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2007.6.13 (Wed)
▽マルセル・プルースト『失われた時を求めて 7 第四篇 ソドムとゴモラ I』(1922-23)

★★★★
A la Recherche du Temps Perdu / Marcel Proust
鈴木道彦 訳 / 集英社文庫 / 2006.10
ISBN 978-4087610260 【Amazon】
ゲルマント公爵夫妻を待ち伏せしていた語り手は、シャルリュス男爵と仕立屋ジュピアンの鮮烈な出会いを目撃する。その後は2度目のバルベック滞在。アルベルチーヌと親密になるも、ふとしたことから彼女がレズビアンではないかという疑惑を持つようになる。
するとジュピアンの方はたちまち、それまで常に私の知っていたへりくだった善良そうな様子を失って――男爵と完全に釣合いのとれた形で――頭をしゃんと立て、上体を引き立たせるような格好で、グロテスクなほど無遠慮に一方の拳を腰にあて、尻を突き出し、願ってもない幸運でたまたまやって来たマルハナバチに対し蘭の花がやるかもしれないような、なまめかしいポーズをとるのだった。(p.24)
全13巻ある文庫版の7巻目。『失われた時を求めて 6』の続き。この巻はのっけからのBL展開に驚いた。ゲイはゲイを見抜くという俗説はどうやら真実だったようで、貴族のシャルリュスと庶民のジュピアン、初対面であるはずの2人がお互いの嗜好を瞬時に認め、まるで小動物のような無言の求愛行動をとっている。書影のイラストは、右のジュピアンが左のシャルリュスを誘惑している、上記引用の場面を描いているのだろう。思えば、シャルリュスが「男らしさ」に執着していた(4巻を参照)のは、本性である女らしい内面の反動だったのだな。そして、ヴィルパリジ夫人がシャルリュスと2人きりで会わないよう強く忠告していた(5巻を参照)のは、語り手をソドムの男から守るためだったのだ。なるほど、これでシャルリュスがツンデレだったのも納得できる。行為の後ジュピアンに漏らしたように、彼は語り手に夢中だったわけだ。
一方、この巻はバルベックで花開いたゴモラの世界も見所である。「花咲く乙女たち」として鮮烈なデビューを果たしたアンドレとアルベルチーヌ(4巻を参照)は、ダンスのどさくさに紛れてお互いの乳房をくっつけていた。既に語り手はアルベルチーヌと恋の駆け引きをするまでに至っていたのだけど、ここにきて急遽レズビアン疑惑が浮上する。問いつめる語り手に、否定するアルベルチーヌ。彼女の断固たる態度を前に一応は仲直りしたものの、今度は見知らぬ若い美女がアルベルチーヌに熱い視線を送ってくる。どうやら2人の間には何か特別な思い出があるようだが……。
遂に正体を現したシャルリュス男爵はいったいどこへ向かうのだろう。また、アルベルチーヌの疑惑はどう決着するのだろう。今後の展開が楽しみである。
追記。シャルリュス男爵の初登場は第4巻だと思っていたら、実は第2巻の「スワンの恋」で既に顔見せしていたことが判明。今の今までまったく気づかなかった。これは後で読み返さなければならないなと思う。
>>『失われた時を求めて 8』に続く。
2007.6.16 (Sat)
▲キャロル・エムシュウィラー『すべての終わりの始まり』

★★★
The Start of the End of It All / Carol Emshwiller
畔柳和代 訳 / 国書刊行会 / 2007.5
ISBN 978-4336048400 【Amazon】
日本オリジナル編集の短編集。「私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない」、「すべての終わりの始まり」、「見下ろせば」、「おばあちゃん」、「育ての母」、「ウォーターマスター」、「ボーイズ」、「男性倶楽部への報告」、「待っている女」、「悪を見るなかれ、喜ぶなかれ」、「セックスおよび/またはモリソン氏」、「ユーコン」、「石造りの円形図書館」、「ジョーンズ夫人」、「ジョゼフィーン」、「いまいましい」、「母語の神秘」、「偏見と自負」、「結局は」、「ウィスコン・スピーチ」の20編。
少しSF入った奇想コレクションっぽい作風。「ウィスコン・スピーチ」によると、著者は日常を異化するために短編小説に取り組んでいるという。全体的な傾向としては、女性を主人公にしたフェミニンな短編が多かった。
以下、各短編について。気に入った短編には末尾に☆をつけた(20編中3編につけた)。
「私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない」"I Live with You and Don't Know It"
物理法則を微妙に無視した得体の知れない語り手が、自分によく似た女(あなた)にまとわりつく。
これは傑作。いわゆる「信用できない語り手」の極限形ではなかろうか。シャンプーを使ったり、物を動かしたり、語り手は「あなた」の部屋に存在の痕跡を残すのだけど、どうやら「あなた」は語り手をはっきりとは認識していないようで、幽霊みたいな気配だけを感じている。「あなた」に似ていると自称する語り手。「あなた」に男の世話をする語り手。いったい語り手は何者なのだろう? 一人称の語りによってその存在だけが示されている。
てっきり背後霊か二重人格を予想していたら、そういうのを超越したオチだったのが良かった。物語ることで話者の実存が保証されるという、一人称の常識を逆手にとったやり口が面白い。☆。
「すべての終わりの始まり」"The Start of the End of It All"
地球人の女が他の惑星から来たと思しき人外の者らに協力する。まずは猫を除去しなければならない。
何で猫やねんと思っていたら、奴らは魚から進化していたのか。意外とかわいい。
「見下ろせば」"Looking Down"
自らを人間と称する有翼人種の語り手が、半人間(ハーフ・ピープル)に身柄を拘束されて神と崇められる。
空をすいすい飛ぶ語り手は、鳥とヘビと猫の三位一体。でもって彼を崇拝する半女(ハーフ・ウーマン)がいて、彼女とねんごろな関係になる。常に見下ろしていた語り手が、あることに気づいて「真実」を告げるラストがなかなか。なるほど、"Looking Down"はダブルミーニングだったのだ。☆。
「おばあちゃん」"Grandma"
語り手の祖母は若い頃凄腕の救助人だった。
語り手は「選択的飼育」によって生まれた孫のなかの1人。しかし、体が弱くて救助人としては大成できなさそう。今回出てくるのはみんな人間(だと思う)だけど、社会通念が微妙に我々のものとは異なっている。全体的に本書は、日常から弱冠ズレた独自の世界観を自明のものとして提示しているのが面白い。そのズレのなかから人間の良い部分を抽出しているわけだ。
「育ての母」"Foster Mother"
ライ豆2個大の脳みそを持った生物を育てる。
エイリアンといっても言葉が通用してるからねー。
「ウォーターマスター」"Water Master"
共同体を代表するウォーターマスターは、みんなから水の供給を期待されている。
ウォーターマスターっていうのは古代の巫女や神官みたいな存在。水が供給できているうちは良いけれど、ひとたび旱魃があるとその責任を負わされる。理不尽な状況設定のなかでのロマンスが秀逸。☆。
「ボーイズ」"Boys"
幼い子供を連れ去って兵士に育て上げる男性たち。それを阻止しようと武装蜂起する女性たち。
これも独自の設定下でのロマンス。内戦下のアフリカを想起させる。微妙に倫理観のずれた世界では、何が起こるか分からないからドキドキするね。威嚇射撃からヘッドショットに移行したときは本気でびっくりした。
「男性倶楽部への報告」"Report to the Men's Club"
男性倶楽部に入会した女性の挨拶文。
いかにもフェミニストが書きそうな内輪受けの諷刺作品って感じでいまいちだった。
「待っている女」"Woman Waiting"
空港で待つ女。
よく分からんかった。
「悪を見るなかれ、喜ぶなかれ」"See No Evil, Feel No Joy"
原始的共同体から逃げ来てた女。
要所要所で童謡を引用して、それに沿って女が物語っていく。件の共同体は文明から隔絶されているらしく、男女は交尾小屋で、なおかつ親しくない相手とセックスしている。また、言葉も話せない。
「育ての母」以降、フェミニンな短編が続いていてちょっと食傷気味。
「セックスおよび/またはモリソン氏」"Sex and/or Mr. Morrison"
女がモリソン氏の部屋に忍び込んで待ち伏せする。
ビックサイズのモリソン氏には秘密があったという話。
「ユーコン」"Yukon"
出奔した女が洞穴で熊と一緒に暮らす。
男ってやつあ、人間も熊も一緒ってことかい。出産してから何日も帰ってこなくなる熊に、人間の男を重ねるところが面白いね。熊のほうは春先だから当然なんだけど、女からすると夫を連想してしまうという。
「石造りの円形図書館」"The Circular Library of Stones"
老婆が図書館で石を拾うも……。
いわゆる「信用できない語り手」による一人称。同じ系統でもパトリック・マグラアよりこちらのほうが上手いように思える。主観と客観の齟齬、そして自分の意志ではどうにもならない事態の推移にぞくっときた。
「ジョーンズ夫人」"Mrs. Jone"
オールドミスの姉妹が、コウモリに似た生き物を捕獲して地下室に監禁する。
処女のグロテスクな情念を堪能。生き物のペニスがでかいとか書いてあったからエロいのを期待した。結果はまあまあだった。
「ジョゼフィーン」"Josephine"
男が消えたジョゼフィーンを探す。ジョゼフィーンは綱渡りする老婆。
困難な状況下における老人たちのロマンス。
「いまいましい」"Abominable"
未確認生物の研究班。
よく分からんかった。
「母語の神秘」"Secrets of the Native Tongue"
女のもとに言語学者宛ての招待状が誤って届いた。言語学者に成り済ましてシンポジウムに参加する。
これも「信用できない語り手」による一人称。付け焼き刃でおぼえたソシュールやら何やらの引用で乗り切る。でもって、終盤で語り手の自己認識(あるいは意図的な隠蔽?)が剥ぎ取られていく。
「偏見と自負」"Prejudice and Pride"
『高慢と偏見』【Amazon】のパロディのようだけど、原典が未読なのでよく分からなかった。
「結局は」"After All"
女性作家が抱える中年の危機。
これもよく分からんかった。
「ウィスコン・スピーチ」"WisCon Speech"
フェミニストSF大会でのスピーチ。
これだけノンフィクション。和洋問わず昔の女の子は、「男の子の欠陥品」として扱われていたようだ。笙野頼子も同じこと言ってたし。
2007.6.20 (Wed)
▽リチャード・パワーズ『囚人のジレンマ』(1988)

★★★★
Prisoner's Dilemma / Richard Powers
柴田元幸 前山佳朱彦 訳 / みすず書房 / 2007.5
ISBN 978-4622072966 【Amazon】
変わり者の父を中心としたホブソン家の物語。戦争末期に徴兵された父は復員後発作を起こすようになり、迷路と化した心の奥にひきこもって周囲を困惑させている。原因は何なのか? 父の謎を焦点にしつつ、戦時中のウォルト・ディズニーの物語が挿入される。
作中で引用された『素晴らしき哉、人生!』【Amazon】よりも、歌野晶午の『女王様と私』に近いと思ったのは気のせいだろうか。いや、確かに世界のなかの個人という問題意識が全編を貫いているけれど、それ以上に人と物語の付き合い方のほうに目がいってしまったというか。とある人物が偽史的な想像力でもってウォルト・ディズニーを操る。彼の世界においてディズニーは日系人を救い出したヒューマニストであり、「囚人のジレンマ」を適切に解決しようというスーパーヒーローでもある。映画を通じて世界に働きかけるディズニーは、偽史を通じて歴史に働きかけるとある人物とパラレルな関係だ。のみならず、本作は複数いる息子のうちの誰かが父の過去を掘り下げており、その断片の数々がラストで新たな輝きを帯びるような仕掛けになっている。この小説の幕引きは相当意表を突いていて、読後は思わず最初からパラパラと読み返してしまった。そう、これは徹頭徹尾家族の物語だったのだね。