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2006.9.22 (Fri)
▽アンドレイ・クルコフ『大統領の最後の恋』(2005)

★★★★
Poslednjaja Ljubov Prezidenta / Andrej Kurkow
前田和泉 訳 / 新潮クレスト・ブックス / 2006.8
ISBN 4-10-590055-2 【Amazon】
1人の男の人生の断面が平行して語られる。(1) 1980年代。将来の道が定まらない語り手が、結婚に失敗しつつ不良青年らしい生活を送る。(2) 2004年。経済副大臣の語り手が、精神病の弟の介護を通じて女と知り合う。(3) 2014年。ウクライナの大統領として諸事難題に当たる語り手の前に、移植された心臓の持ち主が現れる。
630ページもある分厚い本だけど、牽引力が抜群ですいすい読めた。軸となるのが大統領の日常を語った(3)の物語で、(1)(2)については、どうやって(3)まで辿り着いたのか? みたいな因果関係が興味の柱になる。具体的には、(1)で庶民生活を送る彼がいかにして出世の糸口を掴んだのか? という興味。また、(2)では結婚して妻が妊娠までしたというのに、(3)でその影すらないのは一体どういうことなのか? という興味。この小説は3つの物語が短いスパンで入れ替わりながら進行するため、先の展開が気になってページを捲る手が早くなる。
(3)で語られる政争がいちいちコミカルで笑ってしまう。たとえば、電力会社を牛耳っている政敵が、電気料金を国が滞納しているとして、大統領官邸への電力供給をストップさせるなんて日本じゃ考えられないだろう(おまけに料金の値上げも計画している)。またそれに対抗して、「安価な電力」を供給させる法案を、朝の4時に通すなんてのも常軌を逸している。ほかにも、ロシアと共謀してお互いの国の不穏分子を誘拐し合う「他人の手」作戦や、奇形的なじゃがいもが宗教に利用される「奇跡のじゃがいも」事件など、楽しいイベントが多くて飽きさせない。
ロマンスというのは大抵は予定調和でつまらないものだけど(偏見か?)、本作みたいに捻った構成だと不思議と面白く読めてしまう。特に(3)の恋愛は、(1)と(2)の経験が土台になっているわけで、これらが独立した物語として同時進行しながらも、不意に繋がりが露わになるところに驚きがある。過去と現在を少しずつ知るからこその効果というか。語り手の悲哀が浮き彫りになっていく様子といい、アイテムが横断して意外な局面を導く仕掛けといい、これは構成の勝利なんだなとつくづく思う。
2006.9.25 (Mon)
▼ヤスミン・クラウザー『サフラン・キッチン』(2006)

★★
The Saffron Kitchen / Yasmin Crowther
小竹由美子 訳 / 新潮クレスト・ブックス / 2006.8
ISBN 4-10-590056-0 【Amazon】
保守的な家庭に生まれながらも、自由を求めて故郷を飛び出したイラン人の女。イギリス人と結婚して娘をもうけた彼女だったが、過去への思いは断ちがたく、家族を捨てて40年ぶりに帰郷する。
「遙かな故郷と引き裂かれた恋人への思い」(*1)を謳っている。良くも悪くも女性作家らしい話で、読後は「熟年離婚」という言葉が脳裏をよぎった。自分の思いを充たすべくあっさり家族を捨てるところは、『人形の家』【Amazon】のノラを彷彿とさせるけれど、ただ本作のヒロインは動機をきっちり語っているので、トンデモ度はかなり緩和されている。イスラームという抑圧的な社会で送った少女時代の思い出――身分違いの悲劇的な恋に、自由を希求した憂いの日々――が回想される。この小説は女性の自立問題をしっかり押さえているので、フェミニズム批評的には評価が高そうである。
元恋人の造型があり得ないほど都合良すぎるのが気になった。まさか女と別れた後もずっと独身で、40年ものあいだ健気に童貞を守っていたとは(*2)。それ、何てファンタジーですか? 時を越えた一途な恋というのは、大抵は美談として読者の涙を誘うのだろうと思う。けれども、本作はヒロインの欲求を正当化させるために設定されており、読んでいていまいち釈然としない(夫がやたら物分かりがいいのも同様)。ハーレクィンの文法とまではいかないにしても、それに近い違和感がつきまとったのだった。
あと、レイプを切り札にしているのが引っ掛かった。処女の確認だけでもじゅうぶん屈辱的なのだから、それ以上の上塗りはかえって作為的に見える。かよわい女の子がレイプされたのよ? 衝撃的でしょ? と読者の情動に訴えかけているというか。「搾取される性」を強調する意図があったのかもしれないけど、物語を演出する手段としては短絡的で興醒めする。
……と、色々くさしてはみたものの、イランの生活のディテールや、ラストの墓参りの描写など、美点も少なくないので星は2つにした。今回に限っては、自分の読み方が著しく偏っているような気がする。是非とも他の人の感想を知りたい。
2006.9.28 (Thu)
▲アイリーン・ガン『遺す言葉、その他の短篇』(2004)

★★★
Stable Strategies and Others / Eileen Gunn
幹遙子 訳 / 早川書房 / 2006.9
ISBN 4-15-208760-9 【Amazon】
短編集。「中間管理職への出世戦略」、「アメリカ国民のみなさん」、「コンピュータ・フレンドリー」、「ソックス物語」、「遺す言葉」、「ライカンと岩」、「コンタクト」、「スロポ日和」、「イデオロギー的に中立公正なフルーツ・クリスプ」、「春の悪夢」、「ニルヴァーナ・ハイ」、「緑の炎」の12編。
河出書房新社の奇想コレクションにぴったりの短編集だった。歴史改変あり、サイバーパンクあり、童話風ありと、収録作の幅が広くて一筋縄ではいかないという印象。社会風刺について一部理解し難い短編があったものの、全体としてはそれなりに面白く読んだのだった。
以下、各短編について。気に入った短編には末尾に☆をつけた(12編中5編につけた)。
「中間管理職への出世戦略」"Stable Strategies for Middle Management"
中間管理職に出世すべく、昆虫の遺伝子を組み込んだ女性。
カフカの『変身』【Amazon】を彷彿とさせる内容だった。社員たちがそれぞれ人外の遺伝子を組み込んでいる。職場でありがちな理不尽さやフラストレーションが、SFならではの手法で浮き彫りになっていてなかなか良かった。☆。
「アメリカ国民のみなさん」"Fellow Ameicans"
ゴールドウォーターがJFK暗殺後の大統領を務め、ニクソンがテレビ番組の司会者をやっている世界。
これは政治批評的な意図でもって書かれた話なのだろうか。いまいちよく分からなかった。
「コンピュータ・フレンドリー」"Computer Friendly"
人間がコンピュータ・ネットの構成要員になっている世界。7歳の少女が親に言われるまま試験を受ける。それは中枢幹部になるための試験だった。
使えない人間は安楽死センターに送るという、極度に発達したシステム社会の歪みが恐ろしい。でもって、そんななかで少女が「時限爆弾」になろうとするラストが清々しい。
「ソックス物語」"The Sock Story"
コインランドリーでソックスの片方をなくした女性の物語。
喪失と回復をユーモラスに描いた掌編だった。
「遺す言葉」"Coming to Terms"
作家だった父の遺品を整理する娘。そこへ謎の少年が現れる。
何とこの死んだ作家はアヴラム・デヴィッドスンをモデルにしているとか。父の部屋にはたくさんのメモが貼ってあって、その精神を色濃く残している。父と娘の取り戻せない過去に、一筋の光を投げかけていて味わい深かった。☆。
「ライカンと岩」"Lichen and Rock"
ライカン(苔)と名づけられた女の子が、コイ目の生き物たちの学校に送られる。
童話風のファンタジー。内容は意外と重く、選択の余地もなく将来を決められるところは昭和の家庭を思わせる。これは団塊の世代と親和性が高いんじゃなかろうか。兄弟と再会してお互いの不平不満を言い合う場面なんて、現実にもけっこうありそうだ。☆。
「コンタクト」"Contact"
地球人と鳥人間のファーストコンタクト。
官能的かつ叙情的でかなり良かった。2人が邂逅して良い雰囲気になるのだけど、それがゆえに相容れない価値観が浮き彫りになるという。☆。
「スロポ日和」"What Are Friends For?"
地球に出向してきている異星人のスロポから、人類移住計画を聞かされる。
機知に富んだ話で面白かった。人類の危機を救うという壮大さと、ビールをおごってもらうという卑近さのギャップが良い。スロポの反応がアホ過ぎる(褒め言葉)。☆。
「イデオロギー的に中立公正なフルーツ・クリスプ」"Ideologically Labile Fruit Crisp"
タイトルのお菓子を作るためのレシピ。
「春の悪夢」"Spring Conditions"
雪山で死体に出くわす。
ホラー小説っぽいけどつまんなかった。
「ニルヴァーナ・ハイ」"Nirvana High"
レズリー・ホワットとの共作。超能力者の通う高校での生活。
コロンバイン高校の大量殺人事件の先駆けとなった小説らしい。風刺小説のようだけど、何を風刺しているのかさっぱりだった。90年代風のパンクな雰囲気が面白い。
「緑の炎」"Green Fire"
アンディ・ダンカン、パット・マーフィー、マイクル・スワンウィックとの共作。アイザック・アシモフ、ロバート・ハインラインを乗せた軍艦が、女海賊やらクラーケンやらに遭遇する。
ハードSFっぽい科学ネタに頭を痛めながらも、アシモフ、ハインラインが巻き込まれるナンセンスな危機を楽しんだのだった。