蛇の話」KHM 105

全3話の小品。

3話目が凄い。ヤマもオチもなしにぷっつり終わってる。何でこんな話が入ってるのか気になるなあ。

「かわいそうな粉ひきの若い衆と猫」KHM 106

粉ひきの末っ子が三毛猫のもとで働く。

当然のことながら莫大な報酬が手に入る。塔であれこれしてる猫たちのイラストがかわいい。

「ふたりの旅人」KHM 107

糧食が尽きて餓えた仕立て屋が、パン一切れと引き替えに靴屋に目をくり抜かれる。

うひゃー、何て残酷な。交換条件で目をくり抜くか! これは貴重な食料を巡る話ということで、飢饉のアナロジーなんだろうか。

「ハンスはりねずみ」KHM 108

ハンスはりねずみが森のなかで王さまと出会う。

約束は守るべきだという教訓話。ハンスはバクパイプを愛用していてなかなかチャーミングだ。

「きょうかたびら」KHM 109

死んだ男の子と泣き暮れる母親の話。

グリム童話にしては珍しくしんみりとしている。

「いばらのなかのユダヤ人」KHM 110

旅に出た下男が魔法のアイテムをゲットする。

これは当時蔓延していたユダヤ人蔑視が反映しているのだろう。下男が初対面のユダヤ人を犬呼ばわりしている。のみならず、

「おまえは、世の人をさんざんな目にあわせてきた。今度は、いばらのしげみがおまえを同じ目にあわせるんだ」(p.94)

と言いながら、魔法のアイテムでいたぶるなんてこともしている。

「腕ききの猟師」KHM 111

腕っこきの猟師(錠前屋からジョブチェンジ)が王女を守る。

『千夜一夜物語』みたいな運命的な再会を果たしている。

「天のからざお」KHM 112

かぶの種を落としたら、天まで届くほどの木が生えてきた。

いいねえ、こういう垂直方向の想像力。天国を覗き見するなんてわくわくする。

「王さまの子ふたり」KHM 113

王子が数々の難問を乗り越えて王女と結婚する。

フェミニズムの見地から分析されそうな寓意的な話だった。難問を乗り越えるといっても、それはほぼ100%王女の力によるもの。王子は終始何もできないでいる。

結婚後、王子は母親のキスによって妻のことを忘れてしまう。これはマザコンを暗示してそうだ。

「かしこいちびの仕立て屋の話」KHM 114

高慢な王女が求婚者を募り、彼らになぞなぞを出す。

仕立て屋の答えが正解らしいのだけど、なぜそうなのかさっぱり分からない。この妙に不合理なところが童話クオリティなのだろう。

読者に語りかけるラスト一行はインパクトあるね。1ターラー払わなきゃ。

「おてんとうさまが明るみに出す」KHM 115

文無しになった仕立て屋が、偶然行きあったユダヤ人を殺害して現金を奪い取る。

フィクションだとユダヤ人はいつでもどこでも悲惨な目に遭う。

「青い明かり」KHM 116

リストラされた兵隊が、魔法の明かりの力で王さまに復讐する。

なかなかスリリングな筋立てだった。明かりを持たずに王さまに捕まったときは、いったいどうなるのかと心配になった。

「わがままな子ども」KHM 117

わがままな子どもが死ぬ。

宗教心を植え付けるための小品。

「三人の外科医」KHM 118

3人の医者がそれぞれ自分の体のパーツを切り離す。ある者は手、ある者は心臓、ある者は目玉。

簡単に接着できるからそれほどグロテスクな感じはしない。『キン肉マン』のミートくん並にマイルドだ。

「シュヴァーベン人の七人組」KHM 119

お馬鹿な7人組が、大きな槍を抱えて旅をする。

これはカラーの挿絵が最高。全部で2枚あって、1枚は7人掛かりで槍を運ぶ様子が見開きで、もう1枚は彼らが小動物と対峙する様子がユーモラスに活写されている。

「三人の職人」KHM 120

食い詰めた3人の職人が悪魔と出会う。

宿屋の亭主はサイコパスだった! さすが悪魔が目をつけることだけはある。

「こわいもの知らずの王子」KHM 121

こわいもの知らずの王子が、大男の欲しがるりんごを取りに行く。

グリム童話には目をえぐる話が多いな。淡々としていて静かなインパクトがある。

「レタスろば」KHM 122

猟師の手に入れた魔法のアイテムを、魔女とその娘が横取りする。

同じ陰謀の罪でも、下手人が若くて美人だったら許される。まさに、ビューティ・イズ・ジャスティスである。

「森のなかのばあさん」KHM 123

森のなかで途方に暮れた女中が、鳩の依頼でミッションを遂行する。

不法侵入を指摘されても怯まない女中がたくましい。

「三人兄弟」KHM 124

遺産をもらうべく3兄弟がそれぞれスキルを身につける。

降りしきる雨をうち払う超絶剣技が良いね。挿絵にも味がある。

「悪魔とそのおばあさん」KHM 125

脱走兵たちが悪魔に魂を売り渡す。

悪魔も契約の世界に生きているようで、特殊なルールから逃れられないのが面白い。

「真心のあるフェレナントと真心のないフェレナント」KHM 126

真心のあるフェレナントが、真心のないフェレナントと共に王様に仕える。

2人のフェレナントは同一人物の光と影だ! というユング的解釈が脳裏をよぎる。

今回はオチが凄かった。后が王さまを殺してフェレナントと結婚する。これは不倫を意味しているとしか思えない。

「鉄のストーブ」KHM 127

鉄のストーブに閉じこめられた王子が、通りがかった王女に助けられる。

王子は金と宝石で彩られたピカピカのセレブで、だからこそ彼は王女と結ばれる。言うまでもなく、ビューティ・イズ・ジャスティスである。

「なまけ者の糸紡ぎ女」KHM 128

なまけ者の糸紡ぎ女が悪知恵を働かせる。

嫌な女だ。

「わざのすぐれた四人兄弟」KHM 129

4人の兄弟がそれぞれ特殊能力を身につける。

バラバラになった船を縫い合わせる仕立て屋が凄い。どこぞのスタンド能力じゃないか。

「ひとつ目、ふたつ目、三つ目」KHM 130

ふたつ目の女の子が、ひとつ目、三つ目の姉妹にいじめられる。

人間に似てるところが駄目だとか。こういう価値観が転倒したコミュニティを扱うなんて、グリム童話でもなかなか珍しいと思う。

>>『完訳グリム童話集 6』

>>Author - グリム兄弟