2007.11a / Pulp Literature

2007.11.1 (Thu)

キャロル・シールズ『ストーン・ダイアリー』(1993)

ストーン・ダイアリー(108x160)

★★
The Stone Diaries / Carol Shields
尾島恵子 訳 / 小学館 / 1996.7 / ピュリッツァー賞全米批評家協会賞
ISBN 978-4093560214 【Amazon

カナダの石工の家に生まれたデイジー・グッドウィルの生涯(1905-199?)。無口な父、世間知らずな母、育ての親にして将来の夫フレット教授。生誕のルーツから語り起こし、彼女と関わった人々にスポットを当てる。

フレット・デイジー(グッドウィル)は時代の状況と、本人の不注意さと無知により、機会に恵まれず、また勇気もなかったため、一生のうちに次のような事柄の楽しさや素晴らしさをついに味わうことがなかった。

油絵、スキー、ヨット、ヌードでの日光浴、エメラルドのアクセサリー、タバコ、オーラル・セックス、ピアス・イアリング、スウェーデン風木靴、ウォーター・ベッド、SF小説、ポルノ映画、宗教的エクスタシー、トリュフ、キルシュ、ジャラペノ唐辛子、ペキンダック、ウィーン、モスクワ、マドリッド、グループ・セラピー、ボディマッサージ、飢え、名誉、糾弾、車の運転、宝くじ。(p.412)

構成が妙に凝っている小説。まず冒頭に家系図と肖像写真が配置されていて驚く。デイジーゆかりの人たちが、8ページにわたって貼り付けてあるのだ。かと思えば章立ても特徴的で、少女時代(1916年)や結婚(1927年)、子育て(1947年)など、人生の要所要所を輪切りにしている。デイジーは1905年生まれで、没年は90年代だから、ちょうど20世紀を駆け抜けたと言ってもいいだろう。非凡なようで平凡、平凡なようで非凡な彼女の人生が、主に周囲からの照射によって示される。

デイジーは出生からして非凡だった。母が己の妊娠に気づかず、いきなり台所で出産したのである。結果、母は若くして産褥死。生まれたばかりのデイジーは、なぜか近所のフレット家に預けられてしまう。このエピソード、いかにも物語的ではなかろうか。しかも、デイジーの初婚の相手はハネムーン中に事故死(デイジーがくしゃみしたら窓から転落してしまった!)、彼女は育ての親であるフレット氏と再婚することになる。

序盤から中盤にかけて、作者の筆はデイジー本人には触れず、もっぱら周りの人間を描くことに費やされる。語り手も初めはデイジーが務めていたものの、いつの間にか別人に切り替わった様子。デイジーを描くに当たって、本人を主体とした記述を控えめにし、ほとんど伝記的な手段を用いてその生を明らかにしている。

とまあ、語りの手法は面白かったし、エピソードも特異で読ませるのだけど、後半になってからが退屈でしんどかった。劇的な結婚をし、庭仕事に精を出し、最後は箇条書きで単純化される。人生を映し出す試みに惹かれる反面、せっかく非凡な生まれ方をしたのだから、もう少し想像力あふれるエピソードがほしかったと思う。父の奇行にしても、義父の長寿にしても、踏み込みが浅くて感心できない。どうもこの手の小説には、『百年の孤独』【Amazon】みたいな奔放さを期待してしまう。

2007.11.2 (Fri)

『チャップリン作品集 1』(1914/米)

チャップリン作品集 (1)(113x160)

★★★
Charles Chaplin Vol.1
アイ・ヴィー・シー 【Amazon

短編集。「成功争い」、「ヴェニスにおける子供自動車競争」、「ノックアウト」、「メーベルの結婚生活」、「笑いのガス」の5編。

キーストン時代の5編を収録している。

以下、各短編について。

「成功争い」(1914)"Making a Living"

監督: ヘンリー・レアマン / 共演: ヴァージニア・カートレー

詐欺師のチャップリンが男を出し抜いて先に女を口説く。さらに、男が撮った特ダネ写真を奪い、新聞社に持ち込んで一儲け企む。

チャップリンのデビュー作。元々はイギリスの舞台俳優だったという。

この映画は字幕がないのに驚いた。おかげで流れが阻害されず、気持ちよく観ることができる。

「ヴェニスにおける子供自動車競争」(1914)"Kid Auto Race at Venice"

監督・共演: ヘンリー・レアマン

自動車レースの会場で、チャップリンがカメラに映ろうと躍起になる。

これは面白かった。画面がちょうどカメラの目線になっていて、その前でチャップリンがひょこひょこ歩いたり、ポーズを決めたり、視線を送ってきたりする。かと思えば、画面はカメラを視野に収めるアングルになり、彼のアクションを多角的に映すような仕掛けになっている。関係者の妨害にめげず、必死こいてカメラの前に立とうとするチャップリン。その攻防の様子が面白い。

「ノックアウト」(1914)"The Knockout"

監督: マック・セネット / 共演: ロスコー・アーバックル

でぶのアーバックルがボクシングの試合に出場する。

チャップリンは助演。レフェリー役でわずか3分の出演である。ただ、その短い間にちょこまかとコミカルな動きをしていて面白い。

リングがえらい狭くて、面積は大相撲の土俵くらいしかないと思う。そのため、殴られたり組み付いたり、チャップリンが絡みやすくなっている。まるでハッスルした行司みたいだった。

最後はキーストン・コップスが登場。拳銃を持ち出したアーバックルを、大勢でこけつまろびつ追いかけている。そういえば、『醜女の深情』にも出てきたっけ、このマヌケな警官たち。

「メーベルの結婚生活」(1914)"Mabel's Married Life"

監督: チャールズ・チャップリン / 共演: マック・スウェイン / メーベル・ノーマンド

大男(マック・スウェイン)がチャップリンの妻(メーベル・ノーマンド)を口説いてちょっとした騒動になる。その後、ホテルの部屋で大男のマネキンと格闘する。

相手は起きあがりこぶしみたいなマネキン。びよんびよん揺れて反撃してくる。

チャップリンは小男の特性をしっかり掴んでるって感じ。表情も動きもいちいち可笑しくて目が離せない。特にマネキン相手にマジ顔で抗議する様が絶品だった。

「笑いのガス」(1914)"Laughing Gas"

監督: チャールズ・チャップリン / 共演: フリッツ・シェード

歯科医の助手(チャップリン)が先生の代わりに診察する。

これはつまらなかった。暴力を中心としたスラップスティック芸。診察の場面で目まぐるしくカットが替わっている。

>>『チャップリン作品集 2』

2007.11.4 (Sun)

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ『夜間飛行』(1931)

夜間飛行(109x160)

★★★
Vol de Nuit / Antonie De Saint Exupery
山崎庸一郎 訳 / みすず書房 / 2001.8 / フェミナ賞
ISBN 978-4622045229 【Amazon
ISBN 978-4102122013 【Amazon】(新潮文庫)

ブエノス・アイレスの航空基地では、当時としては珍しい夜間の郵便飛行事業を手がけていた。そこの支配人リヴィエールは、峻厳な態度で部下に臨んでいる。そんななか、操縦士がサイクロンに巻き込まれて行方不明になった。

「規則というものは」、とリヴィエールは思った。「宗教の祭式のようなものだ。不合理なもののようだが、人間を鍛えあげてくれる」。 (……) 彼にとって人間は、こねあげねばならない生のままの蝋だった。その物質に魂を与え、意志をつくり出してやらねばらない。

人の上に立つ者のモラルを描いた社長小説。リヴィエールの理念はシステムを最上とするもので、円滑な組織運営のために、人間的な感情を排して物事を決めている。職能を越えた友情は許さないし、見せしめとして無実の男を解雇することだって辞さない。会社に属する全ての人間に重い責任を課すことで、航空事業という一大思想を作り上げている。

要するに、リヴィエールは「孤高の経営者」といったところだろう。同情すれば愛されることは分かっているし、時折そうした弱気に晒されることもある。しかし、彼はぎりぎりのところで思い止まり、ただひたすら理念のために人を動かしていく。

著者の本は『星の王子さま』しか読んでなかったので、このニーチェ的な人物像は意外だった。理念に殉じたリヴィエールには、人間としてのある種の到達点のような趣さえある。物語ももはや神話の領域で、航空事業に全てを賭ける男のロマンを感じた。

ちなみに、本作は宮崎駿の愛読書のようだ。嵐に巻き込まれた操縦士が、光を求めて上昇し、冥府のような空で光芒に包まれる。この場面は確か『紅の豚』【Amazon】で使われていた。

>>Author - サン=テグジュペリ

2007.11.7 (Wed)

レイモンド・カーヴァー『ウルトラマリン』(1986)

ウルトラマリン (村上春樹翻訳ライブラリー c- 7)(102x160)

★★★
Ultramarine / Raymond Carver
村上春樹 訳 / 中央公論新社 / 2007.9
ISBN 978-4124035056 【Amazon

詩集。「今朝」、「絵を描くのに必要なもの」、「ある午後のこと」、「循環」、「蜘蛛の巣」、「バルサ材」、「投げる」、「郵便」、「検死解剖室」、「彼らが住んでいた場所」、「記憶(II)」、「自動車」、「ずれている」、「サンフランシスコのユニオン・ストリート、一九七五年の夏」、「ボナールの裸婦」、「ジーンのテレビ」、「メソポタミア」、「ジャングル」、「望み」、「この家の後ろの家」、「リミット」、「感じやすい娘」、「メヌエット」、「出口」、「魔法」、「東方より、光」、「無理な注文」、「彼女の不幸の書き手」、「発破係」、「ハサミムシ」、「ナイキル」、「可能なもの」、「ぶらぶらして暮らしたい」、「メキシコ・シティーの若き火喰い芸人たち」、「食料品はどこに行ったのか」、「僕にできること」、「小さな部屋」、「優しい光」、「庭」、「サン(坊主)」、「カフカの時計」、「過去の光速」、「寝ずの番」、「ホテル・デル・マヨのロビーで」、「バイア、ブラジル」、「現象」、「風」、「移動」、「眠る」、「河」、「一日でいちばん素晴らしい時間」、「尺度」、「ろくでもなく僕ひとりで」、「きのう」、「学校の机」、「ナイフとフォーク」、「ペン」、「賞」、「いきさつ」、「草原」、「だらだら」、「筋」、「待つこと」、「議論」、「水路」、「九月」、「真っ白い野原」、「射撃」、「窓」、「かかと」、「電話ボックス」、「キャデラック詩心」、「単純」、「ひっかき傷」、「母親」、「その子供」、「畑」、「『プロヴァンスのふたつの町』を読んだあとで』」、「夕暮れ」、「残り」、「スリッパ」、「アジア」、「贈り物」の83編。

村上春樹翻訳ライブラリー。カーヴァーの詩を読むのは今回がはじめてだったけれど、小説同様平易な文章で読みやすかった。内容も、日常を切り取ったり負け組にスポットを当てたりカーヴァー節が健在。まるで短編からさらに言葉を切り詰めたみたいだった。これはショートショートと言っても通用するくらい散文に近いと思う。

以下、気に入った詩について。

「投げる」"The Projectule"

ムラカミ・ハルキと茶をしばきつつ、思考は16歳の思い出へ向かう。

部屋から車へと時空を越える様子を、「異物が入りこんでいた」とまとめるところがさすが。部屋のなかに喧噪を召喚したような微妙な残像が残っている。

「郵便」"The Mail"

息子と娘と母親から、手紙で金の無心をされる。

貧乏ネタはカーヴァーの十八番だ。誰もかもが生活苦を訴え、金を要求してくる。

「サンフランシスコのユニオン・ストリート、一九七五年の夏」"Union Street: San Francisco, Summer1975"

アル中たちののんべんだらりとした午後。

こいつらはヒッピーなのか? 夫の誕生祝いにフェラチオをする妻が可笑しいし、午後を起点としたゆるやかな時間感覚も素晴らしい。

「望み」"Hope"

負け犬の夫が、20年間の結婚生活にピリオドを打って家を出ていく。その家には既に新しい男がいて、夫が出ていくときに鍵を付け替えていた。

これは比喩と省略が抜群に効いている詩。負け犬が負け犬で終わらなかった様子を、短い言葉で的確に表現している。妻との再会もグッド。

「出口」"Egress"

急死したドクター・カビーツを運び出すために、バスルームのドアを取り外した。その時の記憶から話は死へと移る。

若い人間にとって死とは他人事であると主張する。しかし、ムキになって否定すればするほど、それは不安の表れであることが分かってしまう。

「東方より、光」"From The East, Light"

クリスマスの家族の肖像。

上手くいってない様子を巧みに描いている。プレゼントに首吊り用のロープとか、テレビのボリュームを上げていくとか、子供たちの荒みようが印象的。

「サン(坊主)」"Son"

父が死ぬ寸前に漏らした「サン」という言葉。

これも家庭の不和が背景にあって、母のヒステリックな態度にうんざりさせられる。しかし、父と子にまとわりつく「サン」の行方には不思議な余韻がある。

「ホテル・デル・マヨのロビーで」"In The Lobby Of The Hotel Del Mayo"

ロビーの日常風景を破るハプニング。

冒頭で色々な人の行動が列挙されていて、それが日常になっている。で、そこへ闖入する事件とのギャップ。やはりカーヴァーは何気ない風景をスケッチするのが上手い。

「移動」"Migratiom"

余命3ヶ月の友人が、動物の移動を扱った番組を見る。

これは説明が難しい。「破滅」と「移動」の組み合わせが妙にマッチしているというか。移動とは完全なる破滅から逃れる行為であり、だからこの組み合わせは相性が良いのだろうか。

あと、「伝染るんじゃないか」という不吉な予感もインパクト大。

「眠る」"Sleeping"

眠りについて。

短い言葉で事実を畳みかけていく。詩は技術だなということがよく分かる。

「ペン」"The Pen"

洗濯機のなかに入れられたペンの運命。

ペンが紡ぎ出す詩がいかにも詩って感じで微笑ましい。

>>Author - レイモンド・カーヴァー

2007.11.8 (Thu)

ジャン・エシュノーズ『ラヴェル』(2006)

ラヴェル(109x160)

★★★★
Ravel / Jean Echenoz
関口涼子 訳 / みすず書房 / 2007.10
ISBN 978-4622073321 【Amazon

ラヴェルの晩年をモチーフにした小説。アメリカ演奏ツアーからボレロの成功、ウィトゲンシュタインとの確執を経て、その死までを描く。

『ピアノ・ソロ』に続いてこれも面白かった。トスカニーニやガーシュウィンなど、実在の人物を織り交ぜながら、ラヴェルの個性を浮き彫りにしている。伝記的事実に沿った内容のせいか、前作のようなポモ臭さはほとんどなし。人を食ったような語り口と、エスプリの効いた言い回しが、哀しくも滑稽なラヴェルの人生にぴったりフィットしている。

今までのエシュノーズはストーリーが貧弱だったけれど、今回は実在の人物を使うことでその欠点を克服していると思う。ラヴェルは華やかな栄光に彩られながらも、プライベートではどこか孤独な雰囲気を漂わせていて、人物像に陰影がついている。自作の曲を勝手に改変されて激怒するラヴェル。不眠症に悩んで対策と反論を並べ立てるラヴェル。脳の萎縮によって記憶力の衰えたラヴェル。エシュノーズの筆は巧みに距離を置きながら、偉大な作曲家を生き生きと描き出している。

>>Author - ジャン・エシュノーズ