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2007.8.15 (Wed)
▽マルセル・プルースト『失われた時を求めて 11 第六篇 逃げ去る女』(1927)

★★★★
A la Recherche du Temps Perdu / Marcel Proust
鈴木道彦 訳 / 集英社文庫 / 2007.1
ISBN 978-4087610307 【Amazon】
語り手の元を去ったアルベルチーヌが落馬事故で死ぬ。失意の語り手は人を雇ってアルベルチーヌの行動を調べさせる。アンドレから聞かされたアルベルチーヌの真実。語り手はしばらく苦悩するも、時が経つにつれて忘却していく。
人生には、さまざまな厄介事がワーグナーのライトモチーフのように錯綜しながら襲いかかり、そこから一種の美しさが生まれる瞬間がある。(p.66)
全13巻ある文庫版の11巻目。『失われた時を求めて 10』の続き。アルベルチーヌの不在に苦しむ語り手は、通りがかりの貧しい少女を自宅に連れ込み、膝にのせて揺するというロリコンまがいの行動に出ている。悲しみを紛らわせるため、少女をあやしたというのが彼の言い分だ。案の定、語り手は警察に呼び出されて取り調べを受けるも、当時は大らかな時代だったのか、証拠不十分で起訴を免れている(というか、警察署長も同類だった)。そして、この不名誉なエピソードが、本書を彩るライトモチーフの一例として軽く処理されることになる。
同棲を始めてからの語り手は、ダメンズのお手本のような体たらく。この巻でも出奔したアルベルチーヌに未練がましい手紙を送ったり、彼女の交友関係についてその死後になってから調べたり、恋する男の愚かさをこれでもかと見せつけている。一連の行動で分かるのは、彼のプライドの高さだろう。同棲中は自分が傷つかない別れ方をぐだぐだ考えていたくせに、実際に失ってみると実は愛していたことを認める。思えば、社交界の住人をスノッブと斬って捨てる彼の言動は、軽蔑される前に他人を軽蔑する自己防衛の表れだったのかもしれない。それはたとえば、容姿の不自由な女が、俳優の顔にケチをつけて悦に入っている様子に似ている。「○○ってアゴが出てるのが嫌よね〜」、「△△ってエラ張っててキモイ〜」。バカ、お前は選ぶ側の人間ではない。
>>『失われた時を求めて 12』に続く。
2007.8.18 (Sat)
▲アンドレ・ジッド『狭き門』(1909)

★★★
La Porte Etroite / Andre Gide
山内義雄 訳 / 新潮文庫 / 1954.3
ISBN 978-4102045039 【Amazon】
ジェロームは学生のときから従姉のアリサに想いを寄せていた。ところが、彼女は頑なに拒否し続けている。その根底には、徹底したプロテスタントの価値観があった。
力を尽くして狭き門より入れ。滅びにいたる門は大きく、その路は広く、之より入る者おおし。生命にいたる門は狭く、その路は細く、之を見いだす者すくなし。
ジェロームとアリサは実は相思相愛なのだけど、アリサのほうは固く拒んで許さない。「狭き門」に入るには徳を積まねばならず、徳を積むには世俗の幸福を捨てねばならないから、彼女は修道女のごとく清貧を貫いているのだ。完璧を志したアリサは信仰という鎖で雁字搦めにされており、それが現世での悲劇を生んでいる。本作みたいな小説を読むたびに思うのだけど、キリスト教は民衆を言いなりにするために、災厄をでっちあげて脅迫しているのだからタチが悪い。「この壺を買わなければ不幸になるわよ」とか、「お祓いしなければあなた死ぬわよ」とか、まるで霊感商法のようなロジックで、人々の心を縛っている。これに反発したジッドは極めて真っ当な人だと思う。
というわけで、キリスト教の異常性を再確認する意味でお勧め。
2007.8.19 (Sun)
◆セシル・B・デミル『十戒』(1956/米)

★★★
The Ten Commandments
チャールトン・ヘストン / アン・バクスター / ユル・ブリンナー / エドワード・G・ロビンソン
パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン 【Amazon】
エジプト王の元で育てられたヘブライ人モーゼが、奴隷として働く同胞たちを解放する。
元ネタがアレだから覚悟していたものの、やはり一神教の非寛容さは凄まじいと思った。ヘブライ人の神は次々と奇跡を起こしていくのに、エジプト人の神は最後まで沈黙を貫いている。つまり、一神教にとって神とは自分たちが崇める神しかおらず、他民族の神など偶像崇拝の虚像に過ぎないと主張しているわけだ。まったく、こいつらときたら自分たちのお花畑で満足していればいいものを、余所の文化圏まで巻き込んで物語を捏造するのだからいやらしい。前述のオンリーワンはどうかと思うし、神に従わないという理由で人間を虐殺するっていったい何様だよと思う(あ、神様か)。
一神教の傲慢さに引っ掛かりながらも、モーゼ、ファラオ、ネフレティリの三角関係は人間臭くて面白かった。モーゼに惚れるネフレティリに、モーゼをライバル視するファラオ。超俗的なモーゼは現世での栄達を望まず、一介のヘブライ人として泥の中で生きる道を選ぶ。その後、啓示を受けた彼はファラオの前に立ちふさがり、超能力を使って疫病神のように振る舞う。堪え忍ぶファラオ。そこへモーゼに拒まれたネフレティリがファラオを焚きつけ……と、ファラオもネフレティリもモーゼに振り回されている。無宗教の日本人だったら人間離れしたモーゼよりも、人間臭いファラオのほうに肩入れするのではなかろうか。見た目だってチャールトン・ヘストンよりユル・ブリンナーのほうが良いしね。
以下、十戒(*1)。
- 主が唯一の神であること
- 偶像を作ってはならないこと
- 神の名を徒らに取り上げてはならないこと
- 安息日を守ること
- 父母を敬うこと
- 殺人をしてはいけないこと
- 姦淫をしてはいけないこと
- 盗んではいけないこと
- 偽証してはいけないこと
- 隣人の家をむさぼってはいけないこと