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2007.3.25 (Sun)
▽デイヴィッド・ミッチェル『ナンバー9ドリーム』(2001)

★★★★
Number 9 Dream / David Mitchell
高吉一郎 訳 / 新潮クレスト・ブックス / 2007.2
ISBN 978-4105900595 【Amazon】
孤児の少年・三宅詠爾が父親を捜すべく屋久島から上京する。東京という巨大機械のなかで足踏みする彼だったが、ひょんなことからヤクザ絡みのトラブルに巻き込まれる。
日本を舞台にしたイギリス小説。ブッカー賞の候補にもなったらしい。内容はかなり充実していて、久々に長編らしい長編を読んだ気分になった。消費社会と作中作と妄想臭さをミックスしたボリューム感は、まさにポストモダンを経由した現代小説の王道という感じ。働き蜂が巣くう銀行残高都市・トーキョーを舞台に、素人作家が残した童話、時空を越えた「回天」のエピソ−ド、そして村上春樹を彷彿とさせる理不尽な暴力が織り込まれる。新潮クレスト・ブックスってやたら分厚い本が多いけれど、本作は『大統領の最後の恋』に匹敵するほどの牽引力があって読みやすかった。
「お客様、東京の人ではないでしょう?」(中略)「分かりますよ。だって、東京のお客様は普通はATMに暴行を加えたりしませんから」(p.214)
東京のイメージが独特で面白い。まるで「女神転生」シリーズ【Amazon】のようなスタイリッシュなデジタル都市に仕上がっている。この辺がイギリス小説の強味なのだろう、登場人物はみな日本人とは思えないウィットに富んだ会話を繰り広げ、さらに「大人の街」にふさわしい如才のなさがステレオタイプとして浸透している。日本趣味でもなければ異国趣味でもない、高度にソフィストケートされた都市空間。本作の雰囲気が気に入った人は、ぜひ「女神転生」シリーズをプレイすべきだと思う。
欲望のあるところ必ず暴力あり。東京の暗部を司るヤクザたちは人を殺すのに躊躇がなく、強姦・処刑・臓器売買とあらゆる暴力の源になっている。その存在はいくぶん神話的で平板ではあるけれど、しかし平板がゆえにえげつなさが強調されていて、現実と夢幻が入り混じったような奇妙な迫力を生んでいる。一連の暴力の用い方に、村上春樹との親和性を感じたのだった(*1)。
2007.3.27 (Tue)
▼白石一文『どれくらいの愛情』(2006)

★
文藝春秋 / 2006.11
ISBN 978-4163254609 【Amazon】
短編集。「20年後の私へ」、「たとえ真実を知っても彼は」、「ダーウィンの法則」、「どれくらいの愛情」の4編。
日本の大衆小説にありがちな説教臭い内容だった。登場人物の口を借りて、著者の浅薄な人生観をみっともなく垂れ流している。文章は中堅作家らしく小慣れてはいるものの、プロットやキャラクターがお粗末なくらい類型的で、すべてがあるべき結論のための出来レースとして動いている。本書を読むのは拷問に等しかった。
以下、各短編について。
「20年後の私へ」
長尾岬は航空会社の代理店営業を担当するバツイチ39歳。人生の転機を迎える彼女のもとに、20年前に書いた手紙が届く。
テレビCM(大人になった私は幸せになってますかー?)から着想したと思しき陳腐な道具立てに、ヒロインを満足させる不自然かつあり得ない筋書き。後輩のダメ男が実は性格の良いイケメンで、彼はあたしのことを熱烈に愛していたの! また、ダメ男だと思ってたのは実は誤解で、彼にはやむを得ない事情があったの! ……はあ、アホか。★。
「たとえ真実を知っても彼は」
妻子持ちの編集者が妻からとんでもない告白を受ける。
この短編は連城三紀彦っぽくてなかなか面白かった。たすきがけのW不倫があまりにトンデモでも笑える。通俗小説ならではの作り物臭さが、今回に限っては良い方向に作用している。★★★。
「ダーウィンの法則」
独身女が妻子持ちの男と不倫する。女の父もかつて不倫していた。
著者の幼稚な倫理観が爆発した、ある意味で注目すべき短編。乳幼児を保育園に預けるのは、「生みっぱなしの責任放棄」なのだそうだ。スキンシップの大切さを説くのはまだしも、根底にある家族観が安倍晋三的なのがいただけない。★。
「どれくらいの愛情」
ぜんざい屋の社長とホステスの恋愛。
これはひどい。「目に見えないものの確かさ」とやらを表すために、江原啓之を彷彿とさせる怪しげな超能力者(スピリチュアル・カウンセラーってやつか?)を動員して、彼に長々と説教させている。しかも、超越者たる彼の予言はことごとく的中、必然的に主人公は「目に見えないもの」を信じるはめになる。
運命だか宿命だか知らないけれど、ここまで来るともはや文学ではなく宗教だろう。★。
2007.3.31 (Sat)
▲バリー・ユアグロー『たちの悪い話』(2005)

★★★
Nasty Book / Barry Yourgrau
柴田元幸 訳 / 新潮社 / 2007.2
ISBN 978-4105334048 【Amazon】
児童向けの掌編集。「両親」、「守護天使」、「ピーナッツの殻」、「ウッドロー」、「ゴースト・ストーリー」、「『僕の友だちビル』」、「妖精のお守り」、「Old&Warty」、「パンダ」、「奴隷」、「女子ホッケー」、「醜い」、「ココア」、「狼男の庭」、「奇妙なティーカップ」、「孤児」、「スケボー」、「毛抜き」、「プチン、プチン」、「ハッピー・バースデイ」、「ケーキ」、「サンドイッチ」、「列車」、「ピザ」、「煙霧」、「くすぐる」、「ブレース」、「チキン」、「昆虫店員」、「スーパーヒーローの店員」、「痛いです」、「そのうち思い知る」、「闇」、「ツリーハウス」、「ライバル兄弟」、「ロープ」、「海賊譚」、「ぶらつく」、「湖」、「ジャイアント・アドベンチャー」、「リアクター#2」、「星々」、「小鬼たちとその犯罪!」を収録。全43編。
タイトル通りのブラックな味わい。一見すると薄手の本ではあるけれど、児童向けとは思えないくらい文章(翻訳)が濃くて読み応えがある。わずか159ページにもかかわらず、半分読んだあたりでお腹一杯になった。
面白かったのは以下の6編。
「両親」"Parents"
裕福な家庭で暮らす少年が、両親から衝撃的な事実を告げられる。
しょっぱなから救いのない話でびっくりした。幼年期ならではの人生の落とし穴が、くっきりと浮き彫りにされている。お子様(幼稚園〜小学校低学年)が読んだらショックで眠れなくなりそう。
「ゴースト・ストーリー」"Ghost Story"
幽霊が女の子を脅かす。
女は残酷だから冗談でも脅かしちゃいけないよという話(違うか?)。いくら幽霊とはいえマニキュア除光液はきついだろう。いや、その前の洗濯機責めも酷いけど……。
「妖精のお守り」"Fairy Charm"
妖精から頼まれごとをされた少年が、父の反対を無視して妖精の国へ向かう。
童話にありがちなシチュエーションを嫌な方向に捻っている。少年漫画でもこの手の行き違いはよく見られるけれど、ただあれはあくまで「焦らし」であって、最終的には窮地を脱するからなあ。
「Old&Warty」"Old&Warty"
魔女がインターネットのチャットを使って少女に呪いをかける。
中世の伝説と最新のテクノロジーが融合した現代の恐怖話。理由のない悪意にちょっぴり戦慄をおぼえる。
「奴隷」"Slave"
ライオンを奴隷扱いする少年。
確か『グリム童話』にもあったな。無知がゆえに恐れを知らない男の話(「こわがることを習いに出かけた男の話」KHM 4)。あちらはハッピーエンドだったけれど、ブラックが売りの本作は……。
「小鬼たちとその犯罪!」"Goblins and Their Crimes!"
売れない純文学作家が、小鬼の登場する児童書を書いてひとやま当てる。ところが……。
児童書なんてちょろいもんだぜ! と有頂天になる作家と、あることないこと書かれた! と復讐をはかる小鬼たち。「足の親指を切り落として代わりにドングリをくっつけ」るなんて、いかにも森の生き物らしい発想で微笑ましい。
関連サイト。