Page Topics
- 03 : 伊藤計劃『虐殺器官』(2007)
- 05 : 谷川浩司『谷川浩司の本筋を見極める』(2007)
- 07 : 佐藤亜紀『ミノタウロス』(2007)
- 10 : 河野多惠子 山田詠美『文学問答』(2007)
2007.8.3 (Fri)
▲伊藤計劃『虐殺器官』(2007)

★★★
早川書房 / 2007.6
ISBN 978-4152088314 【Amazon】
テロ対策を名目に管理社会が発達した近未来の世界。アメリカは後進国で多発する大量虐殺を鎮めようと、暗殺目的の特殊部隊を送り続けている。虐殺の裏には1人のアメリカ人男の存在があった。特殊部隊に所属するシェパード大尉が男の行方を追う。
テロリズムとどう向き合うかというポスト9.11の問題を、血沸き肉踊るSFガジェットと、セカイ系的ナイーブさで料理している。物一つ買うのに認証を必要とする世界観は、高度資本主義社会の行く末を示唆する意味で興味深いし、また虐殺を支えるロジックには、ある種の人間らしさが隠れていてそれなりのショックがある。近未来の虐殺とは資源やイデオロギーを巡る遠い出来事ではなく、一般市民のある切実な事情が反映されている。つまり、虐殺を身近な問題に引き寄せたところが本作の新しさなのだと思う。
ただ、今日的なテーマを扱っている割には、分かりやすい扇情性を前面に持ってくるノベルスの文法に終始しているので、結果的には深みに欠けているんじゃないかと思う。よく出来た小説を読んだというよりは、よく出来た地上波アニメを観たような充実感というか。それと、出典が容易に推測できるようなディテールが多いため、まるで学生のレポートのようなツギハギ感が生じている。
ところで、9.11って時代の転換を象徴した歴史的事件のはずなのに、不思議と文学の題材として盛り上がった様子はなく、本場アメリカでも大した小説は出てきていないようである。「大きい物語」は得てして陳腐化しやすいから、小回りの利くエンタメに任せようということなのだろうか。いずれにせよ、これからはアニメやライトノベルなどにも気を配っていこうと思う。
以下、本作と関連がありそうなもの。
2007.8.5 (Sun)
▲谷川浩司『谷川浩司の本筋を見極める』(2007)

★★★
日本放送出版協会 / 2007.2
ISBN 978-4140161500 【Amazon】
NHK将棋講座(2006年度前期)の内容をまとめた本。序盤・中盤・終盤、それぞれの基本となる考え方を解説している。
とりあえず、目次を抜粋。
序盤編
- 戦型は4手で予測しよう
- 玉の囲い方を覚えよう
- 矢倉の考え方
- 対抗型、居飛車の考え方
- 対抗型、振り飛車の考え方
中盤編
- 位の働き
- 仕掛けの時期
- 攻めの考え方
- 受けの考え方
- 形勢判断のしかた
- カウント法による形勢判断
終盤編
- 速度争いの法則
- 即詰みで勝つ
- 必至を覚える
- 終盤の法則
- 終盤における方針の立て方
- 実戦に見る終盤戦
将棋の本は部分図と解説から駒の動きを再現しなければならないから、脳みその疲労度が段違いである。しかも、将棋には数学のような多くの理(ことわり)があるから、その法則性に触れるだけでもパズルを解いたような知的快感が味わえる。本気で脳を鍛えたい人は、DS【Amazon】なんてやらずに将棋の本を読むべきだ。というか、これだけ脳トレがブームなのだったら、そろそろ将棋が題材になってもおかしくないと思う。『羽生善治監修 大人の終盤術(仮)』なんてどうだろうか。
本書は基本を押さえた総合的な棋書。初心者なのでだいたいの項目は興味深かったけれど、とりわけ目を惹いたのが「詰めろ」や「必至」を解説した終盤編で、なかでも「詰めろ逃れの詰めろ」の精巧さに思わず舌を巻いたのだった。たとえ自玉に即詰みがあったとしても、将棋は何より王手が優先するから、状況によっては相手玉を逆転圏内にまで誘導することができるのだな。自玉の詰めろを消しつつ、相手玉に詰めろをかける。これを決めたらさぞ気持ち良いことだろう。そして、これを食らったらさぞ悔しいことだろう。
それにしても、気になるのはプロフィールに書かれた著者の趣味である。カバー折り返しには「音楽鑑賞と卓球」とあるのに、奥付には「旅行と野球観戦」とあって、両者に異同が生じている。果たしてどちらが正しいのか?
2007.8.7 (Tue)
▽佐藤亜紀『ミノタウロス』(2007)

★★★★
講談社 / 2007.5
ISBN 978-4062140584 【Amazon】
20世紀初頭のウクライナ。地主の息子としてそれなりの生活を送っていた少年が、内戦下の無法地帯に飛び出してサバイバル生活を送る。
『静かなドン』【Amazon】プラス西部劇みたいな話。レイプや揉め事など不品行で鳴らした少年が、ある「けだもの」的な行為を機に家を出ることになる。憎しみと因縁が交錯する復讐劇に、飛行機や機関銃を用いた銃撃戦。力の論理が支配するロシアの大地で、ならず者たちを相手に生き抜くための活劇を繰り広げる。
少年の獣じみた人生がわずか270ページに凝縮されていて読み応えがあった。この小説は文章の巧さも去ることながら、随所に著者の性格の悪さが滲み出ているところがスリリングだと思う。全編を小姑のような悪意で貫いているからこそ、どんな惨劇が起きても感傷に堕することがない。終始渇いた筆致でもって、安い命が散っていく様、そして少年の刹那的で無目的な「生」を描いている。
同じ翻訳調でも、最近読んだ『死の泉』と比べて完成度が格段に高い。文章、プロット、仲間の使い方など、全てにおいてその差は歴然だと思う。たとえば、両者は前半と後半でトーンが異なるところが共通しているのだけど、こちらは舞台を整えるという意味で緊密に結びついており、バラバラだった『死の泉』とは対照的である。また、重厚でありながら枚数も少なく、無駄に肥え太った豚のようなエンタメとは一線を画している。
2007.8.10 (Fri)
▲河野多惠子 山田詠美『文学問答』(2007)

★★★
文藝春秋 / 2007.7
ISBN 978-4163693200 【Amazon】
対談集。「小説の"熱い自由"」、「本当の戦争の話をしよう――ニューヨークと基地から」、「マゾヒズムの心理と肉体」、「文壇とは何か?」、「文学賞とは何か?」の5編。
『文學界』に連載されただけあって、2人は芥川賞・直木賞について提灯持ちのような意見を述べている。両者とも芥川賞の選考委員を務めているから、おそらく編集者が話題を振ったのだろう。といっても、2人の間には微妙に温度差があって、河野がわりと慎重な発言に終始しているのに対し、山田のほうは「許せない」や「頭にくる」など、感情的な言葉を交えてアンチを攻撃している。本書の山田は全体的にナイーブというか、若作りと幼さが同居しているような印象。自己の感情を物差しにした、女の子らしい価値観を前面に出している。
福田和也は山田のことを、
倫理的な作家である。「倫理」という言葉を「価値観」と云い換えてもよい。ゆえに作品はすべて作家の価値、もしくは倫理の提示の場となる。
と評していたけれど(*1)、これは対談にも当てはまるなと改めて感心した。長編で見られる説教臭さはたぶん地なのだと思う。
それにしても、素人時代にアポなしで野上弥生子の家に押しかけた河野先生は凄い。これに限らず、文壇の生き字引である河野の発言は貴重である。世の年寄りたちはもっと積極的に昔話をすべきだ。
以下、河野多惠子が挙げた戦争文学の名作。