2007.12a / Pulp Literature

2007.12.2 (Sun)

『チャップリン作品集 3』(1916/米)

チャップリン作品集 (3)(99x140)

★★★
Charles Chaplin Vol.3
アイ・ヴィー・シー 【Amazon

短編集。「チャップリンの消防夫」、「チャップリンの番頭」の2編。

『チャップリン作品集 2』の続き。ミューチュアル時代の2編を収録している。

以下、各短編について。

「チャップリンの消防夫」(1916)"The Fireman"

監督: チャールズ・チャップリン / 共演: エドナ・バーヴィアンス / エリック・キャンベル

チャップリンが勤める消防団でのドタバタ。隊員同士で小競り合いをしたり、火災が発生してもなかなか出動しなかったり。

小ネタのオンパレードで面白かった。寝間着姿の消防夫たちが、瞬時に制服姿に変わるシーンが笑える。あと、火事を知らせにやってきた男との掛け合いも楽しい。制服を着た男たちが右往左往するせいか、キーストン・コップスのような趣がある。

喜劇におけるストーリーには、拡散しがちな小ネタを一つにまとめあげる役割があり、特に男女のロマンスが軸になっているとやたら座りが良い。最後の救出劇なんか、古い映画とはいえいかにもハリウッド的だなと思う。

「チャップリンの番頭」(1916)"The Pawnshop"

監督: チャールズ・チャップリン / 共演: エドナ・バーヴィアンス / ヘンリー・バーグマン

チャップリンがユダヤ人の質屋で番頭をする。

チャップリンの動きがキレていて見応えがあった。同僚との殴り合いがカンフーアクションみたいに凝っている。しかも、動きにはちょっとした流れがあって、たとえば派手な暴力が警官を前にして突如ダンスに転じたりする。まるでミュージカルの一コマを観ているみたいだった。

ところで、脚立の上から転げ落ちるシーンはスタントを使っていないのだろうか。そういえば、「チャップリンの消防夫」では壁を伝ってアパートの3階までよじ登っていた(ワンカットで)。チャップリンは意外と危険なアクションに取り組んでいる。

>>『チャップリン作品集 4』

2007.12.4 (Tue)

フョードル・ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟 4』(1879-80)

カラマーゾフの兄弟 4 (光文社古典新訳文庫)(111x160)

★★★★
Братья Карамазовы / Фёдор М. Достоевский
亀山郁夫 訳 / 光文社古典新訳文庫 / 2007.7
ISBN 978-4334751326 【Amazon

11月初頭。コーリャと知り合ったアリョーシャが、共に病床のイリューシャを見舞う。イワンがスメルジャコフに詰め寄り、事件の真相を聞き出す。裁判でミーチャの運命が決まる。

『カラマーゾフの兄弟 3』の続き。この巻では、ミステリ読者をも唸らせる本格的な法廷劇が展開する。事実としてはミーチャは冤罪であり、持ち前の運の悪さから不利な状況に立たされている。あちこちで殺意を公言したり、金策と矛盾する散財を行ったり、まるでパトリシア・ハイスミスを彷彿とさせる空気の読めなさ。さらに現場にいた使用人を半殺しの目に遭わせているし、挙げ句の果てには父親の殺害を予告した手紙まで出てきてしまう。明確な物証はないとはいえ、ミーチャは自らの言動によってドツボにはまっており、そんな彼の人間性が法廷バトルの焦点になっている。有罪を主張する検事と、無罪を主張する弁護士。2人のロジックには隙がなく、よくここまで事件を構築したものだと感心させられる。

この巻はイワンとスメルジャコフの対決も見所だろう。2人の関係は、まるで『見知らぬ乗客』【Amazon】のガイとブルーノーのよう。イエスを批判する「大審問官」を創作し、「すべては許されている」と神の不在を謳ったイワンは、スメルジャコフという精神的双子とのつばぜり合いによって、無意識下の欲望に直面することになる。イワンの抱える大きな暗黒、それがスメルジャコフであり、この巻のMVPはイワンとスメルジャコフの両名だと思う。

>>『カラマーゾフの兄弟 5』に続く

>>Author - フョードル・ドストエフスキー

2007.12.6 (Thu)

フョードル・ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟 5』(1879-80)

カラマーゾフの兄弟 5 エピローグ別巻 (5) (光文社古典新訳文庫)(110x160)

★★★★★
Братья Карамазовы / Фёдор М. Достоевский
亀山郁夫 訳 / 光文社古典新訳文庫 / 2007.7
ISBN 978-4334751333 【Amazon

裁判が終了し、刑が確定。水面下で脱獄計画が動くなか、アリョーシャは子供たちと墓参りをする。将来について予言した彼は、子供たちから「カラマーゾフ万歳」とシュプレヒコールを受ける。

『カラマーゾフの兄弟 4』の続き。この巻はエピローグの他に気合いの入った「解題」が収録されている。信仰を持たない現代の日本人にとって、この小説の思想的な部分はあまり意味のないものだろう。我々は神もへちまもいないことを知っているし、宗教が人々を縛るためのフィクションであることも知っている。しかし、だからといって時代遅れというわけではなく、解題によって緻密な小説であることが明らかにされていて、その圧倒的な構造美に驚いたのだった。正直、本文よりも解題のほうが面白いと思う。

パラレリズムという概念が凄い。モークロエで大宴会に興じるミーチャと、夢のなかで「ガリラヤのカナ」の宴会を見ていたアリョーシャ。犬を殺したと思い込んで後悔するイリューシャと、老人を殺したと思い込んで不安になるミーチャ。ほか、アリョーシャを「大審問官」で誘惑したイワンは、直後メフィストフェレスのように足を引きずっていたけれど、そのモチーフは実は足の悪いリーザと対応しており、彼女もアリョーシャに対して悪魔の誘惑をしかけている。そして、極めつけは「甘いもの」で繋がる意外な話題……。この小説には無数の対応関係が隠されているようで、一連の謎解きはすこぶる刺激的だった。

以下、ミーチャにまつわる「生」と「死」のモチーフについて。

ひとことで言って、ミーチャを支配しているのは、つねに恍惚と自滅の感覚が紙一重となった、根源的な生命感覚であり、事実、ミーチャが登場する場面では、つねにきわどいかたちで「生」と「死」のモチーフがからまりあう。爆発的な生命力は、つねに死と隣りあわせにある。

第1部で、とつぜん父親の家に殴り込みをかけ、フョードルを半殺しの目にあわせる場面がそうであり、第3部では、リャガーヴィを訪ねた先の森番小屋で、こんどは逆に、彼自身が二酸化炭素中毒で死にかける。その後、ホフラコーワ夫人の家では怒りにわれをわすれ、金鉱行きをしきりに勧める相手をおどす。同じ第3部で、モークロエに向かう途中、彼は一瞬、ピストル自殺の誘惑にかられる。要するにこの小説がはらんでいる圧倒的な生と死の動的感覚を、ほかのだれよりもミーチャが体現し、逆に作者は、まさに「ドストエフスキー性」とでもいうべき生と死のカオス的感覚を、ひとりミーチャに託してドラマ化してみせたのだった。(p.215-6)

こう書かれると、鬱陶しかったミーチャが魅力的に思えてくるから不思議だ。今回の5つ星は、作品の見方を変えてくれたこの文章に捧げたい。

>>Author - フョードル・ドストエフスキー

2007.12.8 (Sat)

村上春樹『「ひとつ、村上さんでやってみるか」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける490の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?』(2006)

「ひとつ、村上さんでやってみるか」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける490の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?(113x160)

★★★★
朝日新聞社 / 2006.11
ISBN 978-4022723307 【Amazon

村上朝日堂に期間限定で公開されたテキストの書籍化。全裸主婦の話題から人生相談まで、読者からの質問に村上春樹が答えている。

前々から思っていたけれど、やはり村上春樹はバランス感覚の権化だ。諸々の人生相談は、ユーモアを交えながらも決して世間のモラルから逸脱しないし、憲法九条や死刑制度については、右にも左にも偏らない良心的な意見を表明している。非常に都会的というか、大江健三郎にも石原慎太郎にもない、洗練された知性を拠り所にしているわけだ。政治に対して適度に距離を置く。物事に対して留保つきの態度を貫く。良くいえば現代的、悪くいえば及び腰だけれど、その強固なバランス感覚は読む者に安心感を与えてくれる。

あと、相変わらず比喩が冴えている。以下は、評論のあり方について解答した文章(質問343)。

あのですね、新聞を始めとするメディアに載る文芸評論あるいは書名文芸記事みたいなものって、そういう風に社会性を含んだテーマで「くくる」ことをしないと、価値が無いと思われているみたいなところがあるようです。そしてしばしばその「くくり」にあわせてマテリアルがかり集められ、ロジックの最短通路を気の毒な牛の群れのように「ほれ、ほれ」と追い立てられていきます。(p.259)

「気の毒な牛の群れのように」なんてよく出てくるなと感心する。

>>Author - 村上春樹

2007.12.9 (Sun)

手塚治虫『スーパー太平記 カラー完全版』(1958-59)

スーパー太平記 カラー完全版(115x160)

★★★
チクマ秀版社 / 2007.8
ISBN 978-4805004852 【Amazon

江戸時代。300年後の未来からタイムマシンが到来、うっかり赤ん坊を残して帰ってしまう。赤ん坊は女に拾われ、駒助という名前で育てられる。大きくなった駒助は、未来の技術を使ったカラクリで、外敵から江戸を救うのだった。

昭和33年から34年にかけて、雑誌「少年画報」に連載されたSF時代活劇。大相撲でいうと栃若時代の漫画であり、ちょうど団塊の世代を直撃している。一瞬、『サザエさん』【Amazon】のパチモンかと思った……。

内容は少年漫画の王道といった感じ。最近の漫画に慣れていると、コマ割りの小ささ(*1)や、「引き」の弱さが気になるけれど、総じて絵柄もストーリーも安定していて飽きさせない。主人公の駒助は、奉公先の先輩から理不尽な目に遭わされており、2人の緊張を軸にストーリーは展開する。当然、その先輩は報いを受けるわけで、やはり子供向けの漫画は勧善懲悪が一番だなと思った。

剣の達人が駒助をサポートしていて頼もしい。彼は用心棒や忍者の兄妹たちと、熾烈なバトルを繰り広げている。昔風のシンプルなチャンバラを堪能した。

*1: 4段組。ただし、途中から3段組になっている。雑誌掲載時に無理矢理トリミングしたとか。