2006.8c / Pulp Literature

2006.8.23 (Wed)

谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』(2003)

涼宮ハルヒの憂鬱(110x160)

★★★
角川スニーカー文庫 / 2003.6
ISBN 4-04-429201-9 【Amazon

高校に進学した平凡な男子生徒が、涼宮ハルヒなる破天荒な美少女と知り合う。そして、彼女を原因とした超常的な災厄に巻き込まれる。

第8回スニーカー大賞「大賞」受賞作品。アニメの影響で売れてるらしい。このサイトでライトノベルを取り上げるのは、昨年3月の『マリア様がみてる』以来になる。

内容は男子中学生的な欲望を充足させるような代物。ハルヒに引っ張られる形で退屈な日常を脱出し、ハルヒのいたずらを傍観する形で性的な役得に預かる(美少女のコスプレを眺める程度の)。破天荒なヒロインが活躍するSF風味の学園ものということで、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』【Amazon】を連想した。もともとがファンタジーに過ぎない「学園もの」を、もっと強大なファンタジーで覆っているところが面白いと思う。しかも、メイドさんやツンデレ、童顔巨乳など、現代の萌えトレンドを臆面もなく完備しており、本作が巷間で人気を博しているのも納得できる。

語り手が徹底して傍観者であることを希求するのは、ホームズ&ワトスン形式の延長上にあるのかなと思った。ナンバーワンであることのプレッシャーより、ナンバーツーであることのお気楽さを選んだというか。この形式だと、ナンバーワンの側にいるだけで、ナンバーツーはわくわくするような体験を享受することができる。そのうえ、大抵の場合ナンバーワンは事件を呼び寄せる変人、ナンバーツーはそれに巻き込まれる常識人だから、後者の視点のほうが安定していて都合が良い。

というわけで、本作は欲望刺激型のよくできたライトノベルだと思う(特に朝比奈みくるの造型は身も蓋もない)。

2006.8.26 (Sat)

レイモンド・カーヴァー『愛について語るときに我々の語ること』(1981)

愛について語るときに我々の語ること(101x160)

★★★★
What We Talk About When We Talk About Love / Raimond Carver
村上春樹 訳 / 中央公論新社 / 2006.7
ISBN 4-12-403499-7 【Amazon

短編集。「ダンスしないか?」、「ファインダー」、「ミスター・コーヒーとミスター修理屋」、「ガゼボ」、「私にはどんな小さなものも見えた」、「菓子袋」、「風呂」、「出かけるって女たちに言ってくるよ」、「デニムのあとで」、「足もとに流れる深い川」、「私の父が死んだ三番めの原因」、「深刻な話」、「静けさ」、「ある日常的力学」、「何もかもが彼にくっついていた」、「愛について語るときに我々の語ること」、「もうひとつだけ」の17編。

『頼むから静かにしてくれ』と『大聖堂』の間に位置する過渡期的な短編集。村上春樹翻訳ライブラリーとして、全集からの改訳版が収められている。

前作と比べて叙情性が抑えめで、そのぶん短編技巧の妙味が前面に出ている。とりわけ、状況説明の省略と、削りに削った文章表現が圧倒的だ。全体としては転換期だけあって当たりが少ないのだけど、それでも、「ダンスしないか?」、「風呂」、「愛について語るときに我々の語ること」の3編は素晴らしい出来で、これらを読めるだけでも収穫だと言える。

以下、各短編について。気に入った短編には末尾に☆をつけた(17編中7編につけた)。

「ダンスしないか?」"Why Don't You Dance?"

男がカップルに家具を売り払う。

自棄的になっている男が、買い手のカップル共々酔っぱらってダンスする。無駄のない筋運びも去ることながら、女に焦点をあわせるエピローグ部分が最高に上手い。距離の空け方が絶妙というか。☆。

「ファインダー」"Viewfinder"

両手のない男が自宅の写真を売りつけにくる。

「ダンスしないか?」と同系統の、訳ありの男を巡る話。これは奇妙さを強調しすぎていていまいちだった。離婚の空白を埋めるために写真を撮りまくるというのはちょっと……。

「ミスター・コーヒーとミスター修理屋」"Mr. Coffe And Mr. Fifit"

頭のおかしくなった妻が失業中のエンジニアと浮気する。

不条理ものっぽい雰囲気。末端労働者の悲哀が感じられる。

「ガゼボ」"Gazebo"

夫の浮気によって、モーテル勤めの夫婦の仲が壊れる。

徹底的に文章を削っているのが良いね。メイドと親密になっていく過程は神懸かってると思う。

「私にはどんな小さなものも見えた」"I Could See The Smallest Things"

隣家の主人が夜中になめくじ取りをしている。

これは「ダンスしないか?」と似たようなリリカルな幕引き。やっぱりカーヴァーは、人生によくある哀しみを拾いあげるのが上手い。切り詰めて切り詰めてあざとさを抑えている。☆。

「菓子袋」"Sacks"

父と息子が久しぶりに会って会話する。

一方的に不倫の経緯をしゃべり倒す父親と、気のないそぶりで聞き流す彼の息子。コミュニケーションの断絶っぷりを良く捉えている。

それにしても、本作を読むと不倫の正当化なんて絶対無理なんだと思い知らされる。弁明している姿が格好悪いし。何つーか、余計な言葉を費やさず、黙っていたほうがまだ救いがあったかも。☆。

「風呂」"The Bath"

誕生日を迎えた息子が車に轢かれて入院する。

「ささやかだけれど、役に立つこと」(『大聖堂』所収)のショートバージョン。事故で取り乱した母親が、常識人の範疇から半歩だけはみ出るところが目を惹く。

あと、パン屋の介入が場違いなくらいユーモラスで、ラストはついニヤリとしてしまう。いやー、注文したケーキはどうにかしてほしいね。☆。

「出かけるって女たちに言ってくるよ」"Tell The Women We're Going"

所帯持ちの男2人が、女の子2人をナンパする。

ナンパがナンパだけで終わらないという……。これは犯罪的と言っていいほど恐ろしい話だなー。ラスト一段落の仄めかしに戦慄する。☆。

「デニムのあとで」"After The Denim"

夫婦が地元のビンゴ大会に参加する。

不正をしているのんきな若者どもに、人生の厳しさを教えてやりてーと夫が息巻く。病を得た妻と、夫の空回りする思い。

「足もとに流れる深い川」"So Much Water So Close To Home"

仲間たちと釣りに出かけた夫が、川で少女の死体を発見する。丸一日放置して釣りを楽しんだあと、やっと警察に通報する。

夫たちのやったことは人倫にもとる行為だけど、しかしまあその場の雰囲気によってはこうなることもあり得る。落とし穴にはまるみたいな。

「私の父が死んだ三番めの原因」"The Third Things That Killed My Father Off"

つんぼの男がブラック・バスを自宅で養殖する。

「深刻な話」"A Serious Talk"

別居中と思しき夫が、妻子とクリスマスに食事をする。

自分のいない家庭生活に、別の男の影が入り込んでるのがせつない。常軌を逸した行動をとりながらも、夫は最終的に心を固める。この小説は、離婚寸前の微妙なシーンを上手く切り取っている。☆。

「静けさ」"The Calm"

床屋で鹿狩りの話をする。

何も悪いことをしていない語り手が、さも揉め事の原因みたいになるのが面白い。

「ある日常的力学」"Popular Mechanics"

赤ん坊を巡る諍いを描いたショートショート。

黒いなー。たまにカーヴァーはこういうおっかない短編を入れてくる。

「何もかもが彼にくっついていた」"Everything Stuck To Him"

新婚時代の話をする。

ふわふわした内容だった。

「愛について語るときに我々の語ること」"What We Talk About When We Talk About Love"

4人の男女が愛について語る。

構築的な傑作。過去の愛、現在の愛について考察しつつ、それを伏線としたシニカルな展開を見せる。別れた女房への悪態のつきっぷりが可笑しい。☆。

「もうひとつだけ」"One More Thing"

夫婦喧嘩で夫が家を出ていく。

口論の後のラスト一文に苦笑した。カーヴァーのユーモアはなかなかひねくれてる。

>>Author - レイモンド・カーヴァー

2006.8.29 (Tue)

ジョージ・プリンプトン『トルーマン・カポーティ』(1997)

トルーマン・カポーティ(114x160)

★★★★
Truman Capote / George Plimpton
野中邦子 訳 / 新潮文庫 / 2006.8
ISBN 4-10-216251-8 【Amazon
ISBN 4-10-216252-6 【Amazon

カポーティの生涯を様々な人の証言から浮き彫りにしたオーラル・バイオグラフィ。南部での幼年期、『冷血』の成功、『叶えられた祈り』の挫折など、各人の発言を年代順に並べている。

賞賛あり批判あり裏話ありと、ゴシップ色が強くて面白かった。インタビューした人数は170人以上で、カポーティの生涯に合わせて発言が振り分けられている。通常の伝記はこれらのインタビューを咀嚼し、最大公約数的なものを採用して文章にするのだろうけど、本書はその工程を経る前の、生の素材がどかっと差し出されていて読み応えがある。生前のカポーティはつき合いが派手だったから、有名無名を問わず幅広い証言が採取可能だ。本書の場合、ミア・ファロー、ジョン・ヒューストンといった映画関係者、ノーマン・メイラー、カート・ヴォネガットをはじめとした作家連中など、知った名前がちらほら出てくる。アメリカ文化に染まった者として、ミーハー心をくすぐられたのだった。

カポーティは自分の体験から着想を得て創作している人だから、バイオグラフィを参照するとその元ネタみたいなのが分かって興味深い。上流社会に憧れた母の自殺によって、『叶えられた祈り』への道が切り開かれたなんてもの凄く劇的ではないか。伝記的事実から他人の内面を類推するのは、特に「嘘」を商売とする作家を対象にした場合、慎重に慎重を期すべきなんだと思う。けれども、何だかんだ言っても人は「物語」が好きだから、ついつい符合を見つけて溜飲を下げてしまう。フリークならではの孤独、浮き沈みの激しい人生、書けない作家の苦悩。本書はそれらを複眼的に捉えることで、物語好きのニーズに答えてくれている。

それにしても、若い頃のカポーティがアンドレ・ジッドに自分の写真を10枚送りつけたのってホントなのかね。ベッドで寝そべってるやつ。あと、カミュと寝たとか吹聴してるのが可笑しかった。カポーティの虚言癖は、誰もが認める彼の特徴のようだ。やっぱり天才肌の作家は、普段から想像力がほとばしってるんだなあと思う。

天才といえば、チビでホモで甲高い声を上げながら妖精のように歩き回るカポーティの振る舞いは、『アマデウス』【Amazon】のモーツァルトを想起させる。もしかしたら今から100年後あたりに、ゴア・ヴィダルをサリエリのポジション(天才に嫉妬する秀才)に置いた映画が製作されるかもしれない。カポーティとゴア・ヴィダルは痴情のもつれで仲が悪くなったとか、『叶えられた祈り』の企画は、カポーティを破滅させようとするゴア・ヴィダルが持ち込んだとか……。

>>Author - ジョージ・プリンプトン