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- 21 : 米澤穂信『犬はどこだ』(2005)
- 22 : ウィリアム・トレヴァー『密会』(2004)
- 25 : ジェイムズ・パウエル『道化の町』(1967-)
- 28 : 酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』(2004)
2008.4.21 (Mon)
▽米澤穂信『犬はどこだ』(2005)

★★★★
創元推理文庫 / 2008.2
ISBN 978-4488451042 【Amazon】
25歳の青年・紺屋は、東京の銀行を退職したのち、田舎に帰って犬捜し専門の調査事務所を開いた。そこへ2件の依頼が舞い込んでくる。内容は古文書解読と失踪人捜しだった。高校時代の後輩と共に調査する。
地方を舞台にした私立探偵小説。今回は珍しく大人を主人公にしている。前々から思っていたけれど、米澤作品はPCゲームと親和性が高いのではなかろうか。本作を読んで、マルチエンディング式のアドベンチャーゲーム(ADV)を思い出した。
ここで言うADVとは、選択肢によってシナリオが分岐するインタラクティヴな小説のこと。マルチエンディング式とは、分岐に応じて異なるエンディングを迎える形式のこと。具体的には、『野々村病院の人々』【Amazon】や『河原崎家の一族』【Amazon】、『かまいたちの夜』【Amazon】が有名だろう。エンディングはハッピーエンド、バッドエンド、中間エンドに大別され、ゲームによってはそれぞれ複数のパターンが用意されている。
今回はハッピーエンドとバッドエンド、双方の可能性をちらつかせながら、あえて中間エンドを選んでいるように見える。この場合のハッピーエンドとは、探偵が犯人を捕らえて秩序を回復することで、言ってみればお定まりのエンディングである。また、この場合のバッドエンドとは、捕らえにいった探偵が犯人に殺されることで、言ってみればゲームオーバーである。しかし、実際はどちらでもなかった。
思えば、米澤作品はみな中間的なエンディグを志向していた。たとえ事件を解決しても、決して満足のいく大団円は迎えない。程度の差はあれ、いつも何らかのしこりが残っている。そのしこりは人間の謎に根ざしているから、たいていは読み手の予想を超えているし、予想を超えているからインパクトがある(文体が軽いだけに尚更)。馳周星の小説が薄っぺらいのは、「バカの一つ覚えでバッドエンドに収束させているから」というのが定説だ。米澤作品はその対極にあると言えるだろう。
それにしても、本作の結末はぞっとする。まさに見てはいけないものを見てしまったが故の恐怖だ。にもかかわらず、後味は悪くないのだから不思議である。
2008.4.22 (Tue)
▽ウィリアム・トレヴァー『密会』(2004)

★★★★
A Bit on the Side / William Trevor
中野恵津子 訳 / 新潮クレスト・ブックス / 2008.3
ISBN 978-4105900656 【Amazon】
ISBN 978-0141017099 【Amazon】(原書)
短編集。「死者とともに」、「伝統」、「ジャスティーナの神父」、「夜の外出」、「グレイリスの遺産」、「孤独」、「聖像」、「ローズは泣いた」、「大金の夢」、「路上で」、「ダンス教師の音楽」、「密会」の12編。
どこにでもいそうな、負け犬っぽい人たちを題材にしている。『聖母の贈り物』に比べるとやや物足りないけれど、それでも人間への深い洞察に脱帽してしまう。苦味の利いた大人の短編集といった感じだ。
以下、各短編について。
「死者とともに」"Sitting with the Dead"
23年連れ添った夫を亡くしたエミリー。彼女のもとにゲラティー姉妹がやってくる。姉妹はマリア団の団員で、死にゆく人を慰問することで有名だった。エミリーは姉妹に己の不幸を打ち明ける。
エミリーにとって結婚は失うもののほうが多かった。夫に気を遣ってもらうことはなく、家は借金の抵当に入り、残ったのは田舎のわずかな土地だけ。精神的にも物質的にも満たされることはなかった。逃げ出す勇気も持てないまま、23年もの月日が経っている。「結婚は人生の墓場である」という格言は、男だけではなく、女にも当てはまるようだ。考えなしに結婚すると、エミリーみたいに生きながらの死者になってしまう。★★★★。
「伝統」"Traditions"
寄宿学校のとある仲良しグループ。彼らの飼っていたコクマルガラスが何者かに殺されていた。犯人探しに気勢をあげる仲間たちをよそに、オリヴィエはある女にあたりをつける。
伝統ある寄宿学校には<裏>の伝統もあった。オリヴィエと女、双方の思いが交錯する。★★★。
「ジャスティーナの神父」"Justina's Priest"
知恵遅れの少女は母の死後、姉夫婦のもとで暮らしている。少女は教会で懺悔をしていた。ダブリンのブレダから電話がかかってきて、こちらに来るよう誘われる。
経済の発展によって人々の暮らしも様変わりしてしまった。住宅地が建設される反面、信仰生活は危機に瀕している。そんななか、無垢でいるのが知恵遅れの少女だ。少女を誘うブレダが都会の悪徳を代表していて、純潔への張力が働いている。染まらないよう反対側から引っ張る家族。しかし、「こちら側」でいるのも考えものだ。それは形骸化した信仰の儀式を、未来永劫繰り返すことになるのだから。今や宗教を相手にするのは知恵遅れだけだった。人の営みとはこうまで哀れなのだな。★★★★。
「夜の外出」"An Evening Out"
劇場のバーで待ち合わせをする男女。2人は紹介所を通して会う約束をしていた。
この紹介所は今風にいえば「出会い系」か。2人は表面的にはそつなく接するのだけど、内面にはそれぞれ思惑があって、溝が浮き彫りになっている。こういう虚々実々の心理小説は面白い。男はもの凄いエゴイストで、女を利用することしか考えていない。単にアシスタントが欲しいだけだったり、レストランでは食い逃げを企んだりしている。
男と女では語りたい話題も異なる。ブログなんかでも顕著だけど、女はとにかく自分の生活を語りたがる傾向にあると思う。化粧品を変えたとか、片思いの相手にふられたとか、今日カレーを食べたとか。新しいカーテンを買ったとか、ダイエットをしているとか、今日お誕生日だったとか。こういうのって「スイーツ」に限らないんだぜ? 文系・理系、モテ・非モテを問わず、ほとんどの女に共通している。特に恋愛と食べ物は定番の話題だ。
もちろん、別に悪いと言っているわけではない。そもそも女というのは古来から「見られる」存在であり、安定した生活を享受するためには、男に対して自分を切り売りする必要があった。経済を握っているのは男だから、女の幸せは男によって決まっていたのである。強い男の目に留まるには、社会的役割としての<女>を演出しなければならない。そういうわけで、無意識のアピール機能が遺伝子レベルで組み込まれている。★★★★。
「グレイリスの遺産」"Graillis's Legacy"
図書館で働く男は、亡くなった未亡人の遺産相続人に指定されていた。しかし、男は金の受け取りを拒否する。
文学を通じた結びつきは、本好きなら共感できるだろう。恋愛ではなく、信頼というのか。孤独な者同士の繋がり。決して周囲には理解されない。★★★。
「孤独」"Solitude"
女は7歳のとき、母親の浮気相手を階段から突き落として殺した。当時は特に何事もなかったものの、老年になってから真実を知る。
親子3人の絆を、長大なタイムスケールで切り取っている。少女時代、娘時代、老年時代。それぞれ一断面に過ぎないとはいえ、時の経過による重みが感じられる。★★★★。
「聖像」"Sacred Statues"
職人の夫と妊婦の妻。時代の流れによって聖像作りも立ちゆかず、夫は石工の見習いとして出直すことに。1年間は給料が出ないので、夫婦そろって金策に奔走する。
これも重い。職人の作る聖像はクオリティが高いのだけど、今では需要がない。唯一の希望も閉ざされて、どんづまりの状況にある。工房には手製の聖人たちが控えている、というのがなかなか。★★★。
「ローズは泣いた」"Rose Wept"
大学に合格したローズ。彼女の家庭教師は、妻に浮気されていた。
今こうしてパーティを開いている間も、家で愛人とよろしくやっている。パーティーでジョークを飛ばす寝取られ夫。不正を知るローズは色々と内に溜めこんでいる。涙を流すラストはずるいと思いつつ、その感情のメカニズムは納得できる。さすが心の揺れを描くのが上手い。★★★★。
「大金の夢」"Big Bucks"
婚約者のいる猟師の若者が、母の死を機にアメリカへ渡る。
結局は女が冷めて破局するのだけど、それまでの愛情を分析したくだりにはっとする。著者は女心をよく理解していると思う。さぞモテたに違いない。★★★★。
「路上で」"On the Streets"
パートで働くシェリルのもとに前夫のアーサーズがやってくる。
わりと普通。★★★。
「ダンス教師の音楽」"The Dancing-Master's Music"
ダンス教師の独奏会。
これも普通。★★★。
「密会」"A Bit on the Side"
日本人のカフェで密会する中年の男女。女は離婚していた。
著者のやさしい眼差しを顕著に感じさせる作品だった。そういえば、これ以外にも数編あったな。最後まで来てやっと気づいた。★★★。
2008.4.25 (Fri)
▽ジェイムズ・パウエル『道化の町』(1967-)
★★★★
A Dirge for Clowntown and Other Stories / James Powell
森英俊 編 / 河出書房新社 / 2008.3
ISBN 978-4309801087 【Amazon】
日本オリジナル編集の短編集。「最近のニュース」、「ミスター・ニュージェントへの遺産」、「プードルの暗号」、「オランウータンの王」、「詩人とロバ」、「魔法の国の盗人」、「時間の鍵穴」、「アルトドルフ症候群」、「死の不寝番」、「愚か者のバス」、「折り紙のヘラジカ」、「道化の町」の12編。
ミステリ系ユーモア小説集。ファンタジーを絡めたり、ぶっ飛んだ筋を展開したり、人を食ったような話が多くて面白かった。ここまで変則的な小説群にはなかなかお目にかかれないと思う。しかも、常軌を逸した設定でありながらも、短編としての安定性に長けていて読み応えがある。
以下、各短編について。気に入った短編には末尾に☆をつけた(12編中7編につけた)。
「最近のニュース」(1967)"Have You Heard the Latest?"
妻はよく荒唐無稽な空想を口にしていた。それをジョークのネタにする夫。ところが、ジョークがジョークでなくなっていく。
世の中にはオチが読めても面白い小説というのがある。本作もその一つ。空想が具現化していく様子はちょっとした悪夢だ。☆。
「ミスター・ニュージェントへの遺産」(1994)"A Bequest for Mr. Nugent"
入院中の老女を世話する男。老女は気難しい性格をしており、彼の来訪を遺産目的だと思っていた。
ジャック・リッチーみたいな華麗な犯罪劇かと思ったら、終盤でぐぐっと球筋を変えている。野球で言えばフォークボールかな。意外な展開にびっくりした。☆。
「プードルの暗号」(1990)"The Code of the Poodles"
死んだおばはプードルに全財産を残していた。家政婦が後見人に指名され、プードルの世話をしている。おばは生前、プードルと意思疎通が可能だと思いこんでおり、ほとんどの時間を暗号解読に当てていた。遺産を相続できなかったトビーは一計を案じる。
おばの思いこみは実は妄想ではなく、プードルはトビーと意思疎通している。トビーに復讐を勧めているのは、犬らしく忠誠心が強いからだろう……と思っていたら、凄まじい急展開が待ち受けていた。これはネズミの復讐を代行したのだろうか。猫への報酬も果たせて一石二鳥。
「オランウータンの王」(1992)"The King of the Orangutans"
絵本作家がパーティーを抜け出して隣の農家へ。しかし、そこの番人に追い返される。
作家は自分の成功をオラウータンのおかげだと思っているうえ、キチガイじみた理屈で銃を手にしている。筋書きは荒唐無稽だし、叙述トリックは強引だしで、何かの悪ふざけみたいな短編だった。普通からの逸脱が著者の持ち味のようだ。
「詩人とロバ」(1987)"The Talking Donkey"
詩人が自ら希望して、王様のロバに言葉を教える。ただし、10年経っても駄目だったら命を奪われる。10年後、結果を見せに王様の前へ。追いつめられた詩人は、『千夜一夜物語』のような入れ子物語を語り出す。
みんなが死刑を待ち望んでいる極限状況が怖すぎる。砂時計を用意した王様は、詩人の時間稼ぎに応じて、処刑にかける時間を長引かせると宣言している。このプレッシャー、さすが専制君主だ。しかも、君主のくせに微妙にバカっぽいのがツボ。こんなのに権力があるのだから参ってしまう。☆。
「魔法の国の盗人」(1973)"The Theft of the Fabulous Hen"
「ジャックと豆の木」の後日譚。ガラスの塔から金の卵を産むめんどりが盗まれた。塔のなかは迷路になっており、竜がめんどりの番をしている。誰がどうやって盗んだのか?
童話の世界でパズラーをやろうという試み。魔法の道具が当たり前にある世界観が新鮮だった。めんどりの盗み方が童話ちっくで面白い。
「時間の鍵穴」(1993)"A Keyhole in Time"
サイコパスの元に未来から1組の男女がやってきた。彼らは未来を変えるためにある依頼をする。
倫理の欠落っぷりがすげー。1人殺せば英雄、もっと殺せば自分の望む世界へ。
「アルトドルフ症候群」(1969)"The Altdorf Syndrome"
語り手がヘリコプターに乗り込むと、いつの間にか同乗者が座っていた。彼は200年以上旅を続けており、目的地に辿りつくには謎を解かねばならない。ピストルで脅された語り手が、ダイヤモンド盗難の謎に挑む。
複数人でダイヤモンドを回して、1対1の宝探しをするという催し。いつの間にかダイヤが偽物にすり替わっていた。全員の身体検査をしても何一つ出てこない……。これは上質のパズラーで、犯行機会の巧みさや、物理トリックの意外性など、いずれも目を見はるものがある。最後の解決が表題に繋がるのも良い。本書のなかではこれがベスト。☆。
「死の不寝番」(1982)"The Vigil of Death"
公国で起きた連続殺人事件。女の祖父が吸血鬼退治の妄想に駆られて殺したのだという。ギャロネン三世が事件を調査する。
今度は怪奇趣味。アンブローズ・ギャロネンが活躍するシリーズもので、主人公が4代にわたっているとか。モーリアティ教授みたいな宿敵がいて他のも読みたくなる。☆。
「愚か者のバス」(1985)"The Dunderhead"
スパイの頭目たちが自国のお荷物を始末しようと協力する。バスに乗せて皆殺しにする算段だったが……。
メイナード・ブロックもの。癖のあるスパイが一同に会するオフビートな小説だった。ブロックはシリーズキャラクターとは思えないほど酷い扱いを受けている。まさに「消されかけた男」。
「折り紙のヘラジカ」(1986)"The Origami Moose"
家に集まった5人の相続人候補のうち、夜明けまでに1人だけ生き残れば、その者が遺産を相続する。ただし、2人以上が残った場合は余所に寄付される。
メイナード・ブロックもの。老人の奇妙な遺言によって殺人空間が演出されている。人を食った話でかなり面白かった。仲直りした後の告白がえげつない。☆。
「道化の町」(1989)"A Dirge for Clowntown"
道化師がパイを投げつけられて死亡した。殺人課の警部が捜査する。
この世界では、道化が種族としてそのまま生活している。道化たちは鼻がお洒落ポイントになっているし、マイムと呼ばれる人たちは普段からパントマイムをしている。道化はいかなるときでも人を傷つけることができない。特殊な制約が課せられているところは、まるでアシモフのロボットもののようだ。☆。
2008.4.28 (Mon)
▲酒見賢一『泣き虫弱虫諸葛孔明』(2004)

★★★
文藝春秋 / 2004.11
ISBN 978-4163234908 【Amazon】
諸葛孔明の行状を講釈師風に語った小説。自ら「臥竜」をプロデュースした孔明は、醜女の黄氏と結婚してしばらく雌伏する。曹操軍の襲来が間近に迫ったとき、三顧の礼を受けて出廬する。
現代に軸足を置いた語り手が、原典に突っ込みを入れたり、奇抜な解釈を施したりして、「三国志」の物語を再構築している。エッセイ風の砕けた語り口は、司馬遼太郎のパロディみたいだと思っていたら、版元のインタビューでそのまま言及されていた。なるほど、あれは実験的手法だったのね。司馬の小説って、作者が顔を出してもっともらしく蘊蓄を傾けるから、史実と虚構の線引きにずいぶん悩んだおぼえがある。今思えば、司馬はポストモダン系の作家だったわけだ。
本作の孔明像は『蒼天航路』【Amazon】のそれに近く、掴み所のない変人として描かれている。劉備の造形も『蒼天航路』っぽく天然。唯一オリジナルなのが孔明のおとうと諸葛均で、彼は虐待でも受けているのか、対人恐怖症になってガタガタ震えている。
作品のトーンはお笑い色が強い。原典の無理筋にいちいち突っ込みを入れたり、キャラの言動をとことん弄ったりしている。とりわけ可笑しいのが、後半から出てくる怒濤の英訳ネタだ。桃園結義がピーチ・ガーデン・ブレッジ、黄巾党がイエロー・ターバンズ、臥竜岡がスリーピング・ドラゴンズ・ヒルと、雰囲気が西洋ファンタジー風になっていて笑える。さらに、合戦の場面を西部劇に置き換えているのもツボ。一連の英訳ネタは、酒見賢一渾身のギャグといった感じで気合いが入っている。
ただ、全体的には冗長でかったるかったかな。たとえば、ホウ徳公が碁を打つくだりなんて、あんなに分量が必要だったろうか? 孔明と劉備を特徴づけるエピソードとはいえ、引き分けを至上とする価値観(=道教的な調和の世界)は思いつきの感が否めず。黄承彦との絡みもやけにくどく、隆中での生活はもっと刈り込んでほしかったと思う。480ページもあって三顧の礼までしか進まないのは、いくら何でもとろとろしすぎだろう。第弐部【Amazon】は長坂坡の戦いまでらしいし、このペースだと五丈原まで10巻以上かかりそうだ。