2007.5c / Pulp Literature

2007.5.27 (Sun)

カレル・チャペック『ロボット』(1920)

ロボット(100x140)

★★★
R. U. R. / Karel Capek
千野栄一 訳 / 岩波文庫 / 2003.3
ISBN 978-4003277423 【Amazon

営利企業が安価な労働力を提供しようと、人間によく似たロボットを大量生産する。ロボットの普及によって労働から解放された楽園が築かれるかと思いきや、自我に目覚めたロボットたちが人間相手に反乱を起こすことになる。

『フランケンシュタイン』【Amazon】は人造人間の孤独を描くことで、逆説的に人間の孤独までをも射程に収めていた。それに対して本作は、ロボットと人間の捻れた関係を描くことで、人間にとっての労働のありようを問い質している。この戯曲は「ロボット」という言葉を世界中に広めたそうだけど、何というか思っていた以上にキリスト教臭くてびっくりしてしまった。神が人間を作ったとか、人間は労働することで花開くとか、ロボットの創造によって天罰が下ったとか、そういう聖書的な価値観が物語の基盤になっている。『幼年期の終り』【Amazon】でも人類は一時的に労働から解放されていたけれど、どうやらキリスト教圏の人たちにとって労働とは特別な概念であるらしい。あの小説では、生き甲斐がなくなったという理由で何人かが自殺をはかっていたのだった。

人間が人間を作り出す禁忌については、他のフィクションでもお馴染みなので特に言うことはないかな。人造人間の魂をめぐる問題は、人類の永遠のテーマなのだと思う。ただ、この戯曲はかなりロマンチックな仕上がりになっていて、聖書を持ち出して生命賛歌に落とし込んだときはさすがに面食らってしまった。

2007.5.31 (Thu)

パトリック・マグラア『失われた探検家』(1988-)

失われた探険家(102x160)

★★★★
The Lost Explorer and other stories / Patrick McGrath
宮脇孝雄 訳 / 河出書房新社 / 2007.5
ISBN 978-430962198-2 【Amazon

日本オリジナル編集の短編集。「天使」、「失われた探検家」、「黒い手の呪い」、「酔いどれの夢」、「アンブローズ・サイム」、「アーノルド・クロンベックの話」、「血の病」、「串の一突き」、「マーミリオン」、「オナニストの手」、「長靴の物語」、「蠱惑の聖餐」、「血と水」、「監視」、「吸血鬼クリーヴ あるいはゴシック風味の田園曲」、「悪臭」、「もう一人の精神科医」、「オマリーとシュウォーツ」、「ミセス・ヴォーン」の19編。

『血のささやき、水のつぶやき』【Amazon】の13編に、未収録短編を6編追加したとのこと。創作科の授業の素材になりそうな、周到な語り口の短編が多かった。

以下、各短編について。気に入った短編には末尾に☆をつけた(19編中10編につけた)。

「天使」"The Angel"

ニューヨークの作家が親しくなった老人から天使の話を聞く。

粘液を思わせる熱気が夢魔のように都市の裸体にへばりつき、人間の活動が肉体と食物との怠惰な交易にまでおとしめられ、その一方がもう一方を貪り、かつ排泄して、どうにか正気を保っている器官のすべてが夏眠を貪るマンハッタンの夏の盛り。(p.8)

ゴシック小説の肝はスケッチにあるのだなあと思った。上記以外にも老人の外見や天使の生々しさなど、ここぞという時に濃い表現が仕込まれている。

語り手の天使への興味関心と、現実の殺人事件が微妙にシンクロしているのが面白い。語り手が乗り気だった当初は吸血鬼という幻想が持ち出されていたのに、ひとたび心が離れるとそれは麻薬取引という即物的な事件に変貌してしまう。前景と背景を組み合わせた心理描写が地味に効いていると思う。これがクリエイティブ・ライティングってやつか。☆。

「失われた探検家」"The Lost Explorer"

12歳の少女が住むロンドンの自宅の庭に、小さなテントと行方不明の探検家が出現。熱病に冒された彼は自分がコンゴにいると思い込んでいた。

少女と探検家のちぐはぐな邂逅もさることながら、ラストの幻影的な光景が素晴らしい。少女は成長し、探検家は心のやすらぎを得る。☆。

「黒い手の呪い」"The Black Hand of the Raj"

1897年春。若い女性が婚約者と会うべくインドへ渡る。ヘルメット帽を被った婚約者は黒い手の呪いにかかっていた。

植民地時代のインドは神秘的で良いね。当時はダルシム(日本のヨガブームの火付け役)みたいなのが普通にいたのだ。☆。

「酔いどれの夢」"Lush Triumphant"

アル中の画家が妻と別れる。また、画家は牡牛の絵を描いている。

13歳くらいの男娼が登場して重要な役割を果たす。なぜか『ヴェニスに死す』を連想したのだけど、表面的なストーリーは全然違ってたりする。芸術家、美少年、同性愛という耽美な組み合わせのせいか。

「アンブローズ・サイム」"Ambrose Syme"

パブリック・スクールに勤める老神父アンブローズ・サイムについて。

敬虔な神父の内には押さえきれないほどの性欲が渦巻いていた。性欲を創作に転化することで暴発を防いでいたのだから神父やるのも大変である。本当に抑えたいんだったら去勢するしかないのだろうな。

「アーノルド・クロンベックの話」"The Arnold Crombeck Story"

女性記者が獄中の連続殺人犯にインタビューする。

殺人を芸術と呼んで憚らない知的な怪物の話。イギリス人とアメリカ人の対比が終盤まで尾を引いていて面白い。

「血の病」"Blood Disease"

コンゴ帰りの男が宿屋に泊まる。そこでは血の儀式が行われていた。

吸血鬼! 吸血鬼! 吸血鬼! 中世の異端な人たちが現代に甦ったようなイメージ。昔だったらこういう輩は「魔女狩り」と称して火炙りにされていただろう。

「串の一突き」"The Skewer"

自殺した叔父の日記を紹介する語り手。叔父は15インチのフロイトに遭遇していた。

精神分析的な視点を逆手にとった短編。双子が出たら要注意だね。☆。

「マーミリオン」"Marmilion"

舞台はアメリカ南部。写真家の女性がマーミリオンという朽ち果てた屋敷の歴史を調べる。

これは素晴らしい。沼沢地の屋敷で陰惨な愛憎劇が演じられるのだけど、その救いのないドロドロ具合に古き良きゴシック魂を感じる。かつて栄華を誇った屋敷も、当主の努力虚しく崩壊してしまう。☆。

「オナニストの手」"Hand of a Wanker"

ナイトクラブに何者かの「手」が出現、客に襲いかかる。その後、手の持ち主がやってきて身の上話をする。

ワンアイディアの良い意味で馬鹿馬鹿しい話。自慰行為に罪悪感をおぼえて手を切り落とすなんてさすがカトリックである。☆。

「長靴の物語」"The Boot's Tale"

核シェルターに避難した一家を長靴が観察する。

この著者の小説を読むと、語りの力というものを意識せざるを得ない。ゴシック的な世界観にしても、閉鎖空間の異常性にしても、それを支える語りに魅力があるから読ませるのだ。☆。

「蠱惑の聖餐」"The E(rot)ic Potato"

蠅の一人称小説。

昆虫たちの生態と、<蠱惑の聖餐>のグロテスクな姿。☆。

「血と水」"Blood and Water"

舞台は1936年のイングランドの屋敷。病気の妻を巡って当主と医師が対立する。

スプラッタと両性具有と精神異常が入り混じるいかにも耽美趣味って感じの小説。

「監視」"Vigilance"

刑務官志望の学生が不道徳な講師を監視する。

これは語り手が歪んでいて面白いなあ。肥満体を嫌ったり食べ物に拘ったりする潔癖症で、なおかつモラル回復への偏執的な意志を抱いている。何かやらかすんじゃないかという期待でドキドキワクワクしたのだった。☆。

「吸血鬼クリーヴ あるいはゴシック風味の田園曲」"Cleave the Vampire, or, A Gothic Pastorale"

薬を服用中の語り手が、娘の友だちを吸血鬼だと思い込む。

神が人の妄想から生まれたように、吸血鬼も所詮は人の妄想に過ぎない。友人の娘が妄想性精神障害で牧師を斬り殺したとかあって、否が応にもおどろおどろしさが増している。

「悪臭」"The Smell"

博物館員の語り手に原因不明の悪臭が襲いかかる。

精神に異常を来した人の一人称は面白い。著者みたいに強靱な語りの力を持っている場合は尚更である。でも、こういうのを「信頼できない語り手」と呼ぶのは何か違うような気がするんだよね。もっと後ろめたい、恣意的な語りを期待してしまうというか。☆。

「もう一人の精神科医」"The Other Psychiatrist"

精神科医が女性患者に執着する。

思い込みの激しい精神科医の一人称。例によって歪んだ語り口が読ませる。ただ、正直この傾向の作品は飽きてきたかな……。

「オマリーとシュウォーツ」"O'Malley and Schwarts"

バイオリンの名手だった浮浪者が、駅で女に猥褻行為をする。

オルフェウスの物語を下敷きにしているとのこと。

「ミセス・ヴォーン」"Mrs. Vaughn"

『愛という名の病』の一部らしい。全然覚えてなくて何が何やらだった。