Page Topics
2007.7.23 (Mon)
▽アルフレッド・ベスター『ゴーレム100』(1980)

★★★★
Golem100 / Alfred Bester
渡辺佐智江 訳 / 国書刊行会 / 2007.6
ISBN 978-4336047373 【Amazon】
スラムと化した22世紀のアメリカ東海岸で、ゴーレム100による超現実的な連続殺人事件が発生。科学者、精神工学者、警察官の3人が、ゴーレム100を追って集合的無意識の世界を探索する。
これは面白かった。サイバーパンクのような猥雑な世界観に、身も蓋もない下ネタやジョイス的な言語遊戯をぶちまけるという趣向。最先端の実験小説のようでありながら、物語としての面白さにも富んでいて読ませる。
SFの醍醐味は専門知をベースにしたサイケな世界観にあると思っていて、科学やら心理学やら神話やらが詰め込まれているとそれだけで小躍りしたくなる。幾重にも塗り固められた知識・教養の渦に圧倒されたいというか。もちろん、それはただのペダントリーを意味するのではない。SFにおける専門知とは、往々にして世界を支える重要なマテリアルであり、想像力に理屈が伴うことで1つの体系を形作っているわけだ。これはオカルトに通じる考え方かもしれないけれど、現実の理論の延長上にある「超現実」は、あたかも量子論や宇宙論に触れたときのようなめくるめく陶酔感を誘発するものだと思う。たとえば、ゴーレム100が生み出されるメカニズムなんか、その理論的なアプローチだけでご飯3杯はいけそうなほど。ほかにも、ファズマ界なる内的宇宙の探求(ニューウェーヴSFの常套手段らしい)は新鮮だったし、さらにそれを多彩なイラストで表現する手法(タイポグラフィを発展させたものらしい)にも刺激を受けた。どちらかというと、これはSFファンよりも普通の小説好きが読むべき本だと思う。
22世紀が生活資源の希少化から超格差社会になっているというのはかなりの慧眼かも。水が貴重だから庶民は体を洗うことができず、だから香水産業が発達している。また、スラムの近くには富裕層が住んでいて、そのなかの「蜜蜂ガール」なる集団が事件の引き金を引いている。
2007.7.26 (Thu)
▽マルセル・プルースト『失われた時を求めて 10 第五篇 囚われの女 II』(1925)

★★★★
A la Recherche du Temps Perdu / Marcel Proust
鈴木道彦 訳 / 集英社文庫 / 2007.1
ISBN 978-4087610291 【Amazon】
ヴェルデュラン夫人の夜会で傲岸な態度をとったシャルリュス男爵は、夫人の策略によってモレルとの仲を引き裂かれてしまう。一方、同棲を続ける語り手とアルベルチーヌの仲も急転し……。
全13巻ある文庫版の10巻目。『失われた時を求めて 9』の続き。
オバサンという生き物は気に入らない人間がいると陰で悪口をぶちまけて同調者を募るからたちが悪い。しかも、オバサンが主体のコミュニティは集団に例外を許さない体質だから、同調しないと今度はこちらが陰口を叩かれてしまう。かくして、よってたかって1人の人間を中傷するいじめの構図が出来上がるわけだ。中傷の内容も、人の欠点を針小棒大に語るくらいならまだ可愛いほうで、酷い場合には事実を捏造して不利益を与えるようなことまでしている。「三丁目の奥さんったら部落の出身らしいのよ」、「おまけに借金があってデリヘルで働いているらしいの」。まさに「小人閑居して不善を為す」の典型例であり、彼らは無駄に社交的であるぶん害が大きい。
この巻のヴェルデュラン夫人はそんなオバサンの究極形である。モレルを有名にしたいシャルリュス男爵は、ヴェルデュラン夫人の夜会に社交界のセレブたちを続々と招き寄せるのだけど、彼らはゲルマント家の威光に惹かれて出席しているから、夫人にまったく敬意を表さない。それどころか、シャルリュスに至っては率先して夫人を蔑ろにしている。そのあまりの傲岸さに腹を立てた夫人は、陰湿怪獣ハラグロオバサンに変身。「あの男は警察に目をつけられているのよ」、「そのうえ、恐喝のせいで今では一文無しなの」。根も葉もない嘘をモレルに吹き込んで、シャルリュスと仲違いさせようとしている。まったくオバサンって人種は何かあるとすぐ人を陥れるから始末に負えない。
>>『失われた時を求めて 11』に続く。
2007.7.30 (Mon)
▲ケリー・リンク『マジック・フォー・ビギナーズ』(2005)

★★★
Magic for Beginners / Kelly Link
柴田元幸 訳 / 早川書房 / 2007.7
ISBN 978-4152088390 【Amazon】
短編集。「妖精のハンドバッグ」、「ザ・ホルトラク」、「大砲」、「石の動物」、「猫の皮」、「いくつかのゾンビ不測事態対応策」、「大いなる離婚」、「マジック・フォー・ビギナーズ」、「しばしの沈黙」の9編。
日常とファンタジーが融合した異色の短編集。藤子不二雄はSFのことを「少し(S)不思議(F)」と定義していたけれど、その伝に習えば本書は「凄く(S)不思議(F)」と呼べるかもしれない。家族の問題を不思議空間から覗かせる作風で、訳書あとがきではドナルド・バーセルミとローリー・ムーアが引き合いに出されている。
以下、各短編について。気に入った短編には末尾に☆をつけた(9編中2編につけた)。
「妖精のハンドバッグ」"The Faery Handbag"
祖母のハンドバッグには1つの村が丸ごと入っていた。
ハンドバックを通じて人が行き来するというわくわくするような状況に、少女期ならではのほろ苦い叙情を絡めている。頑固な祖母、不在の祖父、学校からドロップアウトしたボーイフレンド。ファンタジックな要素を用いた彼らのドラマに青春を感じる。こういうのは素直に良いね。
ただ、少女の語り口がいかにもな感じだったので最初は抵抗をおぼえた。どうも一人称が「あたし」の小説って、文章レベルでの自己主張が鼻についていまいち苦手だ。「わたし」で良いじゃんと思う。
なお、妖精の「精」は旧字。☆。
「ザ・ホルトラク」"The Hortlak"
ゾンビが来店するコンビニの話。
どうやらゴーストストーリーに分類されているようだけど、あまりに変わり種すぎてまったく実感が沸かない。日常と夢想の合間みたいな印象がある。とりあえず、意外な方法で仕事をするコンビニ強盗が素敵。
「大砲」"The Cannon"
大砲へのQ&A形式。
Q 大砲はなぜ発砲されねばならないのですか。
A 大砲が発砲されねばならないのはそれが大砲の存在理由だからです。弾薬は大砲の中に入れられねばなりません。弾薬は大砲の外に発射されねばりません。大砲はほかのいかなる目的にも役立ちません。人がたまたま大砲の中で眠りに落ちたり、暴風雨をしのいだり、敵から逃れて身を隠したりすることはあるかもしれませんが、最終的にはあくまで、大砲は発砲されねばならないのです。(p.85)
このやりとりを読んで、「ジャズ喫茶のマスターになるための18のQ&A」を思い出したのは私だけではないだろう。微妙にピントを外すことで生み出される可笑しみ。奇妙なシチュエーションの本作は、村上春樹を彷彿とさせる機知に満ち溢れている。
ところで、砲身の上に女性が跨っているイラストは、我々フロイト派にとってすこぶる意味深である。
「石の動物」"Stone Animals"
4人家族が田舎の一軒家に引っ越す。ところが、そこは幽霊屋敷だった。
夫婦が陥った中年の危機をファンタジーの回路でもってねじ曲げたような感じ。ペンキ塗りをする妻だとか、庭に大量発生するウサギだとか、寓意的な要素でもって構成されている。この想像力の使い方は残雪(ツァンシュエ)に近いかも。
「猫の皮」"Catskin"
子供を攫って自分の元で育てていた魔女が死んだ。末っ子の男の子が「魔女の復讐」に導かれて猫皮スーツを着用、復讐の旅に出る。
孤児の哀しみってわけでもなさそうだし、これもよく分からない話だったなあ。「石の動物」も本作も、あり得るべき結末から微妙に外したところに着地している。
魔女は子供を産めない代わりに色々な物を産むことができる。ドールハウスを一軒家にまで育てるという発想には目から鱗が落ちた。
「いくつかのゾンビ不測事態対応策」"Some Zombie Contingency Plans"
刑務所帰りの黒人男が通りがかりのパーティに紛れ込む。
「ゾンビ不測事態対応策」を尋ねるのが趣味の男は、芸術とゾンビに対して妙な観念を抱いており、彼は不思議な経緯でもって1枚の絵を手に入れている。
「大いなる離婚」"The Great Divorce"
死者と結婚している男が霊媒師に相談事をする。
生者と死者の間に生じた離婚問題。生者は死者のことを感知できない反面、死者は生者のことを何から何までお見通しでいる。
夫の嫌な部分が目についてすれ違いが生じたとか、視野が限定されている人間は色々な意味で幸せだよねとか、夫婦間の視線についてあれこれ考えさせる。
「マジック・フォー・ビギナーズ」"Magic for Beginners"
ラスベガスの大おばから電話ボックスを相続した少年。件の場所に電話をかけたらTVドラマの登場人物が出た。
ゲリラ的に放送しているTVドラマの存在が面白い。そのドラマは様々な実験的趣向を凝らしていて、まるで異界の電波が紛れ込んできたような非現実感がある。といっても、内容はそれほど荒唐無稽ではなく、「実際にありそうだけどおそらくないだろう」みたいな微妙な線を堅持している。
夫婦の不和と回復の予感を少年に寄り添った視点で提示。夫は万引き癖があるうえ、息子が死ぬ小説を書いて妻をどん引きさせている。
「しばしの沈黙」"Lull"
地下室に集まった男たちが怪しげな番号に電話をかけて物語を聞く。
夫婦の問題がファンタジックな作中作を経由して叙情的に語られる。本書のなかでは、「妖精のハンドバッグ」に次いで分かりやすい内容だった。悪魔とチアリーダーの組み合わせや増殖する妻たちといったイメージが鮮烈。☆。