2008.5a / Pulp Literature

2008.5.2 (Fri)

世界ベストセラー作家ランキング

Wikipediaの英語版に面白い項目があったのでメモ。

シェイクスピア(20億部)を筆頭に、クリスティ(1億〜20億部)、シムノン(3億〜7億部)、トルストイ(4億1300万部)といった見慣れた名前が並んでいる。ソースによって見積もりの値がまちまちのようで、最大と最小にはけっこうな幅が。特にクリスティは19億も差があって、集計の意義が怪しくなっている。

以下、日本でお馴染みの海外作家。独断と偏見でピックアップしてみた。

  • ウィリアム・シェイクスピア/英語/戯曲&詩/20億部
  • アガサ・クリスティ/英語/探偵、マープル、ポアロ/1億〜20億部
  • ハロルド・ロビンス/英語/冒険/6億〜7億5000万部
  • ジョルジュ・シムノン/フランス語/探偵、メグレ/3億〜7億部
  • レフ・トルストイ/ロシア語/4億1300万部
  • J・K・ローリング/英語/ハリー・ポッター/3億5000万〜4億部
  • アレクサンドル・プーシキン/ロシア語/3億5700万部
  • スティーヴン・キング/英語/ホラー、ファンタジー/3億〜3億5000万部
  • ディーン・クーンツ/英語/冒険/2億〜3億2500万部
  • E・S・ガードナー/英語/ミステリ、ペリーメイスン/1億〜3億2500万部
  • シドニー・シェルダン/英語/冒険/2億〜3億部
  • 金庸/中国語/武侠/1億〜3億部
  • ロバート・ラドラム/英語/スリラー/1億1000万〜2億9000万部
  • フレデリック・ダール/フランス語/探偵 サン・アントニオ/2億〜2億9000万部
  • ジョン・グリシャム/英語/リーガル・スリラー/1億〜2億5000万部
  • J・R・R・トールキン/英語/指輪物語/1億〜2億部
  • ミッキー・スピレイン/英語/探偵、マイク・ハマー/1億〜2億部
  • C・S・ルイス/英語/ナルニア国物語/1億〜2億部
  • チャールズ・ディケンズ/英語/文学/2億部
  • ビアトリクス・ポター/英語/ピーター・ラビット/1億〜1億5000万部
  • マイケル・クライトン/英語/スリラー/1億〜1億5000万部
  • ジェイムズ・パタースン/英語/スリラー/1億〜1億5000万部
  • クライヴ・カッスラー/英語/冒険、ダーク・ピット/4000万〜1億5000万部
  • アリステア・マクリーン/英語/冒険、戦時下の物語/1億5000万部
  • ジェフリー・アーチャー/英語/探偵/1億〜1億2000万部
  • パウロ・コエーリョ/ポルトガル語/文学、アルケミスト/1億部
  • ロアルド・ダール/英語/児童文学/1億部
  • エヴァン・ハンター/英語/探偵(エド・マクベイン名義)/1億部
  • アン・ライス/英語/スリラー、吸血鬼/1億部
  • ロビン・クック/英語/医学スリラー/1億部
  • ウィルバー・スミス/英語/冒険/1億部
  • アースキン・コールドウェル/英語/文学/8000万〜1億部
  • ルイス・キャロル/英語/不思議の国のアリス/1億部
  • 曹雪芹/中国語/紅楼夢/1億部
  • イアン・フレミング/英語/ジェイムズ・ボンド/1億部
  • ヘルマン・ヘッセ/ドイツ語/文学/1億部
  • レックス・スタウト/英語/ネロ・ウルフ/1億部
  • ケン・フォレット/英語/歴史冒険/9000万〜1億部
  • エドガー・ライス・バローズ/英語/ターザン、火星/1億部
  • ジョン・クリーシー/英語/犯罪スリラー/1億部

1億部というのは、100万部のベストセラーを100回繰り返す計算か。そうすると、シェイクスピア(20億部)は2000回繰り返していることになる。多すぎて実感が沸かない。

プーシキンがハリー・ポッター並に売れているのが意外だ。ロシアではシェイクスピアみたいに必須科目になっているのだろうか。私は『エヴゲーニイ・オネーギン』には歯が立たず、『スペードの女王』と『ベールキン物語』くらいしか読んでいない。

日本人も健闘している。

  • 赤川次郎/ミステリ/3億部
  • 西村京太郎/ミステリ/2億部
  • 司馬遼太郎/歴史/1億8000万部
  • 吉川英治/武蔵/1億2000万部
  • 内田康夫/ミステリ/1億部
  • 森村誠一/ミステリ/1億部

さすがに大御所ぞろいだ。1位の赤川はスティーヴン・キングと、2位の西村はトールキンとそれぞれ肩を並べている。

司馬、吉川は国民作家の意地でランクイン。森村は映画化の影響。西村と内田は年輩層が支えているイメージがある(売れてる割には書評系ブログで見かけない)。

>>雑記

2008.5.6 (Tue)

キラン・デサイ『喪失の響き』(2006)

喪失の響き(111x160,6221byte)

★★★★★
The Inheritance of Loss / Kiran Desai
谷崎由衣 訳 / 早川書房 / 2008.3 / ブッカー賞 全米批評家協会賞
ISBN 978-4152089052 【Amazon

1980年代のインド。事故で両親を亡くした少女サイは、元判事の祖父と、彼に仕える料理人の3人で暮らしていた。サイは家庭教師の青年ギヤンと恋に落ちるも、ネパール系住人の自治独立運動によって、破局の危機を迎える。一方、アメリカでは料理人の息子ビジュが、飲食店を渡り歩いて不法労働していた。

アメリカ在住のインド人作家によるポスト・コロニアル小説。新しい世代の新しい小説という感じだった。第三世界の人間には相互理解や相互扶助が不可能であること。彼らは世界中どこへ行っても居場所がないこと。これらナイポール的なポスコロ観を、今どきの技巧で洗練させている。空間と時間を自在に往復して、人々の営みを一望するのが現代のトレンドだろうか。中心となる物語から、連想ゲームのようにエピソードを呼び込んでいる。長いわりには軽快でさくさく読むことができた。

彼は思い出したのだった。人生において無傷でいたいのなら、思考を停止させねばならない。さもなければ罪悪感と憐憫の情に何もかも奪い去られてしまう、自分自身さえ奪い去られてしまうのだ。(p.404)

今も昔もインドは格差社会のまま。階級から抜け出すには外国へ行くしかなかった。判事は紙一重ながらも勉学で身を立てることに成功する。しかし、なまじっかイギリス文化を吸収したばかりに、帰国後はインド的価値観と折り合いがつかず、インド人の妻を虐待することになる。一方、それから何十年も下った孫の世代。料理人の息子ビジュは、アメリカへ渡って不法労働に明け暮れるも、一向に這い上がるめどが立たない。負け組は海外に出ても負け組のまま。居場所のないどん底の生活のなかで、彼はインド人であることを強く自覚する。

インド人の受難は欧米との絡みだけでは収まらない。長かったイギリスの支配は、国内の民族問題を引き起こしている。サイの家庭教師はインドに住むネパール系の青年。彼らはゴルカ民族解放戦線(GNLF)を結成し、支配層のベンガル人と対立している。金持ちと貧乏人、支配者と被支配者、ベンガル人とネパール人。ここでもインド人は他人を助けることができない。なぜなら、1人を助けたら最後、似たような連中がわらわら集まってくるからだ。ほかにも、判事の家に押し入る強盗や、容疑者に拷問を加える官憲など、本作は様々なレベルで相互理解の不可能さが描かれている。

貧困、民族問題、相互理解の不可能さ。インドが受け継いだ遺産は思いのほか深刻だった。しかし、そんなどん詰まりのなかでも、個人のうちにはささやかな慰めが隠れている。暗闇から小さな光を拾おうというのが本書の新しさであり、ポスト・ナイポールの作家として、キラン・デサイは注目に値すると思う。

>>ハヤカワepiブック・プラネット

2008.5.7 (Wed)

アンドレ・ジッド『背徳の人』(1902)

★★
L'Immoraliste / Andre Gide
二宮正之 訳 / ちくま文庫 / 2008.4
ISBN 978-4480424013 【Amazon

考古学者のミシェルが新婚旅行の途中で結核に冒される。しかし、彼は妻の献身的な看病によって復活。強烈な<生>の感覚を身につける。その後、領地経営に乗り出すミシェルだったが、今度は身重の妻が病に伏せる。

『田園交響楽』『狭き門』に続いて、ジッドを読むのはこれで3作目。相変わらず苦手なタイプの小説だった。思うにジッドのつまらなさは、私小説のつまらなさに似ている。同性愛・脱キリスト・プロテスタント批判。宗教というお花畑の世界では、ジッドは<背徳者>扱いだったのだろう。歴史的に意義があることは認めるにしても、いま読んで面白いかというとちょっと疑問だ。

2008.5.8 (Thu)

李文烈『われらの歪んだ英雄』(1979,82,87)

われらの歪んだ英雄(109x160)

★★★★
藤本敏和 訳 / 情報センター出版局 / 1992.2
ISBN 978-4795812222 【Amazon

日本オリジナル編集の中編集。「われらの歪んだ英雄」、「あの年の冬」、「金翅鳥」の3編。

どれも抜群のストーリーテリングだった。これから何が起こるのだろう? という魅力的な掴みで始まり、気がついたら先が知りたくてぐいぐい引き込まれている。ここまで一気呵成に読ませる小説は、いわゆる「純文学」では珍しいのではないか。小説というのは面白くてなんぼと改めて実感した。

以下、各中編について。

「われらの歪んだ英雄」(1987)

30年前。当時小学5年生だったハン・ビョンテは、ソウルから田舎の学校に転校した。しかし、配属されたクラスはどうも様子がおかしい。級友たちはみな級長のオム・ソクテを戴いており、彼の独裁によってクラスが運営されていた。担任の教師もソクテに権限を丸投げしている。ソクテの支配に反抗するビョンテだったが、巧妙な嫌がらせを受けて孤立する。

おいおい、ガキ大将ってレベルじゃねーぞ。力の論理を熟知したソクテは、表向きは頼れる優等生で通しながらも、裏では級友たちから物品その他を収奪している。彼の権力の源は、一つは喧嘩の強さであり、もう一つは教師からの信任だった。既にクラスを掌握しているソクテは、反抗するビョンテに対し、真綿で首を絞めるようにじわじわ追いつめている。その手法は、仲間を使った村八分や、級長としての権限行使など、どれも遠回しな精神攻撃だ。決してあからさまな暴力は用いないし、表立った悪意も見せない。それどころか、彼本人は何事もなかったかのようにビョンテと接している。この手練手管が子供ばなれしていて薄気味悪い。

しかし、盤石に見えたソクテの王国も、ついには「革命」によって解体されるのだった。独裁制から民主制へ。この移行のプロセスがとてもよく出来ていて、権力の普遍的なメカニズムを分かりやすく示している。人はどのようにして支配者になり、どのようにして没落するのか。本作は子供の世界を通して、社会のありかた、ひいては自国の政体(*1)を風刺している。★★★★★。

「あの年の冬」(1979)

飲んだくれの青年が大学をドロップアウトして旅に出る。道中で研ぎ師と出会い、彼から壮絶な物語を聞かされる。

一級のロードノヴェルだった。やっぱ紀行ものの基本は自分探しだよな。大自然に圧倒されつつ、現地の人たちとコミュニケートする。折に触れて自分の境遇を嘆き、内省して内省して追いつめられていく。鞄のなかには自殺用の薬物を忍ばせて……。旅の眼目は物理的な移動ではなく、体験によって移ろう精神の軌跡にあるのだ。意外な決心をするラストは、お定まりとはいえ心が洗われる。ホント、海は良いねえ。怨讐も絶望も全て飲み込んでくれる。★★★★★。

「金翅鳥」(1982)

臨終の床につく書画家・古竹(コジュク)の回想。家庭の都合で儒家に預けられた彼は、書画に対して天賦の才能を持っていた。しかし、師匠はそれを認めず、古竹を自分の枠に押し込めようとする。古竹は承認欲求が高まり、師匠と対立するのだった。

もし字を書くということが文字で意味を伝えるという過程に過ぎないのなら、書芸というものは一生を捧げるだけの意味がなくなってしまう。筆でも何ヵ月かやれば伝えるくらいはできるようになり、ましてや鉛筆やボールペンのような簡単な筆記具ができたいまはたった何日かやれば充分だ。ゆえに書芸は意にあるのではなく情にあり、文字としてよりも画として把握されなければならない。特に書芸が象形文字である漢文を表現手段として使う東洋圏だけで発達し、表音文字で書く西洋では発達しなかったのもそのためである。(p.242)

今度は芸術家小説。ニュータイプの古竹とオールドタイプの師匠は、芸術観に決定的な違いがあった。古竹は愛憎入り交じる感情を抱きながら、道に対して省察を深めていく。承認欲求というのは誰もが持っている本能のようなもので、これがあるから我々は努力することができる。その反面、評価を求める心が、純粋であるべき芸術を曇らせることになる。表題の金翅鳥は悟りの象徴であり、このイメージは最後に皮肉な形で現れる。本当にこれで良かったのだろうか? と一抹の寂しさをおぼえてページを閉じたのだった。

ただ、専門的すぎるのが玉に瑕かな。ときおり書画のディテールに淫していて、話の見通しが悪くなっている。できればもう少しかみ砕いて欲しかった。★★★。

*1: 韓国は軍事独裁政権から文民政権へ移行した。