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2007.1.23 (Tue)
▽マルセル・プルースト『失われた時を求めて 5 第三篇 ゲルマントの方 I』(1921-22)

★★★★
A la Recherche du Temps Perdu / Marcel Proust
鈴木道彦 訳 / 集英社文庫 / 2006.8
ISBN 978-4087610246 【Amazon】
ヴィルパリジ侯爵夫人の紹介で、語り手一家はゲルマント家の敷地内に引っ越すことになる。兼ねてからゲルマント公爵夫人に想いを寄せていた語り手は、散歩の途上で待ち伏せしたり、友人に仲介役を頼んだりと、親密になるべくあれこれ手を尽くす。
全13巻ある文庫版の5巻目。『失われた時を求めて 4』の続き。この巻はかなり分厚くて、訳注、エッセイを含めて730ページもの分量がある。
『失われた時を求めて』では「ユダヤ人」と「同性愛」が重要なファクターになっているそうだけど、本書ではその一方である「ユダヤ人」、すなわち進行中のドレフュス事件が話題の中心になっている。ドレフュス事件とは何ぞや? というと、端的に言えばユダヤ人将校を襲った冤罪事件であり、ヨーロッパの反ユダヤ感情を象徴した政治問題である。この事件はサン=ルー侯爵が勤務する兵営のみならず、ヴィルパリジ夫人が運営するサロンでも俎上に上っていて、貴族たちは軒並み反ドレフュス派(ドレフュスの再審を拒否する立場)を標榜している。
前巻で異彩を放っていたあのシャルリュス男爵(ツンデレ)も反ドレフュス派、それも極めて熱狂的な反ドレフュス派である。語り手と2人きりになった男爵は、語り手と腕を組んで歩きながら(!)、己の人種差別的な見解を臆面なく披露している。その内容たるや、まるで現代日本のネット右翼みたいで驚くけれど、しかしこのシーンで重要なのは男爵のイデオロギーではなく、むしろ彼を遠巻きにする貴族たちの不自然な態度であろう。というのも、語り手が男爵と待ち合わせているのを知ったヴィルパリジ夫人は、男爵と会わないよう強く忠告していたし、また、語り手が男爵と2人きりでいるのを目撃したアルジャンクール氏は、以降語り手に対して含むような態度を貫いている。どうやらシャルリュス男爵には、周囲が距離を置くほどの重大な秘密があるようだ。読者としては今後の動向にますます目が離せない。
男ならだれでも知っていようが、女に金を払おうとして、相手から、「お金の話はやめましょう」と言われたとき、この言葉は音楽でいう「音のない一小節」に数えられるべきものだし、また後になって彼女から、「あなたにはひどく苦しめられたわ。あなたは始終、本当のことを隠していたわね。もう我慢できません」と申しわたされたら、これを、「もっとたくさんくれるパトロンがいるから」という意味に解さなければならない。(p.531-2)
この「ゲルマントの方」はシリーズの中でもとりわけ難物として有名らしいけれど、それでも上記のような警句がたくさん出てくるので、ここまで進んできた人なら最後まで飽きずに読めるだろうと思う。相変わらず語り手の表現能力はずば抜けていて、鋭い洞察に基づいた人物評や、機知に富んだ比喩表現が全編を彩っている。プルーストは頭のええやっちゃなあと感心することしきりだった。
>>『失われた時を求めて 6』に続く。