2007.6c / Pulp Literature

2007.6.23 (Sat)

ヒネル・サレーム『父さんの銃』(2004)

父さんの銃(112x160)

★★★
Le fusil de mon pere / Hiner Saleem
田久保麻理 訳 / 白水社 / 2007.5
ISBN 978-4560027639 【Amazon

イラクのクルド人自治区に住むアザド少年の苦難。バルザーニ大将のもとで分離独立を目指す同地区だったが、サダム・フセインの台頭によって風向きが大きく変化する。

フセイン政権崩壊後に発表された自伝的小説。少年の視点から理不尽な世界を映しているということで、最近読んだ『ビールーの少年時代』を思い出した。語り手のアザド少年は、学校の授業や大人たちとの関わりを通して、政府による民族への抑圧を実感する。差別と暴力が横行する特殊な環境であるにもかかわらず、なお安心して読んでいられるのは、父と母がいてさらにクルド人の同胞がいる、民族的な連帯のなかで生活しているからだろう。一般論として子供は大人に保護される特権的な身分であり、何より可能性としての未来が大人以上に開けている。この小説は紛争地域を舞台としながらも、少年期ならではのノスタルジーが基調となっていて、マイノリティの枠では収まらない普遍性を獲得している。人生に余白のある子供の目というのは、時代を甦らせる格好のツールなのだと思う。

クルド人は国際政治の手駒にされている観があって、アメリカやソ連、イランといった大国に翻弄されっぱなし。外交的な理由でイラク国内のクルド人への援助はうち切られ、束の間の平和から一転して難民生活を余儀なくされている。本作はわずか150ページのなかにクルド人の等身大の感覚が詰まっていて、フィクションが持つ力というものを再確認することができた。

2007.6.27 (Wed)

ジョン・マクガハン『小道をぬけて』(2005)

小道をぬけて(110x160)

★★★★
Memoir / John McGahern
東川正彦 訳 / 国書刊行会 / 2007.6
ISBN 978-4336048479 【Amazon

アイルランドでの幼少期を綴った回想録。語り手を含めたマクガハン家の子供たちは、専制的な父親に苦しめられながらも、母親の愛情と兄妹の団結によって何とか生き長らえる。

多くの家では子供というのは自分たちの欲望の避けられなかった、望まれない不快な結果でしかなく、しかも食わしていかねばならぬので、憤りの対象であった。(p.58)

田舎生活の細かい綾を掬った上質の文芸作品。敬虔なカトリックの家庭に生まれた語り手は、その半生を専らDV親父との対立に費やしている。イラクを舞台にした『父さんの銃』よりも、本作のほうが環境的にハードに思えるのは、語り手と暴力の間に緩衝地帯がほとんど存在しないからだろう。行動範囲の狭い子供にとっては、政府による包括的な暴力以上に、近親者による集中的な暴力、家庭を支配する父の癇癪が脅威になる。警官のくせに毎日のように子供を殴りつけている父。クリスチャンのくせに感謝の心を微塵も持ち合わせていない父。彼は性的な欲求不満から暴力を振るっており、その源泉にはカトリックによる教義上の抑圧があるという。本作はアイルランドの生活を郷愁的に語りながら、地域社会に根付いた信仰の問題を照らし出してる。

カトリックのたどって来た激しい歴史を通して、教会は二つの相反する要素を持つようになった。命令と脅威、それに罰で守られた砦のように堅固な教会と、愛と光の世界へ向かう尖塔と輝く窓を持つ教会である。(p.270)

なるほど、多くのアイルランド人作家が、カトリックへの愛憎半ばした態度を貫いているのも分かるような気がする。光と闇、恩恵と抑圧が強固に併存しているからこそ、白黒すっぱりとは割り切れないのだろう。語り手は教会の抑圧によって不自由な思いをした反面、教会のおかげで高等教育を受けることができたし、また夢だった作家になることもできた。信心深い両親を持った彼にとって、カトリックの光を体現しているのが母であり、闇を体現しているのが父である。従って、信仰に対する割り切れなさも人一倍だったのではないか、と勝手に推測してみたりする。

>>Author - ジョン・マクガハン