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2007.8.21 (Tue)
△マルセル・プルースト『失われた時を求めて 12 第七篇 見出された時 I』(1927)

★★★★★
A la Recherche du Temps Perdu / Marcel Proust
鈴木道彦 訳 / 集英社文庫 / 2007.3
ISBN 978-4087610314 【Amazon】
第一次世界大戦が勃発、社交界の人たちの生活も変貌する。語り手はサナトリウムに入院し、サン=ルーは戦死し、ドイツ贔屓になったシャルリュスはさらなる倒錯の深みに入りこむ。
私は暗闇のなかを抜き足さし足その丸窓に近寄った。そして、そこに私は見た、岩に縛りつけられたプロメテウスのようにベッドにくくりつけられ、案の定、釘の植わった鞭でモーリスに打擲されて、もうすっかり血だらけになっている男、しかもそのあざだらけの身体は拷問が今日はじめてのものでないことを証明している男を。私が目の前に見たのは、シャルリュス氏だった。(p.259)
全13巻ある文庫版の12巻目。『失われた時を求めて 11』の続き。この巻では、シャルリュス男爵がドMだったことが発覚する。彼はおホモだちのジュピアンにごろつきを斡旋させ、同じくジュピアンが運営する逢い引き宿でマゾヒズムの快楽に浸っていた。語り手がその秘密を覗き見る上記引用は、まるで「家政婦は見た」のような劇的なシチュエーションである。今でこそSMは市民権を得ているものの、当時は犯罪に等しい変態趣味として社会の片隅に追いやられていた。シャルリュスにとっては同性愛にマゾヒズムの二重苦であり、欲望を満たすための特殊な空間が必要だったわけだ。しかし、そんな倒錯者の楽園も長くは続かない。ちょうどソドムの街を神の業火が襲ったように、最後は火災によって焼失してしまう。
私たちの思考、私たちの生活、いわゆる現実などを構成するのは、少しずつ記憶に保存された不正確な多くの表現の連鎖だが、そこには私たちが本当に現実に感じたものなど何ひとつ残っていない。自称「体験された」芸術なるものは、そうした嘘を再生産するだけにすぎない。(p.422)
この巻は最終篇だけあって、全編を総括しようという強い意欲に溢れている。プチット・マドレーヌの味に端を発した無意志的記憶のメカニズムが、これまで語られてきた様々な挿話と一本に結びつくところが圧巻だった。この長い長い物語、作家志望者が倒錯者の世界を目の当たりにするこの物語は、文字通り<失われた時>を求める物語だったのだ。土地、名前、恋愛、芸術、倒錯、その全てが時の啓示に飲み込まれていく。<失われた時>とは何ぞや? というのは本書を読んでのお楽しみとして、とりあえず、後半に入ってから延々と続く芸術論が凄まじく濃いと思う。
>>『失われた時を求めて 13』に続く。
2007.8.23 (Thu)
▲大江健三郎『読む人間』(2007)

★★★
集英社 / 2007.7
ISBN 978-4087748659 【Amazon】
『すばる』に連載された講演録。2006年にジュンク堂で行われた7回の講演と、同年、九段会館で行われた映画上映会での講演を収録している。
本を読むということは、情報が与えられるというようなレヴェルのことじゃない。本を読むことを通じて、その本を書いている人間の精神が、どのように動いているのか、一人の人間が考えるということは、その精神がどのように働くものなのか、それを知ることであり、それを介して、人は発見する。いま自分がどんなに重要な問題に出会っているかを感じ取り、つまりは本当の自分に出会うこともできるようになる。(p.52)
著者の読書スタイルを自らのバイオグラフィーに沿って語っている。3年周期で特定の作家を掘り下げていく読み方は、最近読んだ三部作(*1)にも書かれていたけれど、「読んでいる本をきっかけにして、自分の生活を書く」(p.101)という創作の方法論は、こうしてはっきり言われてみると、いかにも純文学の人だなという感じで興味深い。この著者は作家である以前に、「読む人間」であることがよく伝わってくる。
それにしても、表紙に自分の顔写真を使う(それもでかでかと)なんてこの人ナルなんだろうか。知らない人が見たら新興宗教の教祖と勘違いしそう。
以下、目次。
第一部 生きること・本を読むこと
- さようなら、私の本よ!
- 故郷から切り離されて
- 文体を読みとる、文体を作る。
- ブレイクの受容にはじまる
- 本のなかの『懐かしい年』
- ダンテと『懐かしい年』
- 仕様がない! 私は自分の想像力と思い出とを、葬らねばならない!
第二部
- 「後期のスタイル」という思想
2007.8.25 (Sat)
▲ローレンス・ブロック『泥棒は深夜に徘徊する』(2004)

★★★
The Burglar on the Proel / Lawrence Block
田口俊樹 訳 / 早川書房 / 2007.7
ISBN 978-4150018023 【Amazon】
泥棒バーニイ・シリーズ10作目。深夜の街を徘徊するバーニイがマンションに侵入、デートレイプの現場に遭遇する。その後、付近で強盗殺人事件が発生したということで容疑者扱いされる。
このシリーズは関係者を集めて謎解きをする古風なスタイルをとっているのだけど、通常の探偵小説のような真相暴露は行われない。泥棒スキルを使った証拠の捏造によって恣意的に解決しており、真相はバーニイが友人に告白する形で事後的に提示される。つまり、謎解きが二重構造になっているわけだ。くわえて、事件が複数人による「争奪戦」の様相を呈しているため、どうしても謎解きが煩雑化してしまう。特に今回は偶然性の高いプロットのせいか、著者の匙加減次第だなと思える箇所がちらほらあって、事件の構造が露わになってもいちいち検算する気がおきない。終盤はいつも以上にぐだぐだしていたのだった。
あと、このシリーズは「お宝」がないとしっくりこないね。今回はコンラッドの『密偵』【Amazon】がマクガフィンとして機能しているけれど、本自体には希少性がなく、それに含まれる別の物品に焦点が当たっている。やはり絵画や野球カードのようなコレクションへの偏愛が、シリーズを一際輝かせていると思うので、この設定はちょっと残念だった。
2007.8.26 (Sun)
◆『ハゲタカ』(2007/日)

★★★
大森南朋 / 松田龍平 / 栗山千明 / 柴田恭兵
ポニーキャニオン 【Amazon】
外資系ファンドマネージャーの鷲巣(大森南朋)が日本に上陸、「腐った日本を買い叩く」をスローガンに企業買収を手がけていく。鷲巣は銀行員時代、貸し渋りによって工場主を自殺させており、それがトラウマになっていた。
噴水にばらまかれた1万円札を嬉々として拾い集め、その金で大量におもちゃを買い漁る子供たち。子供が大金を持っていることに何の疑問も抱かず、機械的に商品を渡しているレジ係の大人。冒頭からバブル時代の日本を痛烈に皮肉っている。要するにバブル期の日本人は子供であり、金の力で大人の世界を蹂躙していたということなのだろう。誰が遣おうと金は金であることに変わりはなく、その論理の前ではモラルさえも沈黙してしまう。
このドラマは企業買収を軸とした経済ドラマであると同時に、1人の男が正道に復する「回復の物語」でもある。経済ドラマのほうはホリエモンや村上世彰の後追いにしか見えなかったけれど、しかし後追いがゆえに買収劇の争点が分かりやすくなっていたと思う。時代の流れについていけない大企業と、それにプレッシャーをかけるハゲタカファンド。前者は自業自得であるにもかかわらず、後者のことを蛇蝎のごとく忌み嫌っている……。TOBやホワイトナイトなどの横文字が乱舞する世界観は、大森のクールな演技と相俟って知的な格好良さを醸し出している。
ただ、「回復の物語」のほうはかなりベタなので好みの別れるところだろう。終わってみれば『プロジェクトX』【Amazon】のドラマ版というべき、日本型感動エンターテインメントに仕上がっている。このドラマがある種の人たちの共感を呼ぶのも無理はないと思った。
以下、関連リンク。
- 土曜ドラマ「ハゲタカ」
- 真山仁『ハゲタカ (上)』【Amazon】
- 真山仁『ハゲタカ (下)』【Amazon】
- 真山仁『ハゲタカ 2(上)』【Amazon】
- 真山仁『ハゲタカ 2(下)』【Amazon】
2007.8.28 (Tue)
▽W・G・ゼーバルト『土星の環』(1995)

★★★★
Die Ringe des Saturn / W. G. Sebald
鈴木仁子 訳 / 白水社 / 2007.8
ISBN 978-4560027318 【Amazon】
イギリス南東部を徒歩で旅した語り手が様々な思索をめぐらす。人体を破壊する解剖や、資本主義路線による街の崩壊、船を焼き尽くす天下分け目の海戦など。
その期待はサッチャー首相による強硬な資本主義路線の時代にとみに膨れあがり、投機熱を煽れるだけ煽っておいて、とどのつまり無に帰した。痛手は当初、地下街の火事のようにじわじわと、やがて燎原の火の勢いで拡がっていった。波止場も工場もかたはしから閉鎖され、つまるところロウストラフトといえば、イギリスの地図における最東端の町というだけになってしまったのである。(p.45-6)
滅びにまつわる断片を脱線に脱線を重ねて語っていく。ゼーバルトの小説を読むのはこれで4冊目だけど、彼は永遠の旅人なんだなと思った。どれも著者のコピーと思しき語り手が、欧州各地を探訪しながら自身の精神を解き放ち、透徹した意識でもって時間と空間を行き来している。廃墟や書物といった物質からそこに刻まれた記憶を紡ぎだしていく手腕、散策の軌跡をユーモア混じりのメランコリーで包みこむ手腕は並々ならぬものがあると思う。
語り手が見出す破壊の跡は枚挙に暇がなく、鰊の大量死から荘園屋敷の没落、中国の養蚕産業までバラエティに富んでいる。そして、それと平行するように実在の人物――トマス・ブラウンやジョゼフ・コンラッド、ロジャー・ケイスメントなど――を引っ張り出し、彼らの人生を掘り下げて記憶のタピストリーを織りなしている。構造も円環的で、相変わらず目眩のするような小説だった。