2008.2c / Pulp Literature

2008.2.21 (Thu)

ペネロピ・フィッツジェラルド『テムズ河の人々』(1979)

Offshore(93x140,6390byte)

★★★
Offshore / Penelope Fitzgerald
青木由紀子 訳 / 晶文社 / 1981.1 / ブッカー賞
ISBN 978-4794918901 【Amazon
ISBN 978-0395478042 【Amazon】(原書)

テムズ河にハウスボートを浮かべて暮らす人々。その中の1人がボロ船を売却することになった。船室で会議を開く仲間たちだったが、これを皮切りに彼らの生活も変容することになる。

1979年のブッカー賞受賞作。陸と水の境界に住む人たちのままならない生活を描いている。彼らが寝泊まりするハウスボートは、たとえるならアメリカのトレーラーハウスみたいなもので、ややボヘミアン風の、経済的に恵まれない人たちが集まっている。当然、金持ちのヨットクルーズのような派手さもなければ、隅田川のお座敷船のような華やかさもない。物語は船の修理や食い扶持の確保といった、しけた話題が中心になっている。

2人の子を抱えるネナは、別居中の夫に会いに行って酷い目に遭わされる。頼れるリーダー・リチャードは、妻に家出されたあげく暴漢に襲われて大怪我をする。さらに画家のウィリスは、売却予定のボロ船が沈んで首が回らなくなった。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだけど、しかし終始暗いかといえばそうでもなく、最後は一条の光が差し込んでいる。

というわけで、まるで潮の満ち引きのような浮き沈みのある話だった。船上では誰1人としてしっかりした根を下ろすことができない。それぞれがハウスボートから離れていく結末は、テムズ河だけに「潮時」といったところだろう。陸と水の境界という半端な環境で織りなす、不確かな人間ドラマ。イギリスにかつて存在した、ライフスタイルの痕跡を見ることができる。

2008.2.22 (Fri)

デイヴィッド・ストーリー『サヴィルの青春』(1976)

Saville(91x140,4551byte)

★★★★
Saville / David Storey
橋口稔 訳 / 集英社 / 1983.1 / ブッカー賞
ISBN 978-4081240906 【Amazon
ISBN 978-0099274087 【Amazon】(原書)

炭坑夫の家庭に生まれたコリン・サヴィルは、階級から抜け出そうという父の期待を一身に受けて、奨学金つきの私立中学に入学した。しかし学校生活は厳しく、コリンは反抗的との理由で教師に目をつけられる。

「物心がついてからというもの、ぼくは自分以外の人のために義務を果たすことばかりしてきた。学校へ行ったのもそうだし、農場で働いたのだってそうだ。自分がしたいことを自分で決めたことなんて一度もない。そんなこと、できなかったんだ。ぜんまい仕掛けのハツカネズミみたいに追いたてられていた。ぜんまいが切れると、おやじか誰かがきてまた巻くんだ」(p.301)

戦中・戦後のイギリス、サクストンを舞台にした青春小説。著者の実人生を反映した自伝的な内容で、コリンがラグビーに熱中し、教師になり、そして町から出ていくところで終わっている。無骨な父がやたら子供に干渉してくるところは、アイルランドを舞台にした『青い夕闇』に似ている。労働者階級の暮らしぶりは、イギリスもアイルランドも大して変わらないということだろうか。

ツルハシを持って地下に潜る人間になるのか、それとも椅子に座って書類を相手にする人間になるのか。とにかく勉強して奨学金を勝ち取らなければ這い上がることができない。息子を炭坑夫にしたくない父は、ことあるごとに彼の勉強に首を突っ込んでいる。昨今の受験戦争とは違い、こちらは生活にもろに影響するから、息子にかかるプレッシャーもなかなか大きい。おまけに奨学金獲得は狭き門だ。コリンは将来の稼ぎ頭として、まるでモンゴル出身の取的みたいな立場に置かれている。

この小説は内面描写が少ないから、コリンはドラクエの主人公ばりに黙々と苦難を受け入れているイメージがある。ところが、事実はそうではなく、彼の心のうちには自由への渇望が渦巻いていた。父親の傀儡として青春を捧げ、紳士になるための過剰な管理教育に身を委ねる。それまでの憤懣を爆発させた第5部はまさに圧巻のひとことで、全てはこの下りのためにお膳立てされたのだろう。見えない鎖を断ち切ろうと必死に拳を振りあげるコリン・サヴィル。パンクロックに通じる青春の醍醐味を堪能したのだった。

2008.2.24 (Sun)

フョードル・ドストエフスキー『悪霊』(1871-2)

悪霊 (上巻) (新潮文庫)(112x160,7922byte)

★★★
Бесы / Фёдор М. Достоевский
江川卓 訳 / 新潮文庫 / 1971.12
ISBN 978-4102010174 【Amazon
ISBN 978-4102010181 【Amazon

放蕩者のスタヴローギンがロシアに帰還、疑惑の女関係や拳銃による決闘など、様々な悶着を巻き起こす。一方、スタヴローギンの知人ピョートルは、社会主義組織の結束をはかるべく、仲間の1人を密告者に仕立てて殺害しようとする。

んー、これはちょっと難解だったなあ。白痴の妹を虐待する酔っぱらい、妻の尻に敷かれて汲々としている県知事、金持ちに寄生する負け犬教授。例によって奇人・変人のオンパレードで、めいめいが熱に浮かされたように己の思想をぶちまけている。

新潮文庫の煽りでは、スタヴローギンが「悪魔的超人」となっているけれど、素人目にはピョートルのほうがヤバイように見える。何せ組織から抜けようというシャートフを銃殺し、その罪を被ってもらうべく知人のキリーロフに自殺を迫っているし。さらにはスタヴローギンを仲間に引き入れようと嘱託殺人にまで及んでいるし……。ほか、キリーロフは神の不在を謳った人神思想をぶちあげ、「完全な我意は自殺だ」とかぶっ飛んだ信条を持っているし、そもそも登場人物のほとんどがスタヴローギンより濃い。むしろ、イカれた連中のなかで彼は相対的に常識人であり(「スタヴローギンの告白」を読むと余計そう感じる)、だから「悪魔的超人」と言われてもいまいちピンとこなかったりする。

スタヴローギンとピョートルは、『カラマーゾフの兄弟』におけるイワンとスメルジャコフみたいな関係だろうか。ニヒリストのスタヴローギンを行動に駆り立てようというのがエゴイストのピョートルであり、前者はカリスマ、後者はイデオロギーと、足りないものを所持し合う表裏一体の関係にある。ピョートルのマリヤ殺しは、スメルジャコフのフョードル殺しと同根の問題で、これはドストエフスキーお得意の分身テーマなのだろう。2人には何かありそうな気配なので、是非とも亀山郁夫の解説が読みたいと思った。何せ、『カラ兄』の「解題」は刺激的な読み物だったしね。新訳の発売が待ち遠しい。

この小説が何を言わんとしているかはよく分からなかったけれど、各人の情念がぶつかり合う白熱の言論バトルは面白かった。ステパン氏 VS ワルワーラ夫人、ピョートル VS キリーロフ、レンプケ VS ユリヤ夫人と、ヒステリックな議論が目白押しで飽きさせない。まるで発作に取り憑かれた病人のような凄味がある。こういうのを読むと、ロシアにはパラノイヤしかいないんじゃないかと思う。

>>Author - フョードル・ドストエフスキー

2008.2.26 (Tue)

吉川英治『宮本武蔵』(1935-9)

宮本武蔵 全8冊   吉川英治歴史時代文庫(140x121,4151byte)

★★★★★
歴史時代文庫 / 2002.3
ISBN 978-4069350368 【Amazon】(全8冊)

関ヶ原の戦いに敗れて帰ってきた新免武蔵が、村人たちといざこざを起こして3年間幽閉される。その後、宮本武蔵と名乗って武者修行の旅に出た彼は、数々の出会いによって心身ともに成長していく。

言わずと知れた娯楽小説の金字塔。途中まで『バガボンド』【Amazon】との異同を確認するような読み方になってしまった。宝蔵院胤舜との戦いがなかったり、吉岡清十郎がやたら弱かったり、バトルものとしては物足りない向きがあるけれど、ただそのぶん登場人物が錯綜する筋運びが抜群で、全8巻をほとんど一気読みに近いスピードで読んだ。

物語の焦点が武蔵だけではなく、小次郎や又八、お通といった複数の人物に当たっていて、彼らが偶然のすれ違いを演じていく。この種の人工的なプロットは、往々にしてご都合主義に感じられるけれど(『砂の器』【Amazon】みたいに)、本作の場合は当て所のない武者修行を特定の因縁に引きつける役割を担っていて、かなりドラマチックに仕上がっていると思う。これが現実のような一期一会の世界だったら、単調なロールプレイングゲームになっていたことだろう。人事を尽くした箱庭的な世界観も、使い方によっては覿面に効果をあげるのだなと感心した。

この小説の良いところはキャラが立ちまくっているところだ。作州の乱暴者だった武蔵は、修行するうちに禅の境地に達して人間的な深みを増しているし、愚鈍な若者だった又八は、一時は餓鬼道に堕ちて武蔵を付け狙いながらも、最後は沢庵の手によって救済されている。あの本位田のおばばだって土壇場で転回を迎えているし、クソガキだった城太郎もイケメンボーイ(?)に大変身している。要するに、長大がゆえに登場人物の葛藤が引き延ばされ、そのぶん成長が劇的になっているのだ。もちろん、彼らを引き立てる悪役の存在も忘れてはならない。佐々木小次郎、宍戸梅軒、吉岡の門弟たちなど、数々の障壁によってビルドゥングス・ロマンが成立しているのだから。そこには深い因縁を持ったからこその充実感がある。

それにしても、大長編って読み応えが半端じゃなくて癖になるね。特に本作は、キャラクターの魅力もさることながら、ラストがとんでもなく格好良くて後味も最高だし。こんな面白い小説は、老後の楽しみにとっておくべきだったかもしれない。

2008.2.28 (Thu)

レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』(1953)

ロング・グッドバイ(113x160,6790byte)

★★★★★
The Long Goodbye / Raymond Chandler
村上春樹 訳 / 早川書房 / 2007.3
ISBN 978-4152088000 【Amazon

ロサンジェルスの私立探偵フィリップ・マーロウが、車の中で酔いつぶれていた男を自宅に連れて介抱する。男の名はテリー・レノックスで、妻は大富豪の娘だった。友情を育む2人だったが、ある日レノックスは妻殺しの容疑をかけられて逃亡先のメキシコで自殺。別の依頼を機にマーロウが真相を究明することになる。

『長いお別れ』【Amazon】(清水俊二訳)の新訳版。意訳満載の清水訳に対して、こちらは原文を忠実に翻訳、さらに清水訳ではしょられた箇所を丹念に訳した完全版だという。文章は直訳調でいくぶんのぎこちなさがあるものの、これまでオヤジの慰み者だったチャンドラーを、一般読者の手に取り戻した功績は大きいといえるだろう。訳者あとがきでは、『グレート・ギャッツビー』を引き合いに出しながら、チャンドラーを文章家として再評価している。

「一本電話をかければ、君の私立探偵免許を取り消すことができるんだよ、ミスタ・マーロウ。私に口答えをしない方がいい。そういうことに我慢できないのだ」
「二本電話をかけたら、私は後頭部をへこまされてどぶに横たわっているというわけですか?」(p.327)

大雑把に要約すると、本作は男同士の友情の話であり、始めから終わりまでマーロウの生き様が際だっている。友人の名誉を回復しようというマーロウは、警官にこづき回されても、ギャングに脅迫されても、大富豪に圧力をかけられても、持ち前のユーモアとへらず口(ワイズクラック)で反骨を貫く。金に目が眩むことはないし、暴力には屈しないし、女の誘惑にも負けない。困難に直面しても軸がぶれず、徹底して己の倫理に基づいた行動をとっている。この強固に自立した性格がマーロウの魅力であり、そこには常に個体しての生きづらさが伴うわけだ。「KY」なる言葉がはやっている昨今、我々はどうしたって長いものに巻かれざるを得ない。だからこそ、彼の一匹狼ぶりに共感するのである。

この小説は5000ドル札(マディソン大統領の肖像)の使い方がとても上手い。流通量が極端に少ない超高額紙幣が、レノックスの遺品としてマーロウの手に渡った。しかし、マーロウはその金に手をつけず、まるでお守りのように大切に保管している。なぜ使わないのか? それは亡き友の遺影でもあれば、一方的な感謝の証でもあり、あるいはきな臭い時限爆弾でもある。想い出にしてはあまりに即物的だから、マーロウとしてはもてあますしか術がない。光の当て方によってプリズムのように色を変える、この紙切れの顛末にはっとさせられる。

村上春樹のファンなら、『羊をめぐる冒険』の元ネタとして楽しめるだろう。すなわち、マーロウ=「僕」、レノックス=鼠、マイオラノス=羊男。図式としてはそのまま踏襲しているわけではないけれど、2人の友情を軸とした喪失に力点が置かれている。