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2006.8.14 (Mon)
▲ハロルド・ピンター『ハロルド・ピンター全集 1』
★★★
The Complete Workes by Harold Pinter, Vol.1 / Harold Pinter
喜志哲雄 小田島雄志 沼澤洽治 訳 / 新潮社 / 2005.12
ISBN 4-10-518002-9 【Amazon】
3冊セットの全集の1冊目。収録作は、「部屋」、「バースデイ・パーティ」、「料理昇降機」、「かすかな痛み」、「管理人」、「自分のために書くこと」、「劇場のために書くこと」の7編。
戯曲が5編にエッセイが2編。不条理ものということで難解な内容を予想していたら、案に相違してとっつきやすいものばかりだった。何気ない会話のなかにアイデンティティを揺るがす別の秩序が混入して、不安と齟齬と諧謔を生み出している。テーマも、「場所を巡る争い」で一貫していて分かりやすい。本書を読んで、現代演劇への偏見(無駄に読みづらいとか)が少しだけ払拭された。
以下、各作品について。
「部屋」"The Room"
戯曲。老嬢の部屋に訪問者がやってくる。
はじめはただの難聴かと思いきや、次第に会話が噛み合わなくなり、ついには暴力的な結末を迎える。老嬢と訪問者たちの認識の違いがかなり不条理入っている。明らかに見えてるものが違うというか、パラレルワールドに住んでいるというか。でもって、そんな奇妙なやりとりをしたところへ、見知らぬ男がやって来たらそりゃ確かにキレるわ。電話と訪問はこちらの事情を鑑みないからもの凄いストレスになる。
最初と最後の亭主のギャップが激しいな。饒舌な老嬢の背景で、1人だんまり決め込んでいる序盤。帰宅後にワイルドな口調でまくし立て、「こん畜生!」と黒人を殴り倒す終盤。まさに記号的人物のお手本である。
「バースデイ・パーティ」"The Birthday Party"
戯曲。老夫婦が経営する素人宿には、1年前から1人のピアノ弾きが滞在していた。そこへ2人の客がやってきて、ピアノ弾きの誕生日を祝うパーティを計画する。
訪問者ほど恐ろしいものはない。言い知れぬ不安に取り憑かれたピアノ弾きが、2人の客に対して敵意を剥き出しにしている。解題によれば、場所を巡る争いと物事の客観性への疑義、そして人物が感じる説明のつかない脅威が、ピンター劇の特徴であるようだ。
大家を排した客同士の会話が不条理風味で面白かった。ピアノ弾きにかけられる精神的な圧力を、別次元の言葉に置き換えて表現している。
「料理昇降機」"The Dumb Waiter"
戯曲。2人の殺し屋が料理昇降機のある地下室で会話する。
タランティーノ映画にありがちなだらだらとした雑談から、物語は奇妙な展開を見せ始める。昇降機を使ったナンセンスな状況に、殺し屋が真面目に対応しようとするのが滑稽だ。
「かすかな痛み」"A Slight Ache"
戯曲。夫婦が裏門で商売しているマッチ売りの老人をもてなす。
これは歓迎しているわけではなく、老人の存在を目障りに思っている夫が、穏便に商売を辞めさせようとしている。徹底した場所への拘り=著者のユダヤ性の表れ、という図式も納得できる。
夫のラストの長広舌で、老人の像が歪んでいくのが面白い。老人にはセリフがないから、読者にとってはいかようにも変形し得る。
「管理人」"The Caretaker"
戯曲。老人が兄弟の住む家に寄宿し、そこで揉め事を起こす。
「場所を巡る争い」というテーマが明確に打ち出されている。収録作のなかでは一番分かりやすい。
結局のところ、自分の居場所を確保するためには先住者を追い出さなければならないのであり、その集大成が今のイスラエルなのだなあ。……いや、普遍的テーマを表したフィクションに、現実の政治問題を重ねるのはよくないのだけど。
相変わらず、人物間でものの認識が違うのが面白い。気分屋なのかキチガイなのか、2人きりになると会話が変になる。あと、老人が他人の権威を利用して、自分の居場所をゲットしようとするところが可笑しい。恩人に対してやたらでかい態度をとっている。何なのだろうなー、このお調子者ぶりは。
「自分のために書くこと」"Writing for Myself"
エッセイ。書くことは個人的な行為だとか。
「劇場のために書くこと」"Writing for the Theatre"
エッセイ。言語は極めて曖昧だとか。
>>『ハロルド・ピンター全集 2』に続く。
2006.8.17 (Thu)
▽パノス・カルネジス『石の葬式』(2002)
★★★★
Little Infamies / Panos Karnezis
岩本政恵 訳 / 白水社 / 2006.8
ISBN 4-560-02747-1 【Amazon】
短編集。「石の葬式」、「ペガサス号の一日」、「神の思し召し」、「預言者エレミヤ」、「海辺のクジラ」、「野獣の日」、「サーカスの呼びもの」、「老嬢ステラの昼下がりの夢」、「消えたカッサンドラ」、「汝、癒えんことを願うか」、「医者の倫理」、「永遠の生命」、「古典の勉強」、「収穫の神の罪」、「いけにえ」、「冬の猟師」、「応用航空学」、「四句節の最初の日」、「アトランティスの伝説」の19編。
ギリシャの寒村を舞台にしたエピソード集。世界の果てらしいマジックリアリズムと、粗野なユーモアが横溢していて面白かった。これはもうお約束なんだろうけど、時には暴力の行使も辞さない、原始的生活の厳しさを覗かせていて良い。本書は周縁地域にスポットを当てた連作短編ということで、ナイポールの『ミゲル・ストリート』を思い出した。
著者はギリシャの作家でありながら、この短編集は英語で書かれている。そのせいか、随所に気の利いた比喩表現が出てきて、時折コモンウェルスの小説を読んでいるような気分になった。これは意地の悪い見方かもしれないけれど、知的なレトリックを散りばめたり、土俗的なマージナル感を出したりするのって、「辺境」の人間が英語で書くことの宿命のような気がする。英語圏の読者(あるいはイギリスを中心とした欧米市場)を想定した工夫というか。最近読んだ本だと、ブッカー賞受賞作の『小さきものたちの神』がこれに当てはまる。
以下、各短編について。気に入った短編には末尾に☆をつけた(19編中6編につけた)。
「石の葬式」
20年前に埋葬した棺には石が18個入っていた。村の神父が聞き込みを行う。
双子の姉妹を産んだせいで妻が死んだ。そう思い込んだ夫が、姉妹に首輪をつけて地下室で監禁、長年に渡る虐待生活を送ることになる。これはガルシア=マルケスが描く愛なき人間模様といった感じで、『エレンディラ』【Amazon】あたりに収録されていても違和感ないと思った(まあ、コロンビアとギリシャじゃ雰囲気が違うけど)。
村を襲った大地震を「最後の審判」だとかぬかす神父が素敵すぎる。☆。
「ペガサス号の一日」
個人経営のバスに女が乗り込む。
地方特有のおおらかさがあって良い。お客さま本位じゃなく、自分たち本位で運転している。
「神の思し召し」
男が遺産相続で引退した競走馬をもらう。
スズメバチが徒党を組んであり得ない動きを見せたり、男がナイフで地主を刺し殺そうとしたり。ロバすら持ってないのに競走馬がいるという皮肉。
「預言者エレミヤ」
老人が年金受給所で急死する。
面白かった。老人の状態に誰も気づかず、それぞれの用事が進んでいく。☆。
「海辺のクジラ」
クジラと呼ばれている男が、女の彼氏に因縁をつけられる。
これはよくある教訓的なシチュエーションじゃないか。女の気持ちを推し量らず、クジラに罵詈雑言を投げつける彼氏。女の決断によって、彼氏は典型的な勘違い男に成り果てている。
「野獣の日」
地主が人倫にもとる行いをする。
この手の周縁小説につきものの、自警団的な価値観を表した内容。登場人物が各編で重複して出てくるから、意外な一面を見るようなショックがある。☆。
「サーカスの呼びもの」
ケンタウロスが待遇の不満から所属するサーカス団を抜けようとする。
さすがギリシャ、ケンタウロスとメドゥーサが当たり前のように出てくる。
「老嬢ステラの昼下がりの夢」
旅の音楽師が老嬢の経営する宿屋に立ち寄る。
「消えたカッサンドラ」
入れ墨女とぼうやの話。
「汝、癒えんことを願うか」
主教がやってくるので村をあげて準備する。
ひねりが効いていて面白いし、ちょっとしたお祭り騒ぎになるのも微笑ましい。神父も足萎え男もしたたかだ。
村人たちがめいめい勝手な要望を提出するのが笑える。現代では処女を見つけるのはユニコーンを探すのより難しいそうだ。☆。
「医者の倫理」
医者のもとに少女がやってくる。
こういう法を越えた倫理観を提示するフィクションは良いね。☆。
「永遠の生命」
村に写真家の女がやってくる。
素朴な掌編。写真が珍しいって日本の幕末時代かいな。
「古典の勉強」
インコを飼う男の話。
インコの名前が「ホメロス」なのがギリシャ・クオリティ。男がホメロスに『オデュッセイア』【Amazon】を覚えさせている。
「収穫の神の罪」
村が干ばつに襲われる。
喜劇っぽいな。村長が食糧を確保するため、娘をキモメンの肉屋に嫁がせようとしている。状況が一変したあとの肉屋の心境がやりきれない(でも、ちょっと苦笑する)。
「いけにえ」
親子が飼っていた種牛を殺す。
少年が終始興奮状態。悲しみに暮れる父親と、殺したことに拘り続ける少年がくっきりとコントラストをなしている。
「冬の猟師」
狩猟にきた余所者たちが村人たちに対して……。
「応用航空学」
男が自家製の羽根で飛行を試みる。
「四句節の最初の日」
服役中の男が一時外出する。
「老嬢ステラの昼下がりの夢」でお騒がせの旅の音楽師が再登場。神父に復讐するのかと思いきや、なかなか粋なことをやっている。
この短編集の大きな特徴は、どれも安易なハッピーエンドで終わらせないところだろうか。
「アトランティスの伝説」
村にダムが建設されることになり、住人たちに退去命令が下る。
そして伝説になった。☆。
2006.8.20 (Sun)
▲P・G・ウッドハウス『でかした、ジーヴス!』(1930)
★★★
Very Good, Jeeves! / Pelham Grenville Wodehouse
森村たまき 訳 / 国書刊行会 / 2006.7
ISBN 4-336-04762-6 【Amazon】
短編集。「ジーヴスと迫りくる運命」、「シッピーの劣等コンプレックス」、「ジーヴスとクリスマス気分」、「ジーヴスと歌また歌」、「犬のマッキントッシュの事件」、「ちょっぴりの芸術」、「ジーヴスとクレメンティーナ嬢」、「愛はこれを浄化す」、「ビンゴ夫人の学友」、「ジョージ伯父さんの小春日和」、「タッピーの試練」の11編。
『ウースター家の掟』に続くウッドハウス・コレクションの第5弾。今回は同じ短編集の『それゆけ、ジーヴス』と比べて明らかに力不足だったものの、個人的にはキャラクター小説としていつもの面々を愛でる段階に達していたので、これはこれで面白く読んだのだった。偉大なるマンネリを楽しむという意味で、本書はファン向けになるだろう。
以下、各短編について。
「ジーヴスと迫りくる運命」
バーティーがアガサ伯母さんの邸宅に招かれ、大臣のフィルマー氏と関わることになる。でもって、そこにはやんごとなき理由で家庭教師をしているビンゴがいて……。
バーティーが犠牲になって大団円というのはジーヴスものの黄金パターンだ。
「シッピーの劣等コンプレックス」
劣等コンプレックスで元校長の頼みを断れないでいるシッピー。ウースター家の掟に従ってバーティーが彼を助ける。
ドタバタしていて面白かった。相変わらず、バーティーの浅はかな計略は失敗に終わっている。あと、冒頭のアイテムが最後で有機的に絡んでくるのが良いね。今回は旅行も伏線になっている。
それにしても、今回のジーヴスは恐ろしく黒い。いくらなんでもゴルフクラブでアレするのはやばいだろ……。
「ジーヴスとクリスマス気分」
バーティーが天敵グロソップ氏と相まみえる。
ジーヴスとバーティーの虚々実々(?)の掛け合いも微笑ましいけれど、それに劣らずバーティーと権威的人物の絡みもスリリングで面白い。「ヤッホー」とか「よしきた、ホー」とか、くだけた調子でアプローチするのが笑える。
「ジーヴスと歌また歌」
タッピーと恋人の仲を裂くべく、バーティーがステージで歌を披露する。
ダリア叔母さんの口の悪さは天下一品。会話だけ見ていると、なぜバーティーが彼女に好意を寄せているのか不思議に思う。
「犬のマッキントッシュの事件」
アガサ伯母さんから預かっていた犬を、成りゆきから赤の他人にお持ち帰りされてしまう。
今回はバーティーがジーヴス策謀の現場に居合わせている。そのため、ジーヴスの腹黒さが克明に記録されている。バーティーにしてみればけっこう侮辱的な状況だけれど、しかしそれ以上に実益があるからオールオッケーって感じか。彼1人の犠牲によって、みな収まるべきところに収まってるし。
「ちょっぴりの芸術」
ダリア叔母さんからヨット・クルーズに誘われたバーティーだったが、意中の女の子と過ごすためにそれを断る。
ダリア叔母さんがバーティーとジーヴスの力関係を正確に見抜いて予言を下している。バーティーは女の子と別れ、ヨット・クルーズに参加することになるだろう、と……。
「ジーヴスとクレメンティーナ嬢」
無断外出中の女子高生を寮に戻すべく画策する。
イギリスの警官は「ホー!」が口癖らしい。
「愛はこれを浄化す」
子供の品行をネタにして賭けをする。
神父の説教の長さといい、子供の品行といい、何でもかんでも賭け事に転用するのがイギリス・クオリティ。今回はダリア叔母さんが至高の料理人アナトールを賭けている(余談ながら、相手が賭けているのはメイドさんだ)。
「ビンゴ夫人の学友」
親友のビンゴをヘルシー女の魔の手から救う。
バーティーによると、「お茶の時間にお茶をいただけない女性くらい恐ろしいものはない」(p.296)そうだ。
「ジョージ伯父さんの小春日和」
ジョージ伯父さんがプロレタリアートの女性と婚約した。アガサ伯母さんの命を受けたバーティーが結婚を阻止する。
今回は階級差ネタ。庶民のことをジーヴスが、「ロウアー・ミドル・クラス」と言い換えている。
「タッピーの試練」
恋人と喧嘩したタッピーが別の女性に懸想した。ダリア叔母さんの命を受けたバーティーがタッピーの恋愛を阻止する。
光りながらぴょんぴょん跳ねる「発光ウサギ」が欲しい! これは執事喫茶で売り出すべきじゃないか?