2006.10a / Pulp Literature

2006.10.1 (Sun)

マルセル・プルースト『失われた時を求めて 3 第二篇 花咲く乙女たちのかげに I』(1919)

失われた時を求めて〈3〉第二篇 花咲く乙女たちのかげに〈1〉

★★★★
A la Recherche du Temps Perdu / Marcel Proust
鈴木道彦 訳 / 集英社文庫 / 2006.5 / ゴンクール賞
ISBN 4-08-761022-5 【Amazon

語り手が愛しのジルベルトに会うべくスワン家に出入りするも、ひょんな誤解から2人の間に溝が生じてしまう。かくして語り手はスワン氏の轍を踏むことに。

全13巻ある文庫版の3巻目。『失われた時を求めて 2』の続き。この巻は、「スワン夫人をめぐって」の全編と、「土地の名・土地」の冒頭を収録している。

「スワンの恋」に続いて、今度は語り手が恋の奴隷になっている。人は恋をすると判断能力が鈍るのか、良かれと思ってやった行為が悉く裏目に出るのが痛々しい。たとえば、語り手はノルポワ氏にスワン家への紹介を依頼するのだけど、空気の読めない対応をして軽蔑の眼差しを向けられてしまう。また、スワン氏によく思われていないことを知った語り手は、誤解を解くべく長文の手紙を送るのだけど、かえってそれが彼の態度を硬化させてしまう。スワン氏が予想外の反応をしたことにショックを受けた語り手が、理屈っぽくうじうじ愚痴っているのが可笑しい。と同時に、こういったすれ違いは多くの人が共有する普遍的な経験だから、読者としてもまるで心中を見透かされたような居心地の悪い気分になってしまう。古今東西、人は異性が絡むと等しくマヌケになるものであり、本作は2巻に渡ってその滑稽さを活写している。

それは私が<時>の外に位置しているのではなくて、小説の作中人物だちとそっくり同じように<時>の法則に支配されているのではないか、ということだった。(p.121)

理屈のうえでは人は地球が回っていることを知っているけれども、実際にそれを感じることはない。人の歩く大地は動いていないように見え、私たちは平然とそこで暮らしている。人生における<時>もこれと同様だ。そして逃れ去る<時>を感じさせるために小説家はやむなく針の動きをめちゃめちゃに速めて、読者に二分間で十年、二十年、三十年を飛びこえさせる。(p.122)

『失われた時を求めて』ということで、たぶんこの小説は<時>が主題になると思うのだけど、第3巻になってその<時>がはっきり語られるのが興味深い。語り手は作家志望者だから、<時>を創作論に引き付けて解釈する。今後語り手はこの<時>に何を見出すのだろう。現時点ではまだまだ問題提起に留まっているので、続編で発展するだろう思索の行方が楽しみになる。

それにしても、語り手の人間観察はすごくシニカルでびっくりする。

おまけにスワンはオデットのことになると、ただ単に彼女の教育のなさが目にはいらなかっただけではなく、彼女の知性のお粗末さも見えなくなっていた。(p.198)

社交界の俗物だけでは飽きたらず、憧れのオデット(スワン夫人)にまで毒舌の刃を向けるとは! 著者の観察眼は人間心理の細かい綾まで捉えていて、その鋭さにはしばしばはっとさせられる。そして、人生への透徹した了解に基づいた、箴言の類も少なくない。プルーストって人は相当頭が回るんだなあと思う。

>>『失われた時を求めて 4』に続く。

>>Author - マルセル・プルースト

2006.10.3 (Tue)

村上春樹『東京奇譚集』(2005)

東京奇譚集(110x160)

★★★★
新潮社 / 2005.9
ISBN 4-10-353418-4 【Amazon

短編集。「偶然の旅人」、「ハナレイ・ベイ」、「どこであれそれが見つかりそうな場所で」、「日々移動する腎臓のかたちをした石」、「品川猿」の5編。

わだかまりが解けたり喪失感が癒されたりするメンタルヘルスな短編集だった。どれも前向きな終わり方をしていて後味が良い。

以下、各短編について。

「偶然の旅人」

村上春樹がゲイのピアノ調律師から聞いた偶然の物語。

黙っていても女の子が寄ってくる世界観に軽い目眩をおぼえながらも、今回はゲイの男性が主人公だったためさほど嫌味な感じはしなかった。偶然がほんのきっかけとして介在することで、ゲイ男性の人生がポジティブに変わる様子が描かれている。

壊れたものが修復されるような快感があって、読後はすっきりした気持ち良さが残る。が、途中でちょっと引っ掛かる場面があった。

「短いあいだに僕の人生はがらっと変わってしまったんだ。そこから振り落とされないように、なんとかしがみついているのがやっとだった。すごく怯えていたし、怖くてたまらなかった。そんなとき、他人に説明なんてできない。世界からずり落ちていくような気がした。だから僕はただわってもらいたかったんだ。そしてしっかり抱きしめてもらいたかった。理屈や説明やら、そんなものは抜きで。でも誰ひとりとして――」(p.36-7)

健全なる村上春樹のファンだったら、このセリフでぐらっと来なければおかしいのだろう。なぜなら、人生に怯えたことのない人間なんてまずいないからだ(いないよね?)。しかしながら、個人的には無防備な部分を見せて共感を誘うという手法が、どうにも安易に見えて白けてしまった。何というか、読者の涙を絞ろうという意図が少々露骨ではなかろうか。仮にこれが長編でもっとエピソードに厚みがあったのだったら、今回ほど気にはならなかったかもしれない。

なお、冒頭のジャズのエピソードには往時の煌めきが感じられる。細部の意外な発想がこの著者の魅力の原点だと思うので、今回の冒頭は大いに気に入った。★★★。

「ハナレイ・ベイ」

ハナレイ湾で息子を亡くした日本人女の物語。

2人組の頼りない学生サーファーが良い味出している。喪失感をユーモアで覆う役割にあるというか。彼らと関わることで前向きなラストへ。

「女の子とうまくやる方法は三つしかない。ひとつ、相手の話を黙って聞いてやること。ふたつ、着ている洋服をほめること。三つ、できるだけおいしいものを食べさせること。簡単でしょ。それだけやって駄目なら、とりあえずあきらめた方がいい」(p.78)

それにしても、こんなことを言う女なんて村上春樹の小説にしか出てこないだろう。★★★★。

「どこであれそれが見つかりそうな場所で」

私立探偵小説風の話。男が依頼によって失踪人捜しをする。

失踪人はマンションの24階と26階を結ぶ階段の途中で消失。男は依頼に対して絶対に報酬を受け取らない……。ポール・オースターを思わせる奇妙なシチュエーションだった。★★★。

「日々移動する腎臓のかたちをした石」

小説家の男(「糖蜜パイ」の主人公)が謎めいた女と知り合い親しくなる。

「あなたにはとくべつなものが備わっていると思う。(p.136)

一度でいいから言われたい。

「正しい答えが必要とされるときには、正しい答えを返すことにしている」(p.142)

一度でいいから言ってみたい。

……で、この小説は春樹節が全開だった。父によると、人生で意味のある女は3人しかいないという。今回の謎めいた女は果たしてその類なのか? 「日々移動する腎臓のかたちをした石」という作中作と、男の寂寥感がリンクしていてなかなかの佳品だなあと思った。★★★★。

「品川猿」

自分の名前を忘れてしまう女と、名前を盗む猿の話。

古典的な心理学をモチーフにしている。寓話っぽい図式的な内容で、骨組みばかりという印象があるけれど、それでも前向きなラストにはけっこうな心地良さをおぼえる。自殺した女はなぜ主人公に名札を預けたのか? という謎は後で考えておきたい。★★★。

>>Author - 村上春樹