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2007.12.11 (Tue)
▲亀山郁夫『「カラマーゾフの兄弟」続編を空想する』(2007)

★★★
光文社新書 / 2007.9
ISBN 978-4334034207 【Amazon】
『カラマーゾフの兄弟』は「第1の小説」であり、ドストエフスキーの頭の中には、続編となる「第2の小説」が構想されていた。ロシア文学者の著者が、綿密な考証に基づいて「第2の小説」を空想する。
空想の根拠となるのが、「第1の小説」の序文、作品内のモチーフ、同時代の事件、作者の伝記的事実、そして作者を知る人たちの証言である。従って、基本的な部分はある程度筋が通っており、その練りに練った論考はよく出来た推理小説を思わせる。どうやら検閲の可能性を考慮しているのがポイントのようだ。皇帝暗殺という「第2の父殺し」(*1)を想定するにあたって、モチーフ上の要請と時代的な制約のバランスをとっている。空想の是非はともかく、本書は『カラマーゾフの兄弟』成立の背景事情を確認しているので、「解題」を補完する読み物として有用かもしれない。個人的には、他人が考える「続編」に大した意味があるとは思えなくて、「解題」ほどの読み応えは感じなかった。
第10編「少年たち」は、実は来るべき続編を睨んだ伏線であり、「第1の小説」で回収されないモチーフが多々含まれているという。なかでもコーリャが謎の中心に挙がっていて、彼の人物像を子細に検討していくところがスリリングだった。犬のしつけ方から性格を見出し、ガチョウ殺しのエピソードから将来を導き出す。こういう細部の分析には光るものがあると思う。
2007.12.12 (Wed)
◆『チャップリン作品集 4』(1916,17/米)

★★★★
Charles Chaplin Vol.4
アイ・ヴィー・シー 【Amazon】
短編集。「チャップリンのスケート」、「チャップリンの勇敢」の2編。
『チャップリン作品集 3』の続き。ミューチュアル時代の2編を収録している。
以下、各短編について。
「チャップリンのスケート」(1916)"The Rink"
監督: チャールズ・チャップリン / 共演: フランク・J・コールマン / アルバート・オースチン
ウェイターのチャップリンが、偶然知り合ったご婦人をパーティーに招待。そこで華麗なスケーティングを披露する。
これは凄い。チャップリンがローラースケートですいすい動き回るのだけど、彼のスケート捌きは光GENJIよりも上ではなかろうか。滑らかなムーン・ウォークに、鮮やかなイナバウワー。すーっと体の軸がぶれずにあちこち移動しているし、さらに転びそうで転ばないバタバタした曲芸まで見せている。これはもう、ローラースケートの神といっても差し支えないだろう。
「チャップリンの勇敢」(1917)"Easy Street"
監督: チャールズ・チャップリン / 共演: エドナ・バーヴィアンス / アルバート・オースチン
放浪紳士のチャップリンが警察に就職、貧民街の悪を一掃する。
弱きを助け、強きを挫く。後味すっきりのハートウォーミング・コメディだった。荒れていた貧民街が、チャップリンの大暴れによって浄化される。最後はついほっこりしてしまった。
ならず者との追いかけっこが凄まじい。狭いスペースのなかで、鼠のようにひょいひょい動き回っている。チャップリンって実は身体能力が高かったのだな。
2007.12.13 (Thu)
▲シオドア・スタージョン『[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ』(1948-)
![[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ (奇想コレクション)(101x160)](./img/51ZEFsEd4QL._SL160_.jpg)
★★★
The [Widget], the [Wadget], and Boff / Theodore Sturgeon
若島正 編 / 河出書房新社 / 2007.11
ISBN 978-4309622002 【Amazon】
日本オリジナル編集の短編集。「帰り道」、「午砲」、「必要」、「解除反応」、「火星人と脳なし」、「[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ」の6編。
以下、各短編について。
「帰り道」(1953)"A Way Home"
家出を決意した少年が、地元の幹線道路に出たところで空想する。
人間だれしも田舎には縛られたくない。若ければ尚更である。そういった前に向かう気持ちがある反面、新しい道を進むには大きなリスクがあるし、さらに田舎には安定した重力みたいなものがある。
というわけで、道を巡る心の機微を描いたヒューマンな短編だった。自分の場所があるんだったら無理して家出する必要もないよな。★★★。
「午砲」(1963)"Noon Gun"
女連れで飲みにいった男が、マッチョマンに絡まれてすごすごと引き下がる。
ヘタレだった過去を織り交ぜて男の成長を描く。まるで「少年ジャンプ」の読み切り漫画みたいだった。やはり、男はこぶしで語ってこそ一人前なのだろう。その晩はきっとライオンの夢を見たに違いない。
「この人、ブルドーザーを運転してるんだって」顎の先でジョーを示しながら、ベットがいった。ジョーはあやつり人形のよういうなずきかえした。一瞬、ゴードンの顔から横柄さが消え、表情のない、みかけよりも若い表情が浮かんだ。だがそれもほんの一瞬のことだった。(p.30)
一瞬とはいえ、マッチョマンがブルドーザーに反応しているのが興味深い。重機械は男の象徴であり、無意識のうちに偉大さを感じ取ったのだ。★★★★。
「必要」(1960)"Need"
不労所得で生活している男が、特殊能力を持った男と関わることで、人生の歓びを知ることになる。
伊坂幸太郎っぽい短編。エキセントリックな超能力者(善人だけど性格は最悪)を用いて、ナイーブな人生観を提示している。大人とは何か? という問いかけは、『海を失った男』所収の「成熟」(1947)に通じるものがある。13年の時を経て答えが出たということだろうか。
「必要」がキーワードとして全編を貫いている。超能力者は他人の「必要」を敏感に察知し、金銭を見返りとして(場合によっては無償で)それを満たそうとする。また、不労所得で生活している男は、他人から仕事を任される(「必要」とされる)ことによって、今までになかった充足感を味わうようになる。さらに、彼は逃げた妻が「必要」であると強く感じ……。
とまあ、久しぶりに素朴な良い話を読んだなと思った。キリスト教の価値観が土台とはいえ、ドラマを通して辿り着く人生観は説得力がある。特に「大人の定義」には膝を打ったのだった。まるで小説の形式を借りた自己啓発書みたい。★★★★★。
「解除反応」(1948)"Abreaction"
記憶喪失の男が、ブルドーザーに乗りながら自分の過去を探る。
あれこれ考えて衝撃の事実を知るという流れ。この世界観はSFらしくて面白い。多元宇宙論ってこんな昔からあったのか。★★★。
「火星人と脳なし」(1949)"The Martian and the Moron"
夜な夜なラジオ作りに勤しんでいる父。ある夜、息子が買物にいかされるが……。
昔は火星がリアルだった。宇宙船がない時代の古き良きロマン。★★。
「[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ」(1955)"The [Widget], the [Wadget], and Boff"
宇宙から来た知的生命体が、下宿に集まる人々を観察、実験の対象にする。
「三の法則」(『海を失った男』所収)系統のヒューマンドラマ。宇宙人の知られざる介入によって、下宿人たちが心のわだかまりを解きほぐす。
何かある種の和製エンタメみたいですごい説教臭かった。こう言っちゃなんだけど、一方的に質問ばかりしてくる奴って鬱陶しいよね。なぜなら、往々にして事実上の糾弾だからだ。奴らは疑問形を隠れ簑にして、自分の主張を押し通そうとしている。スタージョン一流の人間愛も、今回はちょっと鼻についたかもしれない。★★。
>>奇想コレクション
2007.12.15 (Sat)
▲エリザベス・テイラー『エンジェル』(1957)

★★★
Angel / Elizabeth Taylor
小谷野敦 訳 / 白水社 / 2007.11
ISBN 978-4560092019 【Amazon】
ISBN 978-4270101445 【Amazon】(最所篤子訳)
20世紀末のイギリス。食料品店の娘エンジェルは、自己愛と自尊心の塊のような女だった。「パラダイス・ハウス」に憧れていた彼女は、突如学校を辞めて小説を執筆。一躍ベストセラー作家になる。
セオは以前、花屋の店先で、大きなサボテンの鉢を見たことがあった。あまり成長の見込みのない棘だらけの茎から、大きな、不機嫌そうな花が咲いていた。それは孤独で、周囲と調和できない、奇型的な突然変異のものに見えた。その時、彼はエンジェルを思い出したのだ。(p.104-5)
変人の人生ほど面白いものはない。エンジェルはまっとうな社会人としては生きられないくらい性格が歪んでいた。持ち前のプライドから学校では常に孤立していたし、中退後は仕事の口利きをしてくれた叔母に罵声を浴びせている。こんなバカ女がどうやって世間を渡っていくのかと思ったら、そこはハルヒばりのエゴの強さでぴょーんと乗り越えてしまった。村上春樹の言う通り、作家とは「なるもの」ではなく、「なってしまうもの」なのだろう。結果的に転落したとはいえ、エンジェルにはこれ以外の生き方――「パラダイス・ハウス」に執着し、浪費家の男に心を奪われ、最後は読者から忘れられてしまう――はできないのであり、無事「生」を全うしたかと思うとそれはそれで感慨深い。傍から見れば物寂しい感じがするけれど、当人はわりと満足してそうな気配で、やはり変人の人生は面白いなと思う。
エンジェルという名前は、「パラダイス・ハウス」の令嬢アンジェリカにあやかったものなのに、階級が逆転してエンジェルが主になるのだから皮肉だ。しかも、エンジェルが買い取った時は無人の廃屋だったので、当の住人たちと顔を合わせる機会は訪れず。かつて夢想したヴィクトリアンな生活は、決して触れることのできない、お伽噺の国のような印象として封じ込められている。
2007.12.16 (Sun)
▼ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』(2004)

★★
Lighthousekeeping / Jeanette Winterson
岸本佐知子 訳 / 白水社 / 2007.11
ISBN 978-4560092002 【Amazon】
スコットランド北西部。母を事故で亡くした少女シルバーが、盲目の灯台守ピューに引き取られる。灯台で光を守る傍ら、100年前に存在した牧師ダークの物語を聞かされる。
<物語への信頼>を前面に出した小説。暖炉を囲んで聞くような古き良き物語というのかな。ハンドメイドな肌触りの読ませる話ではあったけれど、ただ何かこう作者の気負いが鼻についていまいちだった。わたし物語を信じています、誠実に書けば良い作品ができます、この世で大切なのは愛なんです、みたいな「静かな」想い。<物語への信頼>が何かの呪縛のように感じられて、詩情の海にどっぷり浸かることができなかった。
最良の物語には言葉などない、という意見もある。それは灯台守として育てられなかった人たちの言うことだ。たしかに言葉はぽろぽろこぼれ落ちるし、大切なことは往々にして言葉にされずに終わる。大切なことは顔つきや仕草で伝えられるのであって、不器用にもつれる舌によってではない。真実は大きすぎるとか、いずれにせよ、言語という鋳型には寸法が合わないものだ。
それはわたしだって知っている。でもわたしは他のことも知っている、なぜならわたしは灯台守として育てられたのだから。日々の雑音のスイッチを切れば、まず安らかな静寂がやってくる。そしてつぎに、とても静かに、光るのように静かに、意味が戻ってくる。言葉とは、語ることのできる静寂の一部分なのだ。(p.145)
思えばこの下りが決定的だった。子供の無垢な視線を免罪符にしながら、それらしいフレーズを継ぎ接ぎしているように見えて、強い反感を抱いたのだ。どうやら今回は波長が合わなかったみたい。