2006.9b / Pulp Literature

2006.9.11 (Mon)

石川忠司『現代小説のレッスン』(2005)

現代小説のレッスン(98x160)

★★★
講談社現代新書 / 2005.6
ISBN 4-06-149791-X 【Amazon

現代の日本の純文学がエンタテイメント化していると主張。W村上や保坂和志、いしいしんじなどの実作に当たって論証を試みている。

近代文学の「かったるさ」の指摘には首を傾げたものの、いくつかの作品分析は視点が目新しくてなかなか刺激的だった。村上春樹の小説がメランコリーの原因を捏造していく構造にあるだとか、いしいしんじの小説が「理想によって現実の空間を占拠してしまう」児童文学の語法に意識的だとか、注目に値する論述が散見できる。いっそのこと、「文学のエンタテイメント化」という枠組みは放棄して、作品論で勝負したほうが良かったのではと思った。

あと、巷の評判通り、この本は日本語の「ペラい」に関する記述が凄い。

こうした短絡的な夜郎自大ぶり(引用者註: 阿部和重の小説に出てくる人物の言動を指している)は、欧米世界からナメられかえって自尊心を妄想的に逞しくし、あげく「八紘一宇」とか掲げて大陸侵略=領土拡張に乗り出したかつての大日本帝国にそっくりではないか。もちろんこれは偶然の一致などでは決してなく、いったんペラい日本語に依拠してしまえば、力み返った言葉遣い、度し難い妄想、観念的な領土拡張欲などなどは、もれなく自動的についてくると言ってかまわない。(p.167)

加地伸行の言語論と阿部和重の文体を結びつけてここまで飛躍するとは。欧米の帝国主義や大陸の中華思想、さらにチンギス・ハーンの世界征服などどう説明するのだろう……。

2006.9.12 (Tue)

ハロルド・ピンター『ハロルド・ピンター全集 3』

ハロルド・ピンター全集(109x160)

★★★
The Complete Workes by Harold Pinter, Vol.3 / Harold Pinter
喜志哲雄 小田島雄志 沼澤洽治 訳 / 新潮社 / 2005.12
ISBN 4-10-518002-9 【Amazon

3冊セットの全集の3冊目。収録作は、「ティー・パーティー」、「ティー・パーティー(短編)」、「ベースメント」、「クルス」、「試験」、「風景」、「沈黙」、「夜」、「ハンブルグにおけるスピーチ」、「昔の日々」、「独白」、「誰もいない国」の12編。

『ハロルド・ピンター全集 2』の続き。1965年以降の作品を収めている。作風は前衛的で分かりにくい方向にシフトしていて、以前ほどすんなり読めなかった。こういう難解な作品集こそ、一般向けの詳細な解説が必要だと思うのだけど、本書は全集のくせにそういった配慮がなくて残念だった。

以下、各作品について。

「ティー・パーティー」"Tea Party"

戯曲。会社社長が秘書を雇う。その後、懇意の女性と結婚し、妻とその兄を雇う。

いかにもアメリカって感じのワンマン社長が主人公。劇が進行するにつれて、彼の目も悪くなっていく。解題によると、これは性的能力の衰えを表しているらしい。ティーパーティーの最中に目隠しをするってのがよく分からないけれど、絵的にはかなり不気味だ。

「ティー・パーティー(短編)」"Tea Party"

小説。同名の戯曲の原型。

この小説は社長の独白体だから、前述の戯曲の捕捉情報として大いに参考になる。社長の孤独とかマッチョの悲哀とか。あと、女体観察がけっこうエロい。

「ベースメント」"The Basement"

戯曲。旧友が彼女を伴ってアパートにやってくる。

他人の家なのに旧友が主導権を握りはじめたから、こりゃ一波乱くるぜと期待していたら、案の定アイデンティティを揺るがすような展開になった。ピンターは何十年もよく飽きずに同じモチーフの再生産をやってるなあ。これが頑固な芸術家ってやつなのだろう。

「クルス」"Kullus"

「ベースメント」の元になった小説。18か19のときに書いたとか。

「試験」"The Examination"

「ベースメント」の元になった小説。「クルス」の10年後に発表している。

いつの間にかクルスに呑み込まれているという話か。相変わらず、部屋の持ち主と外来者の関係が描かれている。部屋というのは自分の領域であり、外来者はそれを脅かす存在であるみたいな。

「風景」"Landscape"

戯曲。カントリーハウスで男女が話をする。

前衛的な戯曲だった。舞台に上っているのは2人だけ。お互いがモノローグに終始して、話がまったく噛み合わないでいる。

「沈黙」"Silence"

戯曲。今度はモノローグとダイアローグの組み合わせ。3人の男女が話をする。

というわけで、これまた前衛的な戯曲。初心者にはきつい。

「夜」"Night"

戯曲。夫婦の会話。はじめて散歩したときのことを話す。

例によって2人の記憶が食い違っているものの、今回は致命的な方向には転ばず、幕引きは微笑ましい。

「ハンブルグにおけるスピーチ」"Speech: Hamburg 1970"

シェイクスピア賞受賞のスピーチ。理論を信用していないとか。

「昔の日々」"Old Times"

戯曲。家に妻の旧友がやってくる。

昔の日々が改竄されてるっぽい。

「独白」"Monologue"

戯曲。椅子に座っている男が、誰も座っていないもう一つの椅子に向かって話しかける。

「誰もいない国」"No Mans Land"

戯曲。3人の男が雑談する。

申し訳ないが途中でギブアップした。一向に話が見えてこなくて取っつきにくい……。

>>Author - ハロルド・ピーター

2006.9.13 (Wed)

米澤穂信『ボトルネック』(2006)

ボトルネック(108x160)

★★★★
新潮社 / 2006.8
ISBN 4-10-301471-7 【Amazon

崖から転落した少年がパラレルワールドに迷い込む。その世界には、自分の代わりに存在しないはずの「姉」がいた。

東野圭吾風のライトなパラレル小説。「姉」と行動を共にした少年は、自分の世界との様々な差異を知ることになり、そこからパラレルワールドならではの思わぬ事実に気づいてしまう。この小説はライトノベルらしいあっさりした作風であるため、深刻な葛藤を題材にしながらも、流れがスムーズでとても読みやすい。無駄のないタイトな小説というか、謎の出現による停滞をほどほどに切り上げ、人物も必要以上に掘り下げていない。普通のエンタメ小説だと、これらは枚数稼ぎのための退屈な手続きになりがちなので、本作は適度な薄さが好ましいと思う。

とことん陽性で頭のキレる「姉」の存在がポイントだろうか。快活な人柄が語り手の辛気臭さを打ち消しているし、頭が良いから物語をガンガン先に進めてくれる。さらに、その存在を利用したショッキングな展開も良い。本作はダメ人間小説(?)の新たな金字塔といっても過言ではないと思う。心理的な拠り所を揺さぶる手並みはかなりのものだ。

>>Author - 米澤穂信

2006.9.15 (Fri)

谷川流『涼宮ハルヒの溜息』(2003)

涼宮ハルヒの溜息(115x160)

★★★
角川スニーカー文庫 / 2003.9
ISBN 4-04-429202-7 【Amazon

SOS団(世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団)の面々が、文化祭に向けて映画撮影を行う。

『涼宮ハルヒの憂鬱』の続編。ウェイトレス姿の悩ましいカバーイラストである。インターネット普及の最大の功績は、こういう本を店頭で買わずに済むようになったことだろう。もう棚やレジで恥じらいをおぼえる必要はない。ネット通販万歳である。

この巻はあまり面白くなくて、文化祭準備の平板さもさることながら、一人称の話者の夜郎自大な語りがしんどかった。これは話者がいらついているという心理的バイアスとは別に、根本的に事物の認識が卑小すぎると思う。話者は勉強にもスポーツにも容姿にも秀でている様子はなく、またこれといった特技も持ち合わせていない。家が金持ちでもなければスクールカーストが高いわけでもなく、有り体にいえば平凡以下の高校生である。にもかかわらず、何故か根拠のない自信でもって周囲を見下していて、内心では友人たちをザコ呼ばわりしている。これは思春期特有の全能感、および視野狭窄を表しているのだろうか? だとしても、それを今更読まされるのはたまったものではなく、前作から続いた話者の立場、つまりぶつぶつ文句を言いながら快楽を享受する態度がますます嫌味に思えてくる。

一方、人物像の見直しを示唆する部分は刺激的で良い。長門・朝比奈・古泉は、それぞれ別の立場でハルヒに関わっているので、必ずしも利害が一致するわけではない。まだまだ謎も多く、ハルヒの定義を含めた世界存在の有り様が面白いと思う。とりあえず、評判の高い『涼宮ハルヒの消失』【Amazon】までは読む予定。

2006.9.20 (Wed)

ジョン・L・ブリーン他『シャーロック・ホームズ ベイカー街の幽霊』(2006)

シャーロック・ホームズ ベイカー街の幽霊(109x160)

★★
Ghosts in Baker Street / Jon L. Breen
日暮雅通 訳 / 原書房 / 2006.8
ISBN 4-562-04028-9 【Amazon

アンソロジー。ローレン・D・エルスマン「悪魔とシャーロック・ホームズ」、ジョン・L・ブリーン「司書の幽霊事件」、ギリアン・リンスコット「死んだオランウータンの事件」、キャロリン・ウィート「ドルリー・レーン劇場の醜聞、あるいは吸血鬼の落とし戸事件」、H・ポール・ジェファーズ「ミイラの呪い」、コリン・ブルース「イースト・エンドの死」、ポーラ・コーエン「"夜中の犬"の冒険」、ダニエル・スタシャワー「セルデンの物語」、ビル・クライダー「セント・マリルボーンの墓荒らし」、マイケル&クレア・ブレスナック「クール・パークの不思議な事件」、ケイレブ・カー「『確かに分析的才能はちょっとしたものだ』」、バーバラ・ローデン「『幽霊まで相手にしちゃいられない』か?」、ローレン・D・エスルマン「ホームズとのチャネリング」の13編。

「ゴースト」テーマのアンソロジー。探偵小説における超常現象は、得てして即物的な犯罪のカモフラージュとして使われがちである。そのため、同一テーマを集めたアンソロジーだと、古典的・類型的な話が多くなって飽きてしまう。本書の場合も、2〜3の例外を除いて今更な短編ばかりだった。

以下、各短編について。

ローレン・D・エルスマン「悪魔とシャーロック・ホームズ」"The Devil and Sherlock Holmes"

1899年。精神病院で不可解な出来事が起こった。ホームズがサタンを名乗る男と対決する。

近いうちに世界中が戦争の渦に飲み込まれていく、19世紀末の不吉な気運とマッチしていて面白かった。最後にワトスンが述懐するように、合理的精神の持ち主であるホームズが、サタンの冗談に対して意外な返答をするのも良い。★★★★。

ジョン・L・ブリーン「司書の幽霊事件」"The Adventure of the Librarian's Ghost"

旧家の図書室に幽霊が現れ、蔵書を移動させたりしているという。ホームズが謎を解く。

こういうのを読むと、メッセージというのは理解されなきゃ意味がないんだなあと思う。今回のケースなんか、ホームズが解読してやっと伝わっているわけだし。せっかくの仕掛けも相手のレベルに合わせなければ徒労に終わってしまう。★★★。

ギリアン・リンスコット「死んだオランウータンの事件」"The Adventure of the Late Orang Outang"

若き研究者からオランウータンの幽霊が出るという話を聞かされ、その後女性の飛び降り自殺騒動が起きる。

オーソドックスな幽霊譚。変化球がひときわ輝くのは、本作みたいな直球が引き立て役になっているからだろう。★★。

キャロリン・ウィート「ドルリー・レーン劇場の醜聞、あるいは吸血鬼の落とし戸事件」"A Scandal in Drury Lane, or The Vampire Trap"

劇場に幽霊が現れ、衆人環視のもとで消失した。

日常会話でシェイクスピアを引用するところがイギリスらしい。やはり紳士の基礎教養なのだろうか。そういえば、ジーヴスものも文学作品の引用が多かった。★★。

H・ポール・ジェファーズ「ミイラの呪い」"Sherlock Holmes and the Mummy's Curse"

ミイラの呪いで様々な事故を起きているという。

ワトスン君がフリーメイスンの親方(マスター・メイスン)だったのには驚いた。正典にそんな設定あったっけ? ★★。

コリン・ブルース「イースト・エンドの死」"Death in the East End"

死んだはずの女が生き返った。

ペスト穴というイギリスならではの設定を持ち出したところが面白かったかな。プロットは古典的過ぎていまいちだったけど。★★。

ポーラ・コーエン「"夜中の犬"の冒険」"The Adventure of the Dog in the Nighttime"

盲目の娘とその兄が失踪した。

霧のなかのロンドンとか、ガッティの氷室(北欧から仕入れた氷を貯蔵)とか、お国柄を感じさせる世界観は良かったものの、正直いってこの手の直球はお腹一杯だったりする。★★。

ダニエル・スタシャワー「セルデンの物語」"Selden's Tale"

『バスカヴィル家の犬』に登場したセルデン(ノッティングヒルの殺人鬼)の物語。ボーア戦争から帰ってきたセルデンが、バスカヴィル家で犬を目撃する。

視点はセルデンの一人称。ホームズやワトスンは出てこない。外伝みたいな趣向で、目のつけどころがいいなと思った。★★★。

ビル・クライダー「セント・マリルボーンの墓荒らし」"The Adventure of the St. Marylebone Ghoul"

夜の墓場でグールが死体を切断しているという。

おいおい、この幕引きは「"夜中の犬"の冒険」とほとんど同じじゃないか……。★★★。

マイケル&クレア・ブレスナック「クール・パークの不思議な事件」"The Coole Park Problem"

ホームズ&ワトスンがアイルランドへ。妖精が絡む不思議な事件に遭遇する。

シャーロック・ホームズ、ジョージ・バーナド・ショー、ウィリアム・バトラー・イェーツが夢の競演! アイルランドの奥地で「魔女」と出会う!! 何かイギリスから見たアイルランドみたいな偏りがすごい。迷信が跋扈する現代のワンダーランドというか。★★★。

ケイレブ・カー「『確かに分析的才能はちょっとしたものだ』」"Some Analytical Genius, No Doubt"

エッセイ。ホームズの特色やらコナン・ドイルの人生やら。

バーバラ・ローデン「『幽霊まで相手にしちゃいられない』か?」"No Ghosts Need Apply?"

エッセイ。サイキック探偵の系譜について。

ローレン・D・エスルマン「ホームズとのチャネリング」"Channeling Holmes"

エッセイ。パスティーシュとかホームズ愛とか。