2006.10b / Pulp Literature

2006.10.12 (Thu)

村上春樹『海辺のカフカ』(2002)

海辺のカフカ (上)(113x160)

★★★
新潮文庫 / 2005.3 / フランツ・カフカ賞
ISBN 4-10-100154-5 【Amazon
ISBN 4-10-100155-3 【Amazon

(1) 15歳の少年・田村カフカが、家出して四国の図書館に寄宿、超常的な事件に巻き込まれる。(2) 特殊能力を持つ老人・ナカタさんが、ジョニー・ウォーカーなるキャットキラーと対決する。その後は何かに導かれるように四国へ。

神話を語り直した寓話的小説。「父殺し」に「近親相姦」と、『オイディプス王』の構図を象徴レベルで達成し、事件を通して自閉的な少年が世界と向き合うことになる。血と闇が混在する禍々しい雰囲気に引き込まれたものの、随所に散りばめられた紋切り型の意匠がいまいちだった。エディプス・コンプレックスやアダルト・チルドレンなど、文学的なお約束がこれでもかと強調されている。現実から遊離した「夢物語」を経由し、現実の人生を悟らせるという試みは良かったけれど(*1)、時に人文科学への無批判な依存にもやもやと引っ掛かるものを感じた。

あと特に気になったのが、春樹ワールドを象徴する「風の音を聞け」というフレーズ。デビュー作から似たような比喩を用いているため、今では中身が抜けて空疎な響きしか残っていない。この手の言葉が出てくるたびに、実態のなさが浮き彫りになって場面が白けてしまう。これは早期に新しいレトリックを開発する必要があると思う。

と、ここまで文句をつけたけれど、だからといって本作はつまらないわけではない。作中には著者にしか出せない「匂い」が充満しており、それに慣らされた者としては、最後まで飽きずに読むことができる。著者はその独特の雰囲気で広範な読者を獲得しているわけで、芸術としての善し悪しはともかく、村上作品としてだったら上々と言えるかもしれない。実のところ、色々くさしている割にはさほど不満には思っていなかったりする。

>>Author - 村上春樹

*1: しかしこれ、現代文学のトレンドに無理矢理乗っかったような唐突さがある。現実に対して開いた物語=善、閉じた物語=悪みたいな価値観。まあ、ノーベル賞を獲るにはこれぐらいの戦略は必要なんだろうけど……。

2006.10.14 (Sat)

保坂和志『小説の誕生』(2006)

小説の誕生(111x160)

★★★★
新潮社 / 2006.9
ISBN 4-10-398206-3 【Amazon

文芸誌で連載された「小説をめぐって」の第二期。『ロクス・ソルス』や小島信夫、阿部和重などを引用している。全13項目。

これはちょっと説明するのが難しいな。本書は通常の評論のように筋道立った論証をしているのではなく、著者の確固たる小説規範を刀としてそれで試し斬りしているような内容。国内外を問わず(といっても国外のは翻訳本なんだが)色々な本から引用して考えを述べている。で、それらは別に構築的なものではなく、各トピックの独立性は極めて高い。従って、全体を通した統一体を云々というよりは、個別のトピックに深入りするような感じになる。つまり、全部読み終わってから感想を述べるのが困難な本といえるだろう。正直これを書いている段階で、著者が何を主張していたのか記憶が曖昧になっている。

自分の意にそまぬ価値観を引き合いに出し、それを強く「否定」することで足場を固める。こういう論法が散見されるのは、著者が小説家を生業としているからだろうか。小説家が小説論を書くということは、畢竟自作の商品価値を高める目的があるわけで、本書ではそうした底意に基づいた闘争的態度が良い意味で緊張感をもたらしている。

とりあえず、肝に銘じておきたい文章を引用。

小説というのはニ、三年かせめて四、五年も読んでいるうちに、ドストエフスキーとかフォークナーとかボルヘスとかカフカとかフローベールとかバルザックとか(私が書き並べる作家もしかし偏向しているが)大きな流れに行きあたって、そこからまた読書の新しい局面が開かれてくるはずなのだが、いまの日本の状況は、「いま書いている日本人作家」をただ横滑りしていくようになっているとしか見えない。(p.72)

確かに視野を広げるためにも流れを遡ることは重要なのだと思う。

2006.10.16 (Mon)

ガブリエル・ガルシア=マルケス『わが悲しき娼婦たちの思い出』(2004)

わが悲しき娼婦たちの思い出(112x160)

★★★
Memoria de mis putas tristes / Gabriel Garcia Margues
木村榮一 訳 / 新潮社 / 2006.9
ISBN 4-10-509017-8 【Amazon

90歳の誕生日を迎えた老人が、眠っている14歳の処女を夜な夜な愛でるようになる。ただし、ほとんど手は触れないし、会話をすることもない。

『眠れる美女』【Amazon】にインスパイアされた小説。今回はいつになく文章が流麗で(訳者を褒めたい)、たとえば書き出しには夏目漱石のごとき吸引力がある。

満九十歳の誕生日に、うら若い処女を狂ったように愛して、自分の誕生祝いにしようと考えた。(p.12)

こんな書き出しだから本作は耽美路線、ことによっては鬼畜路線を突っ走るのかとドキドキしていたのだけど、実際はわりと穏当な老境話だった。少女の睡眠時にしか部屋を訪れないという奇怪な状況のなか、老人は今までに関わってきた女たちの思い出を回想する。それは娼婦だったり、あるいは婚約者だったり。結婚をボイコットして以来独身を貫いているだとか、表向きは良識人のくせに実は娼婦と寝まくる性豪だったとか、彼の特異な生き様が明かされる。

この小説を読んで思ったのは、ラテンの女性はえらい野性的だということだ。原色のけばけばしい花みたいというか、独特の存在感としたたかさが脳裏に焼き付く。ガルシア=マルケスというと、『エレンディラ』に代表される摩訶不思議南米ワールドや、『愛その他の悪霊について』に代表される愛無き人間模様のイメージが強かった。なので、ポジティブな老境(何せ90歳が14歳に恋をする)を描いた本作を読んで、認識を新たにしたのだった。

>>Author - ガブリエル・ガルシア=マルケス

2006.10.17 (Tue)

村上春樹『アフターダーク』(2004)

アフターダーク(113x160)

★★
講談社文庫 / 2006.9
ISBN 4-06-275519-X 【Amazon

深夜から未明にかけての都市部を三人称のカメラが映していく。ファミレスで本を読む女、男に殴られる中国人娼婦、「あちら側」に吸い込まれるモデルなど。

犯罪者と一般人を隔てる壁が、思っていたほど高くないことに気づいた男。一夜にして中国人マフィアの復讐対象になった会社員。平凡な人生から転落して逃亡生活を送る女。人生の明暗の間にある陰影を、夜明けの風景と重ねて描出している。この小説は携帯電話やブラウン管といったアイテムの使い方が巧みで、「あちら側」と「こちら側」を繋ぐ回路として不穏な空気を漂わせている。たとえば、携帯電話の特性の一つに、第三者の介在の異質さが挙げられるけれど、本作はそれを活かして闇の深遠を覗くような場面を作っている。

登場人物が東野圭吾もびっくりの紋切り型なのが気になった。中国人娼婦にしても逃亡中の女にしても、語られる不幸はみなワイドショーの焼き直し。もともと著者はリアル社会の切り取りが苦手な作家で、だからファンタジックな意匠でそれを隠蔽していると思うのだけど、今回はどこにでもいそうな一般人を扱っているだけに、人物像の手軽さが目立っている。

>>Author - 村上春樹

2006.10.19 (Thu)

ポール・オースター『ティンブクトゥ』(1999)

ティンブクトゥ(111x160)

★★★★
Timbuktu / Paul Auster
柴田元幸 訳 / 新潮社 / 2006.9
ISBN 4-10-521711-9 【Amazon

流浪の詩人と仲睦まじく暮らしてきた犬のミスター・ボーンズ。その彼が、余命幾ばくもない詩人に送られ、新たな飼い主を求めて旅をする。

犬が主人公の小説。これは前半と後半でトーンが分かれるかな。前半はエキセントリックな詩人を中心とした喜劇で、色々とユーモラスな場面が続いていく。ユダヤ教徒のくせにサンタクロースの刺青をするとか(啓示を受けた!)、嗅覚や神学について独特の考察を繰り広げるとか(dogを逆さにするとgodだ!)。また、詩人は遺産を使い果たして放浪している困ったちゃんでもあるのだけど、しかし犬とは夢想の世界にまで及ぶ深い絆で結ばれている。で、「ティンブクトゥ」なる約束の地をキーワードにしつつ、彼らの絆が劇的に確かめられることになる。

詩人から離れた後半は、理知的な犬の目から眺めた人間世界が妙にリアルで読ませる。この小説はストーリーの起伏よりも場面の蓄積を重視した内容になっていて、形式としてはどことなく『吾輩は猫である』【Amazon】が思い出される(動物目線という安易な連想)。それでまあ、このタイプの小説の性なのか、結末には色々な意味で驚いてしまった。何というか、『猫』が念頭にあっただけになおさら意識してしまうというか。なるほど、そう閉じざるを得ないのだなあと変に納得したのだった。

それにしても、この小説は飼い主に思いを馳せる犬の健気さが堪らない。筋金入りの猫派も、一読して犬派に転向すること間違いないと思う。表紙の可愛いさも尋常じゃないし。

>>Author - ポール・オースター