2007.1a / Pulp Literature

2007.1.3 (Wed)

中条省平『小説家になる! 芥川賞・直木賞だって狙える12講』(2001)

小説家になる!−芥川賞・直木賞だって狙える12講(113x160)

★★★★
ちくま文庫 / 2006.11
ISBN 4-480-42277-3 【Amazon

創作学校の講義をまとめた本。「物語の構造分析」、「神話に学ぶ」、「レトリックを習得する」、「海外ミステリーに学ぶ」、「黒豹を殺せ――『文学』することのかっこ悪さについて」、「ミーズ・アン・ナビームの技法」、「マンガに学ぶ」、「三島由紀夫の『月』を読む」、「岡本かの子の『鮨』を読む」、「川端康成の『眠れる美女』を読む」、「室生犀星の『蜜のあわれ』を読む」、「フロベールを読む」の12講。

『小説の解剖学』【Amazon】(未読)の続編。本書は記号学から説き起こした本格的な内容で、描写からレトリック、果てはテーマのレベルにまで踏み込み、小説の勘所を懇切丁寧に説明している。同じ著者の『文章読本』同様、分析の手つきには確かなものがあって信頼感は抜群。創作に役立つかどうかはともかく、鑑賞の奥深さを示した本としてすこぶる有用だった。

ところで、以下は「三島由紀夫の『月』を読む」からの引用。

ロマン主義の高揚にはイロニーの錘で釣りあいをとる必要がある。ロマン主義と言っても、ナルシシズムと言っても、文学への信頼と言ってもいいけど、自分が表現したいと思う魂の高揚とか美とか戦慄とかを信じて書く場合でも、やはりそれを相対化して見るのが、小説家として持つべき視点です。(p.221)

これは小説に限った話ではなく、エッセイにも書評にも日記にも適用できる、普遍的な話題ではなかろうか。たとえばウェブを巡回していると、時折とんでもなくナルシスティックなサイトに遭遇して、サブイボが出るほどの衝撃を受けることがある。そして、一時の茫然自失状態から回復した後、こう肝に銘じることになる。情報発信に当たってもっとも重要なのは、自意識に対する適度なバランス感覚であって、文章の上手い下手は二の次なのだと。ちょっとしたネットユーザーだったら、多かれ少なかれ同じような経験をしていると思う。

以下、巻末に載っていた「小説作法指南書ベスト10」。

  • 谷崎潤一郎『文章読本』【Amazon
  • 吉本隆明『言語にとって美とはなにか』【Amazon
  • 江藤淳『作家は行動する』【Amazon
  • 三島由紀夫「小説とは何か」(『アポロの杯』【Amazon】所収)
  • 丸谷才一『文章読本』【Amazon
  • 佐藤信夫『レトリック感覚』【Amazon
  • 丸山健二『まだ見ぬ書き手へ』【Amazon
  • ディーン・R・クーンツ『ベストセラー小説の書き方』【Amazon
  • H・R・F・キーティング『ミステリの書き方』【Amazon
  • デイヴィッド・ロッジ『小説の技巧』【Amazon

2007.1.7 (Sun)

コニー・ウィリス『最後のウィネベーゴ』(1986-)

最後のウィネベーゴ(100x160)

★★★
The Last of the Winnebagos and Other Stories / Connie Willis
大森望 訳 / 河出書房新社 / 2006.12
ISBN 4-309-62197-X 【Amazon

日本オリジナル編集の短編集。「女王様でも」、「タイムアウト」、「スパイス・ポグロム」、「最後のウィネベーゴ」の4編。

"Impossible Things"(1993)【Amazon】から4編を収録しているとのこと。

以下、各短編について。

「女王様でも」(1992)"Even the Queen"

科学によって女性の「解放」がなされた時代。女性判事の娘が、「サイクリスト」なる前時代的な思想にかぶれることになる。ヒューゴー賞、ネビュラ賞。

サイクリストと解放女性は月経を巡って意見が対立するのだけど、どちらも家父長制(男性社会)が仮想敵になっているのが面白い。月経を女性性の証と位置づける前者は理想主義、月経を無くして生活の質を上げたい後者は現実主義といったところだろう。前者の教条的な態度はまるで宗教のようで気持ち悪く、これだったらまだ後者のほうがマシに見える。

「家父長制」が相手を非難するための口実にしかなっていないのは、フェミニズムに付きまとう根本的な問題なのかもしれない。とりあえず、『ガープの世界』の項も参照。★★★。

「タイムアウト」(1989)"Time Out"

時間発振器の実験を軸にした中年たちのドラマ。

「中年の危機」というかったるい題材に、SF要素を絡めて巧みに料理している。遅すぎる出会いを果たした2人が、そして不確かだった記憶の断片が、時空を超えて劇的に繋がるのが良い。★★★★。

「スパイス・ポグロム」(1986)"Spice Pogrom"

日本趣味に彩られたスペース・コロニー「ソニー」を主な舞台にしている。同音異義語の理解に難のある異星人、そんな彼を賃貸マンションの一室に住まわせることになった女性。さらに、異星人を追ってコロニーにやってきた謎の男性。以上の3人を中心に話が進んでいく。

「タイムアウト」もそうだったけれど、この短編は舞台に特殊設定を用いたぶん、通常のドラマに妙な迂回路が生じて、独特の味を醸し出しているような感じがある。何せ、ロマンスの媒介になるのが異星人だもんなー。しかも、この異星人には面倒臭いキャラ付けがなされてるし。★★★。

「最後のウィネベーゴ」(1988)"The Last of the Winnebagos"

男性カメラマンがジャッカルの死体を発見したり、ウィネベーゴなる大型トレーラーの写真を撮ったり、昔飼っていた犬のことを思い出したりする。さらに、事情があって動物愛護協会に目をつけられる。ヒューゴー賞、ネビュラ賞。

現代のアメリカが舞台かと思っていたら、実は社会のルールが微妙に食い違っていて、その全貌が徐々に明らかになっていく。作品世界を彩る様々なレベルの喪失が、広漠とした大地にリンクしていてなかなか良い。また、犬の写真についての見解を伏線にしたラストも上手いなあと思う。ただ、いくら大事な飼い犬だったとはいえ(そして、それが最後の種だったとはいえ)、所詮畜生はどう愛しても畜生に過ぎないわけで、その存在を巡る生真面目な感傷にはいまいちついていけなかった。★★★。

2007.1.10 (Wed)

保坂和志『カンバセイション・ピース』(2003)

カンバセイション・ピース(112x160)

★★★
新潮文庫 / 2006.3
ISBN 978-4101449241 【Amazon

ローズが引退した年の東京都世田谷区。築50年の一軒家に暮らす中年夫婦と、その親戚、友人たちののどかで思索的な暮らしぶりを描く。

いわゆる「何も起こらない」系の小説。記憶と空間の関係を独自の感覚で掘り下げつつ、「物を知ってるのは俺たちだけ」みたいな香ばしい屁理屈を振り回している。国内ものには疎いので直観的な判断になるけれど、こういうのをセゾン系文学とでも呼ぶのだろう。作中にはバブル時代の精神的ブルジョワ趣味が野放図に広がっていて、その無自覚な選民意識に辟易したのだった。

何というか、語り手たちはハイソな世界に住む「あちら側」の人間で、その連帯の中にあっては、屁理屈が屁理屈として認識されていない。それどころか、自分たちの思考は世の中の一歩先をいっていて、凡人たちより正しい位置にいるんだみたいな優越感がある。特に森中とゆかりに対する態度は夜郎自大の極みで、人並みの繊細さを持っていたらまず鼻白むことだろう。というのも、2人は数少ない「こちら側」の人間(一般常識の世界で生きている人)なのだけど、何かにつけて「あちら側」の人間に見下されている。未熟者で知恵が足りないみたいな扱いを受けている。結局、「あちら側」の人間を批判するのではなく、逆にその選民意識を増幅させるために存在しているのだから堪らない。読み始めは森中がうざくてうざくて仕方がなかったのだけど、途中からは語り手一党のほうが小賢しく感じて、読み進めるのが大変困難だった。

文章はベテラン作家らしく達者な部類で、息の長いセンテンスは読んでいて心地が良い。また、情景に対する鋭敏な感覚はかなりのものだし、細かいイベント群を伏線的に絡める手つきや、五感に意識的なカメラワークも洗練されている。ハイソ気取りな思考の鬱陶しさに辟易しながらも、小説としての完成度の高さは認めざるを得ないわけで、考えれば考えるほど複雑な気分になる。