2008.5b / Pulp Literature

2008.5.11 (Sun)

下田博次『学校裏サイト』(2008)

学校裏サイト(109x160)

★★★
東洋経済新報社 / 2008.3
ISBN 978-4492222805 【Amazon

大人向けの解説本。学校裏サイトやプロフ、モバゲータウンなど、思春期メディアの諸相をコンパクトにまとめている。

著者は情報学部の教授。2004年から子供の掲示板遊びに注目し、近年は積極的に啓蒙活動を行っている。

学校裏サイトは生徒たちの「秘密基地」だそうで、場所によっては個人への中傷や卑猥な書き込みなどが横行しているという。詳しい実態はWikipediaを参照してもらうとして、ここで明かされた内容にはジェネレーションギャップを感じた。思えば、ケータイが普及したのって大学に入ってからだったし……。誰もが気軽に情報を送受信できる魔法の小物。ケータイは人類の革新であり、平成生まれをニュータイプとすれば、昭和生まれはオールドタイプになるだろう。地球の重力に魂を引かれた我々にとって、電子の世界に秘密基地というのは隔世の感がある。

匿名とはいえ、学校裏サイトは内部の生徒が書いているのだから、説得なり啓蒙なりの教育的手段が使えそうだ。実際、著者はいくつかのサイトを閉鎖させることに成功している。生徒に対してはモラルに訴えても駄目なようで、書き込みを監視していることと、中傷することのリスクを説明すればいいらしい。確かに説教というのはモラルを持ち出すと失敗する。あれは反感以外に何も残さないと思う。

裏サイト以外にも危険がいっぱい。なかでも「プロフ」には驚いた。今時の中高生はチャットを使って、見知らぬ人と卑猥な話をしているという。さらに、目立ちたくて自分のヌード写真をアップしている奴もいるとか。フィルタリングは臭いものに蓋をする対症療法であり、問題そのものを制御する原因療法とはなり得ない。しかし、今のところ他に有効な対策がないのも事実だ。我々は権力による自由の侵害、すなわち厳罰と統制による日本の中国化を見守るしかない。そのうち有害情報の定義が拡大してとんでもない混乱が起きるだろう。将来が楽しみである。

非常に分かりやすい本ではあるけれど、児童心理の分析が大雑把だったり、何の留保もなく規制を推進していたり、細かい部分にやや不安がある。はじめに「健全」があって、その枠に押し込めようみたいな。とはいえ、インターネットへの造形は深いので、入門書の一つとしては悪くない。

以下、目次。

  1. 急拡大した学校裏サイト
  2. 学校裏サイト対策
  3. プロフという新しい流行
  4. 「かわいい」インターネット遊びの裏で
  5. 恋とスリルとお金
  6. 子供を使って稼ぐ営利企業
  7. 学校裏サイトから考える課題と対応策

2008.5.15 (Thu)

タイム誌が選ぶ英語小説ベスト100(1923〜2005年)

1923年というのは随分と中途半端な区切りだけど、これはタイム誌が創刊された年であると同時に、『ユリシーズ』(1922)以降に範囲を絞るという実用的な意味もある。当然、リストは英米の小説が中心。オーウェルやフォークナーといった王道を押さえつつ、マラマッドやスパークといった忘れられた作家(向こうでは忘れられてない?)を掘り起こしている。日本人が作るリストとは微妙に感覚がずれていて面白い。

2作入っているのは、ソール・ベロー、ジョージ・オーウェル、トマス・ピンチョン、ウィリアム・フォークナー、ウラジーミル・ナボコフ、フィリップ・ロス、グレアム・グリーン、ヴァージニア・ウルフの9人。いずれもジョイス以後の重要作家ということになるだろうか。この面子は100年後も残ってそうだ。

ちなみに、既読は24作だった。

>>雑記

2008.5.18 (Sun)

岸本佐知子『ねにもつタイプ』(2007)

ねにもつタイプ(110x160)

★★★★
筑摩書房 / 2007.1
ISBN 978-4480814845 【Amazon

「ちくま」に連載されたエッセイをまとめた本。期間は2002年3月号から2006年9月号まで。全55回のなかから48回分を収録している。

どうせ不思議ちゃん気取りのウケ狙いエッセイだろ? と高を括っていたら、みごと虜にされた。とにかく全編を覆うとぼけた想像力が素晴らしい。まるで「赤毛のアン」のような妄想で、ありふれた出来事を特別なストーリーに仕立てている。現実と虚構がしばしば不可分になるところは、翻訳した小説群から糧を得ているのだろう。内容は確かにウケ狙いだけど、奇抜な発想と独特のユーモアは他の追随を許さない。これってたぶん、現代エッセイ(?)の最先端だと思う。

以下、収録作についてちょっとだけ。

「星人」では、俗に言うKYを「気がつかない星人」と名付け、その特徴をコミカルに説明している。著者も「気がつかない星人」に属していて、ラスト一行であっと言わせるオチが。それまでの自虐を逆手にとっていて微笑ましい。本書のなかではこれがベストだった。

もう一つ、現実を超越した「ゾンビ町の顛末」も捨てがたい。これは奇想とレトリックが幸福な結婚を果たした逸品。ソンビ町の異常さと、そこで暮らすうちにだんだん変になっていくことの具体例が笑える。たとえるなら、村上春樹やガルシア=マルケスみたいなユーモア。

ユーモアといえば、五輪の新競技を提案した「裏五輪」や、<敵>との戦いを綴った「戦記」も印象深い。確かに、<敵>との戦いは記録に値するイベントだ。寒冷地に移住しない限りは一生つづくはずだし……。

何かあるとすぐ妄想に走るのも本書の特徴である。「郵便局にて」は、割り込みに端を発する思索的笑編。現状分析から赤毛のアンと化す流れが面白い。このタイプは、まだ見ぬ老人を想像する「お隣りさん」や、放火の動機を考察した「むしゃくしゃして」なんかも笑える。あと、「Don't Dream」に出てきたコアラ汁もツボ。この発想はどこから沸いてくるのか。

2008.5.20 (Tue)

ペネロピ・ライヴリー『ムーンタイガー』(1987)

Moon Tiger(105x160)

★★★
Moon Tiger / Penelope Lively
鈴木和子 訳 / 朝日出版社 / 1993.7 / ブッカー賞
ISBN 978-4255930169 【Amazon
ISBN 978-0802135339 【Amazon】(原書)

末期癌で入院中の老女クローディアは、在野の歴史家として名声を博していた。そんな彼女が「世界の歴史を書く」と称して己の人生を回想する。

「ムーンタイガー」とは蚊取り線香のブランド名。恋人との思い出に深く関わっている。といっても、彼が出てくるのは物語の中盤からだ。それまでは様々な人たちとの思い出を錯綜させていて、いまいち掴み所のない構成になっている。つまり、支柱となるエピソードが見えないということ。ただ、この辺の語り口は計算づくのようで、最終章ではきちっとまとめて感動を醸成している。人生とは主観的な思い出の集積であり、歴史家らしい認識で過去と向き合っているみたいな。ともあれ、時系列を自在に操るところは『キャッチ=22』を、戦時中のアフリカを恋の舞台にするところは『イギリス人の患者』をそれぞれ連想した。

わたしの身体は、ある程度、物事を左右してきた。魅力的な女性の人生は平凡な女性の人生とは違う。わたしの髪、目、口の形、胸や腿の形すべてが役に立ってきた。頭脳は独立していられるかもしれないが、性格は違う。八歳のとき、わたしは人々がわたしをきれいだと思っていることを知った。──あの瞬間から道は決まった。知性が作ったわたしがいて、知性が美しさと結びついて、さらにもう一人のわたしを作った。こう思うのは自己評価であって、自惚れではない。(p.218)

才色兼備のクローディアは頑固な自信家で、<自立した女性>として激動の20世紀を駆け抜けている。戦時中は女だてらに通信員となり、戦後は大衆向けに本を出して物議を醸す。従属をよしとしないクローディアは、愛人と子供は作っても最後まで結婚しなかった。戦前生まれにしては珍しく、経済的にも精神的にも自立している。その生き方はまさにフェミニストの理想であるけれど、しかし強い自我ゆえにどこか孤独の影も差している。

と、そういう突っ張った過去があるからこそ、死を目前とした現在に哀愁を感じるわけだ。『日の名残り』といい、『最後の注文』といい、イギリスの作家は人生をめぐるしんみりした話が好きすぎると思った。

それにしても、本のサイズが通常よりでかくて読みづらい。一行が51文字って長いにもほどがある。注目度の高い小説なのだから、独自規格で出すのは勘弁してほしかった。