2006.11a / Pulp Literature

2006.11.1 (Wed)

ジャック・リッチー『10ドルだって大金だ』(1960-)

10ドルだって大金だ(108x160)

★★★★
The Enormous $10 and Other Stories / Jack Richie
藤村裕美・他 訳 / 河出書房新社 / 2006.10
ISBN 4-309-80101-3 【Amazon

日本オリジナル編集の短編集。「妻を殺さば」、「毒薬で遊ぼう」、「10ドルだって大金だ」、「50セントの殺人」、「とっておきの場所」、「世界の片隅で」、「円周率は殺しの番号」、「誰が貴婦人を手に入れたか」、「キッド・カーデュラ」、「誰も教えてくれない」、「可能性の問題」、「ウィリンガーの苦境」、「殺人の環」、「第五の墓」の14編。

14編もあるのに外れが1編もない、安心して読める軽めの短編集だった。清濁併せ呑む作風というか、殺人を代表とするインモラルな出来事さえも、ユーモアを交えた淡々とした筆致で描かれている。

以下、各短編について。気に入った短編には末尾に☆をつけた(14編中7編につけた)。

「妻を殺さば」(1963)"The Green Heart"

中年のニートが財産目当てで結婚して3カ月、妻の毒殺を決意する。

魚ほどのやさしさか持ち合わせてない語り手がいざ毒を入手するのだけど、色々と横やりが入ってそれを処理していく。妻は妻で問題を抱えており、そこには意外な構図が隠れていたのだ。最後の無理矢理なオチには、良い意味で「おいおい」と突っ込みたくなった。☆。

「毒薬で遊ぼう」(1961)"Play a Game of Cyanide"

子供たちが青酸カリの粒を自宅のあちこちに隠した。警部補が彼らを追及する。

子供たちは大人を舐めくさったクソガキだし、母親は倫理観の欠落した非常識女だしで、青酸カリの捜索は困難を窮める。あの手この手を尽くす警部補と、ガキら一党のやりとりが面白い。オチもかなりキてる。☆。

「10ドルだって大金だ」(1960)"The Enormous $10"

検査官が銀行の金庫を調べたところ、10ドル余計に現金が入っていた。収支が合わないということで、経営者は従業員を疑うと同時にその10ドルをなんとかしようとする。

軽妙で捻りの効いた話だった。振り返ってみるとどうってことのない短編に思えるけれど、読み終わった瞬間はけっこう満足したような気がする。☆。

「50セントの殺人」(1967)"The Fifty-Cent Victims"

療養所に入院中の男が、患者をけしかけて殺人を代行させる。

親族をめぐる動機については、途中まで妄想なのか事実なのか分からなくて、一段落した後別種の狂気がほの見えるという。普通、療養所に住もうとは思わないぜ!

「とっておきの場所」(1961)"Pemains to Be Seen"

妻を殺した男が、敷地に死体を埋めたとして警察の捜査を受ける。

『女房の殺し方教えます』【Amazon】の例を引くまでもなく、いつだって夫は妻を殺したがっている。☆。

「世界の片隅で」(19??)"A Piece of the World"

伯父に誘われて現金強盗に手を染めた少年。素顔を見られて逃亡し、スーパーマーケットの秘密の場所に潜伏する。

伯父のずる賢さと少年の人の好さ。いつもの作風とは打って変わったシリアスな話だった。汚れた世界に咲く無垢の花って感じ?

「円周率は殺しの番号」(1965)"Queasy Does It Not"

男の住まいに女が訪問。殺人をネタに脅迫してくる。

こういう話こそ著者らしいんじゃないかな。期待通りのブラックなオチがついている。あと、騙す方の念の入った会話が痺れるね。☆。

「誰が貴婦人を手に入れたか」(1964)"Who's Got the Lady?"

「貴婦人像」という高価な絵画を奪取する計画が進められる。

よくあるタイプの話だけど、この著者の場合、細部の何気ないユーモアや見せ方が良くてそれなりに楽しめる。

「キッド・カーデュラ」(1976)"Kid Cardula"

ボクシングジムを訪ねてきた男は、超人的な怪力を持っていた。すぐさまボクサーデビューする。

謎めいた男は怪力を駆使して試合に勝ちまくる。正体を完全にはばらさず、ちらりちらりと断片を見せつけるホラー小説っぽい手口が良い。☆。

「誰も教えてくれない」(1976)"Nobody Tells Me Anythings"

開業したばかりの探偵のもとに奇妙な依頼。失踪した女に関する偽の調査報告書を提出してくれという。

探偵小説のパロティ。探偵の推理は大筋では当たっているものの、所々で愉快な齟齬が生じている。

「可能性の問題」(1977)"Variations on a Scheme"

刑事が殺人事件の容疑者から話を聞き、色々推理を巡らす。

これもパロディ。

「ウィリンガーの苦境」(1977)"The Willinger Predicament"

記憶喪失の男の依頼で、彼の身元を明らかにすることに。

素晴らしい。本書収録のなかではこれがベスト。荒唐無稽というべき意外な正体からさらに一捻りしている。いやー、はた迷惑だけど何とも微笑ましいね。☆。

「殺人の環」(1981)"The Connecting Link"

連続殺人事件。犯人から警察に挑戦状が送られてくる。

ミッシングリンクもの。この犯人、挑戦状の文面だと知的な自信家というイメージがあるけれど……。

「第五の墓」(1982)"The Fifth Grave"

墓に埋められた死体の謎。墓石が2つあるのに埋められた死体は1つしかない。しかも、70年前のものなのに棺桶すらない。

「可能性の問題」の裏返しみたいな話。

>>Author - ジャック・リッチー

>>KAWADE MYSTERY

2006.11.3 (Fri)

村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』(1994,95)

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編(112x160)

★★★★
新潮文庫 / 1997.9
ISBN 4-10-100141-3 【Amazon
ISBN 4-10-100142-1 【Amazon
ISBN 4-10-100143-X 【Amazon

「僕」と妻の静かな生活が、猫の失踪を機に一変する。超能力者の姉妹と出会ったり、ノモンハンでの凄惨な体験を聞かされたり、義兄である綿谷ノボルの悪徳を知ったり。

これは物語の膨らませ方がすごいな。というのも、本来ならよくある離婚問題に過ぎなかったのに、そこへ満州の記憶やら超常的な暴力やらが介在して、闇を見据える深遠な世界を形作っている。読み終わってから改めて振り返ると、これって不倫した妻が自分の不品行を兄のせいにして閉じこもってるだけやん! って思うのだけど、ひとたび作品世界にコミットすると、まるで人類の業を巡る迷宮のように感じてしまう。スピリチュアルな力を持った加納姉妹、ノモンハンを生き延びた間宮中尉、得体の知れない悪を抱えた綿谷ノボル。この小説では現実離れした人たちの身の上話が錯綜する。そして、彼らの体験が「夢」混じりの奇妙な世界観を支えている。この辺がさすが村上春樹といったところで、何でもない日常を非日常に作り替える手腕が素晴らしい。小説の魔力というのを存分に味わったのだった。

ところで、本作の人間関係は以下の組み合わせで役割が対応している。

  • 主人公と間宮中尉=井戸の体験、悪との対決
  • クミコと加納クレタ=家族内で孤立、綿谷ノボルの悪影響
  • 綿谷ノボルと皮剥ぎボリス=悪の象徴

彼我の領域が様々な局面で重なることで、話に立体感が出ているんじゃないかと思う。それと、彼ら以外にもシナモンやナツメグ、笠原メイといった癖のある脇役がいて、物語の壁は重層的になっている。この小説は隠喩や象徴が多いので、つい「解読」の誘惑に駆られてしまうけれど(少年が目撃した心臓のエピソードは何だったのだろう?)、しかし細かい辻褄合わせは木を見て森を見ない結果になりそうな気もする。とりあえず、読み終わったら何か理屈を捏ねたくなる内容であることは確かだ。

それにしても重ねていうけれど、この小説の核は夫婦関係の危機であり、表面的には個人の生活範囲で完結するささやかな事件のはずだ。通常だったら身も凍る暴力はおろか、命を賭ける冒険だって存在しない。それが本作では、半世紀前の惨劇にまで因果が及ぶのだから驚く。絶対的な「悪」が登場し、ヒロイックな救出劇を演じることになるのだから驚く。日常をねじ曲げる著者の想像力に改めて感心したのだった。

>>Author - 村上春樹

2006.11.5 (Sun)

有川浩『レインツリーの国』(2006)

レインツリーの国(103x160)

★★
新潮社 / 2006.9
ISBN 4-10-301871-2 【Amazon

ライトノベルの感想が縁でメールのやりとりを始めた20代の男女。親密になった彼らは実際に会ってデートをするも、女のほうに特殊な事情があることが判明する。

当初はお互いの間に意識の食い違いがあったものの、メールのやりとりを繰り返し、デートを重ねていくことで理解を深めていく。2人のコミュニケーションの過程は、同時に読者が普段気にも留めていない「事情」を知る過程でもあり、そこには啓蒙の匂いが感じられる。中盤辺りは取材した知識を読者に披露する、お勉強小説みたいなノリでとても退屈だったけれど、しかし峠を越えてからは様子が一変。相手の率直な指摘によって自らを省察する、成長小説のノリが大勢を占めるようになる。

異文化コミュニケーションみたいな試みは悪くないと思う。ただ、お互いを認め合うときのポイントが凡庸すぎて、「私たちって特別だよね」という了解にいまいち納得できないまま終わってしまった。たとえば、障害者に対する男の対応なんてあれが普通だと思うし、女が感心する機知もそれほど大したものではなく、読んでいるほうとしては何だか馬鹿にされているような気分になる。誠実な言葉に惹かれてメールを出すという話の導入部は素晴らしく良かったのに、その後の細かい部分が稚拙であまり釣り合ってないなと思った。

あと、全体を通して視点の取り方がぶれているのが気になる。この小説は人物を外面から見た三人称視点のはずなのに、ほとんどの場面が人物の内面から見た自由間接話法で書かれている(*1)。そのため、地の文で人名が主語として出てくると、ちぐはぐさが目について物語への没入を阻害されてしまう。この著者は今まで三人称の小説を書いたことがなかったのだろうか、と首を傾げたのだった。

*1: もちろん、メール部分のことではなく、通常の地の文のことを言っている。

2006.11.7 (Tue)

マイケル・カニンガム『星々の生まれるところ』(2005)

星々の生まれるところ(113x160)

★★★
Specimen Days / Michael Cunningham
南條竹則 訳 / 集英社 / 2006.10
ISBN 4-08-773449-8 【Amazon

ニューヨークの過去・現在・未来を描いた3章構成の小説。(1) 少年が工場で働き運命的な体験をする「機械の中」。(2) 女刑事が少年による自爆テロと関わる「少年十字軍」。(3) 人造人間と異星人が逃避行する「美しさのような」。

翻訳があまりに恣意的で慣れるのに時間がかかってしまった。どうも訳者は日本語に対して独自の美意識を持っているようで、本書では訳語の選択やルビの振り方に無用な個性が発揮されている。「高価(たか)いお金で買った」なんていうのはまだしも、「うつろな空間を凝視(みつ)めていた」とか、「彼女の双(ふた)つの乳房」とか、一般的な用法とは異なる漢字を当てられても困る。また、「一部始終」をわざわざ「一伍一什」と表記するところに、病的なナルシシズムを感じてうんざりしたのだった。何というか、拘りを持つのは勝手だけど、それを他人の小説で誇示されるのはとても不愉快で、頼むから翻訳で余計な自己主張をしないでくれと思う。良い訳者とは、黒子に徹する訳者のことを言うのだ。

内容はというと、本書は連作中編集のような趣。それぞれ異なる時代を舞台としながらも、各章には共通要素が散見されて変奏曲のような味わいがある。この小説は独特の不思議な雰囲気があって、それはたぶん主人公が何かに引き込まれていくプロットが、アメリカ社会の病んだ現実と、ホイットマンの意味深な詩に密着した形で進行するからだと思う。くわえて、人物名やアイテムの使い回しが、輪廻転生を無意識のうちに感じさせるというのもあるかもしれない。この辺の感覚はちょっと言葉にしづらいかな。

邦題に騙されてうっかり手に取るSFファンも少なくなさそう。念のため断っておくと、SFなのは未来を舞台にした「美しさのような」だけで、これには「ロボット工学三原則」らしきものが使われている。

2006.11.9 (Thu)

道尾秀介『シャドウ』(2006)

シャドウ(107x160)

★★★★
東京創元社 / 2006.9
ISBN 4-488-01734-7 【Amazon

小学5年の男の子が母を病気で亡くした。その後まもなく、今度は幼馴染みの母が病院の屋上から転落死する。

意外性があって面白かった。この小説は三人称多視点で進行するのだけど、主要人物の何人かは精神に問題を抱えていて、その言動が頭から信用できないようになっている。そして、彼らの怪しい動きと呼応するように、人間関係の破綻や謎めいた遺書の存在が明らかになり、物語は不穏な様相を呈していくことになる。

途中までは開示される真相が小粒だったので、こりゃ駄本かもなあと高をくくって読んでいったら、終盤にきて驚いてしまった。まさかライトな青春ミステリと思わせて、実は本格ものらしい血も涙もない世界を内包していたとは。「幻覚」の処理に物足りなさをおぼえたものの、世界変容のギャップの激しさに満足したのだった。

それと、この小説は空白ページの入れ方に工夫があって、ページを捲った瞬間はっと息を呑んでしまった。前章の末尾と連動した上手い仕掛けだと思う。