Page Topics
2008.1.2 (Wed)
◆『チャップリン作品集 5』(1917/米)

★★★
Charles Chaplin Vol.5
アイ・ヴィー・シー 【Amazon】
短編集。「チャップリンの霊泉」、「チャップリンの移民」、「チャップリンの冒険」の3編。
『チャップリン作品集 4』の続き。ミューチュアル時代の3編を収録している。
以下、各短編について。
「チャップリンの霊泉」(1917)"The Cure"
監督: チャールズ・チャップリン / 共演: エドナ・バーヴィアンス / アルバート・オースチン
温泉地にやってきたチャップリンが、屈強なマッサージ師と対決する。
解説の淀川長治が、この映画のチャップリンを「女形」と喝破していて、なるほどゲイらしい見方だなあと思った。確かに水着姿のチャップリンはセクシーなポーズをとっており、その彼が素早い動きで相撲取りのような男を翻弄している。
回転ドアでぐるぐる回ったり、コップの水を知らず知らずのうちに帽子へ移したり、今回は長めの繰り返し芸が目立った。それと、脇役の1人が直径50センチくらいの霊泉に頭から突っ込んでいたけれど、あれはかなり危ないんじゃなかろうか。いつも通り体を張った芸も目立つ。
「チャップリンの移民」(1917)"The Immigrant"
監督: チャールズ・チャップリン / 共演: エドナ・バーヴィアンス / ジェームズ・T・ケリー
移民船に乗ったチャップリンが、博打で稼いだ金を貧しい母娘にあげる。その後、アメリカのレストランで娘に再会、一緒に食事をする。
代金の持ち合わせがないのに気づいたときの、チャップリンのリアクションが可笑しい。ウェイターがプロレスラーみたいな体格をしていて、直前に別の客がボコられていたのだ。
「チャップリンの冒険」(1917)"The Adventure"
監督: チャールズ・チャップリン / 共演: エドナ・バーヴィアンス / ヘンリー・バーグマン
脱獄囚のチャップリンが、海で溺れていた女性を助ける。彼女は判事の娘だった。
警官たちとの追いかけっこが楽しい。今回は孤島と屋敷の2箇所で、それぞれ違った趣向のアクションを見せている。より面白いのは後者だろうか。電灯のカバーを被って警官をやり過ごしたのには笑った。あと、追いかけっこの前哨戦として、大男とヒールキックでこつこつやり合っているのも良い。
車の運転主を高野虎市が演じている。はじめて見たけれど、意外と精悍な顔つきをしていた。
2008.1.3 (Thu)
◆シドニー・ポラック『トッツィー』(1982/米)

★★★
Tootsie
ダスティン・ホフマン / ジェシカ・ラング / テリー・ガー / ダブニー・コールマン / チャールズ・ダーニング / ジーナ・デイヴィス / ビル・マーレイ / シドニー・ポラック
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 【Amazon】
売れない役者マイケル(ダスティン・ホフマン)が、女装姿でテレビドラマのオーディションを受けて合格。アドリブで演じた女性像がお茶の間の共感を得て一躍時の人になる。
ジェンダーネタを取り入れたロマンチック・コメディ。女装時と平常時でマイケルの役割がねじれているところが面白かったかな。女でいるときはフェミニンな意見を述べているくせに、男でいるときはもの凄く女にだらしない。二股がバレたときの言い訳が、女モードで知り合った下衆野郎とそっくり同じなのが皮肉だ。元々は男とのキスシーンを避けるために、その後は役作りにのめりこんだ結果だから、一貫性がないのは仕方がないのだろう。女好きのごく普通の中年男が、女装することで同類の欲望に晒される。この映画のフェミニズムは、あくまで男の滑稽さを炙り出すためのスパイスであって、別に深い意味はないんじゃないかと思う。
それにしても、ダスティン・ホフマンの女装にあまり違和感がなくてびっくりした。演技の上手さもあるけれど、外見的には手間さえかければ何とかなるみたいだ。考えてみれば、中年以降は男女の区別って基本的につかないから(暴論か?)、都会に溶け込むくらいなら余裕だろう。胸に柘榴を入れて厚化粧さえすれば、よほどごつくない限りは何とかなる。
2008.1.4 (Fri)
▲ジョン・コリア『ナツメグの味』

★★★
The Touch of Nutmeg Makes It and Other Stories / John Collier
垂野創一郎・他 訳 / 河出書房新社 / 2007.11
ISBN 978-4309801063 【Amazon】
日本オリジナル編集の短編集。「ナツメグの味」、「特別配達」、「異説アメリカの悲劇」、「魔女の金」、「猛禽」、「だから、ビールジーなんていないんだ」、「宵待草」、「夜だ! 青春だ! パリだ! 見ろ、月も出てる!」、「遅すぎた来訪」、「葦毛の馬の美女」、「壜詰めパーティー」、「頼みの綱」、「悪魔に憑かれたアンジェラ」、「地獄行き途中下車」、「魔王とジョージとロージー」、「ひめやかに甲虫は歩む」、「船から落ちた男」の17編。
異色作家らしい(?)ブラックな作風。ガツンとくる傑作は「猛禽」のみで、あとは小さくまとまっている。
以下、各短編について。気に入った短編には末尾に☆をつけた(17編中5編につけた)。
「ナツメグの味」"The Touch of Nutmeg Makes It"
研究所で知り合った男には驚愕の過去があった。
男は一見すると真面目で、付き合ってみると人当たりも柔らかい。その彼の人間性に主眼が置かれている。こういうのを読むと、人間にまともな性質の奴なんていないんじゃないかと思う。皆どこかしら狂気なり歪みなりを隠し持っており、何がトリガーになるかは人それぞれに過ぎない。人付き合いで難しいのは、個人個人の特殊な思い入れを斟酌しなければならないところだ。これぐらいの冗談なら大丈夫だと高を括ったら、運悪くtender spotだったというのはよくあることである。
もちろん、この小説のケースは完全にキチガイ。☆。
「特別配達」"Special Delivery"
百貨店に勤める男は、マネキン人形を愛する倒錯者だった。
一風変わった文化系男子の純愛ストーリー。男は雌のマネキン人形と通じ合っていると思っており、彼女を抱えてちょっとした冒険を繰り広げる。どうも本人は世間と相容れない価値観であることをうすうす承知しているようだけど、それでも敢えて目を覚まさないところが凄い。ここまでくると、何かの特殊能力に思えてくる。☆。
「異説アメリカの悲劇」"Another American Tragedy"
借金を抱える若者が、歯医者で歯を全部抜いてもらう。彼には計画があった。
カトリーヌ・アルレーを彷彿とさせる皮肉な犯罪劇。これで遺産もゲットだぜ! と思ったら、自分より一枚上手の相手がいた。あっさり人を殺すところがミステリの醍醐味だと思う。
「魔女の金」"Witch's Money"
フランスの農村。頭のおかしそうな旅人が、高額で離れの家を買い取る。何でも彼は画家だという。
世の中銭やということで、小切手も知らない田舎者の屈折した感情が面白い。
「猛禽」"Bird of Prey"
夫婦が飼っている年寄りの鸚鵡が卵を産んだ。
これは傑作。鳥の癖に頭が良すぎる。一瞬の判断で疑心暗鬼を増幅させる手段に出るとは。そりゃ人間だって鳥がそこまで賢いとは思わないからねえ。何でも真に受ける夫が可哀想すぎる。☆。
「だから、ビールジーなんていないんだ」"Thus I Refute Beelzy"
小さい男の子がビールジーに会ったと言い張る。ビールジーとはどうやら空想上の人物らしいが……。
実は最初読んだときはオチが分からなかった。で、疑問に思って前のページを読み返したらはたと気がついた。なるほど、これはホラーだったのね。サキの「スレドニ・ヴァシュター」に触発されたとか。
「宵待草」"Evening Primrose"
詩人を自称する男の手記。ブルジョワ社会に別れを告げて百貨店に住んでいる。
夜明け前の世界を舞台にしている。これは映像化すると良さそう。できれば『アイズ・ワイド・シャット』【Amazon】みたいな耽美な感じで。
「夜だ! 青春だ! パリだ! 見ろ、月も出てる!」"Night! Youth! Paris! and the Moon"
アトリエで倹約生活を送っていた男。その彼が女を好きになって一緒にパリへ。
語り手のポジションが目を惹く。まるで観念のみが存在しているみたい。こういう奇妙なのも悪くないね。
「遅すぎた来訪」"Are You too Late or Was I too Early?"
田舎暮らしの男が足跡を見つける。これはきっと妖精かヴィーナスのものに違いない。
ゴーストストーリーが続いてちと飽きる。
「葦毛の馬の美女」"The Lady on the Grey"
舞台はアイルランド。アングロ・アイリッシュの男が、美人姉妹に会うべく田舎へ赴く。
何かグリム童話のブラックなやつみたい。スケベ男が彼岸の世界にまで行き着いている。アイルランドだったらこういう現象があってもおかしくないだろう。今でも妖精とか飛んでそうだ。
「壜詰めパーティー」"The Bottle Party"
非モテ男が魔神の入った瓶を購入、宮殿に飽食に漁色と贅の限りを尽くす。
ちょっとジム・トンプスン風? 従順な魔神も女が絡むとあっさり裏切る。全体的に本書は不注意な奴が多くて、みな無防備なところをつけ込まれている。欲望を満たしたいのだったら誰も信じちゃいけねー。☆。
「頼みの綱」"Rope Enough"
インドのロープ奇術を笑う男が、妻と共にアメリカへ渡る。
これも下半身の欲望が。意外と本書は国際色豊かで、本作の前半はインドを舞台にしている。ロープ奇術のカラクリが、手品じゃなくて魔法なのが面白い。
「悪魔に憑かれたアンジェラ」"Possession of Angela Bradshaw"
アンジェラに取り憑いた悪魔を何とかしようとする。
まあ普通。
「地獄行き途中下車」"Halfway to Hell"
薬を飲んで自殺した男が、幽体となって街をうろつく。そこで悪魔に捕まり、地獄行きの列車に乗ることに。男は奸計を巡らせる。
主人公が不幸な目に遭う短編が多いなか、こういうのもなかなか痛快。まさに悪魔を恐れぬ所業だ。
「魔王とジョージとロージー」"The Devil, George, and Rosie"
女を恨む非モテ男が、魔王にスカウトされて地獄にやってきた。彼は女を監視する部署の責任者になる。
魚の目製造工場とか、むだ毛を満載したトラックとか、何気ないディテールに笑った。あと、ヒトラーが地獄の救世主になっているところも。大量の女がカロンの連絡船から出てくる様は確かに壮観だろう。
ロージーが出てきてからの展開には驚いたね。非モテ男は根が小市民だから、愛さえ得られれば正常になれる。☆。
「ひめやかに甲虫は歩む」"Softly Walks the Beetle"
老人が映画のパトロンになりたいという。
西洋の悪魔が律儀だと思うのは、必ず契約書を交わすところなんだよな。
「船から落ちた男」"Man Overboard"
巨大帆船でシーサーペントを探しに行く。途中で拾った客によってトラブルが発生する。
男のロマンに水を差しちゃいけねー。
2008.1.8 (Tue)
▽大江健三郎『臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ』(2007)

★★★★
新潮社 / 2007.11
ISBN 978-4103036197 【Amazon】
年老いたノーベル賞作家が、映画プロデューサーの木守と再会する。彼らは30年前、クライストの小説を各国で映画化する「ミヒャエル・コールハース計画」に携わっていた。中途で頓挫したその計画には、アメリカ在住の女優サクラも関わっており、彼女は少女時代に「アナベル・リイ」を演じていた……。
「ミヒャエル・コールハース計画」とは、クライスト生誕200年に合わせたビッグ・プロジェクト。アメリカ・ドイツ・中南米・アジアの製作チームが、それぞれ『ミヒャエル・コールハースの運命』【Amazon】を映画化して一気に上映しようという計画だ。アジア版は韓国が引き受けていたものの、脚本を務める金芝河の投獄によって、実現が困難になってしまう。では代わりに日本が製作しようということで、大学の同級生だった木守が話を持ってくる。
大江の面白いところは、プライベートの延長上に虚構を織り交ぜる、境界崩しの妙味にあるのだけど、今回はいつも以上にウソだかホントだか分からない設定になっている。どうやら語り手は健三郎その人のようだし(ケンサンロウとか、Kenzaburoとか呼ばれている)、中年になる息子は実名の「光」で登場している。かと思えば、伊丹十三は「塙吾良」、細君は「千樫」と、実名と仮名の使用に統一性はないようである。
西洋のテクストを吸収して独自に語り直すのも面白い。語り手はミヒャエル・コールハースの叛乱を、四国の一揆と結びつけて再構築している。どうもこの一揆は『万延元年のフットボール』【Amazon】以来の一貫したモチーフのようで、私がこれまで読んできた「後期の仕事(レイトワーク)」でも言及されていた。本作では「メイスケ母」を指導者として解釈し、女優のサクラがそれに感情移入するという構図になっている。実はサクラが入れ込むのには理由があって、それは語り手が少年時代に観た「アナベル・リイ」と深い関係があった。彼らのドラマは、少年期・中年期・老年期と3つの時代にまたがっている。今回はチャイルド・ポルノにまつわる「回復のストーリー」が主軸になっていて、読後は一定のカタルシスをおぼえたのだった。